風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2007年04月30日

感謝がねえ

 開店早々に見えた60半ばの常連男性。

 今日は近所の商店の袋をぶらさげてやってきた。

 「何か買ってきたの?」

 「うん、夕飯のおかず」

 この人、独り住まいなんである。そして続ける

 「俺、いつも惣菜を買うときはそこの××屋なんだ。比較的サービスがいいからいつも買ってやんだ」

 買ってやる……。近年、どうもこの手の言葉が多いようだ。来てやった、買ってやる……。ご本人は無意識に使っているのかもしれない。しかし聞いてるほうは何か横柄な感じに響く。恩着せがましくも聞こえる。

 アタシャ人間が古いせいかとてもこういう言い方はできないし、態度も取れない。ということで今日は風呂屋のオヤジの繰り言を聞いてもらおうかな。

 毎週、敬老入浴日になるとお見えになる70過ぎの男性。今日はめずらしく孫を連れて普段の日、つまり有料入浴をなさった。そして帰り際に言う。

 「俺、遠くから来てるんだ」

 「それはどうも。遠くってどちらから?」

 「N町2丁目……」

 なんだ隣町じゃねえか。

 「うちの近所に1軒風呂屋ががあるんだけど、そこを通り越して来たんだ。また来てやっからね」

 「ええ、お願いします」。

 とまあご返事をしたんだが、それにしても70の分別もあろうという大人が

 「わざわざ来てやったんだ」

 と言う。ありがたいと思いな、ですかねえ。そりゃあアタシも客商売、はるばる?来ていただくことは感謝ですけどねえ、お言葉を返すようですが、風呂屋を1軒どころか3軒も飛ばして来てくれるお客さんもいるんですぜ。こういう方は多少でも当湯(うち)が好きでお運びになるから「わざわざ」の「わ」の字もおっしゃいませんやな。

 お客さんだってうちが気にいってるからお見えになるんでしょ。いつもの敬老無料入浴とは違い、たまさかお金を払ったからって「来てやった」はちと大人げないように思いますがねえ。まさか「ここはヒマでつぶれそうだから来てやった」とは言いますまい。エッその通りだって?オイオイ−−。

 お客さんさあ、そんなにエラソーな態度だと、一緒に来たお孫さんにもその姿勢が移っちゃいますよ。子供の教育にもよくありませんな。

 実はアタシね、以前、そういう子供を叱ったことがあるんですな。ついでだからその子供のことも聞いてもらいましょうか。
 あれは1ケ月ほど前だったな。夕方ドヤドヤッと3人連れの小学生が入ってきた。3年だという。時々来ていた子供なんだが、その中に一人新顔がいた。おそらく仲間に誘われて来たんだと思うが、そいつが来るなり

 「オイおっちゃん、来てやったぞ!」

 と抜かしやがった。アタシャ、カチンときた。大人相手だといちいち文句を言うのもはばかるが子供相手なら遠慮はいらねえ。で、一喝だよ。

 「なんだとォ来てやっただとッ。オイ子供のクセに来てやったなんてエラソーに言うやつは来なくていいんだッ。帰んなッ」

 子供にしてみれば来てやったんだから「有難う」のひとつも言われると思ったであろうが、いきなり怒られて何とも不服そうだった。しかし「帰れ」と言われて「フン、じゃ帰るよ」とまではスレていなかった。そこが救いよ、そこで説教だ。

 「お前はなあ、みんなと一緒にお風呂に入りたいから来たんだろ。だったら来てやったなんて威張って言うもんじゃない。お前はお風呂に入れてもらう、おじさんは入ってもらう。そこでありがとうとなるんだ。分かるか?」

 坊主シュンとしやがった。シュンとしたからアタシャ教育課程一つ終了と満足しちゃったんだが、しかし坊主にはまだ続きがあったんだ。

 ワイワイガヤガヤの入浴が終わって連中がアイスクリームを求めた。ここでまたくだんの坊主がホザいた。

 「おっちゃん、アイス買ってやっからね」

 あ〜あ、な〜んにも分かっちゃいねえ。先ほどの鬼コーチ?による熱血指導?も完全に空振りだった。子供の本質はみ〜んな素直なのに、一体誰がこんな教育をしたんだ−−。

2007年04月29日

川柳はねえ

 最近、時折お見えになる女性。

 お年は、そうさなあ若く見えるけど60半ばかなあ。

 目鼻立ちのはっきりした方なんだがアタシには少々厚化粧にみえるんですよね。だからどうだってことじゃない。大きなお世話よッと怒られちゃうよ。でもねえ、アタシャどうもろくなことを考えない。で、こんな川柳を思い出したんだ。

 ▼《一回り若くと無理し厚化粧》

 ゴメンネ美人サンに。風呂屋のオヤジがクダラナイことを書いたなんて美人サンに分かったらお風呂へ来なくなっちゃうなあ。

 ところでアタシャ川柳って大好きなんですわ。五七五で表現する風刺・諧謔(かいぎゃく) の世界にえも言われぬ魅力を感じてんですなあ。そこで今日は川柳のことを少し書いてみようかな。若い人には興味がないだろうけど。

 川柳って江戸時代の中期頃に始まったとされているが、銭湯に関する川柳も結構あるんですな。以前、全国浴場新聞のコラムに「川柳」を書かせてもらったことがあるんだけど、それをここでもう一回おさらいしてみよう。

 江戸時代の銭湯が混浴だったとはもう御存じですよね。その混浴についても面白い川柳がある。

 ▼《念のため湯屋で仲人見合いさせ》

 スッポンポンでの見合いなら間違いないですな。もう一つ。混浴のことを当時は「入り込み湯」とも言ったらしいんだね。そこで

 ▼《入り込みは抜き身ハマグリごったなり》

 ▼《入り込みはいいが伜が不心得》

 ちょっとヒンがねえな。

 次は女湯風景だ。

 ▼《口々に噂を流す女風呂》

 ▼《女湯でアカの他人を流し合い》

 この当りは現代とそう変わりませんなあ。

 もう一つ。5月5日は菖蒲湯だけど、菖蒲湯って室町時代(1400年頃)から始まったんだけど知ってた?じゃ菖蒲湯の川柳を。

 ▼《においよし年に一度の菖蒲の湯》

 さらに昔は菖蒲を浴槽にばらまいていたんで

 ▼《銭湯を沼になしたるアヤメ(菖蒲)かな》

 なんていうものもありますね。

 さてここで江戸から平成の川柳へ飛んでいこう。今、アタシの手元に「平成とっておき川柳」と「サラリーマン川柳傑作選」という本がある。両方とも一般の投句集なんだけどこれがまた滅法面白い。そこでこの2冊から勝手に銭湯のお客さんに当てはまる川柳を抜きだし、イタズラ書きをしてみよう。

 まずは、1年ほど前まで年中カップルで見えていた30代の女性。どうした
もんかこの頃は一人でお見えになる。別れたのかなあ…とすりゃあこの句だ。

 ▼《投げ捨てたい過去の男の顔とクセ》

 次いでF県からの単身赴任だという40代の男性。夏休みには家族も上京してお風呂へも見えたのである。それが最近30代の女性を伴ってやってくる。ウーン、大胆な。そこでアタシの老婆心、

 ▼《バカだなあ追ってどうする他人の夫》

 ところが

 ▼《離れない!だって貴方の子ができた》

 オイオイ、アタシャ知らないよ。

 閉店間際に飛び込んできた50前後の男性。

 「残業で遅くなっちゃった。まだ飯食ってないんだよ」

 「じゃ奥さん晩酌の支度をして待ってんね」

 「待ってるもんか、もう寝てるよ」

 そうかあ可哀想なご亭主。

 ▼《まだ寝てる帰ってみればもう寝てる》

 お次は80半ばのご老体。珍しく遅い時間にやってきた。

 「町会の役員会があってねえ」

 という。最近少々耳が遠くなっているようなので小声では聞こえない。これで役員サンが勤まるんですかねえ。

 ▼《役員会肩書きとれば老人会》。

 アタシね、川柳好きなくせに自分で創ることはまるっきりなんですな。ヒト様の名句を見てウッフッと笑い、うまいなあ、と楽しんでいるだけなんだ。でも、笑われることを承知で最後にアタシも一句。

 先日のブログ「物忘れ」の項で

 「……近年、どうも忘れっぽくてしょうがない。老いの悲哀を感じている」

 と書かせてもらったが、そんな感じを一つ。

 ▼《フロントのオヤジぼけたな釣り忘れ》

 ピリッとしねえなあ−−。

2007年04月28日

愛煙家がねえ

 公衆浴場が全面禁煙になってそろそろ1年が経つ。

 昨年5月

 「健康増進法25条により、学校、病院、公共的施設に公衆浴場も全面禁煙になりました」

 のイカメシイ禁煙ポスターを張り出した当座は

 「湯上がりの一服もだめなんかよォ」

 と多少のブーイングもあったが、現在は完全に禁煙が定着した。脱衣場の禁煙は当然となている。何せ、世間は禁煙オンパレードである。道路でも吸えなくなっているんだからしょうがないと愛煙家は達観したようですな。

 浴場の全面禁煙を実施した時、アタシャお詫び?のために、玄関前の道路脇に大型のスタンド灰皿を置いたんだが、これが案外モテているんですなあ。

 入浴で店に入る前、湯上がりで表へ出てからのお客さんがスタンド灰皿に向かって紫煙をくゆらせている。実にウマソーである。こんな姿を見ると、まだまだ愛煙家は多いんだなあと実感させられる。

 そこでそれがしだが、店では当然禁煙を実行している。お客さんに

 「健康増進法のために脱衣場でのタバコはイケマセンぞ!」

 と強いていながら当のオヤジがこっそりプカッ!とやったんでは筋が通らない。で、フロントではアメを
なめたりしてひたすら隠忍自重でしたわ。しかしね、それも1年の歳月が経てば隠忍自重の必要がない。自然と吸わないものになっている。苦痛でもなんでもなくなっている。いや、ちょっぴり吸いたくなるかな。

 じゃ、浴場の禁煙に合わせてオヤジもタバコをやめたのかって?、それがねえ、生来の意思の弱さが邪魔をしてフロント業務が終わり休憩タイムになるとそそくさと住まいへ戻りプカプカッのも一つプカッとなっちゃうんですなあ。そしてタバコのうまさを噛み締めているんだからどうしょうもない。

 そんなこんなをしている時、新聞の新刊本の広告で「愛煙家にもいわせて」という1冊が目についた。そしてコピーが

 「どうしてタバコだけが嫌われるの?タバコを吸うと病人ですか?、健康でなければ悪ですか?」

となっている。

 著者はエッセイスト・藤田美紀さんという女性である。女性の愛煙家が

 「嫌いなものを排除する。それはイジメと同じだ……」

 と切り捨てているんだ。

 「ホウ面白そう」

 タバコ好きな風呂屋のオヤジはためらわず一冊求めたっていう次第だ。これから藤田さんの愛煙家を代表する?メッセージをちょいと書こうと思う。けど、相変わらず前触れがクドイからほんのちょっぴりしか紹介できないだろうなあ。全文書きたいほどの面白い本なんだがねえ。
 「−−喫煙者はなぜこれほど肩身が狭くなったのか。マナーがわるい、くさい副流煙が毒である、社会コストがかかる、ニコチン中毒だ…と、さまざまな角度から文句をいわれる。文句だけではなく、白い目で見られ、喫煙所とともに社会の隅に追いやられつつある。
 タバコの吸い過ぎが健康によろしくないことは喫煙者なら誰でもわかっている。わかっていて吸っている。事態がそれだけですまなくなったのは、ここ数年の話だ。各自治体で喫煙制限の条例が定められ、企業も社内禁煙を推進する。乗り物も禁煙化がすすみ、街角から灰皿がなくなりつつある……。タバコはけむい、そして、くさい。それには反論できない。喫煙者はけむりのゆくえに責任を持つ義務がある。だが広い世の中、タバコ以外にもうざったいものもある……。
 そのなかでなぜ、タバコだけがいっせいに吊し上げを食らっているのだろう……」。

 もうここまでで紙数がなくなっちゃったよ、歯切れがよく小気味いい内容であり文章だけに残念だ。

 ところで筆者は1974年の生まれという若さだ。喫煙歴は10余年だという。アタシも若いときはタバコの害なんて考えてみたこともなかった。だがタバコを口にして50年も経ちガタガタな五体になっちまうと、藤田さんの本に共感しながらもタバコはやっぱり体によくねえなあと実感的に考えるようになっちゃってきた。
 でも止められない。何とかして−−。

2007年04月25日

江戸の暮らしがねえ

 今、手元に「大江戸瓦版」というB6程度の小冊子がある。

 以前、お客さんからもらった、いや、いただいた本だが、なかなか面白いんだよね。

 ちょうど町会のウォーキング倶楽部が実施した「江戸を訪ねる・江戸悲哀探訪コース」をブログで紹介したばかりで、何となく江戸に興味があったところから、そうだ今日のブログはこいつを書いてみようとなった次第。

 小冊子のサブタイトルが「江戸の暮らしがよくわかる」となってるだけにホントよくわかるんだよね。内容は江戸の町のはじまりから身分制度、教育、お金、吉原に髪型・着物のファッションにわが銭湯のこと等々が簡明に解説されてるんだなあ。

 そこで2〜3抜粋して引用させてもらおう。まあ昔、モノの本で読んだ事柄が多いんだが新しい発見もみられて参考になること大でしたなあ。

 そこでまずは江戸の町の広さから参ろうか。

 当時の江戸は東が亀戸で西は四谷、南は品川で北は千住あたりまでだったんだってね。そうすっと江戸のハズレだった亀戸は当湯(うち)から近い所だから、わが町・業平なんて片田舎のような場所だったんだねえ。
 そして「お江戸八百八町」なんていわれているけど、1781年頃には1770町もあったんだってさ。それに伴い人口も100万余だったというし、ロンドンが70万、パリで50万人程度のため江戸は世界一の大都市だったという。まったくすごい発展ぶりだ。

 次いで身分制度だけど、いわゆる士農工商とランク付けされてはいたものの実際は武士以外の農民、職人、商人のあいだには身分差はほとんどなかったんだって。身分制度では最下位だった商人が実際に江戸の社会を動かし文化面を創り経済面でも裕福だったという。

 まあ現代だって国の舵取りをする政治よりも経済界のお人たちのほうが一段と金持ちで、経済・文化の推進役でもあろうから江戸時代そのままかもね。

 そして面白かったのは江戸の食事だ。

 文面を引用させてもらおう。

 「それまでの日本人の食事は1日2食が一般的。1日3食が定着したのは江戸時代中頃からだった。食事の中身は御飯に味噌汁、納豆にたくあん2切れぐらいが定番。毎月朔日(ついたち)や15日に焼いた小魚が付けば上等。
 しかし江戸の御飯は白米ばかりだったためビタミンB1が不足して脚気にかかる人も少なくなかったらしくこれを「江戸患い」と呼んでいたんだ。朝食は午前7時頃。夕食は午後4〜5時で、これは武家も庶民もほぼ同様。当時はみんな早寝早起きだったんだ」

 となっている。1日3食が江戸の中期頃からだったなんて知らなかったねえ。

 エッ俺は知っていたって?。オッホッ、そんな顔にゃ見えないがねえ。

 そのほかいろいろ書かれているんだがここで江戸時代のわが銭湯に移ろう。まあ湯屋のことなら風呂屋のオヤジが折りに触れて知ったかぶりを披露しているけど、また改めて書いてみますわ。我慢して読んでよね。

 「江戸っ子といえば風呂好きで有名だけど、まずは朝風呂に入り、仕事から帰って夕方また入り1日2回以上入ったといわれている。というのも江戸の町は湿っぽくて風が強く、砂ぼこりもひどいのでからだが汚れやすかった。中には1日5回以上も入る人もいて、そんな人は「羽書(はがき」(今の入浴券)を利用
していた」

 「銭湯へ羽書でいくは品がよし」

 という江戸川柳があったな。といことなんだが、とにかく江戸時代の銭湯は大隆盛だったんだ。何せ慶長年間(1600年)には各町毎に湯屋がありその数500軒以上にのぼったってんだ。

 今から400年以上も前のことだぜ。エッ?、江戸の銭湯がすごかったことはよ〜く分かったけど、それに比べて平成の銭湯はなんとなく活気がないようだけど、どうなんだって?

 ウ〜ン、そういわれるとなあ、浴場数も1000を割っちゃったし、アタシャ江戸に戻りたいッ−−。

2007年04月23日

江戸悲哀探訪だって

 ウォーキング・ブームである。

 以前もこのブログで書かせてもらったが、現在の屋外での運動はゴルフ、ジョギング、マラソンなどの中でウォーキングが断トツだそうな。

 今や老いも若きも「歩け歩け」なんですな。

 今回、世間の風潮にのって?町会からウォーキングの回覧が回ってきた。町会にある「睦会」が「ウォーキング倶楽部」をつくりその案内である。

 案内の標題が「江戸を訪ねる」のテーマで「江戸の悲哀を探る・江戸悲哀探訪コース」となっている。そして江戸の一面を描写した案内文が書かれいた。いい文章なんで全文を載せたいが紙面の都合でその一部を書かせてもらおう。

 「いつの世にもあることだが、江戸にも表と裏の世界があり、富める者と貧しき者たちが共存を演じながら、当世世界一の大都市江戸を造りあげてきた。
 この巨大な都市を造るには、もちろん徳川家の強大な権力によるところ大であるが、それにもましてもっと強力な牽引力となったものは、江戸市民の最下層にいた貧しき人たちであった……。

 士農工商という身分制の下で、今でいう格差社会の底辺で蠢くように生活しながら、上辺を支えてきたのである……また、江戸には女性が少なかった……その不自由さを補うということで幕府に許可を得て設けられたのが吉原遊廓である……。そこで働く女性たちは『生きては地獄、死しては浄閑寺』と云われるほどの悲惨な悲しい〈篭の鳥〉で、漆黒の闇の中にまばゆく光る不夜城の明かりの中で、その短い命を燃やしていたのである。

 さらに、東に目を転ずると江戸の犯罪者の処刑場−小塚っ原を見ることができる……今の私たちにも簡単に想像できる。それほど人間の不幸が寄り添った場所だったのである。そんな場所が私たちの身近なところにあったのです。心を引き締めて訪ねてみましょう」

 コースは歩行距離が9Km。「言問橋→待乳山聖天→江戸猿若町(市村座。守田座跡)→小塚っ原刑場跡→浄閑寺→一葉記念館→新吉原跡」である。

 格調高い案内だねえ。このウォーキング倶楽部の世話人が60代で学習塾をなさっている人だというから、インテリ性に富んだ方なんですな。だからこそ祭りだ、盆踊りだ、餅つきだと、下町そのものの庶民的な行事が主である町会に文学の香り高い?企画をたてられたんですなあ。

 それにしても最終コースが吉原とはアタシにとってはオモシロイ。案内文にもあったように「江戸の底辺で、哀しい篭の鳥として漆黒の闇の中にまばゆく光る不夜城の明かりの中で、その短い命を燃やしていた、という吉原哀話を偲ぼうっていうんですなあ。

 吉原といやァ、アタシらの若〜い時代の古戦場だ。世話人の方は60過ぎだから吉原に実体験はないと思うんだよね。昭和33年だったかに売春防止法ができて廃止されたんだから、アタシらの世代程度が最後だったんじゃねえかなあ。

 そして同世代の大半が吉原という赤線で社会人としての洗礼を受けていたようだなァ。だけどアタシらには、そこで働く女性たちが「生きては地獄…哀しい篭の鳥…」な〜んてちっとも思わなかったなあ。

 アタシらにとっちゃあ、ただの歓楽街に過ぎなかったんだよねえ。業界の先輩に連れられてネオン瞬く
巷へ踏み込むと、厚化粧のネ−ちゃんが

 「あ〜らおニイさん、ちょっと寄ってらっしゃいよ!」

 でホイホイと、オイオイ……。

 風呂屋のオヤジよォ、オヤジはどうみたって知性的じゃねえなあ。折角の情緒ある文面も雰囲気なくなっちゃうじゃない。

 ゴモットモ−−。

 アタシャ町会の「睦会」の人に聞いてみたんだ。

 「この案内を読んで分かるかい?」

 「うん、とっても興味があるね。楽しみだよ」

 ホウ、パチンコが趣味のお兄ちゃんだと思っていたが、どうして知性的な素養があるんだねえ。

下町の庶民的な町会に文学の風が吹いてきた−−。

2007年04月21日

明日晴れるかなあ

 このところ寒くて冷たい雨が降り続いている。

 ひどく降るわけではない。シトシトと氷雨である。風も冷たい。しかし今日はポカポカといい陽気だ。久しぶりなのでお客さんの出足もいいかなと期待したんだが、今いちよくない。

 どうも思うに任せないな。フロントで何となく無聊をかこっていたら入ってきた常連のおばちゃんが言われた

 「天気がいいんでK天神へ藤を観にいったらすごい人で驚いちゃった。『歩け歩け』の人達が旗を持ってどんどんやってくんのよねえ。喫茶店も満員。帰りにK公園へ回ったんだけどここも人でいっぱい。久しぶりのお天気で土曜日だし、一気に繰り出したのよねえ」。

 う〜んそうかあ、好天に恵まれて名所へどっと押しかけたんで風呂屋に閑古鳥ってわけかあ。まあ、遅くなったら来てくれるかな、と期待しよう。

 「今日はいい天気になったけど、この頃は雨ばっかり。おまけに風は冷たいしさあ」

 というのは50代の職人風の人。さらにいう

 「我々のような貧乏人には世間の風も天気に合わせて冷たいしねえ」

 うんウマイな、このセリフ。

 「今月が雨ばっかりだったけど、今日はよくなったねえ。今までは4月の末なのに2月の陽気だっていうからねえ。最も2月にやけに暖っかくて5月の天気だといわれていたが、オテント様も今、帳尻を合わせているんでしょうねえ」

 は60代の男性。このセリフもいいねえ。普段、会話が少なくおとなしい感じの人だが、なかなかシヤレっ気もある人なんだねえ。

 それにしても近年の天気予報ならぬ気象情報はよく当たるねえ。日中カンカン照りなのに「夕方から雨」の予報、

 「これで降ってくるのかいな」

 と思っていても日暮れ近くなると「仰せの通り」降ってくるもんねえ。昔は

 「当たらないものは宝クジと天気予報」

 と言われたんだが、まさに隔世だなあ。

 今日の夕刊に『世界一当たる天気予報に・気象庁スパコン1億地点データ』の見出しとともに『……週間天気予報で当たる確率を世界トップクラスの7割前後からさらに数%アップさせる方針だ……』との記事が出ていた。

 スパコンってスーパーコンピューターの略称だろ?。しかし普通のコンピューターとどう違うんだろ?。アタシャちょいと興味があったんで例によって辞典を繰ってみた。

 「科学技術計算専用の超高速・超大型コンピューター」

 と解説されていたよ。だからどうだってこたあねえんだが、こんなスゲエものがばんばん威力を発揮するんだから、世の中のことつまり森羅万象全てが予測できちゃうようになるんだなあ。

 夕方、フロント前のテレビが気象情報を報じている。一週間の予報も図解で解説されている。今日は一日晴れるものの明日からまた雨だよ。しょうがねえなあ。昔から客商売に雨は大敵だった。「××殺すにゃ刃物はいらぬ雨の3日も降ればいい」なんて揶揄があるけど

 「風呂屋泣かすにゃ刃物はいらぬ雨がひと降りすればいい」

 てなことを思っちゅうねえ。何せ最近はテレビだゲームだなんだかんだと家庭内で退屈をしなくなったから、ちょいと雨が当たってきたら「出るのはヤ〜メタ」となりかねない。もっとも雨降りは近所の商店街でも
客足が閑散としているもんなあ。

 さ〜て明日も雨の予報か。折角の日曜日になあ……と落胆?していたら夜の情報では「明日は晴れ」のマークがついていた。ホウ、こりゃあアリガタイ。ウン、スパコンもたまには外れるんだな。まあそれだけ気象の変化が激しいってことなんだろうが、時には外れるのも愛嬌があっていいんじゃないの。

 昨日雨降り今日は風吹き明日晴れるか−−とは宮沢賢治の世界だが、昨日雨降り今日は風吹き明日は晴れますよ、ときてそれがズバリ的中……な〜んてアタシらのような古い人間には味気ない気がするんですなあ−−。

2007年04月20日

団塊の世代がねえ

 
 「おやッしばらくですね」

 「うん、ちょっと女房と旅行にいってたんで。しかしさあ、仕事から離れたらこんなに退屈だとは思わなかったよ」

 「そう、でも悠悠自適っていう感じでいいんじゃないのかねえ」

 「悠悠自適ねえ。侘びしく自適だよ。女房もそう小遣いをくれないから何かやんなくちゃね」

 この人、昨年、衣料関係の会社を定年になり、年金でお過ごしのようですな。いわゆる団塊の世代ということなんでしょう。

 『定年後、どう生きる?。地域があなたの力を待っています』などとこのところいわゆる団塊の世代に関する話題が新聞などを賑わせているが、2007年から約700万人の「団塊の世代」の一斉退職が始まるという。

 じゃ団塊の世代ってどういう世代なんだろう?。モノの本によれば

 「1947年〜49年のベビーブーム時代に生まれた世代」

ということで60才になる人達のことなんですな。だけどさあ、何でこの時期がベビーブームだったんだろう?と思わないかい?。戦時中の国策で「生めよ増やせよ」の時代じゃあるまいしねえ。そこでアタシャちょいと考えてみたんだ。

 1947年といやあ昭和22年か。憲法が制定された年じゃなかったかな。終戦が20年だったから復興途上で世間は貧困から立ち上がる時だったんだよな。食料は足りない、物資は不足している、ましてや娯楽なんかにはまったく乏しかったんじゃないかなあ。

 ないないづくしのご時世で一般庶民はゼニもないしやることがないからゼニの掛からない母ちゃんとネンゴロになるくらいだった?。となりゃあお母ちゃんはすぐポンポンが膨らんでくる、だからベビーブーム……。
 オイオイ発想が貧困だよ、ヒンコン……。ウン、アタシとしたことが、申し訳ない。

 じゃ軌道修正だ。団塊の話だったな。当湯(うち)のお客さんにも前段の人のように団塊世代が見えますな。で、そんな人をもう二人ばかり紹介してみよう。

 時折見える男性。この人も昨年、鉄鋼関係の会社を定年になったらしい。湯上がりでフロント前の〈どすこいかわら版〉を手にしながらアタシに言う。

 「オヤジさんよォ。この〈て−ねんどすこい倶楽部〉ってなんなの?」

 「ああそれね。区役所の高齢者福祉課内にある高齢者組織で、定年になった人や子育てを終わった人達のセカンドライフを応援しようっていう会で、講演会や勉強会をやって地域活動に貢献しようというのが目的らしいよ」

 「そう、むずかしい会なんだね」

 「でもフラダンスやコーラスなどもやっているそうだよ」

 「フラダンスにコーラスかあ。カラオケはないの?。俺カラオケは得意なのよ。昨日もさあ、そこのカラオケボックスへいったんだけど女の人が6人で男は俺一人なんだ。それでね、一緒にデュエットして結構楽しかったねえ」

 う〜んセカンドライフがカラオケかあ。今いち前向きじゃねえな。

 続いてもうお一人。この人も定年になったばかりだという。

「オヤジさんよォ、年金で食ってんだけど、年金なんかちょぼちょぼだからすぐなくなっちゃうんだ。パチンコもようできないんだ。何かいい仕事がないかねえ」

 「仕事?。区役所のシルバー人材とかへ行ってみたら。うちのお客さんでもシルバー人材から仕事をもらって働いてる人が何人もいるよ」

 「シルバー?。あそこの仕事はビルの掃除とか自転車整理だろ。そして時給がン百円で安いんだよなあ。大体。ビル掃除の仕事は疲れっし、自転車整理や道路整理はカッコ悪いもんなあ」

 モシモシあのねえ、仕事探してんだったら、カッコ悪いの疲れたのと言ってられますかいな。ラクしてゼニを貰おうなんてムシがよすぎますがな。

 どうも当湯(うち)の団塊さんは前向きじゃありませんなあ。エッ、何?、なんですってすって?。そういう風呂屋のオヤジは前向きかというご質問?

ウーンそう言われるとなあ−−。

2007年04月18日

選挙だねえ

 統一地方選挙終盤である。

 選挙カーがボリュームをあげて候補者の名前を連呼している。

 開店間もなくのフロントで年配の男性が「うるさいなあ」と苦々しそうに言う。

 「あれは騒音公害にならんのかねえ」

 ウーン、騒音公害ねえ……。アタシャちょいと慰めるように一言

 「まあ一週間の我慢だからねえ」。

 終盤戦ともなれば、候補者はまさにここを先途と選挙戦を展開している。マイクのボリュームも必然的に高くなるであろう。お客さんがいう「騒音公害」については新聞にも取り上げられていたので後述するとして、選挙戦は当事者にとって本当に大仕事なんだよね。

 「大仕事なんだよね」

 などと分かったようなことを言うが、実はアタシもね、以前、選挙に関わったことがあるんだ。それもン十年もね。

 アタシらの大先輩で全国浴場組合の理事長をやり、昭和34年から区議を5期さらにその後都議を5期つとめたiさんという方がいたんだ。そのiさんは墨田の浴場経営者でもあったので、アタシャ20代からiさんの選挙を手伝ったんだよね。墨田浴場支部が総力をあげて運動したんだから選挙がどんなに大変な仕事かはよ〜く知ってるんだな。

 そんなだから今でも選挙カーを見るとその昔を思い出すんだ。

 さて明日は最終日だ。ラストともなれば目一杯の運動を展開するんだよな。何せゴール寸前でおっとりと「××で〜す……」な〜んてやっていたら、緊張感も切迫感も伝わらない。迫力がなければ票も寄ってこないって寸法だ。

 であるから最後のお願いともなれば候補者はもちろんウグイス嬢だって上品に「ホーホケキョ」では済まなくなりもうなりふり構わず「コケコッコーッ」と精一杯トキの声をあげざるを得ないんだよね。今日ビと違い当時は騒音のソの字も言われなかった大らかなご時世だったからねえ。

 ところが昨今の選挙運動はちょいと様変わりしつつあるようだ。何か事があると「騒音公害」の4文字がシャシャリ出てくる。で、従来のように「がなり立てる」ことに疑念を持つ候補者も増えてきているという。

 今日の新聞には「脱・選挙カー広がる」の見出しで「名前連呼・うるさいだけ」としての記事が載っていた。一部を引用してみると−−。

 −−統一地方選で、選挙カーの使用を控える動きが出ている。騒音や排ガスで迷惑をかけたくない、経費節減になる、といった目的に加えて

 「車から名前を連呼しても、有権者の心をつかめるわけではない」

 という候補者の考えも影響している……。M区に立候補した新人候補は

 「名前の連呼だけで、選択の判断になるのか」

 と街頭演説に立って駅前で街行く人に語りかけた。

 「私はつじ立ちでしっかりと訴えます」

 小雨降る中、K区の新人候補は団地前で自転車を降りるとマイク片手に切り出した。自転車には「NO選挙カー宣言」と書かれたのぼり旗も……。

 「選挙カーは雨の日でも広域を回れ、声がよく届くメリットがある。選挙には不可欠」

 と漏らす区議候補もいる……。

といった概要なんだが、選挙に街宣車がなくなると候補者はどうやって区内を回り支持を訴えるんだろうか。選挙公報を丹念に読み候補者の選定をする有権者はそう言っちゃ何だが少ないんじゃないかなあ。とすれば自転車で辻説法・街頭演説が主になるのか。あるいは歩け歩け……か。

 アタシャ思うんだけど、選挙カーが騒音公害と騒がれるけど、毎年のお祭りで山車の太鼓や踊りの音頭に合わせて威勢のいい太鼓の音が鳴り響くのは騒音だ公害だと騒がれないよね。
 だったら選挙カーも4年に1回のお祭りだ。明けても暮れてもがなりまくり回って来るわけじゃなし、大したことはねえと思うんだがねえ。違うかなあ。

 エッ、風呂屋のオヤジはいつもヘソ曲がりのことを言うって?。世論に逆らうのかだって?

 ヘッ、ヨロンときやがった−−。

2007年04月17日

神宮球場がねえ

 7時半、テレビが巨人−ヤクルト戦を中継している。

 7−0で巨人リードである。

 そんなところへ見えたのは60代の常連男性。テレビをチラッとみてアタシに話しかけてくる。なかなか話好きの人でもある。

 「オッ巨人が勝ってらあ。昨日ねえ、久しぶりに六大学野球を見たんだ」

 「ホウ、神宮から放送したんですか。知らなかったなあ」

 「俺も何の気なしにテレビを入れたらやってるんで懐かしかったからつい見ちゃったんだ」

 「ああ例のハンカチ皇子・斎藤ですな」

 「そうッ、早稲田と東大の開幕戦なんだってさ。でも斎藤っていうのスゴイねえ。神宮球場がものすごい人気なんだ」

 「そうでしたかあ」

 で、脱衣場へ入られたんだが−−。

 ところが脱衣場で知り合いと会ったたらしく、また神宮の斎藤が……と話されていた。斎藤のデビューに感激したんでしょうなあ。しかしお相手はG党らしく神宮球場よりテレビの東京ドームのほうが忙しい。 

 「そうかい。しかし今年の巨人はやるねえ。今日だってイタダキだよ」

 「そう……」

 こちらはG党とは対照的にあまり巨人には興味がないらしい感じだである。

 「でもさあ、去年も開幕ダッシュがすごかたけどねえ」

 「いや今年は違うよ。今投げている高橋尚成がいいし内海、金刃と揃ってるから今年はいくよ」

 珍しく、ここんところ脱衣場でなりを潜めていたG党談義が復活したようだ。今年はジャイアンツ躍進の気配に、脱衣場でもまたプロ野球談義が戻ってくるのかな。

 さて、今日の本題に予定している早稲田・斎藤だが、春のリーグ開幕戦にいきなり登板とは驚いたねえ。W大の応武監督も思い切った起用をしたもんだ。もちろん相手の東大の力をはかってのことだと思うし、ハンカチ人気に東京六大学の人気復活の起爆剤を願っての起用であろう。しかし入学したばかりの新人のデビュー戦にしては大きな冒険、賭けのような一面もあったんじゃないか。

 だが斎藤はそんな危惧も吹っ飛ばす6回1安打無失点の力投を見せたんだから、こりゃあ並みの心臓の持ち主じゃあねえな。当然、新聞も大々的に報じていた。ちょっと記事の一部を抜き書きてみよう。

 「佑ちゃんフィーバーで神宮の空気が一変した。早大・斎藤佑樹投手(18)の神宮デビューに詰めかけた観衆は1万8000人。応援団の主力は学生でなく、大人の女性と子供たちだった……」。

 さらには「よみうり寸評」にも取り上げられていたねえ。

 「東京六大学の春のリーグ戦で1年生投手が先発登板するのは極めて珍しい。早大の斎藤佑樹手も投手がそれを果たし、しかも白星で飾った。開幕投手になっただけでも1930年の高橋一(帝大)以来77年ぶり、さらに開幕の勝ち投手となると1927年の宮武三郎(慶大)以来で実に80年ぶりの快挙となった。
 早大投手としては初めてだ。連敗を続けている東大相手とはいえ6回1安打無失点は立派……大学野球の人気復活へ新時代の到来を思わせた。斎藤投手の活躍は〈ハンカチ皇子〉の異名とともに広がった……」

 −−連敗を続けている東大相手とはいえ……か。確かに万年最下位が指定席でもあり、ビリになることが東大の価値観?みてえなところもあるが、まあ、かっての帝国大学じゃ並みの頭じゃ入れっこねえもんなあ。
 しかしね、アタシの子供時代のうろ覚えの記憶に梶原という名投手がいてリーグ2位になったこともあったんだよなあ。それがいつのことだったのか全然思い出せないがねえ。

 そして昨日の試合にさあ、もし、もしだよ。斎藤が東大で早稲田を完封したなんてことだったら新聞はそれこそ大見出しで

 「文武両道の名投手現れる!」

 とセンセーショナルな書き方だっただろうなあ。

 エッ、そんなクダランことを考えるのは風呂屋のオヤジぐらいなもんだって?。まあそうだろうねえ。ハア?、ところでオヤジは大学を出てんのかですって?

 もちろん!アタシの母校は名門・番大(番台)ですがな。そしてキビシイ名門校?だから、留年留年で今も現役でさあ−−。

2007年04月15日

皐月賞だねえ

 開店するやイの一番に入ってきた60過ぎの常連男性。

 開口一番

 「今日は1番15番で決まりだよ」

 あッそうか皐月賞だったな。

 朝、スポーツ紙を広げて

 「今日は皐月賞だ」

 と確認していたのに、ついうっかりしていたよ。お客さんは当然、競馬が掛かっていると思っているからアタシャ急いで脱衣場のテレビを掛けた。イの1番の男性「1番〜15番で決まりさ」とまた繰り返した。

 さてスタートだ。無風快晴、馬も気持ちよく走れるであろう。
スタートは横一線である。向こう正面に入るとピンクの帽子が抜け出した。続いて黄色が追送する。そのまま3〜4コーナーを周り直線にかかった。先行2頭の足色は鈍らない。後続の馬のほうが離され気味である。何やら

 「行った行った!」

 のレースになりそうだ。ゴールまで後50m、馬群の中から白い帽子が疾風の如く追い込んできた。抜き去るか?……と思わせたが先行2頭も粘りきり3頭ハナ面を並べてゴールに飛び込んだ。当然写真判定であるが、その前に審議のランプがついた。審議はちょいと長引いた感じだったがそのまま確定し、17番9番1番の順でハナ・ハナ・ハナの差である。

 脱衣場で観戦の数人からタメ息が出たようだ。

 「ウ〜ン荒れたなあ、こりゃあツクぞォ」

 先刻の男性が断言?した1〜15番は3着〜4着でしたな。でアタシャその人に慰めの?一言を添えたんだ

 「競馬に絶対はないっていうから難しいよねえ」

 1〜15のおヒト、自信あったんだけどなあ……とガッカリしたような声でつぶやいたよ。さては確信馬券?になけなしの?大枚を張り込みましたかな。それなら当分酒・タバコを控えなくっちゃねえ。けど、ゼニがなくなったからって風呂銭ケチっちゃダメですぜ。

 とまあそういうことで、大荒れの配当を書いておこう。まずは単勝が17番で1730円。馬連9〜17で94630円。そして話題の3連単がなんと162万3250円である。配当が確定するやくだんのおヒト、イチジュウヒャク…と数字を数えてウ〜ンスッゲエ!と唸っていましたなァ。確かにこの数字じゃ唸りますよねえ。だれかが言ったっけ

 「千円券だったら1600万かあ」

 その通り。1万だっら1億に……オイオイ、1億は宝クジの夢じゃねえの。

 そこで例によって掲示板に結果を書いたんだが、みなさん、余りの高配当に話題騒然?でもねえか。 

 「1番は買ったけど、取れっこないよ」

 がほとんどのご意見でしたなあ。後刻、女性の方もじ〜っと結果を眺めていましたんでアタシャちょいと聞いてみた

 「どうでした?」

 「ダメッ!」

 言葉少なに脱衣場へ入られたが、競馬・パチンコの類は男湯では大声で喋っていますが女湯ではほ
とんど聞かれない。現在は女性でもパチンコ・競馬ファンは多いと聞くが、脱衣場で会話をするのはまだまだ憚るようですなァ。

 ところでクラシックレースの百万馬券の出現に、スポーツ紙の予想を改めて眺めてみたんだ。プロの大評論家はどんな予想をしていたのか。まずは一面に大々的に登場した万券のナントカの異名を持つ予想屋さん。
 3連単の頭に18番を持ってきている。そして18より1・2・6・8・11・16のフォーメーションで18通りの組み合わせである。

 が、実際は前述したように17・9・1である。数字を見比べてみて、スポーツ紙のトップを飾った大予想屋さんが頭を外してカスリもしなかった。何よりも軸馬が5着以内にも入らずどこに消えてしまったのかわからねえんだから「もうもう……」だ。出走馬18頭のうち8頭に印を打ったのにカスったのが1番だけというのは何とも情け無い。

 プロの評論家は当たれば大々的に報じるが、外れても我関せずで済んじゃうんですなあ。でもね、以前にも書いたことなんだが、新聞の一面を飾るような予想屋さんには多くのファンがゼニを託すという側面もあると思うんだが

 「予想はあくまでご参考までに……」

 なんでしょうなあ。そして全11レース中1本でも当たれば「的中!」でメンツが立つんですな。

 超万馬券に風呂屋の出口が今日は「オケラ街道」になっちまったよ−−。

2007年04月14日

料理の本がねえ

 毎日見えるサウナの常連さん、Aさんというがもう60であろう。

 そしてね、Aさんの弟さんもサウナに入られる兄弟お揃いの常連さんなんである。

 しかしAさんは建築関係、弟さんは板前さんで一緒に見えることはまずない。という前置きからブログにかかろう。Aさんが今日は湯上がりでフロント前の本箱から一冊の本を取り出してパラパラッとめくっていた。

 そしてその本を手にフロントのアタシんところへやってきて言われるんだ。

 「なんでお風呂屋さんにこんな本があるんですか?」

 こんな本ねえ。確かに小説でもなくエッセイでもない。読み物ではなく銭湯とはまるっきり無縁の料
理の専門書なんである。料理と風呂屋−−Aさんの言うように

 「こんな本が……」

 ですよなあ。この本は「吉沢流・日本料理の研究(吉沢暎ニ遺稿集)」という誌名で700ページ近い分厚い本なんですな。

 Aさんの不思議そうな顔にアタシは銭湯と料理本の組み合わせについてご説明だ。

 「ああ、その本ね。実はうちのお客さんが持ってきてくれたもんで、なんでもお客さんと本の著者である吉沢さんと友人らしいんですな。そしてお客さんは以前、出版関係の仕事をなさっていたというんで、それでその……」

 なんだか説明が今いち要領を得ねえな。じゃ、この本の編集に当たったお客さんが書かれた本の「まえがき」を見てもらおう。そのほうが分かり易いな。

 「202年8月、吉沢暎二氏が急逝された。年が明け彼岸過に書斎を整理しておりましたところ、膨大な原稿が出てまいりました。まぎれもなくそれは『日本料理』に情熱を燃やした内容のものでした。夫人の茂子さんから、まだ書きかけの原稿とはいえ、このまま残しておくよりも一周忌法要に間に合わせて出
版し、お世話になった皆様にお礼をしたい旨伺いました………」

 ということで自費出版された本なんですが、この著者の料理人としての経歴がまた超一級なんですな。昭和11年に生まれてより17才で料理の世界に入り、幾多の料理店で修行し、その間、調理人として都知事表彰を始め多くの表彰を受け「業界の生き字引」と言われたような人なんですって。

 オヤジよォ、本の話がやけにクドイけど、だからどうだっていうんだ。早く先へ進みなよ。ウンそうする……。

 とにかくお客さんはアタシが本好きでクダラねえ駄文を弄していることから「参考にしてほしい」とお持ちになってくれたんだ。で、パラパラッとめくってみたんだが、この本は調理の学術書みてえな本なんでアタシには到底歯が立たない。で、本箱へ並べて関心のある方に読んでもらおうという寸法だったんですわ。
ここでやっと先刻のAさんの話に戻るんだよね。Aさんは続けなさる。

 「この本の吉沢さんという人は弟がこの本にも書かれている××というお店へ入った時の板長で弟の大先輩なんですよ。あたしも吉沢さんとは電話で話したことがあるし、こんな料理の本がお風呂屋さんにあったんで驚いたんですよ」

 Aさんはもう一回本を眺め直して本箱へ戻されたんである。

 さてついでだから内容についてちょっぴり触れておこう。例えば鰹(カツオ)の 項では

 「目に青葉と云えば、初夏の味として忘れることが出来ない魚にかつおがあります。かつおは松魚とも書きサバ科の回遊魚で黒潮にのって北上し……四〜五月頃の脂肪の薄い時のっかつおだと叩きや、土佐造りに向いておりますが……」

 といった事柄が延々680ページに及んでるんですな。ある意味では板前さんのバイブルにもなるんでしょうなあ。

 「だけどオヤジよォ、今日は珍しく料理の話しを熱心に書いてるけど、オヤジは料理が得意なのかい?」
 
 アタシ?、エッヘッお恥ずかしい。アタシャ生まれてこの方料理と名のつくことはやったことがないんですわ。電子レンジのチンも押したことがねえんだからねえ。食うことは人後に落ちないんだけど。

 そうだろうなあ。どう見たって料理をするような顔じゃねえもん。食い意地が張ってるような顔付はしてっけどさァ。オイオイ−−。

2007年04月09日

やっぱりシンタロウだなあ

 「投票、行ってきた?」

 「選挙?、あんなもん関係ねえや」

 「選挙なんか10年以上行ったことがないんだ」

 開店早々に入ってきた常連さんにアタシャご質問だ。
ハナの人は60半ばの独身男性で、普段は酒の話、女の話しなどを声高に喋っているおヒトであり、もう一人はやはり60代で道路整理の仕事をなさっているおヒト。

 ウーン、いけませんなあ。選挙に無関心を表現することが何やら当り前だという感覚ですなあ。

 次いでは80年配のご老体。

 「選挙?もちろん行ってきたさあ」

 そうでしょうなあ。極めつけはこの方だ。70年配で買い物袋をぶらさげてお見えになる下町のおばちゃんそのものの感じなんだが、どうして一家言をお持ちの方なんだ。

 アタシの

 「選挙は行ったの?」

 というご質問に毅然と?お答えになった。

 「当り前でしょ。選挙は国民の義務ですよ。昔、婦人参政権ができたときなんか大変だったんだから」

ウッホッ!フジンサンセイケンと来ましたぜ。婦人参政権といやあ60年以上も前にできた選挙法でしょうがねえ。とすればおばちゃんなんてまだ10才程度の子供だったんじゃないですかなあ。

 といったことで、アタシャのどうでもいいフロント調査?でも大方が「行ってきたよ」でしたなあ。婦人参政権のおばちゃんさあ、銭湯のお客さんは「国民の義務」をちゃんと心得ている人が多かったからね。

 さて8時、投票終了だ。いよいよ開票である。が、なんとナント投票終了と同時にNHKが「石原候補きわめて優勢」を報じ、間髪をおかずに民放は「石原当確」を流した。なんとまあ早いんだろ。近年は出口調査か裏口調査か知らねえが、まだ投票箱も開けないであろうに結果が飛んでくる。これじゃあ飯を食わないうちからクソが出るようなもんだ(キタネエ例えだな)。

 ま、早いに越したことはねえんだろうと思うものの反面、その昔のように「開票率××%○○候補ン票、◇◇候補ン票……」とやっていた時代のほうがなんとなく開票の緊張感があったよねえ。

 さて、投票結果からアタシの雑感を書いておこう。まずは各候補の得票数から。石原慎太郎281万票で浅野史郎169万、吉田万三62万で黒川紀章は15万でしかなかった。後は書く必要もなかろう。

 ここで、それにしても、ともう一回言うが、逆風選挙といわれた慎太郎知事が281万も取り浅野史郎に110万余の差をつけて圧勝しようとはオシャカサマじゃねえ、多くの識者といわれるおヒト達でも「気がつくめえ」だったんじゃないか。

 中年の女性のお客さんが言ってましたなあ。「あたし等のような裕次郎世代にとっては何だかんだと言っても慎太郎が魅力よねえ」と。またやはり中年の女性だが

 「石原慎太郎批判をしても、ほかの候補に魅力がないから消去法でいくと石原知事になっちゃうのよねえ」

 といったご意見もありましたな。

 毎日、各候補の選挙運動がテレビ・新聞を賑わしていたが、そんな各候補の動きをちょいと眺めてみると。慎太郎候補が今回は何となくおとなしい動きに見えたのに対し、ド派手だったのが黒川候補だ。前にこのブログでも早々と書いたが、豪勢な自家用クルーザーや超高級車の宣伝カーを駆使しての選挙戦は

 「これでいいのかねえ」

 と思ったよ。そして落選の弁が事務所で開票速報をみながら

 「僕はあんなものか」

 建築家として世界的ブランドを自負するお方も政治家としては「あんなもん」なんでしょうなあ黒川センセ。

 次いで浅野候補だが、こちらは後援者の激励会で大好きだというプレスリーの音楽を流してツイストを踊っていたなあ。小柄な中年男が体をクネクネさせて早いテンポの踊りを見せたり、新宿歌舞伎町でオカマを従えての演説などなどアタシにゃ気色が悪かったよ。無党派層を狙ってのことなんだろうが

 「そのまんま東」現象も起きず、アタシャ黒川候補同様「これでいいんかいな」と再
三思ったねえ。

 何にしても、大山鳴動……、な〜んにも変わんなかったよなあ−−。

2007年04月08日

春風サンデーだ

 日曜日、暖かい。

 春風駘蕩と表現したらいいのかな。

 ちょっと雰囲気が違うって?
 
アタシもそんな気がする。じゃ、なんて表現したらいいのかな?寒くなく暑くなく風もない。

 エッ、春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな−はどう?
オイオイそんな蕪村の名句を引っ張り出してきても、この場合ちょっと違うなあ。

 ま、表現はどうでもいいや、とにかくそんないい陽気なんだよな。

 今日は統一地方選挙で都知事選の当開票日だが、選挙については後刻、開票結果をみてから書くとして、その他スポーツサンデーでもあったから、その辺をちょいとスケッチしよう。

 まずは競馬だ。クラシック戦線の第1弾「桜花賞」である。例によって開店前からテレビを桜花賞に掛けておく。入ってきたお客さんが当然のようにテレビに見入る。脱衣場での競馬人気はパチンコに次いで高いんだな。

 そこで桜花賞のレース結果と参ろうか。3時45分、号砲一発、三歳牝馬がスタートした。阪神競馬場のシバザクラが咲き乱れる中を1600mを疾駆する。

 1番人気は7枠14番のウオッカ、そして対抗は大外8枠18番のショウチューじゃねえ、ダイワスカ〜レットだ。主役がウオッカだから2番手はショウチュウと早とちりしちゃったよ。桜花賞は酒屋のレースじゃねえもんな。

 さてさてクダラネエ話しはおいといて、レース展開を簡単に書いてみよう。

 ハナを切ったのは無印のアマノチェリーラン。しょせん競輪のトップ引きだ。そして直線。本命のウオッカは後方待機で、先行するスカーレット・オハラ……じゃない。ダイワスカーレットが早めに抜け出した。それを見て追い出したのがレッドバトラーである。

 オイコラッ!、スカ〜レットオハラだのレッドバトラーだのって『風と共に去りぬ』じゃねえんだ。真面目に書けマジメにッ。

 ウン、今日はどうも脱線しがちだな。じゃマジメにいこう。

 直線早々と飛び出したダイワスカーレットだが、この馬の特性を存分に生かして一向にバテない。懸命に追いすがるウオッカを寄せつけずそのままゴールへ飛び込んだ。それでもウオッカは2着だったから本命サイドのしごく固い馬券で収まった。馬連14・18で270円、3連単でも18・14・3で12680円である。

 この結果をさっそくフロントの掲示板に書いたんだ。クラシックレースに限っての掲示だが、馬券マニアのお客さんには程々、話題性の提供になるんですな。先日もこのブログに登場してもらった当湯(うち)の馬券師さん、来るなり掲示板を見て宣わった

 「今日はバッチリ。3連単も3点で取ったですよ」

 「ホウ、3点買いでねえ。そりゃあスゴイや。予想屋は18点だもんねえ」

 いつも競馬になると

 「取れねや」
 
と自嘲的にいうのがクセ?のような40代の職工さんも

 「今日はまあまあだったな」

 とご満悦の様子だった。さして波乱のなかった競馬で、お客さんの反応も平穏無事?の感じでしたなあ。

 桜花賞が終わったらテレビは「全日本水泳選手権」を報じていた。ちょうど日本のエース・北島康介が百m平泳ぎで断トツの優勝をした時だった。これで全日本6連覇だという。こうなっちゃうと往年の古橋のように「フジヤマのトビ魚」といったニックネームがほしいねえ。北島の生まれは下町の荒川だっていうから、隅田川のダボハゼ……。コラコラッ、ブン殴られるぜ。

 続いては全日本柔道選手権である。こちらは波乱万丈だったな。まずは女王48キロ級の谷亮子が決勝で福見友子に敗れた。しかしレース後に行われた北京五輪代表の選考会で負けた谷亮子が代表に選ばれたという。強化委員会は紛糾したらしい。谷の過去の実績という点が代表獲得になったというんだが、どうもしっくりしねえな。お後は男子100キロ超級の井上康生の敗北だ。こちらは「そろそろ康生時代は終わったな」という感じである。

 さて、スポーツサンデー、もうちょっとゴチャゴチャと書きたい紙数がなくなったのでいずれとするか。そろそろ都知事選挙の開票だもんな−−。

2007年04月06日

ジャイアンツがねえ

 極めつけのG党であるおばちゃんが見えた。

 以前、このブログに登場願った方で73才、古い常連さんだ。

いきなり極めつけの……、と書いたが何しろ巨人のゲームは全試合、それもテレビが途中で終わればラジオで結果を確認してお出でになる方なんだ。そしてフロントでアタシを相手に巨人談義となる。

 ところがこんなに熱狂的なおばちゃんが近年は巨人軍の低迷でなんとなく巨人に関する話が少なくなっていたんである。最近では選抜高校野球の話題が多く

 「大阪桐蔭の中田はスゴイわねえ」

 といったようなことが中心だったが、今日は入ってくるなり愛する巨人批判?が始まった。

 「開幕でさあ、横浜に勝ち越して中日にも第一戦に勝って、今年は幾らかいいかなと思っていたのに2試合連続で逆転負けなんて頭にきちゃうわよ」

 「でもまだ始まったばかりだし、まあ、去年のようにはならんでしょう」

アタシャちょいと慰める。

 「しかしさあ、今日の試合なんて完全に原のミスよね」

 「ああ、3−3できて8回にウッズに打たれた場面ですな」

 「そッ、あそこは今日2本もホームランを打たれているウッズに勝負することはないわよ。あの場面ではツーアウトでランナー一塁でしょ。当然歩かせてもいい場面なんだけど原はちっとも動かなかったじゃない。策がないのよねえ」

 オヤオヤ、このセリフはテレビで中畑が解説していたことじゃないですか。この方の特徴はね、いつもテレビの中の話を「ご自分の意見」として言われるんですな。敢えて言わせてもらうと「あたしはクワシイのよ」と言いたいんでしょうなあ。だからってアタシャ別に反論もしませんがね。

 「ベンチがあんなにダメじゃ今年も期待できそうにないわね」

 おばちゃん、面白く無さそうに脱衣場へ向かわれた。

 そこでおばちゃんが使った中畑の解説をちょいと引用させてもらおう。

 『驚いたね。何の迷いもなく勝負する場面か。3−3の8回2死一塁。迎えた打者はここまで2本塁打のウッズ。左の前田続投なら5番の李まで考えて勝負は避けてもいいケースだ。勝負するにしても、ベンチからコーチがでてくるとか、阿部が勝負するかどうかベンチの意思を確認してマウンドに行くとか、間を取りたいところ……。しかしベンチからは誰も出てこなかった……。全く無策なのが寂しい……』

 昔「ベンチがアホやから投げていらんない」と毒づいて引退したピッチャーがいましたっけなあ。

 しかしハラ監督ね、開幕前の新聞には

 「奪回なるか巨人。そろそろ明るい日が訪れるだろう」

 などという応援歌も掲載されていましたよ。そいつもついでに抜粋して今日のブログの締めとしようか。

 『投手より大砲ばかりを並べる補強を良しとした巨人のチームづくりはやはり間違っていた。その証明が今年の布陣に明らかである……昨年同様の開幕ダッシュに成功すれば一気呵成に押し切れる態勢にはある……野球は点とりゲームにしてミス待ちゲーム。

 それは投手起用をめぐってきまって問題が生じる。ブルベンがバタバタせぬようどっしりと、そして先見の明ある決断を求められる……こちらにも決断のときがきた。監督、ヘッドコーチともども「大丈夫だ」という。もう一押しすれば「かならず勝ちますよ」と。もうそろそろ巨人にも明るい日々が訪れてもいい頃だとひそかに思う』。

 ここまで書いたらテレビから「松坂、10Kでメジャー初勝利」の一報が流れてきた。

 ウーン、そうかあ!。明日の新聞は松坂一色でスゴイだろうなあ。

 しかしねえ、アタシャしょっちゅう「巨人の低迷が日本のプロ野球の衰退を招く」と書いているが、このニュースを聞いて「あ〜あ、また日本プロ野球が地盤沈下を起こしてしまうなあ」と、一人勝手に嘆いちゃったんだ。

 アタシャ、これもよく書くことだが、日本野球がメジャーのマイナー化していくことが気にいらなくてねえ。日本プロ野球の興廃は原監督の手腕に掛かってると、も一つ書いておこうか−−。

2007年04月04日

前途有望だねえ

 つい2日前に5月の陽気だといわれ、桜が一気に開花したと思ったのに、今日はまた何たる寒さだ。おまけに氷雨がシトシトと降っている。

 お客さんが一様に「う−っ寒いねえ」と入ってくる。

 「2月の気候だってさ。この頃はどうなっちゃってんだろうねえ」

とも言われる。確かに、昨今の天候は日変りで激変すると表現したほうがいい。まさに異常気象である。地球全体が何やら大きな変化を起こしているのかねえ。

 「寒いわねえ。こうお天気がころころ変わったんじゃあたしらのようなおばァちゃんはついていけないわよ」

 と言われるのは60半ばのおばちゃん。

 「お宅がそんなことを言ったらアタシはどうすればいいのかねえ」

 「なに言ってんのよ。あたしとダンナさんとは変わんないじゃないの」。

 ホウ、お世辞でも若く見てくれましたな、ウン、この方はなかなかの美人ですなあ。キレイですぜ。ヘッ、調子がいいねえ……。

 さて、春の寒波襲来で無聊を持て余すような一日なんだが、そんな中でほのぼのとした話題を拾うことができたんだ。そこで今日はそのブログである。

 開店早々、大柄な子が3人、連れ立ってやってきた。

 「高校生かい?」

 「いえ中学3年です」

 その3人の中に一際大柄な子がいた。フロント前に立つと後ろが見えない。

 「お前はやけにデケエな」

 隣の子が言った

 「こいつマジでお相撲さんになるんだって……」

 「ホウそうか。そりゃあいいや。で、身長・体重はどのくらいあるんだ?」

 「1m85で110キロです」

 「ホホウ、じゃもうどっかの部屋からスカウトが来ただろ?」

 「いえ、それはまだですけど、ボクは自分から入門しようと思ってんです」

 「そうか、エライなあ。すぐそこのY町に魁皇の友綱部屋があるじゃない。それと両国には相撲部屋が沢山あるしな」

 「ええ、でもボクは東関部屋に入りたいんです」

 「そうかあ、元高見山の部屋だな」

 「ええ、曙に今は高見盛がいますしね」。

ホホウ、仲間の言うように。これはマジで相撲志望だな。まだあどけない顔付きだが真剣さが伝わってくる。新弟子修行は厳しいけど初心貫徹と頑張ってほしいなあ。でも高校を出てからのほうがいいと思うけどねえ。

 さて次に参ろう。こちらは22才だという男性。最近見えるようになったんだが、今日は入浴後、フロントでアタシに話しかけてきた。

 「僕、山口県から出てきたんで、銭湯を知らなかったんだけど、東京の銭湯はいいんですねえ」

 「そう、ゆっくり入ってよね。で、山口から学校へ入るために出てきたの?」

 「ええ、今は専門学校に行ってんだけど、将来は翻訳家が希望なんです」。

 「じゃ、親からの仕送りで?」

 「ええ、ン万円の6畳のアパートで自炊して洗濯もやってんです」

 ホホウ、ここにも確たる目的を持って頑張ってる若者がいたんだ。翻訳家かあ、厳しいと思うけど初心忘れずにと願うなあ。

 もう一人紹介しよう。20半ばの女性でやはり最近見えるようになった人である。黒縁の眼鏡を掛けた明るい会話をする女性だ。来る度に大きなカバンをフロントに預けるが。書類がカバンのチャックからはみ出している。

 「いつも書類が一杯のようだけど何か勉強してんの?」

 「ええ、図書館へ行っていろいろコピーしてくるんです」

 「図書館でねえ。学生さんなの?」。

 「ええ大学院なんです」

 「そう。大学院まで行って勉強してるんなら将来は先生か何かに?」

 「ええ、できれば大学で外人に日本語の指導をするようになりたいんですけど」

 「そう、じゃプロフェッサーだね」

 アタシャ半分冗談めかして言ってみたんだが、応えは至極真面目なものだったよ。

 「できれば、そうなりたいですねえ」

 ホホウ、将来をしっかり見つめているなあ。当湯(うち)にはこんな真摯な学究の徒もいたんだ。中学出で小僧上がりの風呂屋のオヤジが持ついい加減な人生観とは大違いだよ。そして思ったんだ。

 「下町の銭湯にもあのクラーク博士のBoys be ambitiousが生きていた」

 とね。今の若いモンはどうして立派だねえ−−。

2007年04月02日

競馬場もねえ


 「お花見に行ったの?」

 「いや、花見は花見でも中山のほうへ花見に行っちゃった」

 「そう。花見でゼニが儲かればこりゃあいいよねえ」

 「ところが、中山競馬場の花見は儲かるどころか逆に金がなくなっちゃった」

 毎日見えるサウナの常連さんである。もう60にはなったであろう。一見、真面目そうな感じに見えるんだがギャンブルがお好きのようなんですなあ。

 いえね、ギャンブルが好きな人は不真面目だと言ってるんじゃないんです。ちょっと言葉が足りなかったな。アタシだって若い時はパチンコこそやらなかったものの、競馬にマージャン、ビリヤードからお酒もやってましたからねえ。

 じゃ、不真面目そのものじゃないか?。いえいえ、遊びが好きでもそれに明け暮れしてたわけじゃないんですからね。仕事は一応キチンとやってたつもりですから。ツモリなんだろ?。やってた「つもり」っていうんだから、端から見たらおそらく不真面目そのものだったと思うがねえ。そうかなあ……。

 ハテ?、アタシャ何を書くつもり(またツモリですな)だったんだろ?。そうだ競馬の話を少々しようと書き出したんだっけ。中山競馬場へ花見に行ってきたという御仁は言う

 「今の競馬は昔と違って3連単だなんだかんだってギャンブル性が強いから金が掛かりますよねえ。当たれば配当が大きいからついつい何点も買ってしまうけど、外れたら目も当てられないですよ」

 「そうだろうねえ。アタシは競馬をやらなくなってもう相当経つから今の馬券の仕組みはよく分からないけど。スポーツ新聞に『的中馬券の情報を無料提供します』って大きな広告が載っているねえ。あれどうなのかなあ」「競馬ってそんなに当たるもんじゃないですからねえ」

 と、何やら悟ったようなセリフを残して脱衣場へ向かわれたが−−。

 アタシャ朝起きるとまずは日刊紙とスポーツ紙に目を通すのが一日の始まりなんだが、ここんところスポーツ紙を開くとやけに派手な広告が目につく。多いときは2面も使って

 「私たちと同じ 的中馬券を、あなたも今日から手にし てみませんか。私たちは毎週、豊かな週末を送っています」

 てな大きな活字が目に入ってくる。そして

 「毎週3レース以上の馬券的中・最低でも土日で20万円獲得」

 の見出しが並び、的中番号がズラッと書いてある。さらに

 「今なら情報無料提供」

 だと。スゲエな。毎週20万だと年間52週として20×52=え〜と1千と40マンか。10年で1億……ホウツ、そうすっとこの予想屋さんたちは、いずれ長者番付に載るっていうことですなあ。

 先刻の馬券師さん?が上がってきた。アタシャ新聞広告を見せて馬券術?をお聞きした。

 「こんな記事を参考にすることがあんの?」

 「あたしはないけど10点も15点も予想して外れだなんてことになったらねえ。あたしは基本的
に3点主義だけどね」

 とそんなの絵に書いたモチだと一笑に付したよ。

 「競馬は推理とスリルのゲームで、右のポケットに軍資金を入れて当りの配当が入ったらそれを左のポケットに入れ、左のポケットのお金を『儲け』と思わなくてはいけない」

 と言ったのは競馬ファンで、ご自分でも馬を持っていたという文豪・吉川英治でしたっけなあ。

 そういえば昔、美空ひばりが歌っていたねえ。♪右のポッケにゃ夢〜があるゥ左のポッケにゃゃゼニがあるゥ♪。モシモシ、ひばりのその歌は「東京キッド」だと思うけど、左のポッケにゃチューインガムですがな。

 そしてさあ、馬券と美空ひばりはどう関係があんのよ。全然つながらんじゃねえか。ツマンネエ話の流れだ。そっか申し訳ない−−。

 さて今週はクラシックの第一弾「桜花賞」だ。絢爛たる桜の下を疾走する4才牝馬に馬券師さんねえ、大枚を投じて左のポッケを配当で膨らませてよ。けどねえ、桜もそろそろ散り頃だし「サクラチル」な〜んてオケラ街道トボトボにならないようにしてよね。

 できれば桜花賞のかくかくたる戦果を報告してよ。予想屋さんの向こうを張って

 「俺だって豊かな週末よ」

 ってね−−。






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