円楽が引退だってねえ
「円楽が引退するんだってねえ」
「そうね、体が悪かったんだし、笑点もかなり前から降りていたから、半分は引退していたようなもんじゃないの」
男湯から中年のお客さんの話し声が聞こえてきた。落語の話題が出るとはめずらしい。おそらく笑点のファンだったんであろう。新聞もスポーツ紙から普通紙までも大きく取り上げられていた。特にスポーツ紙はドデカイ活字で大々的な扱いだ。アタシャ思ったよ。円楽ってそんなに大物だったのかねえ。
そこで今日は落語界について、よう知りもしないんだがと断り、ちょいと書いててみようかなと思った次第だ。
新聞は「噺家の自負が生んだ美学」の見出しでこう述べている。……発足当時のメンバーだった「笑点」を一時降りたのは、師匠・円生の「安っぽい芸人で終わるのか」という言葉を受けて、落語一本に絞って精進するためだった…。
この話を聞いて思い出すのは、昭和50年代に円生を中心とする落語協会の分裂騒動があったが、こん時も、落語協会の小さん会長が
「テレビでもなんでも出て売れなさい。それが落語人気につながり寄席の繁栄をもたらす…」
という考えに芸一筋の円生が反発したのが分裂の発端だとかを仄聞していたっけな。
さて脇道に逸れたが円楽の引退に戻そう。
−−引退にあたって
「いろんな噺家の晩年を見て、どんな人でも目を覆いくなる落ち方をしていた。噺家に定年はないなんてうそです。円生から“私がひどくなったら、お前が駄目と言え”とクギをさされていたが、実際には残酷で言えなかった。そんな経験が自らの進退への厳しさとなり、高座後の引退宣言へとつながった。政治家や経済人らが地位に恋々としがみつく姿を日常見聞するだけに引き際の美学を体現した円楽の姿は、落語ファンの記憶に長くとどまることだろう……」
最大級の賛辞である。何やら落語界の超大物の扱いだ。
その昔、アタシがまだ若い頃だが、文楽、志ん生、円生から小さん等々の大看板がいた時代から見ると、今の落語の世界はアタシにはどうも小粒にみえてしまうんだな。その因として一つには落語などの話芸がテレビに放送されることがほとんどなくなったことがあるんじゃないか。その昔のラジオ時代には漫
才・落語などがしょっちゅう流れてきたがねえ。
現在唯一落語的なシャレや粋が感じられるのが「笑点」なんだが、その「笑点」も最近はメンバーが若返り今、テレビの中心にもなっている「お笑い」というアタシには訳の分からんタレントがふざけている?番組に似たような傾向がみえるんだな。これはおそらくテレビ局の視聴率競争の方針でもあろうが、アタシにはよくねえなあ。
アタシね、その昔、円楽などが売出しの頃、志ん朝、談志、小三治などと昭和の四天王と呼ばれて人気があった時代に、円楽の噺はうまいんだけど、噺の最中に微笑むというか笑うような表情が入るのが気にいらなかったんだ。生意気言っちゃうがね。
ついでに志ん朝の「これぞ古典落語」というような風格に感心し、談志の流暢なんだが何となく長老の口調を真似するような語り口にも若干の抵抗があったし、小三治のうまいけど地味だなあと今いち食い足りなかったことも思い出すなあ。どうもエラソーに書いてちゃうけどゴメンネ。
今、ちょっとした寄席ブームだといわれている。志ん朝を継ぐといわれている正統派の小朝を中心に東西の落語家の交流が盛んになっているらしいけど、テレビにもっともっと落語のような伝統芸を放映してもらいたいねえ。
ときどきNHKなどで落語を画面に乗せているけど、前述した「俄か芸人」のような「お笑い」とやらの連中と違い、落語家は若手でもそれなりに勉強時間を経てくるからその巧拙はともかく誰でもが一応聞けるんだよね。
今日は円楽の引退から落語家論?みてえな小生意気な話しになっちゃったけど、所詮は風呂屋のオヤジの生兵法だと思って御容赦のほど−−。






