風呂屋のオヤジの番台ブログ

« 2007年05月 | メイン | 2007年07月 »

2007年06月30日

新聞記者さんがねえ

 どうした風の吹き回しか、ここんところ立て続けに新聞社の記者さんが取材に見えられた。

 そういえば以前も単行本を出版したときに数社の記者さんから同じような主旨で取材を受けましたっけね。銭湯のオヤジが「番台ブログを書いてるのがおもしろい」ということなんですな。

 アタシね、パソコンだのホームページなどに興味がなかったんだけど、出版社の人が浴場広報誌「1010」に連載している「風呂屋のオヤジのフロント日記」的なものを書いてほしいということから、フロントでのお客さんとのあれこれを書いては出版社に送っていたんだけど、それが出版社と浴場組合のホームページにのっていたんでまあ話題になったらしいんですな。

 ということで取材の模様に入ろう。最初に見えた方は「朝日新聞社・東部支局長」という名刺を出されてあれこれ聞いてきましたねえ。練達な記者さんという感じで、写真も撮ったりしていたんだけど、それが朝刊に大きく出ていたんですよ。

 「シャレた番台ブログ好評、客とのやりとり軽妙に」

 の見出しでアタシがワープロを叩いている写真に(相変わらず写真を見るとテメエのジジ臭さにガッカリしますけどね)倅がフロントに座っている写真が大きく出てんですよ。「東京川の手」というコーナーの半分以上を使ってね。望外の扱いですな。ちょいと気恥ずかしいけどその一部を書かせてもらいましょうか。
 
 【下町の銭湯の主人が、やってくるお客さんとのやりとりなどを記したブログがある。題は

「風呂屋のオヤジの番台ブログ」。50年以上も湯屋として生きてきた主人の番台を通してみる人間観察がほぼ毎日、更新され「軽妙洒脱に嫌味なく書かれている」

と好評だ】

 ちょいとホメ過ぎの感じもするけどねえ。

 続いてはそれから2週間ほどをおいて今度は産経新聞社の方がみえたんですな。中年の記者さんだったけど出された名刺には「産経新聞社・東京本社論説委員室・論説委員」となっていたんで、ホホウ、風呂屋のオヤジごときになんとまあいかめしい記者さんがお見えになったんだろと、訝しい気持ちも少々あったけどね。論説委員さんが言いましたな「毎日コラムを書いているんだけど一度、銭湯のことを書いてみたくってね」と。

 そして送ってもらった新聞には一面のコラム「産経抄」にアタシのことが載ってるじゃない。いや少々驚きましたな。だってね、下町の銭湯ニュー−スなんていやあ「江東版。墨東版」的なコーナーで扱うのが通説ですもんねえ。それが一面の社説?のようなコラムですもんねえ。

 さて、風呂屋のオヤジが新聞に出た、となりゃあお客さんの反応は結構なもんですよね。「オヤジさん、載ってたねえ」「ダンナさん、新聞見たわよ」と程々の話題になりますなあ。おかげで営業的にも悪くありませんよね。記者さん、楽しく書いてもらい感謝です。

 そしてそしてです。当湯(うち)のインテリさんとお呼びしているW大出の78才のダンナがなんと「産経抄」を拡大コピーしてお持ちになってくれたんだ。

 「産経新聞の一面に載るなんて全国的でスゴイことなんだ。これをそこに張っておきなさいよ」

 と言う。

 「でも、気恥ずかしいですね」

 「そんなことあはない全国的なことなんだから」

 とまた全国的を出された。ウ〜ン、ゼンコクテキですかあ。じゃ張り出しますか、とフロント前の掲示板にセロテープでとめたんだが、アタシャ内心「下町のミーハー的なおじちゃんおばちゃんが読むわけねえだろ」と思っていたんだがね。ところがこれが意外に?見てくれるんですな。後日、60程のおばちゃんが読んでいる姿をちょうど見たインテリさん。

 「見る人はちゃんと読むもんだよ」

 どうだッ、あたしの見識は間違いないだろ、と言わんばかり。いや恐れ入りました。ゼンコク的でしたね−−。

2007年06月21日

水不足だねえ

 週に2〜3回見える60半ばの男性。

 フロントで世相評論?をよくなさる人で、当湯(うち)の評論家などとお呼びしている。

 今日は来るなり

 「四国地方は水不足で店を閉めたお風呂屋さんがあるんだって。このまんま東京も雨が降らないと水が足りなくなり給水制限がおきるよ。もしそうなったらお宅は大丈夫なの?」

 というご質問だ。

 確かにここんところカラ梅雨で連日快晴が続いているもんねえ。先日もこのブログで雨が降らないねえ、水不足が心配されるねえ…と書いたばかりだが、それが現実になりそうなんだよなァ。

 今日の新聞には四国地方の水不足が報じられていたが、併せて、水不足に対応するため古い井戸を掃除していての事故も報じられていたけど、ここでは概要だけを引用させてもらおう。

 「香川県など四国地方では、春先からの少雨の影響で水不足が深刻化し、依頼を受けて数十年使っていなかった江戸を清掃。硫化水素が検出されており……底に沈殿していたゴミや下水が発生源になったとみられる。井戸は直径約80センチ、深さ約4・2m、水深約1・8m……」

 さらに

 「四国地方の水不足は、降雨量が春先から継続して水不足していることから深刻化。四国の水がめ
と呼ばれる高知県の早明浦ダムでは、5月24日から取水制限を開始。このまま雨が降らないと7月1日にも貯水がゼロになる……」

 と報じられている。

 この記事を読んで「じゃ東京も天気続きだが東京はこの先どうなるんだろ」と思っていたら「首都圏も黄信号」の見出しで隅のほうに載っていたな。

 「首都圏の水ガメ、利根川水系の矢木沢ダムでも貯水量が13日現在で54%と減少しており、こちらも黄信号がともっている」

 だと。これ以上雨が降らないと東京にも給水制限が起きるようだ。

 東京の給水制限ねえ−−。あれは15〜6年前だったかな、東京にも給水制限がなされたことがあったなあ。街に給水車が繰り出して水を配る光景もあったし、23区の風呂屋の一部も休業しちまった所もあったねえ。

 しかしね都内の銭湯の8割は井戸水で営業してるからまあ給水制限は幸いなことに関係ないんだよね。しかし、都内でも地盤の関係からか井戸を掘っても営業に使用できるような水が出ないところがあるんだな。身近なところでは江東区の一帯と墨田区でも本所地区の一部が現在、水道を使用してるんだ。こういう浴場は給水制限は堪えるよねえ。

 ちなみに風呂屋の井戸だけどね、これがまた何とも恵まれた水が出るんだ。今ここで井戸の断面図を引っ張り出してきて、ちょいと概要を説明させてもらおうか。

 銭湯の井戸は昭和40年前後に堀ったものが多く、6インチのパイプに深さが平均350尺だ。エッ、尺じゃ分からないって?。ウン、1尺がえ〜と3・3センチだから3・3×350=と、計算器がいるな、115・5mか。つまり115m下の地下水なんだな。そしてこれがまた7・5馬力の水中ポンプで無尽蔵に出てくるんだからねえ。

 水は風呂屋の唯一の財産、水を湯にして商いをしてるんだから豊富な水量に恵まれてほんとシアワセだねえ。対して井戸のない湯屋はちょいとセツナイよねえ。だからまあ、給水制限というような事態にならないことを願うばかりだ。

 ということでお客さんさあ、うちはこと水に関しては心配ご無用だから、いつでも遠慮なくジャブジャブ使ってよね−−。

2007年06月19日

前向きにねえ

 このブログに登場してもらう人達はご年配が多い。

 別に意識して高齢者を書くつもりはないんだが、以前も言ったと思うけど、フロントの会話やネタ?を提供してくれる人はどうしてもご年配が多いんだよね。

 若い人は携帯のメールが会話なのか、フロントではアタシが「暑くなったねえ」と挨拶をしてもさして返事がない。フロントがジジイのせいもあるんだろうがね。そんなことで今日もまたお年寄りの話。それも愉快なおばちゃんを取り上げてみたんだ。

 70半ばと思しきおばちゃんがお二人フロントへ出てきた。テレビを見ながらお喋りをしている。テレビは年金問題を報じている。

 「今の年金制度を信頼していない人が76%もいるんだねえ」

 「そうね、今の年金制度は前の厚生大臣だったコイズミさんやカンさんの時代にできたもんなんでしょ。それを現在のアベさんの責任にするなんてオカシイわよねえ……」。

 ウッホッ、ちょいとしたインテリさんでもコムズカシイ年金問題を気楽に話し合っているとはねえ。一見、どこにでも見掛けるおばちゃんで「どこぞのスーパーの特売は……」などといった話が似合うようにみえるんだけど、イヤハヤ、おそれいりました。

 お次ぎのおばちゃんは以前このブログに書いたと思うんだけど、あれは春先の都知事選挙の時だったな。アタシが「投票には行ってきたの?」と聞いたらこう応えられましたもんねえ。

 「勿論よ。投票は国民の義務ですもん。昔、婦人参政権ができたときは大変だったんだから……」

 ですと。これにはアタシもたまげましたなあ。婦人参政権なんていう言葉を知ってることは立派だけど、
お言葉じゃないけど、婦人参政権はタシが小学生の頃にできたものじゃなかったか。で、おばちゃん、コムズカシイ言葉を言われるんで、この時アタシャ辞書を繰ってみたんだ。

 そしたら1945年12月の戦後の選挙法改正時に初めて認められた……と書いてありましたなあ。とすりゃあ、まだ70過ぎであるおばちゃんが10歳前後の時になりますなあ。おばちゃんねえ、ガクのあることを披露しようとリキムのはいいけどけどさあ、でも相手によらないと逆効果になりますよねえ。

 続いては91才だというおばちゃん。ほとんど毎日見える方だが明るくて話好きなおばちゃんである。先日アタシの単行本を借りて行かれたのだが、それをお返しかたがた言われる。

 「ダンナさんの本は面白いんで2回も読み返しちゃったわ」

 「そう、それはどうも。だけど、おばちゃんは本が好きなんですなあ」

 「そうね、テレビを見るよりどちらかといえば本を読んでいるほうがいいわね」

 「じゃ、いろんな本を読んだでしょう」

 「そうね、ヒライワ……ヒライワ…」

 「平岩弓枝ですか?」

 「そッそれなどから部屋に本がい〜っぱいあんのよ」

 ホウ、おばちゃんは大へんな読書家なんですねえ。だから卒寿になってもボケのかけらさえないんだ。アタシもおばちゃんを範として年齢を重ねたいねえ。エッ何だってッ?オヤジは長年の不摂生が祟って後何年も持たないさ。よしんば持ったとしても車椅子でヨイヨイさだって?

 オイオイ……でもねえそう言われるとそんな気もしてくるなあ。あ〜あヤダヤダ−−。

 もうお一人紹介しようかな。そろそろ80才だというおばちゃん。一家言お持ちの人でもあるんだ。週に2〜3回見えるんだが、いつも運動がてら1キロ以上も歩いて当湯(うち)へ来てくれるんだ。しかし最近はやはり疲れるようである。今日も来るなり

 「ア〜ア、疲れちゃったァ年ねえ」

 で、アタシが言う。

 「でもさあ、その年で1キロ以上も歩いてくるなんてスゴイですよ。アタシなんか半分も歩いたらヘバりそうだもん」

 「でもねえ、ダンナさんはあたしより若いんだし、人間いつも前向きでいかなきゃダメよ」
 
 ウ〜ン、いつも前向きねえ……。ごもっとも−−。

2007年06月17日

  天気予報はねえ

 開店である。

 入ってきたお客さんが

 「毎日いい天気が続くねえ。この分じゃ今年は梅雨がないんじゃないの」

 とご挨拶。

 「そうね、晴天続きだとアタシらの商売は助かるけどね」

 「しかしさあ、雨が降らないと今年の夏は水不足が心配されるよねえ」

 水不足−−そんな懸念もされる好天の毎日である。

 今日もまた朝から眩しいぐらいのカンカン照りである。

 「気象情報は雨だっていってたんだけどいい天気だねえ」

 家人が話している。そう、テレビで毎日、微に入り細に渡って気象報道が報じられている。かっての大ざっぱな、当たるも八卦当たらぬも八卦的な予報からみたらまさに格段の進歩である。

 午前中はピーカンだった空模様もテレビの情報が夕方から雨と予告すれば近年はその通り午後から薄曇りとなってポツポツ当たってくる。以前このブログで気象庁の情報確率が70%以上らしいと書いたが、アタシの感じでは90%は的中するようだとさえ思う。何しろ客商売は天候によって商いが大きく左右されるんで情報によって一喜一憂してんだ。

 その昔は「当たらないものは宝クジと天気予報」などといわれていたが世の中の進歩は隔世だねえ。 時代が天気予報に限らずどんどん変化・進歩して何事も事前に分かるようなことになると人間の生活環境も大きく変化していくだろう。

 ここまで書いてきて思い出したのが「山本夏彦箴言集・ひとことで言う」である。そこで、ちょっと古い本だがさっそく引っ張り出してきた引用させてもらうことにした。

 《天気予報は当たらないからいいのである−−困ったことに気象台も日進月歩で、ほぼ当たるようになった。雲ひとつない日本晴れですと言えるようになった。近く百発百中になるだろう。
 天気予報は当たらないからいいのである。それが当たったら、予報はいつも当らぬと悪口を言う楽しみがなくなる。傘を持っていけだの、季節外れの寒さだから風邪を引かないようご用心だのと言うのは余計なお世話である。(中略)

 ふと手にした新聞があくる日の新聞だったという短編小説を読んだことがある。あわてて日付を確かめるとまぎれもない明日の新聞で、記事は明日の事故、人殺し、醜聞にみちている。読んで男の手はわなわなとふるえる。思っても見玉え、天気だけではない。あらゆる予報がみんな当ったらどうなるか−−。》

 といった内容である。

 今、世の中の事柄が事前に分かってしまったら……などとあまり現実的じゃないことを書いてしまったが、また天気予報に戻ろう。

 冒頭で、近年の気象情報の確かさを書いたけど、実はね、先週のテレビの気象情報コーナーで週間予報が報じられたとき、ほとんどが雨マークだったんだよね。そして「来週から梅雨入り」とも報じられたんだが、今週になったら梅雨どころか連日のピーカンじゃないか。アタシャ

 「珍しく情報が外れたな」

 と少々驚いていたんだが、上空を流れる雨雲とやらの状況が急激に変わったとかなんとかで、今週の週間予報は連日のお天気マークになっている。気象情報士とやらのお人が「梅雨の中休みです」と言っていたが、雨が一ン日も降らないのに中休みっておかしねえ、などと笑っていたんだ。

 長期予報てえやつはそれだけ難しいんだろうねえ。ま、たまには外れるのも悪くない。お陰で商売にはいい外れ方だったので大助かりよ。これが連日ジメジメのベトベトという入梅独特の陽気が続いたら、商売も気分も滅入っちゃうよなあ。

 しかし、来週からは今度こそ梅雨入りになるらしい。また外れてくれないかなァ。

 最後に山本夏彦さん流に締めくくろう。天気予報は外れるからいいのである−−。

2007年06月14日

働けるうちはねえ

 所用のため自転車で街へ出た。

 いたるところに高層マンションが建築されている。

 5年後の押上駅に隣接する東武鉄道の広大な敷地に世界一だというタワーができるんで、それを中心に街が変貌していくようだ。

 「下町にあんなタワーが必要なのか」

 という意見も聞かなくはない。アタシもそんな感じがするんだが、時の流れはもう、かっての下町はなくなり、都内がいずこも同じような街になっていくのであろう。下町情緒や人情など思い出話の中に封じ込められていくんだ。

 とまあ、出だしから古い人間は何やら感傷的な書き出しになっちまったが、本題に入ろう。

 自転車に乗っていて思うんだな。マンションの工事現場にはかならず赤・黄色などのタスキ状になった模様の入った上着を着て旗振りをしている警備員というのかな、そういう人が立っている。さほど忙しそうじゃないが、この人達を見ると当湯(うち)のお客さんの何人かを思い出すんだ。

 そこで今日はそういう人達を取り上げてみよう。

 まずは週に2〜3度見える男性、60半ばかな。この人は見えるとかならず仕事のことを話される。簡単に

 「今日は夜勤なんだ。これから7時に出て明け方4時までやんのよ」

 「ホウ、結構長いんですなあ。寒い時なんか大変でしょう」

 「そッ。今はだいぶ暖かくなったからいいけどね。それと夜は眠くなっちゃってねえ」

 と言いながらも

 「でもね、自給はン百円で安いけど、真面目にやっていれば結構仕事が回ってくるしねえ。なんたって真面目が一番よ」

 と几帳面なところも見せられる。

 この方と対照的な人も見える。もう70近いかなあ。どう対照的かといえばフロントでいつもボヤキ節なんである。 
 
 「昨日は夜勤だったから眠くてしょうがないよ。この寒いのにクソ夜中に道路に突っ立っているんだからねえ。給料は安いし時間は長いからいい仕事があったら止めたいだけど、もうこの年になるとほかに仕事もないしさあ。仕事がなくなれば家賃だって払えなくなっちゃうしねえ」

 といった調子である。ちょっと侘びしいですな。

 お次の人は毎週一回ほど顔を見せる60半ばの人。定年退職をされて今までの会社に非常勤で働いていたようだがこの頃はあまり仕事がないそうである。アタシが聞く

 「今は何をやってんの?」

 「ウン、今までの解体屋で頼まれると手伝うという形なんだけど一ン日やると5日ぐらい仕事がないんだ。遊んでばっかりいられないから今度、警備の仕事をやろうと思うんだ」

 「警備って工事現場で棒を振ってるあれかい?」

 「そっ、警備だと一週間に5日ぐらいやれるらしいんだ」

 と言いながら手を左右に振って棒降り?の格好をされた、明るい人である。

 続いては、金曜日になると、つまり敬老入浴デーになると3人の孫を連れてお出でになる70少し過ぎのお人。この人がこんなことを言われたんだ。

 「なんにもやらないんじゃボケちゃうし、孫の小使稼ぎに区役所にあるシルバー人材の紹介で週に3日ほど働いてんだ」

 「仕事ってどんなものなの?」

 「主に警備の仕事なんだが、催し物がある時の会場警備や整理とかだね」

 ホウ、皆さんなんだかんだと頑張っているんですなあ。確かに人間、幾つになっても動けるときは働いたほうがいいですよねえ。

 65や70は壮年時代の昨今、年金生活で孫のお守りで明け暮れてんじゃあボケますもんねえ。アタシも警備員さんを見習ってもう少し頑張らなくっちゃねえ。そういえば最近ラクをしているせいか体調が今いちよくない。何よりも忘れっぽくてしょうがない。

 「物忘れ ボケがきたかと苦笑い」

 という川柳があるけど、苦笑いで済めばいいが−−。

2007年06月11日

巨人V9ナインだねえ

 セ・パ交流戦がたけなわである。
 
 しかしテレビ放送は余りない。

 野球人気を反映してかテレビ局もかってのようなドル箱扱いはなくなったようである。しかし今日は巨人−楽天が報じられている。

 4回、2−0で楽天リードだ。中年の男性が

 「どうも交流戦になるとセは弱いねえ。昔から言われている人気のセ・実力のパってえやつは今でも生きてんねえ」

 ホウ、人気のセ・実力のパという言葉を知ってるとはかなりのオールドファンですな。

 プロ野球がセントラルリーグとパシフィックリーグの2リーグになったのは昭和25年だったかなあ。アタシが15で湯屋稼業に入った年だったから今も記憶してるんだ。そしてその年、パの毎日オリオンズがセの松竹ロビンスを下して日本シリーズ初制覇をしたんだよね。

 そんなに古いことをよく覚えてるねだって?、ウン、何せあたしの湯屋人生のスタートの年だったから懐かしく思い出すんだよね。

 さて、今日のスポーツ新聞には巨人−楽天戦前に巨人の5000勝達成記念のイベントが行われ巨人栄光のV9ナインが、往年のユニフォーム姿で集結しそれぞれに始球式をやったという記事が大きく出ていたねえ。

 V9ナインの名前も載っていたなあ。懐かしい名前が出ていたよな。監督川上以下、オーダー
が書かれてあったのでさっそく転記させてもらおう。中・柴田、ニ・土井、一・王、三・長嶋、左・末次、右・国松、遊・黒江、捕・吉田、投・堀内とい巨人の歴史を飾るスター選手が並んでいたねえ。しかしショート・広岡にキャッチャー・森の名前が出ていなかったのはどうしたことなんだ。

 それと、もう一つV9ナインの現在の年齢も知りたかったねえ。さらに往年の名選手が今何をやっているかもかも興味があるなあ。王がソフトバンクの監督で長嶋は巨人軍の終身監督として新聞にちょいちょい載るけど、その他の人は

 「あの人は今?」

 の感じだもんねえ。

 とうことで、今度は先刻のお客さんの言葉である「人気のセ、実力のパ」という評価についてちょいと調べてみたんだ。巨人がV9を成し遂げたのは昭和40年から48年にかけてと言うことだが、ミスター・ジャイアンツとして活躍した長嶋が引退したのは翌49年だったそうな。そして引退と同時に川上監督は長嶋にジャイアンツの監督をバトンタッチしたんだね。

 ところがV9の強豪球団がその年、なんと6位、つまり巨人史上に残る屈辱的なビリになっちまったんだ。世間は長嶋監督を「名選手名監督ならず。凡クラ監督」と嘲笑したっけ。優勝劣敗は世の常。キビシかったねえ。

 字数がだいぶ多くなってきたが、もう少し書かせてもらおう。先ほどちょいと書き出した「人気のセ、実力のパ」だが、セ・リーグは人気の巨人軍を中心に観客動員はパ・リーグを圧倒していたんだが、オールスターや日本シリーズになるとパ・リーグにどうも劣るんだ。といってもさしたる勝敗の差はなかったんだが、例えば日本シリーズを眺めてみるとセとパは印象的に大きく違うんだよね。

 例えば50年から阪急ブレーブスがシリーズ3連覇を達成したり西武が61年から3連勝、さらに1年置いてまたまた3連勝を成したが対してセのほうは精々2連覇程度だったからねえ。だから人気のセ、実力のパがいつの間にか定着してしまったんだ。

 オヤッ、テレビの巨人−楽天戦は5回、巨人が3点を入れて逆転したようだな 今年は何とか首位を走っている大巨人軍。昨年はこの交流戦の惨敗からその後の8連敗、9連敗と信じられないようなドロ沼にはまりこんでしまったんだが、鬼門の交流戦を何とか乗り切らないとハラ監督休養てな事態になりかねねえな。

 とまあ、風呂屋のオヤジがプロ野球の歴史を語っても、ちっとも面白くねえよなーー。

2007年06月08日

いろんなお客さんがねえ

 毎日のフロント稼業、いろんなお客さんと接する。

 愉快な人、饒舌な人、寡黙な人などなど、十人十色というがほんと様々ですなあ。今日はそんなお客さ
んをまたまたスケッチしてみたい−−。

 「オヤジさんはいつも若いねえ」

 ときどき姿を見せる60過ぎの男性。明るい会話が好感を与える人でもある。来るなりいつもの「若いねえ…」を使われたが、若いねえ……という言葉の響きはアタシにとって

 「ジジイなのに、その割りには…」

 てなニュアンスも感じてしまう。どうもひがみっぽいかな。

 しかし若いと言われてその若さがどうであろうと悪い気がするものではない。今日は定番の挨拶が終わると面白い話をされたんだ。職人タイプのがっちりした体格の男性なんだが首をちょいと回するような仕草をして

 「いやあ今日は疲れたよ。もう仕事もやってないんで何かしようと思っていたら知り合いの人が紹介してくれたんだけど船頭さんなんだ。といってもボランティア的なもんなんだけどさ」

 「エッ船頭さん?、それはまた珍しいボランティアだね」

 「ウン、江戸川の渡し船なんだけど、面白いけど慣れないから疲れちゃった」

 「ホウ、江戸川でねえ。矢切りの渡しだね。連れて逃げてよォなんてシャレてるじゃない」

 「そんな粋なもんじゃないけど、結構な労働だよ」

 ホホウ、いろいろな話を聞くが、ボランティアで船頭さんをやっているなんて珍しいねえ。明るく話されて風呂へ向かわれたが、まあ頑張って、また続きを聞かせてよ。

 「定年になり、やることもないから最近は介護とか手話の勉強をしてんだ」

 と言われるのは団塊の世代でもある男性。

 「定年で小遣い不自由だけどさ」

 といわれが、年金でさして不安もなく生活できるせいでしょうか、この人も社会福祉でボランティアなんですなあ。人生の晩年?を世のため人のために働こうなんて立派ですなあ。アタシャ気の置けない人なのでちょいとジョークを言ってみた

 「介護の仕事なんてすごいけど、もう少しすりゃあ逆に介護されるようになるんじゃねえの」

 「アッハッ、そうかもね」

 だけど、年金の少なさをボヤキ

 「これじゃパチンコ代にもならないよ」

 などと愚痴っぽく話される人が多い中で社会貢献をしようなんてスバラシイよね。 お次は65才になったという20年来の常連さんである。そしてかなりのベッピンさんである。当湯(うち)では一二を争う?(別に争わなくてもいいんだがね)美人である。エッ、ビジンと言ったって65のオバンじゃないか?ですって。まあそう言いなさんな。

 しかしこの人、時として顔に似合わない会話をなさるんだ。先日も下足の札が見つからないという

 「誰か盗んでいっちゃったのかねえ」

 と言う。

 「今時、履物を持っていく人なんかいませんよ」

 ということでよく探してみたらポケットに入っていた。まだボケるには早いでっせ。

 そして今月は2年に一回の東浴組合が発行している共通割引入浴券の期限なんである。10枚単位で4000円という300円の割引になっているから利用率がかなり高くなっている。有効期限は1年間で毎年6月が期限になっている。ベッピンさんも使用しているのでアタシャ申し上げたんだ。

 「入浴券は今月で期限だから無駄にしないようにね。期限が過ぎると紙屑になっちゃうし、余りそうなら新券と交換するからね」

 アタシャ多くの利用者に説明しているんだが、このベッピンさんはこう宣われたよ。

 「あらそうなの、そんなの初耳だわ、ハツミミッ……」

 ウッホッ、ヤだねえ美人さんよォ、もう20年来使っているし毎年説明してるじゃない。で、アタシャ、こんこんと?ご説明申し上げたよ。ところが説明が済むとまた

 「でも今日が初耳だわ ハツミミッ」

 ウーム、どうも容貌に似合わずトンチンカンだ。あたらベッピンさんも天は二物を与えなかったか−−。

2007年06月05日

ほんとに不老長寿だねえ

 開店である。

 いつもゆったりゆったりと見えられたご老体。

 毎日に近い常連さんでオン年96才という当湯(うち)の男湯では最長老である。以前もこのブログに登場してもらったことがあったと思うけど、今日はフロントで茶封筒を置かれて料金を払われた。アタシャ何気無く封筒を眺めたら、「満州電業会」と書かれてある。ホウ、満州とは今時もう目にしない言葉じゃないか。

 アタシは早速お聞きした

 「満州にいたことがあったんですか?」

 「そう……」

 ウーン満州ねえ……。アタシャ軍国少年時代を思い出したよ。

 ♪ここわァお国ォ何百里ィ離れて遠ォき満州のォ〜♪

 軍歌だぜ、相変わらず古い話だねえと笑わないでよ。だけどさ、今日ビの人に満州なんていったって分からんよね。話を進めるためにちょいと辞典から解説しておこう

 『満州→中国の東北一帯の俗称』

 ですとさ。そこでアタシャさらにお聞きしたんだ。

 「満州電業会ってどういうことですか?」

 「ウン、俺ね、戦時中、関東軍に入っていたんだよ。それが終戦になってそのまま満州に電気を送る電業会に移ったんだけど昔の仲間がこうやって今でも連絡を寄越すんだ」

 ウーン、満州の次は関東軍か。ますます古くなってきたぞ。そこでまたまた字引だ。

 『関東軍→満州に駐屯した日本陸軍部隊、日露戦争後、陸軍部が独立したもので日本の満州支配の中核的役割を担っていた』

 とある。お分かりですかな?、よく分からない?。そうでしょうなあ、しかし何となく分かったような気持ちで聞いてよ。

 関東軍に所属していたとなりゃあ、このご老体はかって颯爽たる軍隊の精鋭だったんだ。軍国少年が今度は尊敬だよ。

 アタシャ思うんだ。この方はまさに矍鑠(かくしゃく)の言葉がぴったりする人だね。エツ、カクシャクってどういう意味だって?、じゃまた字引と参ろう。

 『矍鑠→年老いても丈夫で元気なさま』

 ねッこの方にぴったりの表現でしょッ。人間、矍鑠でありたいけどなかなかそうはいかねえんだよなあ。

矍鑠については以前「1010・82号のフロント日記」で「銭湯には不老長寿の人もいるんだ」と、全国を自転車行脚をした人が86才になっても近在を自転車で走り回っているご老体について「矍鑠そして不老長寿を地で行く人だ」ということを書かせてもらったが、この自転車行脚の方が昨年大病に侵され2ケ月程入院されたんだよね、それ以来、あれだけ元気だった人がすっかり弱られてしまったんだ。

 最近は杖をついて風呂にやってくるようになってしまった。不老長寿の人も病には克てないんだなあと人生の悲哀を感じていたんだけど、その元不老長寿の方が今日の主役のご老体を表してこんなことを言われたんだよね。

 「俺が元気だった頃、鮨屋ヘ連れてってもらったんだけど鮨屋の板前さんが、毎日のように来て銚子を3本ほど飲まれるっていうんだ。最近は俺の体が弱ってモタモタしていると桶から腰掛けまで揃えてくれるんだからねえ。俺より10も上なのにどっちが年上かわからんよ。あの人は怪物だねえ」

 と驚嘆されていましたなあ。

 尚、この怪物さん、前に書いた時にも紹介したと思うけど、文学座の名優で料理通としても知られていた故・金子信雄さんのお兄さんになるんだよね。金子信雄さんは東映の俳優でも活躍されていたけど、お兄さんのほうは満州から帰国してより役者ではなく東映京都撮影所にお勤めだったという。

 その金子信雄さんは70代で亡くなったそうだがお兄さんは百才は軽いねえ。

 アタシャ長年、湯屋稼業をやっているが、今まで百才の天寿を全うされた人にはお目にかかったことがない。世の中は現在未曾有の高齢化時代になっている。当湯のお客さんにも90過ぎた元気な方は何人もいますし、これから更に増えるんじゃないかなあ。

 願わくばお兄さんには当・さくら湯で百才の先駆者となってほしいねえーー。

2007年06月03日

奥さんのパチンコはねえ

 個人タクシーの運転手さんが見える。

 もう50代であろうが、いつも開店間もなくの人である。

 「あたしは、あんまり昼間出ることは少ないんだ」

 と言われるから個人タクシーは比較的自由なんですな。来るとやはり商売柄のせいか時候の挨拶が多いようだ。
 
 「今日はこんなにいい天気だから夜も降らないでしょうね」

 「降ったらやはりよくないんでしょ?」

 「そうね、途中から降ってくる場合は結構乗ってくれる人がいるけど、降り放しじゃだめですね」

 あまり饒舌な人じゃなく簡単な挨拶で入られるんだが、今日は珍しいは話しをなさった。

 「オヤジさんはパチンコをやるの?」

 「いやアタシはパチンコをやったことがないんだよね」

 から始まり、こんなことを言われたんだ。

 「仲間の話なんだけど、あたしらの仕事は出かけると一晩中帰ってこないでしょ。それで奥さんがパチンコにのめり込んでいたらしいんだね。おやじは奥さんがパチンコに凝っていたんなて全然知らなかったらしくて、ある日突然サラ金から大きな金額の請求が来てびっくりしたらしい。何でもとても払えるような金額じゃなかったらしいんだね。それで今、別れる、離婚するっていう問題になってるんだって」

 ウーン、時折どこぞの奥さんがカラオケやパチンコに夢中だなんていう話は聞かないでもないが、こんなに家庭騒動になるような話は初めてである。そこでアタシャ当湯(うち)の常連さんで、いつも声高にパチンコ談義をしている40代の独身男性に聞いてみたんだ。先ほどのタクシー運転手さんの話を簡単に説明してね。

 「今のパチンコ屋さんには奥さん方が多いの?」

 「奥さん方?、多いなんてもんじゃないよ。朝っから一杯やってるよ。そしてね、今のパチンコは昔と違
ってハンパな金じゃないからね。2万3万じゃしょうがない、最低5万位は必要なんだ」

 「ホウ、じゃ奥さん方も結構使うんだろうねえ」

 「そっ、バンバン使ってるよ。カードだなんだかんだって、サラ金から借りてくるらしいんだよね」
 
 ホホウ、先刻のタクシー運転手さんの話を裏付けることですな。

 今、奥さん連中の間にパチンコブームが起きてんのかねえ。それにしても女湯からパチンコの話はついぞ聞こえてこない。男湯の脱衣場からは競馬・パチンコの会話がトップだが、公衆浴場の女湯ではやはり女性がパチンコをする話ははばかるんでしょうかねえ。

 それにしても亭主に内緒で道楽にのめり込み、気が付いたら借金の請求書がワンサカきたら何も知らないご亭主はタマゲルよねえ。

 毎日、一晩中働いているのに留守を預かる奥さんが亭主のいないことをこれ幸いと道楽三昧に耽っていたらご亭主はたまったもんじゃないですな。

 そういえば先日の新聞に給食費・保育費の滞納問題が大きく出ていましたなあ。「奥さんの使い込み」との見出しもあったが、その滞納額が年間、相当な金額になるという。徴収員が集金にうかがっても何だかんだと理由をつけて払わないらしい。ご主人に話をするといえば、主人には黙っていてくれと懇願するという。記事には奥さんの使い込みの内容にまで触れていなかったが、これなんかもパチンコなどのギャンブルに夢中になって……というケースが多いんじゃねえかなあ。

 記事には

 「こんな親の姿は子供にも大きな影響をもたらすだろう」

 とも書かれてあったが確かに子供の教育にはロクなことがないよねえ。

 しかしパチンコにのめり込んじゃうと子供のことなんか考えないんだろうよ。先刻のパチンコマニアの男性がこうも言ってましたな。

 「奥さんの中には小さな子供を連れてやってる人もいるんだから、どうしようもないよ」。

 この男性は独身だから家庭の心配もなく心置きなくパチンコに専念できるんだろうが、フツーの奥さんはそうはいかねえもんなあーー。

2007年06月02日

イチローはなあ

 テレビがスポーツニュースをやっている。

 イチローの連続試合安打がトップニュースだ。近年は日本プロ野球は二の次でまず大リーグありきの感じが定番になっているようだ。

 「イチローはほんとによく打つねえ。大リーガーとしてスターになったの彼だけじゃないかなあ。松阪は人気はすごいけど力はこれからだし、松井も程々打っているものの日本にいた時みたいにホームランが出ないしなあ」

 湯上がりの中年の男性である。

 野球談義が脱衣場から少なくなっている時にこの人はいつも大きな声で巨人の応援をしているようである。

 アタシも同感の感じだ。とにかくイチローの活躍は群を抜いている。今日の新聞にも「連続試合安打・イチロー25に」の記事が大きく載っている。マスコミもイチローの活躍を当然であるという書き方だよ。

 男性が言う。

 「この間、何かに出ていたんだけど、イチローは日本が生んだ最高のヒットメーカーだっていうんだよね。確かにそうだろうねえ」

 「ウン、そうかもしれないね」

 アタシャ軽く相槌をうった。

 さて、イチローがプロ野球の生んだ最高のヒットメーカーだという話の流れになると、アタシャ例によって古いことを書きたくなる。日本の最高の安打製造機は誰か?。現在の野球ファンならイチローで異論を唱える人もいなかろうが、でもね、アタシのような古めかしい野球ファンは

 「果たしてそうだったのか?」
 
 とちょいと考えてみたくなる。そこで引っ張り出してきたのが「スポーツ20世紀・ベースボールマガジン社」という1冊である。この本の中に「ヒットメーカーの快哉」といった項目があり「張本からイチローまで、1本のヒットで見る者を唸らせた打撃の職人たち」として何人かの活躍ぶりが書かれてある。

 張本の3085安打を筆頭に2000本以上のヒットを打った選手が載っている。列挙してみよう。

 まず若松勉(ヤクルト・2173本)藤田平(阪神・2064)、谷沢健一(中日・2062)、加藤英司(阪急・2055)新井宏昌(南海・2038)などだが、イチローはまだ現役だから現在1125安打である。しかしこのようなヒットメーカ−の中で張本とイチローはヒット数以外でも凄い記録を打ち立ててるんだな。例えば張本の首位打者7回にイチローはシーズン210安打に連続6回の首位打者になっているんだよね。

 ただ張本の凄さは3000本のヒットを打ちながらも単なるヒットメーカではなく本塁打504本っていうんだからホームランバッターでもある。だから106本の本塁打でしかないイチローよりこと長打力の面では数段上である。

 しかしイチローの持ち味はあくまでヒットメーカー。これからさらに安打数を伸ばすであろう。メジャーの連続安打記録はヤンキースのジョー・ディマジオの56試合だっていうからイチローの視野にはこのディマジオの記録も意識しているだろう

 それとイチローの年間最高打率は3割8分5厘となっているから、メジャーでもタイカップなど数人しかなし得なかった夢の打率4割への挑戦も考えに入っているのかも知れないな。
 
 とまあ、ここまで書いてきてアタシャしみじみ思うんだよな。イチローや松井がもし海を渡らずに日本プロ野球界で今も活躍していてイチローが日本人初の4割打者になり、松井が王さんの年間55本塁打を更新するようなことがあったら日本のプロ野球は今のようにスーパースターがいなくて人気が低迷するようなことにはならなかったんじゃないかなあ。

 それとね、日米彼我の実力差がほとんどなくなっていると思われる現在、アタシャ以前にも書いたが、日本プロ野球生みの親でもある正力松太郎の理念だった

 「太平洋を挟んで真のワールドシリーズの実現」

 を期待していたんだけど今日ビのように我も我もと海を渡りたがり、日本の野球がメジャーのマイナー
化していくような時代じゃ、オールドファンのはかない夢か−−。






文章および画像の複製、および無断転載を禁止します。

Copyright © SORYUSHA All Rights Reserved.