前途有望だねえ
つい2日前に5月の陽気だといわれ、桜が一気に開花したと思ったのに、今日はまた何たる寒さだ。おまけに氷雨がシトシトと降っている。
お客さんが一様に「う−っ寒いねえ」と入ってくる。
「2月の気候だってさ。この頃はどうなっちゃってんだろうねえ」
とも言われる。確かに、昨今の天候は日変りで激変すると表現したほうがいい。まさに異常気象である。地球全体が何やら大きな変化を起こしているのかねえ。
「寒いわねえ。こうお天気がころころ変わったんじゃあたしらのようなおばァちゃんはついていけないわよ」
と言われるのは60半ばのおばちゃん。
「お宅がそんなことを言ったらアタシはどうすればいいのかねえ」
「なに言ってんのよ。あたしとダンナさんとは変わんないじゃないの」。
ホウ、お世辞でも若く見てくれましたな、ウン、この方はなかなかの美人ですなあ。キレイですぜ。ヘッ、調子がいいねえ……。
さて、春の寒波襲来で無聊を持て余すような一日なんだが、そんな中でほのぼのとした話題を拾うことができたんだ。そこで今日はそのブログである。
開店早々、大柄な子が3人、連れ立ってやってきた。
「高校生かい?」
「いえ中学3年です」
その3人の中に一際大柄な子がいた。フロント前に立つと後ろが見えない。
「お前はやけにデケエな」
隣の子が言った
「こいつマジでお相撲さんになるんだって……」
「ホウそうか。そりゃあいいや。で、身長・体重はどのくらいあるんだ?」
「1m85で110キロです」
「ホホウ、じゃもうどっかの部屋からスカウトが来ただろ?」
「いえ、それはまだですけど、ボクは自分から入門しようと思ってんです」
「そうか、エライなあ。すぐそこのY町に魁皇の友綱部屋があるじゃない。それと両国には相撲部屋が沢山あるしな」
「ええ、でもボクは東関部屋に入りたいんです」
「そうかあ、元高見山の部屋だな」
「ええ、曙に今は高見盛がいますしね」。
ホホウ、仲間の言うように。これはマジで相撲志望だな。まだあどけない顔付きだが真剣さが伝わってくる。新弟子修行は厳しいけど初心貫徹と頑張ってほしいなあ。でも高校を出てからのほうがいいと思うけどねえ。
さて次に参ろう。こちらは22才だという男性。最近見えるようになったんだが、今日は入浴後、フロントでアタシに話しかけてきた。
「僕、山口県から出てきたんで、銭湯を知らなかったんだけど、東京の銭湯はいいんですねえ」
「そう、ゆっくり入ってよね。で、山口から学校へ入るために出てきたの?」
「ええ、今は専門学校に行ってんだけど、将来は翻訳家が希望なんです」。
「じゃ、親からの仕送りで?」
「ええ、ン万円の6畳のアパートで自炊して洗濯もやってんです」
ホホウ、ここにも確たる目的を持って頑張ってる若者がいたんだ。翻訳家かあ、厳しいと思うけど初心忘れずにと願うなあ。
もう一人紹介しよう。20半ばの女性でやはり最近見えるようになった人である。黒縁の眼鏡を掛けた明るい会話をする女性だ。来る度に大きなカバンをフロントに預けるが。書類がカバンのチャックからはみ出している。
「いつも書類が一杯のようだけど何か勉強してんの?」
「ええ、図書館へ行っていろいろコピーしてくるんです」
「図書館でねえ。学生さんなの?」。
「ええ大学院なんです」
「そう。大学院まで行って勉強してるんなら将来は先生か何かに?」
「ええ、できれば大学で外人に日本語の指導をするようになりたいんですけど」
「そう、じゃプロフェッサーだね」
アタシャ半分冗談めかして言ってみたんだが、応えは至極真面目なものだったよ。
「できれば、そうなりたいですねえ」
ホホウ、将来をしっかり見つめているなあ。当湯(うち)にはこんな真摯な学究の徒もいたんだ。中学出で小僧上がりの風呂屋のオヤジが持ついい加減な人生観とは大違いだよ。そして思ったんだ。
「下町の銭湯にもあのクラーク博士のBoys be ambitiousが生きていた」
とね。今の若いモンはどうして立派だねえ−−。






