感想文がきたよ
最近見えるようになった20代の女性。
スラッとした長身で、化粧っ気のない顔にメガネを掛けている。
一見、女子大生といった感じである。湯上がりのロビーで、あるいはランドリーで当世の若者のようにケータイをいじり回してるでもなく、いつも本を広げている。本が好きそうだな、で、アタシャ浴場広報誌「1010」を簡単に説明しながら差し上げたんだ。
その時
「後で感想文を書いてきます」
といって帰ったんだが、それから数日後「呼んでみてください」と渡された便箋風な、これなんというんだろ?花模様の入ったB5の半分程度の用紙である。そんな用紙に4枚、鉛筆で書かれてある。今日ビ大人が鉛筆書きというのもめずらしい。このおねえちゃん、じゃないおねえさんが普段、学生の延長で何かと書いていることがうかがわれるな。ということで全文を紹介しよう。
「おつかれ様です(今日も暑かったですなぁ)。私は土日が休みの仕事ですがあれやこれやと手を出してるうちにもう日曜の夕方になってしまいました。文章、楽しく読ませていただきました。星野さん自体もはなしの中に存在するのに必ずしも自分は主役ではなく、お客さんを主役にもってきているところがすごく読みやすい理由であると思いました。
私も大学生の時、たくさん論文を書きましたが、限られた時間の中でいかに納得のいく文章を書くかってことは常に私に付きまとっているテーマでした。
話は変わりますが、最近英語の本を読んでいて「孤独」には二種類あるということを知りました。一つはロンソネツ(消極的孤独)で、もう一つはソリチュード(積極的孤独)です。前者は一人でいることをさみしいと感じるそうですが、後者は一人でいることをとても楽しめている気がするので、わたしが一人でいる時間はソリチュードと呼べるでしょう。
私の好きな夏目漱石のある小説の中で「若い人は淋しいんですよ」というセリフが出てきますが、私はもう淋しくはないなあ。だからもう若くないのかも知れない(笑)。私は今二十五才で働いていますが、勉強したいことがまだたくさんあります。
勉強は一人でしかできない勉強ってのも多いだろうからやはり一人の時間は大切なんです。といっても天来淋しがり屋ですから会社帰りの平日の夜はおフロに行くことによってもっている部分も大きいんです。ということで長くなりましたが、今後ともよろしくお願い致します。(氏名)」
ウーン、消極的孤独に積極的孤独かあ。夏目漱石もでてきたなあ。これ、文学少女の一文だよね。アタシの「フロント日記」についても「ホシノさん自体もはなしの中に存在するのに必ずしも自分は主役ではなく、お客さんを主役にもってきているところがすごく読みやすい理由であると思いました。となっていたな。
こんなことアタシャ、ン十年も書いているけど考えてみたこともなかったよ。いろんな見方があるんだねえ。さらに英語の本から引用したって言うロンソンじゃねえロン…ロンソネツか、それにアイムソリーじゃねえ、ソリチュードかあ。文学少女の文章はどうも気骨がおれるわい。
消極的孤独ねえ。アタシに言わせりゃ孤独感なんてあまり関係ない。性格の問題でしかねえんだろうな、と思っちゃう。つまり内気で引き篭もりがちで、よく言われる「お宅」ってやつだ。パソコンお宅てな類ぐいだな。
次いで積極的孤独かあ。物事に積極的な者には「孤独」の言葉はあてあまらないんじゃねえの。どっかの学者が無理して?孤独感を2分しちゃったようにアタシには思えるねえ。うちの客なんかでも独り住まいの若者が結構多いが,みんな好きなことを楽しんでいるようだしねえ。
どうも今日は文学的女性の影響で、いつものアタシのブログと勝手が違っちゃって締めくくりの着地点がみつからねえよ。だからここで終了!






