感謝がねえ
開店早々に見えた60半ばの常連男性。
今日は近所の商店の袋をぶらさげてやってきた。
「何か買ってきたの?」
「うん、夕飯のおかず」
この人、独り住まいなんである。そして続ける
「俺、いつも惣菜を買うときはそこの××屋なんだ。比較的サービスがいいからいつも買ってやんだ」
買ってやる……。近年、どうもこの手の言葉が多いようだ。来てやった、買ってやる……。ご本人は無意識に使っているのかもしれない。しかし聞いてるほうは何か横柄な感じに響く。恩着せがましくも聞こえる。
アタシャ人間が古いせいかとてもこういう言い方はできないし、態度も取れない。ということで今日は風呂屋のオヤジの繰り言を聞いてもらおうかな。
毎週、敬老入浴日になるとお見えになる70過ぎの男性。今日はめずらしく孫を連れて普段の日、つまり有料入浴をなさった。そして帰り際に言う。
「俺、遠くから来てるんだ」
「それはどうも。遠くってどちらから?」
「N町2丁目……」
なんだ隣町じゃねえか。
「うちの近所に1軒風呂屋ががあるんだけど、そこを通り越して来たんだ。また来てやっからね」
「ええ、お願いします」。
とまあご返事をしたんだが、それにしても70の分別もあろうという大人が
「わざわざ来てやったんだ」
と言う。ありがたいと思いな、ですかねえ。そりゃあアタシも客商売、はるばる?来ていただくことは感謝ですけどねえ、お言葉を返すようですが、風呂屋を1軒どころか3軒も飛ばして来てくれるお客さんもいるんですぜ。こういう方は多少でも当湯(うち)が好きでお運びになるから「わざわざ」の「わ」の字もおっしゃいませんやな。
お客さんだってうちが気にいってるからお見えになるんでしょ。いつもの敬老無料入浴とは違い、たまさかお金を払ったからって「来てやった」はちと大人げないように思いますがねえ。まさか「ここはヒマでつぶれそうだから来てやった」とは言いますまい。エッその通りだって?オイオイ−−。
お客さんさあ、そんなにエラソーな態度だと、一緒に来たお孫さんにもその姿勢が移っちゃいますよ。子供の教育にもよくありませんな。
実はアタシね、以前、そういう子供を叱ったことがあるんですな。ついでだからその子供のことも聞いてもらいましょうか。
あれは1ケ月ほど前だったな。夕方ドヤドヤッと3人連れの小学生が入ってきた。3年だという。時々来ていた子供なんだが、その中に一人新顔がいた。おそらく仲間に誘われて来たんだと思うが、そいつが来るなり
「オイおっちゃん、来てやったぞ!」
と抜かしやがった。アタシャ、カチンときた。大人相手だといちいち文句を言うのもはばかるが子供相手なら遠慮はいらねえ。で、一喝だよ。
「なんだとォ来てやっただとッ。オイ子供のクセに来てやったなんてエラソーに言うやつは来なくていいんだッ。帰んなッ」
子供にしてみれば来てやったんだから「有難う」のひとつも言われると思ったであろうが、いきなり怒られて何とも不服そうだった。しかし「帰れ」と言われて「フン、じゃ帰るよ」とまではスレていなかった。そこが救いよ、そこで説教だ。
「お前はなあ、みんなと一緒にお風呂に入りたいから来たんだろ。だったら来てやったなんて威張って言うもんじゃない。お前はお風呂に入れてもらう、おじさんは入ってもらう。そこでありがとうとなるんだ。分かるか?」
坊主シュンとしやがった。シュンとしたからアタシャ教育課程一つ終了と満足しちゃったんだが、しかし坊主にはまだ続きがあったんだ。
ワイワイガヤガヤの入浴が終わって連中がアイスクリームを求めた。ここでまたくだんの坊主がホザいた。
「おっちゃん、アイス買ってやっからね」
あ〜あ、な〜んにも分かっちゃいねえ。先ほどの鬼コーチ?による熱血指導?も完全に空振りだった。子供の本質はみ〜んな素直なのに、一体誰がこんな教育をしたんだ−−。






