風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2007年05月30日

年金はねえ

 男の脱衣場から中年男性の声高な会話が聞こえてきた。

 年金の話のようである。

 「国民年金は決まった金額だし、厚生年金はちょぼちょぼしかもらえないから、とっても年金だけじゃやっていけないんだ」

 「俺も年金の年数が少ないかちょぼちょぼよ。だから何かしなけりゃ家賃も払えないからねえ」

 昨今、高齢化時代を反映して年金の話題は結構多い。敬老入浴に見えられる人達の多くは年金生活者のようでもある。60過ぎた毎日の常連男性が数年前失業して

 「どうしようか。貯金なんかないしなあ」

 と途方にくれていたのでアタシは

 「年金はないの?」

 と聞いてみたんだ。そしてもう一言

 「役所で聞いてみたら?」

 とも付け加えた。

 「年金?、まだ62だからなあ。あれは65才からなんでしょ?」

 「いや、65前でも貰えるらしいよ」

 ということで数日後

 「区役所で聞いてみたら案外もらえるんだよね。助かったよ。これで仕事が見つかったら家賃を払って少しは小遣いも出るしね」

 と、嬉しそうに報告されたことがありましたなあ。

 先ほどの中年男性氏がフロントで今度はアタシに年金の話を振ってきた。

 「今、年金のことを話していたんだけど、ダンナも年金をもらってんの?」

 「年金ねえ……。国民年金は振り込まれているけど一体いくらなんのかねえ」

 「国民年金だとン年掛けて2ケ月にン万円でしょ?」

 「さあ……」

 アタシャ、しがなくても湯屋稼業をやってるもんで、年金のお世話にならなくて何とか食ってはいける、で、どのくらいの金額が振り込まれているかもよく知らないんだ。まあ、日銭商売だから食うにはなんとか困らないんで、年金に対してはどうも無頓着だったんですが、これではいけませんな。しかしねえ、どっちにしてもアタシャ国民年金だけでは食うことはとうてい覚束ないでしょうから終生アクセクと働かなきゃなりませんなあ。

 そんなとき今日、一通のはがきが届いた。A生命保険会社「年金お支払い及び手続き省略のお知らせ」っていうやつだ。アタシャお客さんと年金の話をしたばっかりだから

 「は〜てな、この年金は年に1回なのかな、それとも数回払われるのかな」

 と遅まきながら年金に目覚めたんですわ。そこでA社に電話で問い合わせてみたんだ−−。ここからは年金の本題から外れるけどね。

 A社の担当だという女性が出てきていう

 「お客様はこの保険のご本人様でしょうか」

 から始まり、住所だ生年月日だなんだかんだと細かく聞いてくるんだな。アタシャ、年金が年払いかどうかの一点を聞けばいいのに電話のせいか、イヤハヤ細かく身上調査なんだ。個人情報保護法とやらで何とも面倒臭いご時世になってんですねえ。

 そういえば「山本夏彦箴言集・ひとことで言う」にこんなことが書かれていましたっけ。アタシャ、この本が大好きなので時々引っ張り出して引用させてもらっているんだが、今日も書かせてもらおう。

 《本人が本人であることを証明するのはいま困難である》

 −−銀行に新しい口座を開こうとしたら、お使いではいけない、本人に来て頂きたいと言われた。本人が本人であることを証明するのはいま困難である。この十何年文学者の間にアイデンティティが論じられたのはこれかな。ついに自分が自分であることの証明が庶民に必要になったかと私は苦笑した。 

 昔は米穀手帳を持参すればよかったが今は写真が貼ってなければならないという……たまたま持参していた自分の文庫本には写真と略歴が載っている。名刺もあるといったら、文庫も名刺も『官』ではない『私』であると断られた。

 自分を自分であることを証明するのは困難である−−。ほんとですよねえ。
 
そのうち銭湯でも初めてのお客さんに対して

 「アナタのお名前なんてえの?」

 といちいち聞くような時代に……ならねえよなあ−−。

2007年05月27日

ダービーに夏場所の千秋楽に

 気温27度、日差しが眩しいくらいの快晴である。

 もう夏だな。商売のほうも期待の膨らむ陽気だ。開店と同時に入ってきたサウナの常連さんが3人。

 来るなり

 「ダンナッ、競馬を掛けて」の一声。

 そうだ、今日はダービーじゃないか……。その中の一人が言う、65才の警備会社で働いているというヒト。

 「今日は15番で決まりだよ」

 このヒト、始まる前はいつも人気馬を頭だと断定する。そしてほとんど外れる。外れると一着に入った馬を

 「××も一応みていたんだ」

 とのたまう。アタシャ、よく言うんだ

 「競馬に絶対はないからねえ」

 今日の一番人気は15番・フサイチホウオウ。単勝人気百円台、ダントツの人気である。3時40分、ファンファーレだ。アタシャ、サウナの人達に

 「始まるよッ」

 と浴室に出向いて声を掛けた。アタシャ、やさしいんだ。サウナのお歴々、あわててあがってきた。素っ裸のまま観戦である。

 レース展開をちょいと書いておこう。向こう正面から3コーナーを回り、東京競馬場の名物、欅の大木を過ぎるとピンクの帽子が抜け出してきた。そのまま4コーナーを回り直線に入るやさらに加速してきた。逃げる・逃げる。足色は一向に鈍らない。このまま逃げ切るんじゃないかという勢いだ。ゴールまであと50。後続の馬群の中から一頭が物凄い足で追い上げてきた。黒い帽子である。あっと言う間にトップを奪うや3馬身もの差をつけて圧勝だ。

 馬番3番は唯一牝馬のウオッカ。そして逃げ粘ったのが14番・アサクサキングス。観戦の警備のおヒトが太鼓判を打った大本命、14番のフサイチホウオーはどこに消えたのやら。そしてこのヒトのセリフがまた始まった。

 「俺、ウオッカも一応見ていたんだ」

 あのねえ、終わってみれば何とでも言えますがな。問題は当てたかどうかでしょうよ。

 次いでに配当もちょっぴり書いておこうか。3連単はまたまた百万馬券で3−4−16と入り215万である。そこで例によってアタシャ評論家・予想屋の人達のスポーツ新聞による予想を眺め直してみた。8人の予想屋氏の印は、ウオッカに◎を打った人が一人、しかし2着のアサクサキングスはオール無印であり、したがって全員が玉砕である。

 そしてスポーツ紙で競馬記事の顔でもある万券のナントカ殿は今回もまた11番・ナムラマースを本命に18本の3連単予想を書いていたがカスリもしなかった。よくハズすねえ。

 「こんな馬券、予想屋がまるっきりなんだから取れっこないよ。ウオッカはみたんだけどなあ……」

 お客さんのセリフはほとんどこんなもんでしたな。

 さてテレビはダービー終了に続いて大相撲千秋楽である。今場所は白鵬の綱取りでかなり国技館も盛り上がった様子である。昨日今日は満員御礼の垂れ幕が下がった。そしてその白鵬が期待通りに14日間全勝で優勝と横綱昇進をほぼ手中に収めていた。しかしアタシャ

 「千秋楽に朝青龍を倒してこその優勝だ」

 と思っていたんだ。過去2回の優勝ではいずれも朝青龍に苦杯を喫してのものだったからね。対してその朝青龍、毎場所の稽古不足を指摘されながら圧倒的な力を見せていたが、今場所はヒザ・ヒジが痛いとかなんとかで朝青龍本来の鋭い立ち合いがカゲを潜め、12日目より3連敗と精彩がない。アタシャ、
明らかに稽古不足のツケがきているとみていたんである。

 千秋楽結びの一番は白鵬に右四つがっぷりで胸を合わされた。見た目は大一番に写ったが白鵬の吊り寄りに終始防戦一方。あげくに左からの上手出し投げで横転してしまった。これで横綱昇進に錦上さらに花を添えたことになる。

 願わくばツナを締めても朝青龍を反面教師として、相撲道を勉強し謙虚な横綱になって欲しいねえ。対して朝青龍、長年の一人天下に唯我独尊的な振舞が世間の不評を買ってきたが、白鵬というライバルの出現が良薬になって、こちらも謙虚な横綱にと願いたいなあ−−。

2007年05月26日

ゼニが絡むとねえ

 25日、金曜日である。

 と言っても何の変哲もないことだが、それがねえ。

 金曜日はもう30年余にわたって行われている敬老入浴デーである。そしてね毎月25日は昨年来、墨田区が制定した「すみだ家庭の日」なんであり、月に一回、各家庭が「家庭とは家族とは」を話し合うような一日にしようということなんですな。そこで浴場組合もその主旨に協賛して25日は敬老入浴証をお持ちの方、並びに同居している子供・孫も半額ということになったんだ。

 そして今日、金曜日が25日になったんである。まあこんなことは年に一回くらいなんだが、とにもかくにも半額とはいえ有料である。無料入浴の日が有料の日と重なってしまったんだ。

 さあどうする……である。

 25日の家庭の日は動かせないんだな。とすれば敬老入浴を動かすしかない。で、金曜日を家庭の日として半額を頂き、翌土曜日に無料入浴を行うことになったんである。どうも説明がくどくどしくなっちゃったが、今、述べたように金曜日が25日になることはごくごくマレなんだが、「金曜日はタダ」と頭の髄まで染み込んでいる?おヒトたちに周知しなければならない。

 そこで一ヶ月も前にポスターを掲示し、数日前から入口、自動ドアー、フロント前にもその旨掲示したんである。これだけべたべたポスターを張り出したのは今までにも少ない。フツーなら十分分かってくれるハズなんだが、何せジイちゃんバアちゃんが相手である

 「わかっただろうなあ、わかんねえだろうなあ」

 というのがアタシの偽らざる心境である。そして迎えた当日−−。

 常連さんはさすがに知っていなさる。入浴証と半額・210円を手際よく出される。まことに手入らずである。ところが金曜日のタダを目当てにお出でになる人にはそうはいかない

 「アレッ、お金を取られるんだァ」

 とくるからセツナイよ。

 「ポスターを一ヶ月も前から張り出してあるし、入口からここにも書いてあるんだけど」

 とアタシ。

 「だって、そんなの見ないもん」

 エバッてる。

 ヤレヤレ、しかしねえ、そんなことを言いながらも

 「210円払えばいいんでしょ」

 と入浴されるヒトはまだいい。

 「金、持ってないから、あしたはタダでしょ?。じゃ明日くるから」

 と帰られるヒトから

 「明日でいいから風呂だけ入っていけば」

 というアタシの言葉に

 「そうするか」

 と脱衣場へ入ったもののまたすぐ出てきた

 「やっぱり明日にするよ」

 ウーンねえ、世知辛い……。

 まだまだいろいろあるんだ。とにかくゼニが絡むとねえ。入口でポスターを眺めてそのまま帰られたヒトも何人かいましたな。そして70年配の男性。

 「俺、全然知らなかったんだけど、金持ってないからどうしよう。何とかなんないかね」

 ときましたぜ。

 まあ、このままいつものようにタダで入れてくれっていうことなんでしょうが、アタシャ、こんな甘ったれは好かない。キビシク接するんだ。

 「ゼニがないんなら明日タダだからあしたにすれば。ゼニがないときはしょうがないさ」

 男、未練たらしく

 「そうすっか」

 と玄関へ出たんだが、また戻ってきて言う。
 
 「この入浴証に、今日入ったことにしてチェックしてくれない?」

 言い忘れたが、入浴証には入浴日のカレンダ−が小さく載っているんだ。入浴する度にその日付をチェックすることになっているんだが、アタシャ、男に

 「そんなセコセコしたことは止めといたほうがいいな」

 とこれまた一蹴だ。

 男、何やらブツブツ言いながら今度はちゃんと帰ったが、チェックする事に何か目的でもあるのかねえ。分からんおヒトだよ。しかしね、セコイ人ばかりじゃない。中には

 「半額でもこんなにいいお風呂に入れるんだもんねえ」

 というおヒトも何人かいるんですからねえ。

 とにかく、少しでもゼニが介在するといろいろあるんだよねえ。

 たかが210円、されど210円なんですな−−。

2007年05月25日

野球人気はどうなんだろ

 脱衣場のテレビはセ・パ交流戦、巨人−日ハムをやっている。

 4−2で日ハムリードである。

 「あれっまた負けてやがらあ」

 とは中年のダンナ。もちろんG党なんであろう。昨年も交流戦に13勝23敗とかの成績しか残せず、その後9連敗・10連敗などの悪夢?を呼びBクラスへの急坂を転げ落ちたが、しかし、今年は少々違うんじゃねえかな……そんな感じがするけどねえ。

 しかしG党は何となくヤキモキしだしたようですな。そんなことで今日は久しぶり野球の話を書いてみよう。巨人の話じゃないけど

 スポーツ新聞には「横浜へ移籍の工藤が44才にして初勝利」が大きく報じられていたねえ。それにしても44才とはスゴイもんだ。昨日の工藤の投球は見てなかったけど、44才にしてはまだまだ速い球を投げるんだよね。140キロ台が常時出るんだから大したもんだ。それに独特の大きなカーブも強力な武器だな。工藤のカーブについてはアタシね、ちょっとした記憶があるんだ。

 古い話で名電工時代の甲子園ではじめて工藤のカーブを見て、落差の大きい変化に

 「こりゃあ高校生じゃちょっと打てない球だな。ストレートも速いし」

と感じたんだが、その記憶が44才の今、アタシに甦ってきたよ。この分じゃまだまだ記録は伸ばしそうだな。

 日本プロ野球の最高齢投手はいったい幾つなんだろ?。と思いながら工藤の記事を読んでいたら、記事の隅っこに「プロ野球高齢勝利(42歳以上)」の表が掲載されていたじゃないか。で、さっそくここに書かせてもらおう。

 「浜崎真二(阪急)48才4ケ月・5勝、がトップで続いて工藤公康(横浜44才・14勝から佐藤義則(オリックス)42才10ケ月・4勝、若林忠志(毎日)42才8ケ月・4勝、大野豊(広島)42才8ケ月・4勝、吉井理人(オリックス)42才0ケ月・1勝」

 の6人が並んでいる。そのうち吉井は現役だが、そのほかの人達はいずれも一時代を築いた名投手である。

 まず浜崎は最高齢での勝利投手になっているが、この頃は阪急ブレーブスの監督兼任だったんじゃないかな。アタシが小学生かあるいは中学だったころに浜崎が 登板した記事を見て

 「なんとまあ年取っても投げられるんだろ、すごいもんだな」

 と思った記憶があるなあ。

 若林はプロ野球史上に残る名投手で、この時は毎日オリオンズのプレーイング・マネージャーを務めていたんだ。昭和25年、アタシが15才で風呂屋になるため新潟から上京して初めて後楽園に野球を観戦にいった時に毎日オリオンズの監督としてアタシの座っているスタンドの目の前でサードコーチをしていたんだ。

 アタシャこれが阪神タイガース時代にMVPにも輝き、7色の魔球を操るといわれた名投手か、と眩しい気持ちで眺めていたんだよね。尚この日は毎日の対戦相手だった金星スターズの投手に、巨人の草創期に豪速球の名をほしいままにしたビクトル・スタルヒンがいたんだ。この時スタルヒンも若林もすでに晩年だったが、アタシャ日本プロ野球に残る名投手を目の当たりにみて感慨深かったなあ。
 
 さて、また工藤に戻るけど、満44才以上で勝利投手になったのは先刻の浜崎以来57年ぶりなんだってねえ。その昔のように先発すれば完投が常識だった時代から、現在は先発・中継ぎ、押さえと分業化されている時代では5回までを押さえれば勝利投手の資格がとれるから、工藤の勝ち星はまだまだ伸びるだろう。故障さえなければプロ野球の記録をつくる可能性も高いなあ。
 
 今年は横浜ベイスターズも現在首位・中日と4ゲーム差、これからの活躍で久しぶりのペナント奪回も夢じゃない。工藤の奮闘がさらに期待されるね。

 とまあ書いてきたんだが、何だって?オヤジの話はいつも古いことばっかりだって?

 しょうがないさ、新しいことはもう頭に入らねえんだもん−−。

2007年05月24日

相撲の人気がないねえ

 4時、さ〜てテレビをつけるか−−。

 アタシャ、リモコン持って脱衣場へ入った。湯上がりの、いずれも80過ぎのご老体が3人、くつろいでいる。アタシャとりあえず大相撲夏場所に合わせた。と、ご老体の一人が

 「オヤジさんよォ、水戸黄門を掛けてよ」

 と言われた。ホウめずらしい、今までならアタシが掛けるより先に

 「相撲かけてッ」

 という注文があったんだけど、相撲人気の凋落はここまできていましたか。

 ご老体は言われる

 「この頃の相撲はつまんなくてなあ。外人ばっかりだし、それも強いのはモンゴルだけだろ、モンゴル相撲なんか見る気がしないんだよねえ」

 なるほど、この手のご意見は近年まことに多いですなあ。

 ご老体はさらに続けられる。

 「あたしらの若い頃は双葉山、羽黒山などがいてさあ、そりゃあ凄い人気だったけど、この頃の相撲はなあ」

 オッホッ、双葉山、羽黒山がでてきましたかあ。若・貴時代を吹っ飛ばして一気に双葉山へと飛んでいきましたか。何ともご老体らしい言葉ですな。

 そこでアタシも相撲の今昔についてちょいと書いてみようかなと思った次第。

 双葉山といえばアタシがまだ小学校へも行かない頃の大横綱でしたな。子供の頃から相撲、野球が大好きな少年だったのでなんとなく思い出しますねえ。

 双葉山、羽黒山それに大関・名寄岩を加えて立浪部屋の3羽ガラスと言われ昭和初期の大相撲黄金時代を彩った名力士であり、ことに双葉山は69連勝という破天荒な実績を残した不世出の大横綱でしたよね。

 そして初代・羽黒山についてはアタシの小僧時代に親方が、同じ越後出身であり、加えて羽黒山が銭湯で働いていたことがあったという縁で、羽黒山後援会のいわゆるタチマチでもあったので、親方に連れられて本場所から立浪部屋の稽古風景などを見物させてもらったこともありましたっけなあ。

 さて、双葉山時代から今度は現在の朝青龍全盛期に移ろう。朝青龍については相撲人気凋落とあわせてこのブログでも何回か書かせてもらったけど、とにかく相手不在で?独壇場の場所が続き唯我独尊的になっているんであろうか、持ち前のケタ外れた気性の激しさから横綱の品格を問われる行動をたびたび起こして世間の顰蹙(ひんしゅく)を買い、好角家の眉をひそめさせてもいましたなあ。

 今場所も、場所前の出稽古で豊ノ島をガンガン痛めつけ、あげくに医者送りりにしてしまった。各部屋の親方が「横綱は稽古場では、特に下の力士とやる場合、胸を出すような稽古をするもんだけど、横綱は目一杯痛めつけるような稽古をするんだから、出稽古にきてもらった部屋の親方は

 「2度と来てもらわなくてもいい。出入り禁止にしたいようなもんだ」

 などと話していましたなあ。さらに、例によって?週刊誌に「朝青龍、白鵬の八百長疑惑」と書き立てられるし、昨日の新聞には安美錦に寄り倒されて10連勝を阻まれた際、土俵際でもつれた一番に周囲の審判席をねめ回して

 「なんで物言いをつけないんだ」

 と言わんばかりの態度を見せた上に、勝負がついて引き上げる花道で落ちていた座布団を思いっ切り左足で蹴りあげ、負けたうっぷんを晴らしていたらしい。新聞には

 「横綱の暴挙に抗議電話が殺到した。春場所の稀勢の里戦で、倒れた相手にひざ蹴りを見舞うなど内外から品格を問う声は多い。〈横綱は悔しがっちゃいけない。自分で自分を責めなきゃいけない〉。北の湖理事長もさすがに苦言を呈した」

 とあったが、日毎に募る朝青龍の傍若無人な振舞だが、協会も一人横綱に対して必要以上のことは言えないんだろうし、何よりも直接指導する高砂親方が「部屋の超特大の米びつ・金の生る木」に言いたいことも言えないんだろうな。アタシのような旧い相撲ファンは「悠揚迫らぬ横綱の品格」を期待するだに、敵役的な?朝青龍の顔を見るのもなんとなくイヤになるねえ。

 好き嫌いが強過ぎるかな−−。

2007年05月21日

やったりもらったりはねえ

 湯上がりの70おばちゃんがフロント前の冷蔵庫からオロナミンCを4本求められた。

 勿論一人で4本も飲むわけじゃない、人様に進呈するのである。

 「毎日、ごちそうしていたらゼニが掛かってしょうがないじゃない。適当にしたら」

 「でもこのくらい大したことはないわよ」。

 ホウ、お金持ちなんですなあ。失敬なことだけど身なりやそのほかの振舞などから、そうは見えないんですけどねえ。

 この人ね、隣接浴場の廃業から当湯(うち)へお出でになった人で、そう古いお客さんではないんだ。そしてね、来た当座はフロントのアタシにも

 「飲んでよ」

 とよく差し出されたんだが、アタシは番度もらうわけにはいかない。で、当初は一応辞退していたんだが

 「この程度、大したことがないわよ」

 と言うんですな。で、アタシャちょいと強めにお断りしたんだが、それ以降アタシには出さなくなったんだ。しかし周囲のお客さんには今日のような調子で、相変わらず差し入れてるようですな。

 そしてこの人ね、滅法気の強いおばちゃんなんですな。このおばちゃんを表して古い常連のおばちゃんが

 「喧嘩っぱやい人だ」

 と言っていたが、そんな言葉を裏付けるような話があるんですな。こういうことなんだけど、まあ聞いて
ください。このおばちゃん、Kさんとしておくが、Kさんと同じ頃見えた同年輩のおばちゃんがいる。こちらはYさんである。

 このお二人ね、来た当座はウマが合ったのか、しょっちゅう一緒に入り、ジュースをおごったりおごられたりしていたんだ。揃って帰り、買い物なども二人でしていたらしいんだ。いつもアタシに対しても冗談を連発し

 「あたしたち漫才コンビなのよね」

 などと言っていたんだが、ある日を境にしてた口も利かなくなり、風呂に入る時間もずらして来るようになっちまったんだ。お二人に何があったのか。ま、フロントはお客の内面にまで入らないのが常識なんだがが、最近はYさんの姿が見えなくなっていたんだね。

 「違うお風呂屋へ行ってる」

 などの話も聞いたので、アタシャKさんにさりげなく聞いてみたんだ。

 「最近Yさんの姿が見えないけど……」

 そしたらKさんが気の強さのままに言われたんだ。

 「あの人ったらね、あたしがいつも一緒になる人の背中を流していたら、なんであんな人の背中を流すんだッ、あの人なんかみんなに嫌われているのに、なんて顔色を変えて怒るのよ。まるであたしに喧嘩を売るみたいにさあ。あたしだって江戸っ子なんだから売られた喧嘩は買わなくちゃね。だからポンポン言ってやったんだ。あたしは江戸っ子だからね」

 江戸っ子を2度繰り出された。売られた喧嘩は買ってやろうじゃないか……ですとさ。イヤハヤ、スゴイい啖呵を切りなさったんだもんだ。アタシャたまげちゃったよ。

 どう?、こんな利かないヒトなんですよね。ところが人一倍利かん気の強いおばちゃんが、やたらとジュースなどをあげたがる「あげたがり屋さん」なんである。客に遠慮なく文句を言うから、周囲のお客さんか「ウルサイ人」の陰口も言われてんですな。

 そんなおヒトがやたらと「あげたがり屋さん」なんである。おばちゃんは寂しがりやなのかな。気の強さの裏返しにある寂しさが、物をあげることによって自分の存在を認めてもらおうとする、つまりは幼児性なのかもしれない。

 さて脱衣場では相変わらず寂しがりやのおばちゃんが買い求めたジュースを進呈しているようだ。遠慮する人に

 「いいからいいから、こんなもん、大したことがないんだから」

 と、得意のセリフを繰り出して「あげたがりや」の本領を遺憾なく発揮しているようだ。

 おばちゃんさア、ヒトに物をあげるのも程々にしなさいよ。あんまり相手の中に入るとまたまたマズイことが起きるからね−−。

2007年05月20日

三社祭はねえ

 今日、明日(5月17・18日)浅草・三社祭である。

 とにかく物凄い人で浅草観光センターの説明によると、2日間で200万人の人出だそうな。そして神輿が各町会から100台に神社の大神輿も出るという。テレビでもその賑わいを大きく報じている。

 この浅草・三社祭の始まりは1321年なんだってさ。1321年といやあ今から600年も前のことだ。アタシャあんまり古いことなんでちょいと調べてみたんだ。1321年は元亨元年で鎌倉時代の末期、後醍醐天皇の御代ですぜ。

 三社権現・三社明神の祭礼がそもそもの始まりだそうな。あまり古くてどうもピンときませんな。当時の浅草ってどんな所だったんだろ。

 ということで、コムズカシイ歴史はこのくらいにして、それでは当湯(うち)の三社祭?へと参ろう。実はね、毎日の常連さんで60がらみのご夫婦のダンナがね、神輿の会「さつき会」を主催なさっているんですな。そして毎年三社祭になるとメンバーを入浴に連れてくるんですよ。

 会員が約40人というから2日間で80人の入浴になるんですな。だから事前に入浴券80枚を購入されるんだが、当方、一挙に80人の入浴ですから有り難い話なんです。

 さて7時半、今日は夜の神輿だというんで

 「そろそろ大群がおいでになる時だな」

 アタシャ手ぐすねでひいて……、何もお客を待つのに「てぐすね」もないもんだが、まあ気合が入っていると解釈してくださいな。そして8時、幹事から「これから行きます」の一報が入った。と間もなく半天姿に大きな着替えのバッグを持った屈強な人たちが続々とやってきた。中には屈強の表現が当てはまらない人もいますがね。1年ぶりの顔も見える。

 アタシャ入ってくるメンバーを見ながら何となく思ったんだが、ほとんどの人が坊主頭か短髪なんですな。今、流行りの長髪はまずいないようだ。そして、もう一つ、若者と呼ぶ青年の姿も少ないようだ。近年、町会などの祭礼では神輿の担ぎ手が減っていると聞くが、そういえば現代の若者は祭り離れが顕著だと誰かが言ってたっけな。

 しかしねえ、若い担ぎ手が年配の人と一緒になってワッショイワッショイ、ソヤソヤの掛け声で町を練り歩く姿は活気があっていいもんだけど、そんな姿が少なくなるのもご時世なのかねえ。

 そんなこんなで「さつき会」の面々が次々と入ってきたら浴室はたちまち満杯になってしまった。中年の常連さんがタメ息をついていましたなあ。

 「フーッ、急に座る所もなくなっちまったから急いで上がってきちゃったよ」

 ゴメンネ、もうじき空くんだけど、今日は特別だからカンベンして……。

 小一時間、「さつき会」の人達が次々と出てくる。入ってきた時の半天姿はなかなか粋だったが、風呂が済んでシャツにズボン姿で現れると粋がどっかへ消えちゃってフツーの人間になってしまう。当り前だけど名入の半天に鉢巻き、そして白足袋姿はアタシには粋でいなせな江戸っ子を連想しちゃうねえ。どうも発想が古いなあ。現代では「粋でいなせな江戸っ子」なんているわけねえよな。

 湯上がりでこざっぱりしたメンバーにアタシャ聞いてみる。

 「これから懇親会だね。どこでいっぱい飲むの?」

 「会長の家の近所にあるA会館で……」

 「いいねえ。明日もう一日あるから飲み過ぎないようにね」

 「ウン、明日は朝の3時に集合だからとてものんびり飲んでいられないんだ」。

 浴室が潮の引いたように静かになった。戦い済んで日が暮れて−−か。しかしわが商売はまだまだ続くんだ。今から日が暮れたんではしょうがないんだよな。サアもう一踏ん張りしなくっちゃ。しかし、それにしては静かになっちまったなあ−−。

2007年05月19日

背景画はねえ

 以前、このブログにも登場してもらった78歳だといわれる男性。

 大学時代の友人が昔、横浜で銭湯をやっていたとかで、アタシとよく銭湯の話をなさるんだ。この方が今日「参考になったら」と一枚のコピーを出されたんである。

 前にも「イギリス人記者が書いた銭湯についての話」をやはりコピーしてきてお持ちになってくれたことがある。外国の人が見た銭湯観なんだが、アタシャとても参考になったので全浴新聞などに使わせてもらったんだよね。

 今日のコピーは「大人のしきたり・柴田謙介・幻冬舎」という本の中からの一部で、「銭湯の壁画」についてである。

 「大正のころ、東京・神田猿楽町に「キカイ湯」という銭湯があった。汽船のボイラーを風呂釜に利用したところから「機械湯」とネーミングされたこの銭湯は、“ペンキ絵”発祥の地でもある。経営者である東由松さんは、母親に連れられて女湯に来る子供たちを楽しませる工夫はないものかと考えて、殺風景だった湯船の背景に絵を描くことを思いついた。

 さっそく画家の川越越四郎氏に依頼し、女湯には子供たちのために汽車や自動車などの乗り物を描き、男湯には雄大な富士山を描いた。これが、銭湯のペンキ絵第一号。かってキカイ湯があった場所には今、ペンキ絵発祥の碑が立っている。ところでなぜ「富士山」だったのか。

 それは、川越広四郎氏が静岡の掛川出身だったことが影響したようである。以来、銭湯のペンキ絵といえば富士山が定番となった」

 この辺のことは銭湯の本にかならずといっていいほど記載されているから、興味のある業界関係の人は大方がご存知であろう。

 そこで今度はアタシの湯屋稼業からの壁画についてちょいとウンチクを垂れてみよう。な〜にウンチクったって風呂屋のオヤジの話じゃ知れてるけどね。

 壁画−−アタシら湯屋モンは背景画といい、それをくくって「背景」と読んでいたな。アタシがこの稼業に入った当時から背景は銭湯のシンボルとしてその存在感は大きかったなあ。やはり富士山が多かったようだが、その後、時代の流れからかあまり富士、富士とこだわらなくなっていったようだ。

 アタシャ昭和27年に独立したんだが、その頃は毎年背景は書き替えていたんだが別に富士山にこだわらずいろんな風景を描いてもらっていたよね。何を描くかはほとんど背景屋さん任せだったが、日本の有名な景色はもちろん、絵ハガキなどを参考にして日本アルプスやハワイ、グァムなどの風向明媚なものも描いてもらったこともあったねえ、あの大きな壁面いっぱいに雄大なアルプスの秀峰はそりゃあ見事なもんだったなあ。

 背景屋さんは(正式の名称は“背景絵師”というんですが)、ベレー帽をかぶり、浴槽の上にビール箱と板を置いた簡単な足場を作ってパレットとハケを持ち、下絵もせず、古い絵の上に重ねるようにハケを滑らせていく。

 雲が浮かび、山が出現し、海が荒波を打っている……。大きな壁面一杯の絵を2時間ほどで描きあげてしまい男女両面を5時間程で仕上げてしまう腕前はまさに芸術だね。この背景画の描き料は業界独自のシステムがあったんだけど、紙面が足りないから今回は割愛させてもらおうか。

 しかしね、昭和50年半ばから

 「いつまでも旧めかしい背景でもあるまい」

 という風潮が出て来て、折しもビル型の銭湯が出現する時期とも重なり、壁面をタイルのモザイク形式にする浴場も増えてきたんだ。当湯(うち)などもその口だが、近年またまた富士山の背景を望む声が大きくなっているという。

 いつぞや「背景画研究会」なる人がアタシにいろいろ聞いてきたこともあったが、歴史は繰り返すですなあ。先刻のダンナが言われた

 「どこのお風呂屋へ言っても富士山の絵がかいてあるけど、オヤジさんのところは白いタイル一色ですっきりしていてえいいねえ」と。

 これホメラレタんだよね−−。

2007年05月16日

郵便局強盗だよ

 4時過ぎ、常連のおばちゃんが入ってくるなり言う。

 「今、押上郵便局の前を通ったたらパトカーが何台も何台も来てんの。ヘリコプターもブンブン飛んでるし、何か事件があったようね」

 「ホウ、郵便局強盗でもあったんですかねえ」

 アタシャ軽い気持ちでご返事したんだが、まさかそれが現実に起きたものだとは考えもしなかったんだ。ところがねえ。

 5時、これまた常連のおばちゃんが特ダネとばかり気負って?ご報告なさった。

 「押上の郵便局に強盗が入って今、大騒ぎよ。お巡りさんが非常線みたいなものを張ってすごく大勢出てんの。身近にこんな事件が起きるとほんと驚いちゃうわよね」

 ウーン、簡単に郵便局強盗でも……なんて言っていたが現実だったんだ。アタシもいささか驚いたよ。

 銀行強盗などの生臭い事件が日常的に新聞を賑わしている昨今である。昨日今日の新聞を眺めてみても、例えば

 《母親が長男に引ったくりを指示》

 《食事の女性客 拉致暴行》

 《母親殺害の高3 右腕も肩から切断》

 《資産家の女性から詐欺750万》

 などなど陰惨な事件が日常茶飯事的に報じられている。こんな記事を読んでいても「嫌なご時世だな」とは思うものの、何か対岸の火事的に見てしまうんだ。しかし、おばちゃんの緊迫したような話を聞いて
いると、新聞記事に載るような事件はいつ何時、身近に起きるかも分からないことだと実感させらたね。 

 今日のフロントはこの郵便局強盗の話題で持ちきり?だったよ。みなさん、近くで勃発した事件にやはり他人事じゃないと感じたようですな。

 近所の70代の男性。

 「俺ね、郵便局の近くに駐車場を借りてんだけど、ちょっと前にあそこへ車を入れにいったんだ。事件に巻き込まれなくてよかったよ」

 ホホウ、まさかそばを通っただけで巻き込まれることもないでしょうがしかし何が起きるか分からないからお客さんの言葉も笑い話じゃすまないな。

 60代の男性が言う

 「うちの女房が1時間ほど前にあそこにいたんだ。事件の時間にいなくてよかったよ。いたら人質になっちゃったかもね」

 「ほう、そりゃあよかった。しかし事件ってどんな内容だったんだろ?」

 「さあ詳しいことは分からんけど……」

 押上郵便局は当湯(うち)から200mほどの所にあるから近所の人たちがしょっちゅう出入りしているんだ。

 事件の概要を新聞から引用してみよう。

 「郵便局強盗 50万奪い逃走−−の見出しで、16日午後4時ごろ、墨田区業平4の押上郵便局に男が押し入り、女性客に包丁を突きつけ、カウンター内に手提げバッグを投込み「金を入れろ」と脅した。局員がバッグに現金約50万円を入れると、男はバッグを奪い、同郵便局の裏手に止められていた自転車
に乗って逃げた。
 女性客にけがはなかった。本所署で強盗事件として男の行方を追っている。男は30〜40歳、身長1メートル60〜70。紺色の作業ズボン、チューリップ型の帽子をかぶり、マスクとサングラスで顔を隠していたという」

 夜になってやってきたやはり常連の初老の男性。

 「押上郵便局に強盗が入ったんだってねえ。物騒だねえ。あの郵便局は家から近いから、年金やら何やら虎の子が入っているんだけど、こんな物騒だと考えちゃうなあ。風呂へくる時に郵便局の前を通ってきたんだけど、警官がいっぱい出ていて物々しい雰囲気だな。そして笑いながら続ける

 「50万持って逃げてるってんだけど、この風呂屋へも聞込みにきたかい?」

 「いえ、そこまではねえ」。

 「でもさあ、風呂屋で着替えてまた逃走したなんてさ」

 モシモシ、ダンナねえ、テレビドラマじゃありませんがな−−。

2007年05月14日

またまたまた万馬券だねえ

 今日は「G1のヴィクトリアマイル」があったんだな。

 アタシは開店と同時にテレビを競馬に掛けておいた。

 しかしG1レースとはいえクラシックじゃないから掲示板に書くつもりもない。馬券も買ってないからただ漫然とテレビを眺めていたに過ぎない。で、今回はレース展開もよくわからなかった。

 40代の競馬マニアが入ってきた。アタシャちょいと聞いてみる。

 「どうだった?」

 「ダ〜メッ。あんなもん取れこないよ。まるっきりの無印だもん」

 続いては職人風の50前後の男性

 「ウ〜ン、また百万馬券だよ。新聞の予想通りに買ってみたんだがカスリもしねえんだ」

 工事現場で働くやはり50がらみの男性は

 「新聞の予想で100円券16枚買ったけどゼ〜ンゼン」

 みなさんオール外れのようでしたな。ここで一応、レースの配当を簡単に書いておこう。18頭立てで4番3番16番と入り、単勝が6030円で3連単がなんと228万3960円である。前回の皐月賞、NHKマイルカップに続いてまたまたン百万の超馬券ということだ。

 続いて中年の男性

 「最近の競馬は滅茶苦茶だね。万券が当り前になっているし、けどこのレースの勝馬はあの前川清なんだってさ。そして賞金が3600万、スゴイねえ」

 そういえば今日の競馬の話題は馬主が歌手の前川清ということでクラシック・レース以上に何人もの人が口の端に乗せましたなあ。

 さて、当湯(うち)の競馬マニアでは真打ち?とでもいうべき競馬通のお人がみえた。アタシャさっそく聞いてみる。

 「この頃はやたらと百万馬券が出るけど今の馬券の仕組みも影響してんのかねえ」

 アタシャ競馬をやらなくなって十数年も経つんで、もっぱら馬券の大家?に聞き役である。

 「そうねえ、異常とも思うけど一つには情報の不足なんじゃないかなあ。評論家や予想屋の話を聞いて我々は予想を組み立てるんだけど、プロの予想屋が軒並み外してるんだからねえ。評論家が無印にした馬が頭で飛び込んでくるようなレースが多いんだから、素人に当りっこないよ」

 万馬券の元凶は評論家にあり、ですかな。一理ありますよねえ。

 昨日のスポーツ新聞を眺めてみると、1着・前川清の「コイウタ」にはほとんどの評論家が無印である。前回も書かせてもらったが、Nスポーツの予想の顔でもあり、いつも競馬予想のトップに載る「マン券のナントカ」というお方の予想は本命を5番に、3連単は例によって18本である。

 そして「マン券氏のあげた3連単はオール7万越え」とサブタイトルもついていたが、終わってみればマン券氏の本名馬はなんと12着という大ハズレ。したがって18本の3連単はカスリもしなかったよ。前回も完敗しちゃったけど、この人の予想に乗ったであろう多くの万券を夢見たファンのタメ息が聞こえるねえ。

 だけど、明けても暮れても馬を見て予想と睨めっこをしている?プロのお歴々がいとも簡単に惨敗してしまうということは一体どういうことなんだろ。惜敗ならいざ知らず惨敗の完敗の、も一つ壊滅だもんねえ。

 新聞には前川清に関連して芸能人の馬主の記事も載っていたなあ。古いところでは俳優の高峰三枝子に歌手の春日八郎、村田英雄からロイ・ジェームス、そして近年の北島三郎などなどに、映画監督の森田芳光に俳優の小林薫、荻本欽一、梅沢富美男などの名前が挙がっていたっけ。

 さらに馬の名前も面白いよね。馬名についてはカタカナで9文字までとされているようだけど、それぞれに由来があるんだろうなあ。その昔にロイ・ジェームスがつけたプーサンや北島三郎のジェロニモなどが思い出されるねえ。今日のレースでは「サヨウナラ」という馬がいたねえ。

 18頭立ての17着、ブ−ビーだったが。これは名前の通り「ゴールよサヨーナラァ」で、名は体を表したのかねえ−−。

2007年05月12日

高校野球の特待生はねえ

 テレビは「高校野球の特待生制度の見直し」を報じている。

 湯上がりのフロントでそれを眺めていた中年の男性がアタシに話しかけてきた。最近見えるようになったちょいとインテリっぽい人である。……ぽい人とは失敬だが、庶民的な下町の人間が多い中でアタシにゃそう感じたんで、だからどうだって言うことではない。そのインテリさんはこう言われたんだな。

 「高校野球の特待生制度なんかず〜っと以前からあったんだよね。それがなんで今頃出てきたのかねえ。そして調査して特待生制度を実施している学校が多かったんで今度はアワくって見直しだなんて何やってんだか。高野連もいい加減なもんだ」

 「そうですなあ、こんなのほじくり出したらキリがないでしょう。昔から甲子園へ出れば学校の人気が格段に上がったからねえ」

 インテリ・ダンナ

 「今頃になってなあ。高野連なんかいい加減な存在なんだねえ」ともう一回繰り返してお帰りになったが−−。

 このところテレビ・新聞のトップニュースになっている「高校野球の特待生制度」だが、ここでちょっとおさらいをしておこう。

 今年の3月だったか。西武ライオンズがアマチュ選手に金を渡していたことがわかり問題化。高野連は野球憲章に違反しているってんで全国の高野連加盟高校4700校の一斉調査をしたところ、特待生制度を実施している高校がワンサと出てきたらしい。当初は憲章違反で厳重処罰ってイキまいていたが滅法多かったんで

 「これじゃあ甲子園大会が開けない」

 となり、今度はアワ食って憲章の見直しに踏み切った、といったような経緯なんだね。「よみうり寸評」にこんなことが書いてあったな。

 「〈ドタバタ…お粗末〉〈朝令暮改〉1週間で方針転換〉。高野連は日本野球憲章を振りかざし、野球特待制度に大なたを振るってみせた。が、制度ありと申告したのは376校、部員7971人。高野連の予想を大きく上回る実態に、処分を緩和せざるを得なくなった…これでは〈朝令暮改〉の声も出よう……」。

 アタシもなんで今になって…と思うねえ。野球選手に裏金なんて遠い昔から当り前に行われていたんじゃないか。

 昔から高校、大学と有望な野球選手を集めればそれだけ学校の価値観もあがったんだもんねえ。無名高校が甲子園に出たら翌年から野球部員が激増したっていうし、ちょっと素質のある中学の選手が甲子園の有名高校の誘いで東京から長野の学校へ、四国の高校へ、さらには関西から東北の高校へ進学したなんていう話は枚挙に暇がないほどで、高校側もただ一つ甲子園目指して有望な中学生をかき集めたんだ。そこには当然金銭が絡んでいるんだろう。

 今のプロ野球選手で、この特待生制度を受けなかった者などほとんどいないんじゃないか。新聞には

 「昨年夏の大会の出場40校の中で、準優勝の駒大苫小牧高校を含む23校が制度を実施していた」

とも書いてあったが、制度を実施している高校のほとんどが私立だともいう。とすれば言うまでもなくあの楽天、田中投手や日ハムのダルビッシュ投手などなども含まれるだろう。

 こんなことも新聞には載っていたっけ。

 「日本商工会議所の山口信夫会頭は『学業で頑張っている子供が特待生になれるように、運動で頑張っている子も特待生になっていい。野球部員の特待生制度をなくすと地方の有望な若者の芽が伸びなくなる』と疑問を投げかけた」

 でもなあ、と風呂屋のオヤジはしたり顔で言いたいんだ。

 「運動最優先も結構だが学生の本分はやっぱり学業にあるんじゃないかなあ。運動バカ、野球バカを育てるのは学校の本意じゃあるまい。願わくば文武両道であってもらいたいけどなあ」

 インテリでもない風呂屋のオヤジが少々エラソーに書いちゃったな−−。

2007年05月07日

挨拶がねえ

 中学生の男の子が3人連れでドヤドヤッと入ってきた。

 1年生だという。

 そのうちの1人が「コンニチワ」と明るく挨拶をした。だが後の2人はコンニチワのコの字もない、挨拶なんか関係ないという感じである。

 アタシャ子供が快活に挨拶をすると何となく嬉しくなる。だが同じ子供でもキチンと挨拶のできる子に全然できない子……。これは性格なのか家庭の躾なのかねえ。

 挨拶といえば今の大人も会話が少なくなっていますなあ。それを端的に感じるのは毎週金曜日の敬老入浴デーですな。この日は65歳以上の高齢者といわれる人が200人以上も見えるんだが、その6割以上は金曜日だけにみえる人である。

 常連さんはフロントでの一言二言が日常的になっているが、週一の人は遠慮されているのか面倒臭いのか、会話があまりないんだな。

 昨年来、敬老入浴は入浴証が変更になり、従来のようにカードをフロントに見せるだけではなく、カードに記載されている日程表を浴場がチェックする仕組みになったんだ。このカードは四つ折りになっていて中の2ページに日程表が記載されている。ここで人柄が出る。チェックをし易いようにカードを開いて出される人。このような方はほとんどが「お願いします」と一声添えられますな。

 しかし、カードをそのままカウンターの上に投げ出すように置く人もいるし、さらにカードを定期入れのようなケースに入れたままポンと出す人もいる。こんな人はほとんどが挨拶はありませんな。当方の「いらっしゃい・ありがとう」にも無表情で無反応っていうんだから味気ない。

 アタシャ

 「子供じゃあるまいし、挨拶の真似事ぐらいしたっていいだろうに」

 と少なからずガッカリしちゃうんだよね。

 まあ、だからといって、黙〜っている人がどこへ行ってもそうだというのではなかろう。家庭での家族との会話が年中ぶっきら棒なのでもあるまい。

 高齢者といわれる年輪を積んだ人達に会話が少なくなっていくのは何が原因なんだろうか。毎日のフロントで「その昔は大人が若者に範を垂れる」のが社会の通念だった。

 そして「今の若い連中は……」という言葉がよく聞かれたもんだが、近年は逆に高齢者の会話・行動になぜか「今の年寄りは……」と言いたくなるような人の多くなったことをしみじみ感じているんだ。

 どうも今日は説教じみたエラソーな話になっちゃってるが、書き出したらこうなっちまったんだからしょうがない。

 もう少し続けさせて−−。

 先日ね、常連おばちゃんが「これ読んでみて」とタブロイド判の新聞を持ってきてくれたんだ。で、一応パラパラッとやっていたら面白い記事があった。

 「第一回義務教育皆勤賞表彰」

 という見出しで、地方のU市が小・中学校の義務教育皆勤表彰制度を新設した。小学校6年皆勤が36人、中学校3年間皆勤が240人、義務教育9年間皆勤が17人。

 興味深かったのは、9年間皆勤の17人、すべての家庭で共通項として次の4点を心がけていることがわかった。

 善悪の判断ができるような子供にする

 悪口を言わない子供にする

 人に迷惑をかけない子供にする

 朝食は家族揃って食べるようにする。

 この4項目の中に当然「挨拶ができる子供」も入るんであろう。そして、こう結んであった。

 「朝食は基本的に生活環境と健康に欠くことのできないもので、そこで家庭教育の原点がみえる−−」


 子供の教育は家庭にあり……っていうことですな。とすればフロントでろくすっぽ挨拶ができない子供
は親の躾が今いちってことになりますなあ。

 だけどと、もう一回言うけど高齢者に会話が少なくなったのはどういうことだろ?。エッ、それはそれはオヤジんとこだけだって?。風呂屋のオヤジがうるさそうな顔でフロントに頑張っているからだって?

 ウ〜ンそうかあ−−。

2007年05月04日

菖蒲湯だねえ

 5月5日、恒例の菖蒲湯である。

 菖蒲湯は冬至のゆず湯と並んで銭湯の年中行事だが、近年は10月10日の「銭湯の日」にラベンダー湯を行っているから、この三つが大イベント?になっている。

 そして菖蒲湯もその昔から見たら当然ながら大きく様変わりをしてるんだな。ということで今日は菖蒲湯の変遷についてちょいとウンチクを垂れてみようと思う。

 先日もブログで少々触れたけど、菖蒲湯の起源は遠く室町時代(1400年代)からなんだってさ。600年も前だよ。なんともまあ古いことを飽きずにやってきたもんだねえ。そこでとりあえず菖蒲湯の由来などについて書いてみようかな。

 例によってモノの本の受売りなんだが、この話は今回各浴場に張り出した菖蒲湯のポスターにも掲載されていたから読んだ方もいるんでしょうなあ。

 「中国では古来、ショウブを軒につるしたり枕の下に置いて眠ったりして無病息災を願ったそうだ。これにはショウブの形が刀に似ており、またその爽やかな香りが邪気を払うと考えられてきたからだ」

 と言うんだ。ジャキってなんだか知ってる?。エッ、ジャッキーチェンなら知ってるって?、オイオイ。邪気ってね「病気などを起こす悪い気」なんだってさ。

 さて話が脱線しちゃったけど、その邪気を払うという中国の言い習わしが日本に伝わり、聖武天皇の時代に宮中で端午の節句にショウブを使われ始めたという奈良時代の記録が残っているんだってさ。奈良時代とはまたおっそろしく古い話だねえ。

 まァそれ以降、武士の時代に「尚武」という字が使われ、武運を祈り病気にならずすくすくと元気に育つ男の子のための植物として捉えられるようになり、端午の節句の5月5日に「菖蒲湯」となったんだっていうんだよね。

 どうも今いちオモシロクナイ話だけど、次いでだからもう少し書き進めてみるから我慢して。その昔は、菖蒲のほか桃湯から塩湯に笹湯っていうのもあったんだってさ。まあいちいち解説してられねえからとりあえず桃湯を述べてみよう。

 中世以降に五木といって桃・柳・桑・槐(えんじゅ)等々を湯に入れたらしいんだな。中世以降って知ってる?、知らない?

 じゃアタシが例によって知ったかぶろう。中世ってね12世紀の鎌倉幕府から16世紀の室町幕府の滅亡までをいうんだとさ。なんだか今日は歴史を勉強してるようだよ。

 テメエで書いていてもオモシロクネエからここで昭和の菖蒲湯へ飛んでいこう。

 アタシがこの稼業に入った昭和20年から30年代の菖蒲湯ってえのはそりゃあ賑やかなもんだったよ。アタシの愚作である「湯屋番50年・銭湯その世界」からちょいと抜き書きしてみると−−。

 「菖蒲湯は大狂想曲に包まれる。子供を中心に歓声が浴室にこだまする。この歓声はドラムに和太鼓の合奏のようだ。菖蒲の茎の部分を使って笛をつくりピーピーピーピー、これは横笛にトランペットか。さらに祭りの鉢巻きよろしく菖蒲を頭に巻き付ける。
 こうすることによって『頭がよくなる』というオマジナイらしい。とにかく浴室全体がソヤソヤッ!というお祭り気分に包まれるんだ。そしてね時間の経過とともに古い菖蒲を回収し新しい菖蒲を入れたバケツを持った番頭が浴室に現れると、客は歓声を上げて寄ってくる。
そこで番頭は気分よさそうに菖蒲を浴槽にバラまく。菖蒲湯の番頭は狂想曲のコンダクターでもある……」。

 ところが平成の菖蒲湯は循環ロカ器等の時代の変化による新しい多くの機能が導入されて菖蒲を袋に入れて湯に浮かせるだけというまったくおとなしいものになっている。時代がどんどん変化して、この先いったいどうなるんだろ。

 さて最後に、先日もちょいと書いたが菖蒲湯の江戸川柳を三つばかり。

 《においよし年に一度の菖蒲の湯》

 《銭湯を沼になしたるアヤメ(しょうぶ)かな》

 《悪ふざけ菖蒲湯にきてくらべウマ(馬)》

 ウマって分かるかな?−−。

2007年05月03日

老人はねえ

 「ダンナさんはいつも元気ねえ」

 「元気?、カラ元気ですよ。お宅だって元気じゃない。若いしさあ」

 アタシャ、元気ねえとヨイショをされたんで軽くご返礼?である。

週に2〜3回見えるおばちゃんである。若いという言葉に満更でもない表情をされた。そしてちょいとご謙遜の一言も言われた。

 「もう若くないわよ、70も過ぎたし、あっちこっちが悪いのよォ」

 「そりゃあアタシだって同じでしょっちゅう医者通いですよ」。

 お互い元気だ若いのといったところで寄る年並には勝てませんな。

 「だけどね、アタシは毎日多くのお客さんに会ってるけど、特に敬老入浴の日なんか65才以上が200人以上も来るんですな。そして皆さん元気なんですよねえ。今はもう65〜70なんて壮年ですな。80代の人がざらに見えるから、御宅なんかまだ壮年……」

 「あたしが壮年なの……?」

 アタシャ定番のセリフをまた繰り出した。おばちゃん今度はちょっぴり嬉しそうな、そしてちょっぴり複雑な表情も見せたな。

 近年は未曾有の高齢化時代である。アタシが70は壮年という言葉もお世辞ではない。高齢者・老人は80からだとアタシャ思っているほどだ。

 高齢者とは幾つからか−−。これについて先日、あの有名な聖路加病院の日野原重明先生が新聞のコラム「新老人を生きる」に次のような一文を書かれていましたねえ。その中に

 「日本人の平均寿命は今や82才で、半世紀近く前に国連が老人の定義を65歳以上とした時の日本人の平均寿命68歳に比べるとその間に14年も延びたのでもはや65歳以上を老人呼ばわりするのはおかしい。
 そこで私は10歳加えて75歳以上を本当の老人と呼ぶことにし、その歳の老人のために新しい名称として《新老人》という呼称を考え老人を若返らせたのである。これは日本が世界の最長寿国であることからの発想である……」

 日野原先生は75歳以上を「新老人」だと定義されている。

そして日野原先生は1911年生まれだというから96歳になられるんですねえ。それでいて今も現役で東奔西走の毎日だそうだから、これはもう凡人には到底真似のできることではない。人生の達人とでもいうお人ですなあ。

 先生の著書の一つに「生き方上手」という本がある。何せ人生の達人先生の書かれたものだから、文中の一言一句が老人に対しての金科玉条的なんですよね。2〜3抜粋して今日の老人談義?を締めくくろう。

 まず「老いとは衰弱ではなく成熟することです」とある。詳細は紙数がないから省くけど「なるほど、そうでありたいなあ」と思わなくないかな。さらに健康についてもこんなことを言われている。

 「非常につらい戦後の体験ではありましたが、こと健康においては、極貧、粗食もわるくなかった。砂糖はもちろんのこと、塩も不足していた。たばこや酒もなかった。あのぎりぎりの生活が健康には幸いしました。
 75歳を過ぎてもなお大勢の人が健康でいられるのは、若い時に粗食を余儀なくされたおかげであり……好きなものを好きなだけ食べているいまの若い人たちに健康な長寿は望めません。現代医療の力を借りても寝たきりの長寿が関の山です……」

 そうかあ、オイ若者よッ、よ〜く聞いておきなッ。とにかく高齢者への金科玉条が満載されている本なんだから、あれもこれも書きたいと思っていたが、いつものデンでちょっぴりしか書けないのが誠に残念ですなあ。

 そしてね後刻フロントで高齢の常連男性にこの話しをかいつまんで話したんですな。ダンナが言ったよ。

 「そうかい。けどさあ健康で長生きなんてなかなかできないよ。病院へ行ってみな、年寄りで溢れかえっているじゃない。みんな医者と薬で生かされているようなもんさ」

 ウーン、生かされているとはまた現実的のお人だ。

 一度「生き方上手」を読んでみて−−。

2007年05月02日

巨人軍がいいじゃない

まずは昨日のことから。

 7時半、いつものように野球放送をかけておいた。

 しかし相変わらずお客さんの反応はない。

 最近よく書くことだが昨年来、野球人気の低迷は脱衣場にもはっきり現れている。庶民の憩いの場にもなっている銭湯は世間の小さな縮図のような一面がある。巨人の凋落が人気下降の大きな因だが、脱衣場からさっぱり野球談義が聞こえなくなっている。

 アタシャちょいと脱衣場をのぞいてみた。脱衣場には4〜5人のお客さんがいたものの、かってのように椅子に座って野球観戦といった姿はない。テレビはチラッと眺めただけでお帰りになってしまう。放送も時間がくれば打ち切ってしまうしね。そんな時、おばちゃんから声が掛かった。

 「ダンナさん、悪いけどNHKの歌番組を回してくれる?」

 ホウめずらしい。野球放送の時間に歌番組のリクエストとは。そういえば今日は歌謡チャリテイコンサートとやらをやってんだな。ウーンなるほど。これじゃあ巨人戦の視聴率が10%台をウロウロしてるという報道もうなずけるねえ。

 さてお次は今朝の新聞に参ろう。

 その前に前日の巨人−中日戦の結果を書いておかなきゃ話が進まないだ。5回まで中日に5〜1とリードされていたが7回に大逆転、そして9〜5での勝利である。これで4999勝とか。

 新聞の一面にめずらしく、ほんとにメズラシク大々的に報じていたよ。「巨人5000勝に王手!」である。最近の、というより近年は日本のプロ野球がスポーツ紙の一面になることはごくごく少ない。トップにくるのはメジャーであり、松坂・井川だ。春先、キャンプ前に

 「松坂、キャッチボールを始める」

 が大きく載るんだからアタシャ、オイオイ……と言いたくなる。今日の新聞を眺めてみてもメジャー報道が優先している。例えば、ヤンキースの松井が2塁打を放った。カージナルスの田口が内野安打を打った……などと載っている。

 以前にも書いたけど、今日ビのように猫も杓子もメジャーメジャーへとなびく風潮を「なんとなく面白くねえな」と思ってる人間には、田口が内野安打を打ったからって、だからどうなんだ、になっちゃう。

 さてさて、今日は何を書くつもりなんだろ?

 テメエでも話がこんがらがっちまったよ。そうだ、久しぶりにスポーツ紙の大見出しになったジャイアンツ
の5000勝を書いてみようと思ったんだ。
 巨人軍の5000勝は1936年の球団創設以来のものだという。1936年と言やあ昭和11年か。71年前だな。今、昔の野球雑誌を引っ張り出して眺めているけど、その間史上に残る名選手が数多く生まれているよなあ。

 ちょいと拾い出してみても草創期から三原、水原、沢村、スタルヒンに中島治康。そして川上、青田、藤本英雄ときて藤田、ONから近年の松井などなど、まあ枚挙にいとまがない。それと大巨人軍は常勝の十字架を背負っている宿命で、その昔から金に糸目をつけずに他球団の超弩級選手をかき集めたのも5000勝の歴史を彩っているよね。

 また名前をあげてみよう。古くは南海の大エースだった別所を強引に引抜きさらに国鉄の金田、東映の張本にロッテ落合、西武の清原などにと、まあこっちもキリがねえな。

 とにもかくにも5000勝は理屈抜きに金字塔である。フロントへ出てきた中年のG党男性に話しかけた。この方、前はよくアタシと巨人談義をしていたんだが近年は巨人不振のせいかあまり話さなくなったんだ。

 「ジャイアンツが5000勝だというけど、今年はいくんじゃないの?」

 「さあ、去年のこともあるからなあ。優勝してもらいたいけど……」。

 後のほうはつぶやくようにいわれて帰られた。

 原監督さあ、銭湯の片隅で巨人の勝利をひたすら待っているG党の声が聞こえますかな。今年負けたら「原のボンクラ!」とツバ飛ばされちゃうよ−−。






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