風呂屋のオヤジの番台ブログ

« 2007年06月 | メイン | 2007年08月 »

2007年07月24日

子供に甘いのは

 店の玄関に子供の靴が3足脱ぎっぱなしになっている。

 そして大人のサンダルが一つ。

 「あ〜あ、だらしがねえなあ」

 アタシャその履物を下駄箱にしまった。後刻、当然湯上がりで出てきた親子がキョロキョロとする。アタシャ玄関に出向いて説明だ。

 「脱ぎっぱなしだとねえ、いたずらされちゃうんだな。だから履き物はかならず下駄箱へ入れなきゃだめだ」

 子供は聞くともなく聞いている。しかし父親であろう40前後の男性はフン!と言わんばかりに無言で
サンダルを突っかけて表へ出ていった。ウルサイよといった感じでもある。アタシャ何となく憮然としちゃったよ。

 ついでに、もひとつ憮然を書こう。小学生の男の子が湯船でバシャバシャと騒いでいる。子供は家庭風呂のせせこましい所から広い銭湯へ来ると騒ぎたくもなろう。しかし野放図はいけない。アタシャこんな時一喝する

 「コラァップールじゃないんだ、静かに入れッ」

 これが定番。しかし、父親が一緒でもこの光景は変わらないんだから困るよ。アタシの怒声にもシャワーを使いながら知らん顔の半ベエだからねえ。この親も40前後だが、おそらくウルサイ風呂屋のオヤジだぐらいにしか思わねえんだろうな。困ったご時世よ。

 さて、もう一つ、ついでといこうか。アタシね、フロントで子供に玩具を貸しているんだ。「子供にとって、楽しくなければお風呂じゃない」っていう寸法でね。まあ玩具といったってバケツやジョーロの類なんだが、子供は一つでも多く持っていこうとする。ここで親の反応がでる。

 「いっぱい借りてきな」

 とにこにこ見ている親もいれば、

 「一つでいいんだ、みんなが使うんだから」

 と毅然という親。アタシャこんな毅然たる親を見るといいなあと思っちゃう。

 オヤジよう、この話し、前にも読んだことがあるぜ。そうかあ、最近は書いた後から忘れっちまうんでね。まあいいじゃない。眼ぇつぶって読んでよ。

 じゃあ、ここからちょいと硬い話に参ろう。新聞記事である。数日前の社会面の一面にアタシにとっちゃ仰天するような記事が出ていたんだ。「理不尽な親 学校苦慮」の大きな見出し」にサブタイトルが「うちの子に掃除させるな ・トラブル相手 転校させろ」である。そして「親の要求や抗議の例」として なんとまあこんなことが載っていたんだ。ほんの一例を書くと、

 ◇うちの子には自宅で掃除をさせないので、学校でもさせないでほしい。

 ◇子供同士のささいなトラブルなのに「相手の子供を転校させてほしい」と要求。

 ◇学力不足の中学生に小学生の問題を解かせると「子供のプライドが傷付けられた」

 ◇気にいらない教師の悪口を子供たちに触れ回る。

 などなどなど。

 イヤハヤ、タマゲタ親が多いんだねえ。アタシらの子供の頃は先生の力は絶大だったがなあ。これじゃあ先生もたまったもんじゃない。そこで教育委員会も厳然と?いや今日ビの時代じゃおっかなびっくりかな、立ち上がったようだその後の新聞には「モラル低下 冊子で指導・子育ての前に親育て」の記事が
出ていた。

 当然だよねえ。冊子の概要は

 「支払能力があるのに子供の給食費を滞納するなどのモラルの低下を保護者に反省してもらおうと、山梨県教育委員会は、保護者を指導する内容の冊子『親』学習プログラムを作る……として子育ての知識だけでなく『親としてどうあるべきか』というモラルの問題も盛り込むことになった……」

 さらに違う新聞では

 「子供を見れば親が分かる」からいじめの陰湿化や犯罪の凶悪化が問題であれば、まず親である大人から変わらなければならない……。」

 とも書いてある。何にしても「親」である。

 アタシャ、浴場広報誌「1010」などに「子供の躾は学校などではなく、100%親である。」などとエラソーに書いてきたけど「子育ての前に親育て」なんて、まさにわが意を得たりだ。最後にまた格言を引っ張り出してこのブログを締めくくろうか。

 「親の甘茶は毒になる」ってね−−。

2007年07月23日

年金の取材だって

 先日、読売新聞の記者さんが取材に見えたことはこのブログでちょっと触れたが、そん時の取材目的が

 「参議院選挙と年金についていろんなジャンルの人に意見を聞くシリーズを企画してるんですが、銭湯のお客さんについてもお聞きしたい」

 ということだったんですな。

 そして数日後の取材である。何せ高齢化時代、銭湯のお客さんも年配の方が多いから、当然、年金生活の人々もまた多い。ですから皆さん、記者さんの質問には積極的に答えていましたなあ。記者さんもまた熱心で、2日間に渡ってン十人のお客さんから丹念にメモを取っていましたっけ。

 ハア?オヤジも年金もらってんのか、ですって?、ええもらってますよ、毎月ン十万エン……。オヤッ?、ン十万と聞いて目ぇ丸くしましたな。冗談、冗談よ。アンタねえ風呂屋のオヤジがそんな大金もらえるわけがないでしょうがな。アタシらのようなしがない自営業じゃあ、国民年金でチョボチョボですがな。まあ、商いをやってるうちは、食うだけはなとかなるから年金問題にはどちらかといえば関心が薄いんですな。

 ところでアタシャ何を書こうとしたんだろ。話がヘンテコなほうへ進んじゃったんで忘れちまったよ。そうだ読売新聞の記者さんの話だったねえ。

 さて、世は年金騒動?のご時世。参議院選挙の争点も「年金改革」に絞られているようだ。アタシらのような年金に無関係な輩には何やら蚊帳の外といった感じだ。内政・外政にもっと大きな問題があると思うんだけどねえ。

 アベさん、オザワさん、もう少し選挙民に媚びずに大道を論じてもらいたい気もするけど、まあ、ここで風呂屋のオヤジがエラソーに選挙を論じても始まるまい。

 本題へ進もう。実はねその記者さんの取材が今日の朝刊に載っていたんですな。「江東版」の見開きにかなりの紙面を割いて「07・参院選・銭湯の人々・私なら…熱い湯上がり談義」の見出しで当湯(うち)のお客さんの談話が上手にまとめてありましたなあ。そこでほんの一部だけど書き写してみよう。まずはイントロの部分から。

 「アベさんも大変だね」

 「部下が失言続きじゃ」

 −−創業55年の墨田区業平の銭湯「さくら湯」。フロントの長椅子で湯上がりの人々が世間話に花を咲かせる。「もしあなたが候補者なら、どんな政策を訴えますか」と聞いてみた。

 *「わたしが政治家なら掛け金を払い戻す制度を作るわ」

 お年寄りの女性(74)は、汗ばんだ顔をぽっと赤くする。だって自分がそう。払込期間が基準に足りず、年金はもらっていない。

 「ちょっとぐらい返してもらっても、いいんじゃない?」

 生活費は長女からの仕送りと、貯金。貯えは減るばかり。一人暮らし。30代で会社員の夫と離婚してからは町工場で働き、一人娘を養った。懸命に、必死に。娘が育ち盛りのころ、給料は10万円ほど。保険料の支払はどうしても滞りがちになった。過去の未払金を一括して払えば受給資格が復活する制度があると聞き、思い切って10万円近い金額を社会保険庁に収めたこともある。だが、その1度だけ。生活に窮して、また払えなくなった。

 何ももらえない。返ってこない。思い出してはあきらめる毎日。やりきれない思いを引きずる。そして今、世間は記録漏れ問題で騒がしい「もしかして」波立つ気持ちから、社会保険事務所に聞いてみようと受話器を取った……役人の声を聞いた。「あなたに受給資格はありません」。やっぱりという感じだった。でも、押し寄せてくる落胆は追い払えない。いくら手を振っても。

 悔やむ。−−悔やむ。新聞や政党のチラシで一票を託せる政治家を探すが、まだ見つからない。

 前段のおしゃべりが過ぎて、ここまで書いたらいっぱいになっちまった。もうちょっと書きたかったんだけどしょうがない。それにしても、うちのお客さんに、こんな年金哀話?をもった人がいたんだねえ−−。

2007年07月21日

テレビ情報誌だって

 「東京ニュース通信社で、テレビ情報誌を出している会社ですが、今度、銭湯の特集をやりたいのでお話を聞きたい……」

 という電話が入ったのが数日前。

 そして今日、30代と思しき若い記者さんが二人でやってきた。お二人とも記者というよりも、いつだったか首都圏の大学生とそのOBが出している「キャンパス・スコープ」という新聞の取材を受けたことがあったけど、今日のお二人も何やらそんな雰囲気だな。若々しいよ。

 以前、ここんところどういう風の吹き回しか、新聞社の記者さんがよく取材に見える……と書いたが、その風の吹き回しはまだ続いているようで、今度はテレビ情報誌ということになったよ。テレビ情報誌といったところでアタシのような古い人間で、テレビにさして興味のない者にとっては、まあ無縁の存在でもある。

 しかし「銭湯特集をやりたい」と聞きゃあ「オッいいねえ」となっちゃう。少しでも浴場PRになるんなら万難を排して(大げさな)協力よ。

 記者さんの名刺には「東京ニュース通信社・企画編集室・特派記者」というのがお一人。もう一人は「出版編集局・テレビブロス担当」となっている。さっそく「TV Bros」なる雑誌を見せてくれた。週刊誌並みの大きさで2週に1回発行しているそうである。パラパラとめくってみた。

 2週のテレビ番組を中心に、若者向けの様々な特集が満載の感じである。

 「対象は30代で、全国で50万部の発行です」

 と記者さん。ホウ50万部かあスゲエな、とまあ単純に驚いたが、後刻、当湯(うち)のお客さんである本屋さんに聞いてみたら「結構売れますよ」ということなので50万部も納得だ。

 取材が始まった。テーブルのアタシの前に小さな録音機を置いて、オイオイ録音機とはまた古いねえ、それはテ−プレコーダーっていうもんよ。ヘエ〜、テープレコーダーねえ。ほんとかよォ、携帯電話の半分ほどでっせ。

 ということで若い記者さんがぼつぼつと聞いてくる。まあ、新聞記者さんの質問事項と大筋は似ている。銭湯の歴史から現在の銭湯模様、それに付け足しのようにアタシの湯屋歴なんかも聞いてきたな。アタシャ、この当りの質問はヘンに取材慣れ?しちゃってるから記者さんが一つ聞いたら三つ答えちまう。そしてアタシの持論でもある定番のセリフを繰り出すんだ。

 「現在の銭湯はね、自家風呂保有率が90%を越してるような状況では、もうかってのように体を洗うだけでは必要がなくなっている。今は湯を楽しむという価値観を売らなければ商売にならない。広い空間にさまざまな健康・美容機能を導入し、家庭風呂では到底味わえない湯の楽しさを売るんだ。

 アタシのフレースは表の看板にも出てるけど『今 銭湯に湯のぜいたくがある』っていうんだ。業界全体が設備とサービスを提供するのが今日の銭湯である、と今懸命さ。おかげで現在の銭湯のお客さんの7割以上が内風呂を持っている人達だからね。さらに近年の特徴は、銭湯を知らないで育った若い世代がボチボチと増えていることなんだ。

 も一つ、これも持論なんだが、若い人に支持されない商売は、銭湯に限らず将来性がないと思ってんでね……」

 そんなこんなの取材が一応終わったところで、若いお二人は、今度はカメラを持ち出した。浴室から脱衣場、さらにはフロント・玄関までバチバチ撮りまくっていたなあ。そして最後はアタシの写真もときたぜ。しかしねえ

 「こんなジジイの写真を撮ったってしょうがねえよ」

 と今度は逃げの一手さ

 さて、テレビブロスの8月1日号に「ゆったり、たっぷり、の〜んびり。夏こそ行こうよ銭湯!」のタイトルで特集されるという。

 若い記者さんがどんな筆さばきをみせるか、ちょいと楽しみだな−−。

2007年07月19日

トボケだねえ

 トボケとボケはどう違うか−−。

 トボケは知っていて知らぬ振りをする。ボケは老いて頭の働きが低くなる……とまあ字引は解説しているが、この二つは区別があってないようなところもある−−。

 いきなりコムズカシイ理屈みたいなことを持ち出したが、うちのお客さんにこんな感じの人がいるんだよね。で、今日はその人のことをスケッチしてみようかな、と思ったんだ。

 その人というのは週に2日ほど見えるおばちゃんで、滅法明るい人なんだ。丸い顔にちょっと低めの鼻?、目がまん丸でクルクルとよく動く。つまり愛嬌のある顔なんですな(ゴメンネ、昔は美人だったおばちゃんなのにねえ)。

 「おばちゃんは幾つになるの?」

 「年?、アッハッとってるよ」

 といった調子である。おばちゃんねえ、そりゃあ年を取ってることは分かりますがな。一見して80過ぎですもん。おばちゃん、幾つになっても女性に年を聞くことは失礼ですかな。

 おばちゃんの家は近所の定食屋さんで、倅さん夫婦の手伝いが主な仕事らしいんだけどね。

 「おばちゃんはお店で食べ物を運んだりしているの?」

 「ウン時々ね、あんまりやんないけどね、アッハッ」

 言葉がすぐアッハッと笑い顔になる。その度に丸ぁるい目玉がちょいと細くなる。

 「じゃ時々手伝う程度で、普段はこれっという仕事はもうやってないんだね」

 「インヤ、やってるよメンヨウなんか」

 「メンヨウ?」

 「いんや、メンヨウッ」

 「メンヨウ?、あぁ民謡ね」

 「うん、そんで三味線も。ときどき会場を借りてな」

 ホウ、おばちゃんは民謡の御っ師匠さんでもあるんだ。人は見掛けによらないねえ。

 「おばちゃんの田舎(くに)はどこなの?」

 「ウン、宮城県」

 「そう、それで宮城のどの辺なのかな」

 「ず〜っと行ったいいとこ。いいとこだよ、アッハッ」

 そう、とにかくいい所なんですな。そして明るいおばちゃんが宮城訛りで、♪ まチしまぁ〜ノ〜、ハイハイ ♪ と才太郎節なんかやってんだね。

 おばちゃんのユーモラスな話は仰山ある。もう少し続けよう。

 おばちゃんが脱衣場からフロントの小窓をトントンとノックされた。入浴中に必要ができた人がこの小窓から用を足す仕組みになっているんだ。

 「あのなア、シャンプーと小さな石けん頂戴!」

 「シャンプーも小さいやつなのかな?」

 「いんや、大きなほうで、いつものシャンプー」

 「いつものって?シャンプーはいろいろあるけど、おばちゃんは何を使ってんのかな」

 「ホラ、白いところに青い字が書いてあるいつもの、ホラホラ……」

 ホラホラって言われてもねえ。アタシャ2〜3種類のシャンプーをおばちゃんに差し出した。

 「え〜とどれだったっけなあ。わかんなくなっちゃった、アッハッ。うん、これにしよう。それで小っちゃな石けんといくらになるの?」

 「シャンプーが360円で石けんが30円だから390円」

 「そッ、じゃ出てからね、アッハッ」

 そして湯上がり後、フロントで言う

 「え〜と、さっき買ったのはなんだったけな?」

 「シャンプーと石けんで390円!」

 「そッ、この頃、忘れっぽくてしょうがないんだ。なんでもかんでもすぐ忘れってしまう、アッハッ年だから
しょうがないよね。ダンナさんはまだそんなことないでしょ?」
 
 「いやいや、アタシだって同んなじですよ」。

 とまあ書いてきていかがですかな。トボケとボケの違いが分かりますかな。

 おばちゃんを見ていて人生川柳からこんな句を思い出したよ。

 「わからない おもいだしても わからない」

 となるとやっぱりボケですかなあ。しかしね、どうせボケるならおばちゃんみたいに明るくボケたいよねえ、あかるくねえ、アッハッ−−。

2007年07月14日

台風だねえ

 またヘクトパスカルの襲来だよ。

 今回は7月に上陸した台風としては観測史上最高だとか。最高にもいろいろあるけど、こんな最高は迷惑千万だよ。

 今日のニュースは、今を盛りの参議院選挙を吹っ飛ばして台風一色だ。九州地方に上陸したヘクト野郎が散々、暴れ回って各地に大きな被害をもたらせている。土砂崩れ、家屋の倒壊、洪水などなど悲惨だねえ。それにしても東京は近年台風の直撃を免れているからシアワセだよ。

 しかし、ニュースではこれから関東地方も風雨が強くなるというから、わが商売、お客さんが来られまい。開店休業になっちまうのかなあ。

 台風で臨時休業にした記憶は遠い昔に1〜2回あったかなあ。キャサリン台風だとかキテイだのジェーンなんていう名前の台風が毎年のように襲ってきた時代があったように思い出されるが、あれはアタシがまだ10代後半からハタチ前半の頃だったようだな。

 当時の台風はどういうことなのか今のように数字で呼ぶことがなくキテイ、ジェーンなど女性の名前だったよねえ。そういえば落語家のナゾ掛けで「台風とかけて道楽息子の日記帳と解く。ココロは、女の名前ばかり」な−んていうのがあったなあ。

 話がノンキな方向にいっちまったが現実はノンキにしていられない。台風情報の大きな円形が太平洋沿岸を北上してくるという。この分じゃ夕方から暴風圏内に入るらしい。願わくば台風の進路が右へ少しでも逸れて太平洋上へ抜けて欲しいとセツナイ気持ちでテレビを眺めているんだがねえ。

 前段で、昔、台風のため臨時休業をしたということに触れたが、アタシが10代の頃、こんな話があるんだ。台風接近で午前中から風雨が強まり夕方以降さらに強まるという情報だった。テレビのない時代で情報源はラジオであり、現在のように微に入り細に渡った情報などないから、時にはハズレることもあった。この時も台風接近の報に床下浸水にならぬよう、低いところに砂袋を積んだりして準備万端整えていたんだ。

 ところが夕方になってなんとなく風が弱まった。となりゃあ若い時の思わぬ臨時休日だから、これ幸いと台風予報を尻目に映画を見に出かけたんだ。しかしなんとなく気にはなっていたんだな、早めに映画館を出たら表はソヨソヨと風が吹いているだけじゃないか。

 ホウ!、台風は来なかったんだなと一人合点。家へ帰ることは後回しにして、また違う場所へ遊びにいっちゃった。

 翌日、新聞を見たら東京が台風の眼に入ってウンヌンとなっていたんで「台風にも眼があるんのか」と勉強になった覚えがある。

 オヤッ、台風の眼といったらそこにいるうるさそうなお人ね、ヘンな顔をなさいましたな?。ハハア、台風に眼があるといったのが解せないんですな。じゃご説明致そう。

 「台風の眼ってね、よく発達した台風の中心に生じる静寂な区域でね、半径10〜40kmに及ぶんだってさ。おわかりかな」

 エッ、字引で調べたのかって?、そりゃあそうさ、ガクのない風呂屋のオヤジがコムズカシイことなんか知るわけがありませんがな。なんだって?眼は分かったからついでに今度は台風の鼻を調べろだて?、あのねえ−−。

2007年07月13日

文化財産だねえ

 アタシね、朝起きて顔を洗うとまず何をおいても新聞を開くんだ。

 そしてそこに時折「銭湯」の2文字を見ると「オッオッ」となっちゃう。

 近年、嬉しいことに何かにつけて「銭湯」を取り上げてもらえる。先日も、「銭湯のオヤジが本を出した、ブログを書いてる」っていうんで朝日、産経に読売の記者さんが見えて記事にしてくれましたなあ。アタシらごときでも銭湯PRの一助になればウレシイことですよ。

 そして今日、読売新聞の「TOKYOホームページ」という一面に「触れ合い生む文化遺産」という見出しで「銭湯」が出ていましたねえ。読まれた人も多いと思いますが、このコラムは1週間に1回ほど載るらしく「桐谷夫妻の一期一会」と題して、ご主人・桐谷逸夫さんの粋な下町スケッチに奥さんの桐谷エリザベスさんの文章で構成されているアタシの好きなコラムなんです。

 ところでね、桐谷エリザベスさんはアタシらの浴場組合と大いに係わりがある方で、先日も業界誌「東浴だより」に紹介されていましたが、まずその一文を引用して桐谷さんの横顔をちょいと書かせてもらいますかな。

 「第十五次東京都公衆浴場対策協議会の委員が選定されました。そのなかで学識経験者として委員になられた桐谷エリザベスさん。アメリカボストン出身でホイートン大学卒業後、ハーバート大学医学部で心臓と肺の研究をされ、また血液専門家として働かれていました……」

 カナ文字の大学名が二っつも出てくると、アタシのような学歴のないもんにはすごいインテリの見えちゃいますなあ。エッ?オヤジだって大学ヘいってるじゃねえか、ですって?。あっそうかバン大(番台)だもんな。もっともジジイになってもまだまだ現役大学生だ。この分じゃクタバルまで現役だよ。

 どうも話が脱線しちまったが「東浴だより」へ戻ろう。

 そしてね、桐谷さんは学者でありながら下町の谷中に住み、日本文化に傾倒し、下町・銭湯をこよなく愛している方なんですよね。
 
 平成十四年、全浴連にて生活衛生推進事業として「公衆浴場への回帰策を求めて」と題したパネルデスカッションを行ったときパネラーとして銭湯の良さにエールを送ってくれました…。となっている。ということで新聞へ移ろう。

 「23年前に下町に引っ越して来てから、長い間ほとんど毎日のように銭湯に通っていました。住んでいた長屋に風呂がなかったからです。おかげで近所の人たちとずいぶん親しくなりました
 それが数年前に近くの風呂付きの家に移ってからは、すっかりごぶさた。ところが先日、家で一人寂しくしていた時にふと思い立って、以前通った銭湯に行ってみました。すると驚いたことに、おなじみの顔があちこちに。隣に座ったおばちゃんとも久し振り。
 二人で近況を語り合っているうちに、回りの人たちも加わり、近所の出来事や今年の夏の盆踊りの話に花を咲かせました。 人を幸せにしてくれるものは、実は単純な事柄です……。日本の銭湯は隠れた文化的、社会的財産であり、『美しい日本』の礎をなすものであると思います」

 そしてご主人・桐谷逸夫さんの銭湯スケッチが添えられてある。背景画と背景広告をバックにした入浴風景である。その湯船の中央に入浴しているのがエリザベスさんなんであろう。鼻の高い長髪の女性がおばちゃんたちと談笑している絵だが、下町の銭湯の入浴風景が味わい深い。

 ただちょいと気になったのは、肩まである長髪が湯船のお湯に浸かりそうなことだね。古い湯屋モンは「長髪をちょっぴり巻いてくれたらなあ」などと思ってもみたが、それで下町情緒を損なうものではない。余計なお世話だろうねえ。

 「銭湯は隠れた文化的財産である」などというエリザベスさんの言葉には50年の湯屋稼業をしているオヤジにとっちゃあ改めて感激させられるなあ−−。

2007年07月09日

ほおずき市だねえ

 「オヤ、遅いね」

 いつも開店早々見える中年の男性が日暮れになってやってきた。

 「うん、ほうずき市へ行ってきたんだ」

 「そお、すごい人だろうねえ」

 「いやもう、歩けないぐらいだよ」

 そうでしょうなあ。今日・明日の開催だが、明日は雨予報もあるからねえ。

 そのせいか今日はお客さんの出足がなんとなく鈍いよ。近年は浅草に限らず近くに大きなイベントがあると日中はお客さんが出かけてしまうせいか銭湯に閑古鳥が舞い込むようだ。K公園の桜まつりがそうだったし、隅田川花火が今月の末日にあるなあ。8月は浅草サンバカーニバルも行われる。不況を反映してか、ゼニの掛からない歳時の人出はすごいよねえ。

 夕刊に「浅草寺でほうずき市」の見出しで報じられていた。

 「台東区浅草の浅草寺で恒例のホオズキ市が始まった。境内に設けられた約250の露店には鮮やかなオレンジ色の実をつけたホオズキがびっしりと並び、縁起物として買い求める参拝客でにぎわった。この日にお参りすると4万6千日分の御利益があるとされ、毎年60万人が訪れる」

 2日間で60万人の人出か。ところが5月に行われた三社祭には200万人だっていうから上には上があるもんだよね。

 とまあホオズキ市のあれこれを書いてきたが、アタシも若いときは初日が一晩中やっているんで、仕事が終わると仲間とともにすっ飛んで行ったっけ。といったって御利益に預かろうなんていうんじゃない。浅草が夜っぴて灯りがついているから紅灯を求めてさまようんだ。家人の手前もあるから観音様にちょいと手を合わせ、ホオズキを一鉢買い求めて後はもう糸の切れた凧だった。夜明けにホオズキをぶらさげてフラフラした足取りで帰ってきたっけねえ。酔っぱらった勢でそのまま吉原へ繰り込んだ手合いもいたなあ。何にしても今の世知辛いご時世から比べたら大らかな時代だったと思うねえ。

 仕舞間際にやってきた近所の居酒屋のご主人が言ってたっけ。

 「最近は、ホオズキをぶらさげて帰って来るような人が見あたらなくなったねえ」

 そういえば浴衣掛けでホオズキを持ったり、団扇を手にしたような人達の姿も見なくなったなあ。浴衣に団扇はこの次の隅田川花火まで取っておくのかな。しかし軒下にホオズキの風鈴がチンチロリンと鳴る夏の風物詩も見掛けなくなったようだから年々、季節感が希薄になっていくようでもある。

 11時、店を占拠していた閑古鳥がどうやら退散したようだ。出かけた人達が風呂にやってきた。しかしホオズキをぶらさげた人の姿は見あたらない。

 さて梅雨もそろそろ明けるだろう。いよいよ本格的な夏になる。

 「ホオズキが知らせてくれる夏の風」

 オソマツ−−。

2007年07月07日

泣いて馬謖(ばしょく)をねえ

 「オヤジさんのブログを見てるといつも楽しい入浴風景が書かれているけど、イヤなことだってあるでしょ」

 と聞いてきたのは50代半ばの男性。

 「イヤなこと?、そりゃあ毎ン日多くのお客さんと会ってるんだからヤなことやツマンナイことだってあるさ。けどね、アタシのブログは『銭湯って楽しいよ』っていうのが基本だから文句や愚痴なんか書いたってしょうがないじゃない。だから面白いことや愉快なお客さんの話があるとそれをメモしてんのよ」

 「そう。だから面白いんだ。また読ませてもらいます」

 ということでお客さんは風呂場へ向かわれたが、そこで今日はツマンナイことの一つ、せつない話を報告しようかな。こういう話はあまり気が乗らないんだけどね。

 登場願うのは80のご老体。

 「もう仕事もやってないし、テレビを見ることと風呂へ来ることしか楽しみがないんだ」

 と、毎日、開店間もなく見えていたんだ。小柄な人で、よく病院へ行ってきた話をするが、そのせいかどうも顔色がよくないんだ。で、アタシャどっか悪いんじゃないかとも思っていたんだ。

 そんな矢先、正月の朝湯の時だったが風呂場でひっくり返ってしまった。意識不明である。さあ一大事!。家人とひとまず脱衣場へ運び込んだ。体にタオルを掛けて頬っぺたをパンパン叩いて呼びかけるものの反応無し。

 こうなると手段は一つ、救急車を呼ぶしかない。そしてピーポーピーポーと病院へ運んでもらったんだが、あのご老体、どうしたかなあち心配していたら、翌日にケロッとしてまた姿を見せたんだ。

 「どこが悪かったの?」

 「ウン、水分が足らなくてムニャムニャ……」

なにやら要領を得ないがご老体は続ける。

 「それでねまた風呂へ行ってもいいっていうんで……。だから迷惑を掛けてしまったけどまた入れてください」

 「大丈夫かなあ。まあ十分気をつけて長湯をしないようにね」

 となったんだが、それからしばらくは平穏無事?だったが、半年ぐらい経ったかなあ。ある日またまたお客さんの切羽詰まった注進だ。

 「朝湯で倒れたおやじが今度は便所の前で引っ繰り返っているよッ」

 またかッ!

 今度は脱衣場の便所の前で素っ裸のまま目ぇ剥いて伸びているじゃないか。もちろん意識はない。またまた救急車だ。周囲のお客さんも朝湯で倒れたことをほとんどが知っていたようだ。今度は2回目、まさか往生しちまうんじゃあるまいな。と心配していたら、それからなんと5時間程たってひょっこりフロントへやってきたじゃないか。

 オイオイ、幽霊じゃあるまいな−−。

 今回も前と同じように原因は

 「水分不足でムニャムニャ……」

 さらに

 「医者は心配ないからっていうんでまた明日からお風呂をお願いします」

 ときたぜ。

 心配ないから頼むって言われたってこちとら心配のもひとつもしますわい。

 なんせ前科二犯でっせ。2度あることは3度ある……こりゃもう常習犯になっちまいますがな。自宅には風呂があるそうだが独り住まいで自分ちの風呂には入りたくない。

 「今度から十分気をつけるから、また入れて下さいよ」

 と言われたってハイそうですか、とはいかねえなあ。アタシャ、かわいそうだが

 「体をよく直してからまた来てよ。当分、うちの風呂は遠慮してもらいたいなあ」

 ご老体、ションボリお帰りになったが、断るアタシもセツナイんですよ。これね

 「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る−−」

 ていう心境よ。

 エッ、バショクって馬の食事かって?。う−ん、ちょいとムズカシカッタかな。ついガクがほとばしるんでね。ヘッ、エラソーに。そんなことより早く説明しなよ。

 ウン。実はね馬謖って三国志に出てくるあの諸葛亮孔明の配下の武将でね、ある戦いで戦略の失敗から敗れて、その責任から孔明に泣く泣く斬られっていうことなんだ。分かる?、分かんねえよなあ。じゃあこう言おうか。アンタがねパチンコに夢中ンなってカーチャンから別れ話を出されたときに、泣いて馬謖を……じゃねえな。

 これは怒って馬謖を斬るか−−。

2007年07月05日

演歌だねえ

 最近、開店と同時に見えるようになった60半ばのおばちゃん。

 今日は上がってくるとアタシにしみじみと言う。

 「いい歌をやってるから帰りたくなくなっちゃうわ」

 脱衣場には有線放送が流れているんである。

 「ゆっくりしていきなさいよ。演歌が好きなんですね?」

 「そう、大好きなの。お風呂から上がって演歌が流れているとつい聞きほれちゃうわ。今はテレビでも歌謡曲がほとんど放送されないでしょ」

 「そんなに好きならもっとゆっくり聞いていきなさいな」

 「でも、あんまりのんびり椅子に座っていると後のお客さんに悪いもんねえ}

 ホホウ、優しい人だな。周囲のことを気遣うなんていいねえ。

 そしてもうお一人。こちらは、もう仕舞間際の12時少し前、50代の男性が流れてくる歌謡曲に

 「昔の歌はいいねえ」

 と、これまたしみじみと言う。さらに50前後の解体屋さんだという男性。有線放送を聞いて

 「なにか居酒屋みたいだな」

 「居酒屋って有線が流れているの?」

 アタシャ居酒屋での有線放送は知らないから聞いてみた。

 「そう、毎ン日のように飲みにいってるけどいつも演歌が流れているよ」

 ホウ、居酒屋と演歌ねえ。相性がよさそうですな。

 そこで銭湯の脱衣場と有線放送になるが、銭湯と演歌も相性が悪くなようだよね。何しろ江戸時代から400年余も続いている銭湯だからなあ。それって古いから演歌が合うっていうことかい?。うんまあ日本的っていうことかな。

 アタシが脱衣場に有線を導入したのはもう18年前になる。現在の浴場を改築したときに、当時としては公衆浴場にサウナを併設する事は珍しかったんだがそのサウナ室に音楽を流そうと思い有線放送を入れたんだ。有線も当時だと銭湯ではめずらしかったがね。現在ではサウナ室にテレビを設置してるところも多くなっている。

 そしてね、サウナ室には有線を終日流しているが、脱衣場にはテレビとの併用なんである。開店から夕方のニュースが始まる頃まではテレビは脱衣場向きの放送が少ないんでね。というと

 「脱衣場向きの放送とは?」

 となるが、早い時間帯のお客さんは平均して高齢の方が多いので、今、はやりの若いタレントがギャアギャアやっている番組は好まれない。そういうアタシもその口なんだが、大体脱衣場で湯上がりに見るテレビはちょっとくつろぐ時に目がいく程度でじっくり見るドラマ等は家庭で見るものだから、肩の凝らない番組が最適なんですな。そして、11時半過ぎるとそろそろ閉店が近いのでまたテレビを有線に切り替えるっていう段取りなんだ。

 有線放送については以前「風呂屋のオヤジの番台日記」に書いたことがあったねえ。ちょいとその単行本をめくってみるとこんなことが書いてあんな。

 「脱衣場のテレビが故障した。四六時中働きづめなのでたまには休みたくもなろう。で、主役が有線放送になった……。この有線放送、チャンネルの操作等ははもちろんフロントの業務であり、レパートリーも多いので、いろんなジャンルの歌をあれこれとサービスに努める。しかし風呂屋で使える範囲はさほど
広くない。ジャズを流していたら『ご主人、歌の入ってる演歌にして……』ヒマなもんで静かな雰囲気をと、柄にもなくクラシックのBGMを流してみれば『オヤジさん、なんだかワケがわからん。エンカがいいな』なんといっても演歌がダントツ。やはり銭湯・公衆浴場なんである……。」

 脱衣場のテレビからコマーシャルなのか、美空ひばりの歌が聞こえてきた。
 ♪ あ〜あァ 川の流れのようにィ♪
 
 うん、エンカはいいねえ。

 オヤッ、オヤジも演歌好きなんかい?、うん、古い歌しか知らないけど。

 ヘ〜ッ、いつもツマンネエ顔をしてフロントに座っているけどねえ。オイオイにこにこしてるっていうお客さんもいるんだぜ。ヘッ−−。

2007年07月02日

転ばぬ先のねえ

 Kという男がいた。

 いた……と書いたのは10年来の常連さんだったが、先日、突然なんの前触れもなく

 「俺、今日で貸しロッカーを終わるから」

 と言ったきりプッツリ姿を見せなくなったのである。

 貸しロッカーは個人用の風呂道具を入れる主に常連さんが使う有料のロッカーである。

 67才だという男が、引っ越すから…、でもなく、長い間どうも…でもなかった。独身できままな生活をしているようでもあった。開店と同時に姿を見せてサウナにも入るいいお客でもあった。年齢に見えない若い雰囲気があり、脱衣場でも酒の話、女の話などを声高に喋ってもいる男でもあり、毎週金曜日になるとこれから飲みにいくんだと言い、翌日になると二日酔いの姿を見せ

 「昨日は5軒も飲み歩いちゃったよ。そして最後は女とホテルだから忙しいよ」

 などという。アタシがからかい半分に

 「そんな年で酒を目一杯やってよく女と遊べるねえ」

 と聞けば

 「いつも薬を持っているんだ。一回3000円以上もするんだ」

 と真顔で答え

 「飲みにいくとハンパな金じゃないんだ。女だけでもン万円だし、一晩でン十万も使っちゃう」

 と得意そうにいう。

 「仕事は何をしてんの?」

 「うんまあ。人の3倍は稼ぐんだ」

 とこれまた得意然という。

 「そんなにいい仕事が今時あるの?」
 
 「それがあるんだなあ。朝は早いけど2〜3時間やれば済んじゃうんだ」

何から何までいいことづくめの感じであり、アタシらのように日がなアクセク働いている者からみたらなにやら正体のわからない男だよ。サウナに一緒に入っている人達も金と女の自慢話ばかり聞かされていたらしい。

 ところが最近、金曜日になっても飲みに行かなくなった。

 「これから帰って缶ビールにテレビだよ」

 などと言うようにもなった。したがって女の話もなくなってきた。そんなになってサウナの人達にも仕事の内容を話すようになったらしい。

 「Kさんね、朝早くから電柱や公衆電話ボックスにいかがわしいチラシを張ったりする仕事をやっていたらしいんだが、取り締まりが厳しくなって仕事がなくなってきたっていうんだよね」

 そんなKが姿を見せなくなった。サウナ仲間が言う

 「女の話や金の話しばっかりしていたが、年金があるわけじゃないし、貯金だってまずないんだろ。何でも6畳のアパートも家賃が払えなくなったらしいし、今じゃ仕事もないらしいんだよね。週に何十万も稼ぐなんてでっかいことばっかり言っていたけどまるっきり金がなくなって困ってるということなんだ」

 Kが姿を見せなくなってからある日。所用で街へでたらぱったりKと会ったんだ。

 「しばらくだね、今、どこにいるの?」

 「うん、T町に越したんだ」

 「で、何をやってんの?」

 「うん、今までの仕事がダメになったから何かいい仕事がないかと思ってんだけどねえ。ヤバイ仕事でも構わないんだけど」

 うちへ来ていた頃のカッコつける姿はどこにもない。めずらしく素直?な話ぶりだよ。尾羽打ち枯らして、なりふり構わず……とはこういうことなのかねえ。サウナ仲間がいみじくも言っていた

 「週に何十万も稼ぐなんてでかいことをいってるけどその半分でも貯金しておけば」

 と言う言葉が思い出される。

 年中大言壮語で暮らしていた男がいったん転んでも普段が普段だっただけに同情する人より嘲笑う人のほうが多いだろうなあ。

 その昔、うちの客で40代のハンパ・ヤクザのような男がいたんだ。何をやってるのかいつも取り巻きを連れて風呂に見え湯上がりで近所の居酒屋へ繰り込みHが勘定を持っていたらしいが、落ちぶれたら誰も相手にしなくなった。

 最後はアタシんところへ来て

 「オヤジさん千円でもいいから貸してよ」

 などというようになった。そんなHにKの姿がダブってしまう。

 転ばぬ先の杖、という格言があったっけねえ−−。






文章および画像の複製、および無断転載を禁止します。

Copyright © SORYUSHA All Rights Reserved.