風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2007年03月30日

野球シーズンだねえ

 4時半。

 「ダンナッ、野球掛けて!高校野球!」

 男湯の脱衣場から大きな声が飛んできた。60半ばの常連男性である。ホウ、珍しい、野球のテレビを掛けろとはねえ。アタシャ、リモコン持って脱衣場へ推参である。4〜5人のお客さんの姿が見える。

 「プロ野球はつまんないよなあ。なんたって今は高校野球が一番だ」

 常連さんは言う。そばにいたお客さんも

 「そうだよなあ。相撲もつまらんけどプロ野球もつまんないもんなあ」

 と同調された。テレビは選抜高校野球である。東京代表の帝京高校が10−2で兵庫・市川高校をリードしている。

 8時。さて今度はプロ野球である。テレビは「セ」の開幕戦・横浜−巨人を報じている。3−2で巨人リードだ。

 「あれッ勝ってるじゃないか」

 お客さんの声が聞こえる。ここ数年、大巨人軍の崩壊?でプロ野球人気もすっかり衰退した感じだが、断トツ人気の巨人の巻き返しがプロ野球の興廃を握っていると言っても過言ではあるまい。

 今日の読売新聞には大々的に「セ・リーグ開幕特集を報じていた。親会社の読売としては日本テレビ共々購買力・視聴率に極端な影響を及ぼすから、今年は何としても巨人軍に頑張って欲しいと願っているだろう。

 アタシャ時々言わせてもらうが、50年来のアンチ巨人ながら、巨人の不振は脱衣場の活気にも影響するから?程々巨人軍は強くないと困るんだ。アンチといっても、巨人がかってのような川上、青田、別所からO・N時代のように強大であるからこそのアンチなんであって、近年のようにBクラスでフウフウ言ってる弱い巨人軍では、アンチどころかむしろ同情したくなってしまうわい。

 ということで、「今年こそ!」の大見出しで掲載されている巨人軍応援の記事を一部引用させてもらおう。今日は久しぶりに野球談義だな。−−25人。昨シーズンを終えてからこの開幕までに、巨人は実に多くの新入団選手を迎えた。前年のオフにも20人を加えているから、2年間で合わせて45人が伝統のユニフォームに新たに袖を通したことになる。

 なりふり構わない補強は批判の対象とされることもある。それでも原監督はいう

 「今年は何がなんでも優勝するしかない。そうすれば自分が目指すチームを落ち着いて作っていくことができる」

 勝利のために手段を選ぶ余裕はない……。選手に対する信賞必罰。戦闘集団に欠かせない指揮官の強い姿勢が、チームに緊張感をもたらした……。厳しいチーム内競争を経て、いよいよ迎えるペナントレース。今年はCSがセ・リーグにも導入される。2年続けて優勝争いから脱落し、Bクラスに終わったチームにとって励みになる新システムだと言える。しかし原監督は決然と言う。

 「初めから3位に入ろうと思っているようでは入れない。残り10試合、5試合という時点で3位に入れるぞというのなら別だが、優勝を狙って戦うということには、一点の曇りもない」

 切れ長の目はトップでゴールテープを切る瞬間だけを見据えている−−。

 切れ長の目がねえ……。原監督の目は切れ長かなあ。アタシにゃドングリ眼に見えんだけどねえ。それともう一つ。「今年は何がなんでも優勝するしかない……」とリキんでいる?原監督だが、ゼニにモノいわせての大補強結果が悪くてはシーズン後、即クビと十分覚悟しての今シーズンであろう。

 最後に一つ書いておこう。今年からセ・リーグにも導入されたCSというプレーオフ制度だが、リーグとしては興行的の面を狙ってのものであろうが、アタシャどうも今いち好きじゃないんだ。パ・リーグのソフトバンクが2年連続ペナントレースで勝利しながらプレーオフのたった1勝差で1年間130試合の激闘がフイになってしまったのをみて

 「これでいいのかなあ」

 と思ったもんだ。競馬でハナ差の勝ちも1馬身以上の差がなければ、直線コースからやり直し−−のような感じに思えるんだがねえ。ハナだろうが首差だろうが勝ちは勝ちのほうがスッキリする気がするんだけど、違うんかなあ−−。

2007年03月29日

花見だねえ

 暖かい、ここんところ夜になると冷たい風が吹いていたんだが今日は5月の陽気だそうな。

 桜が一気にほころんだようである。アタシャ折りに触れて書くことだが、風呂屋のフロントは「社会をのぞく小さな窓」みたいなところがあるから、桜情報も居ながらにして入ってくる。

 「この間のお彼岸の頃はまだツボミも少なかったのに、今日錦糸公園ヘ行ってきたらもう8分程も咲いてるんだよな。早いねえ」

 とご報告?されるのは70半ばの常連男性である。続いてはやはり錦糸公園の情報。錦糸公園は地元であるから情報も多い。

 「仕事の帰りに錦糸公園の脇を通ったら人がいっぱい出てんでちょっと寄ってみたんだが、もう青いマットを敷いて場所取りをやってんだよね。花?、え〜とかなり咲いていたようだったなあ」

 かなりねえ……。こちらは60前後の自営業の男性である。

 「今日、深川のお不動さんに行ってきたんだ。桜がきれいだったねえ。もう8分程度かな。帰りに大横川の淵を走ってきたんだけど、桜並木みたいでこれもいいねえ」

 「また自転車で、ですか?」

 「そうよ、もういつも、どこへいくのも自転車さあ」

 「体のほうは大丈夫なんですか?」

 「うん、自転車に乗ってるとどんどんよくなっちゃうんだ。おかしいけどね」

 といわれるのはなんと米寿・88才のご老体である。

 この方については以前、浴場広報誌「1010」に「不老長寿の人がいる」のタイトルで書かせてもらったことがあるんだ。60代から自転車を始めて西は大阪から東は青森までペタル行脚をした人なんだ。そして80代になっても近在へひょいひょいと自転車で走り回っているんで、まさに老いを知らない鉄人ということで「1010」のネタに使わせてもらったんだ。

 ところが昨年、体調を崩され1ケ月ほど入院されたのである。「鉄人もやはりお年かな」と心配していたんだが、退院後、また自転車を始められたらしく近在を走り回っているというから鉄人復活である。今は花見行脚ですな。

 「所要で隅田公園の近くへいったんで花を観てきたんだけど、隅田公園はまだ五分程度かなあ。あそかは川風が冷たいから遅いんですかねえ」

 下町・墨東の桜のメッカ・隅田公園の情報をもたらせてれたのは60近い勤め人の方である。

 隅田公園の花見についてはアタシも若い頃数回やったことがあるんですな。アタシャ生来の不粋者で、桜花の下での酒宴にはあまり興味がなかったんですが、組合の仲間が「夜桜を観にいこう」と誘ってくれたのでご相伴にあずかったことがあったんだ。

 けど、爛漫たる桜はきれいに思うものの、そこで盃を上げて興じるってやつが今いち物足りない。で、数人の同士?を語らって花見の宴を途中で切り上げ、浅草のネオンまたたく夜桜?のほうへ繰り込んだことが思い出されるなあ。

 桜情報はまだまだフロントに入ってくる。60そこそこの毎日の常連男性。

 「桜がもう満開に近いね」

 「そう。どこへ観にいったの?」

 「どこへって?、うちの近所のB団地に桜の木がいっぱいあるんだ。わざわざ隅田公園や上野へ行かなくても十分花見ができんだ」

 次にお出でになったのもやはりB団地の方。70過ぎのおばちゃんだがいたって饒舌なおヒトである。

 「桜は今が盛りね。この分じゃ今週の土・日で桜も終わりよ。早いわねえ」

 「そうですね。『桜七日』っていうからねえ」

 「えっ七日?。そんなに持たないわよォ。今週の土・日だから31日か4月の1日で終わりよォ」

 ウーン、せっかくアタシが気取って持ち出した諺(ことわざ)も通じなかったな。しかしなあ、何にしても花の便りはフロントにいても多様にもたらされる。そこで最後にまた一つ気取ってアタシの好きな言葉を書いておこう。

 花便り 花弁ひとひら添えてやり−−。

2007年03月27日

また相撲だよ

 夕方、テレビが春場所優勝の白鵬の記者会見を報じている。

 ヨメさんを披露してまさに喜色満面である。そんなところへ入ってきたのが60の常連男性。気さくな人で、風呂の行き帰りにかならずフロントでお喋りをしていく。

 「オヤジさんねえ、千秋楽の朝青龍と千代大海とさぁ白鵬と朝青龍の決定戦をどう思う?」

 このヒトね、アタシが多少スポーツに詳しいと思ってんでしょうか、いつも質問するような口調である。聞かれれば当方もいささか知ったかぶる。解説口調になる。悪い気分ではない。

 「ああ、立ち合いに変化した2番ね。問題外よ。勝ちゃあ何をしてももいいなんて話にならんさ。千秋楽結びの一番なら誰だって大相撲を期待するのに、変化して相手にさわりもしないような勝ち方じゃあ、お客はゼニ返せ!って怒るのが当り前さ」

 「だよね……。俺も頭にきちゃったよ。つまんねえ相撲を見るとモンゴルはだめだねえと思っちゃう。相撲が人気のないのも当り前だよね」

 「とにかくね、外人に『国技である相撲道を理解しろッ』ったって所詮無理なんだよね。モンゴル相撲の延長みたいに思ってんだろうし、格闘技的な感覚しかねえんだ。本来ならしっかり国技の何たるかを教えこまなきゃいけない親方がまともな教育をしてないんじゃねえの。だからこそ力士が勝ち星欲しさに手段を選ばなくなんのさ」

 常連ウジ、うなずくように脱衣場へ入られた。

 というようなことで、今日もまた男性ウジが振ってきた相撲の話を続けることにしよう。世間の顰蹙(ひんしゅく)を買った2番についてだ。

 まずは朝青龍−千代大海の一番から−−。

 千代大海は例によって?アップアップの土俵で7勝7敗である、対する朝青龍は白鵬と2敗同士で決定戦に持ち込みたいという一番だ。しかし誰が見ても横綱の優位は動かないんだが、アタシャ「玉砕覚悟でブチ当たるであろう千代の立ち合いを期待したんだ。時間一杯に期待通り?
弾丸のように飛び込んだ千代に横綱はなんとなんと右へフラッと変わったじゃないか。

 千代の立ち合いロケットは目標を失って哀れ土俵中央で見事に?ダイビングだ。まともにやっても負けないであろうに、それをより安易に勝ちに走ったんだ。千代の「それはないよ」というような表情が印象的だったな。

 続いて朝青龍−白鵬の決戦である。しかしこれがまた何ともお粗末なもんだったから、千秋楽の大一番を見にきたお客さんにはまったく気の毒というしかない一番だった。立ち合いと同時に数分前に朝青龍がやったばかりの変化を今度は白鵬が反面教師?としてやったんである。立ち合いと同時に左へ変わりながら白鵬が朝青龍の頭をちょいと抑えたら、つんのめった朝青龍が左手で思わず土俵を掃いてしまった。珍しく敗戦に土俵上で苦笑いをした朝青龍だが、おそらく支度部屋ではカッカして周囲に八つ当たり?したんじゃないか。

 今日の新聞に 横綱審議会の様子が掲載されていたね。委員の人たちが「あまりにひどいのではないか」と厳しい意見が相次いだとか。ただ同じ注文相撲でも批判の矛先は朝青龍に集中し白鵬には「何とか勝ちたかったのであろう」と寛大であり、「横綱は受けて立つもの」と朝青龍を叱責する意見が多かったらしい。こんなことも書かれてあった。

 「内館委員が朝青龍の師匠である高砂親方に噛みついた。これまで再三、朝青龍の改心を求めてきたが、この日も『どんな教育をしているのですか』と詰め寄った。高砂親方は『少しづつですが、良くなっています』
と答えるのが精いっぱい……」

 この記事を読んでアタシャ思ったよ。良くなんかなりっこねえだろうよ。年中優勝している実績から本人はもちろん、部屋にも莫大なゼニが流れ込んでくるんだ。苦言どころか、腫れ物にさわるようにしてるんじゃねえのかなあ。今後とも朝青龍の唯我独尊ぶりは増大するだろう。それを阻むのはただ一つ、白鵬が五分以上に強くなることだけだ。

 しかし強くなったら今度は白鵬が威張りだす……な〜んてことにならないでほしいねえ−−。

2007年03月25日

休日はねえ


 「明日、休みだね。今でも飲みにいくの?」

 「いや、もう年だからほとんど飲まないんだ」

 「へえ〜飲まないのォ。前はあんなに飲み歩いていたのにねえ」

 フロントでアタシに話すのは同世代の男性。古いお客さんであり、以前は何回か一緒に飲みにいったことがある人なんだよね。

 という前段で本日休業である。お昼に今日が例会日になっている組合の懇親会にチョイと顔を出したが、後は何も予定がない。若い時には昼間英気?を養い、日暮れとともにネオンまたたく巷へ繰り出したが、もう遠い昔の話だ。

 さ〜て何をして一日つぶそうか。業界関係の雑文書きも一段落しているので小休止だ。飲まない、書かない、出かけないとなりゃあ後は食って寝るしかないが、昼間っから高イビキでもあるまい。

 ということで残りはテレビということになるんだが、アタシャ最近のテレビは陰惨なニュースや、アタシにとってどうにも性に合わない「お笑い」という番組が氾濫しているので、普段はあまり見ないんだよね。しかし今日は幸いなことに大相撲、ボクシングの亀田戦、そして世界フィギュアと並んでいる。で、休日の時間つぶしにテレビ観戦で、風呂屋のオヤジの番組批評をブログに書こうと思い立ったんだ。

 そこでまずは大相撲・春場所の優勝を左右する朝青龍対白鵬の一番だ。白鵬1敗、朝青龍2敗でこの一番に勝てば白鵬2回目の賜杯ということで緊張から焦ったな。立ち合い張り差しの奇襲に自分のお株を取られた横綱はちょっとひるんだ。そこを2本差した白鵬、そのまま一気に突っ走った。

 しかし腕(かいな) も返さずに棒差しのまま出たから土俵際、俊敏な横綱がとっさに左へ回っての突き落としに勢い余った?白鵬はドテン!と横転してしまった。これで相星になり、明日の千秋楽におそらく朝青龍と2敗同士の決定戦になるであろうが落ち着いて取ってほしいな。

 さて、7時からは亀田興毅ーエベラルド・モラレスの10回戦だ。相手のモラレスが世界ランク12位で30才と聞き「またKO予告で倒せる相手を連れてきたのか」と思ったが、亀田がここんところ八百長疑惑でコテンパンにやられていたことに懲りたのか、今日のモラレスはマトモ?な選手だったな。

 亀田自身も前のランダエタ(だったけな)にダウンを食らってから打っては離れるボクサーファイターに変わっていたから派手なラッシュもなくどちらかといえば地味な一戦だった。

 亀田が前半やや手数が多かったかな。6回、亀田の左フックでモラレスが尻持ちをついたダウンがあったから、判定で亀田の手が上がった。試合の流れは後半、かなりラモレスの左ボデイアッパーやガードの間からストレートを打ち込まれ、防戦一方の場面があったものの前半の貯金とダウンも奪っているからは今回の判定はまあ順当であろう。

 今回フルラウンドを戦って「亀田って打たれ強い面もあるんだな」と見直したよ。ボクサーとしての素質は並み以上のものを持っているんだから、今日もそうだったが御神輿に乗って登場したり、モヒカン刈りみてえなヘンテコなヘアースタイルにしたりのパフォーマンスは必要ねえだろうと思ったんだがね。

 周囲が金儲けの道具に使わないよう、地道に階段を上がるように世界の頂点を目指してほしいねえ。モラレスもいい選手だったな。つくられたマッチメイクじゃなくてホッとしたのが観戦記だ。

 そして世界フィギュアだ。アタシャ、フィギュアスケートにはまるっきりの門外漢なもんで、銀盤に舞う妖精の華麗さにただ見とれ、誰がどうなのかさっぱり分からん。

 精々分かることは回転ジャンプをして尻持ちをつくと、痛えんだろうに痛そうな顔もみせず、サッと次の演技をする選手に感心する程度である。お尻とユニフォームの間に転倒に備えて何か入れてんのかなあ、などとツマランことを考えているうちに、安藤美姫が金で浅田真央が銀を取っちゃった
よ。

 ホウ!日本フィギュアてスゲエな。おそらくこの瞬間は視聴者も興奮の極に達したんじゃないか。アタシだって少々興奮したもんな−−。

2007年03月24日

都知事選だねえ

 
 「やっぱりシンタローが強いだろうなあ」

 「いや今度は分からんよ。浅野に黒川にと強敵も出てきたからねえ」

 テレビを見ながらの脱衣場談義は中年の男性である。都知事選の話のようだ。

 アタシャいつも思うんだが、若い人から政治の話はまず聞かれないなあ。今の若い世代は生活の苦労がまるっきりないから、衣食足りて政治に無関心−の時代なんですかなあ。

 オヤオヤ、いきなり話が脱線しちゃったけど、アタシャ都知事選のニュースを書こうと思ってんだ。何も現代の若者論をやろうっていうんじゃない。

 ということで本題に入る。例によって風呂屋のオヤジの政治ヒョーロンだ。22日に都知事選の告示が始まった。以前、このブログに建築家・黒川紀章氏の出馬の弁を取り上げ「ヘンテコな出馬表明だ、と書いたが、今日発表された立候補者の顔触れを見て14人も出たのにはびっくりしたねえ。それと同時にヘンテコな候補者もいるなあとも思ったよ。

 都知事選の候補者数の過去最高は19人だというが4年前は5人だったそうな。14人の中には前記の建築家をはじめ前知事に元区長から発明家、不動産鑑定士、行政書士、さらには易学者、風水研究家、そしてタクシー運転手にお笑いタレント、路上演奏家なんていう人の名前もあったが、なんのために立候
補するんだろ。立候補には供託金300万円とかが必要だし、得票数によっては供託金が没収されちまうんだよねえ。

 もちろん、それを承知で立つんだろうが、立候補する事はそんなにメリットがあるのかねえ。街角の掲示板には、石原、浅野、黒川、吉田の4枚しか張ってねえんだよな。だから、立候補はしたもの当選を目指しているとは到底思えない。やっぱりヘンテコだよなあ。

 今日の新聞には各候補の第一声が報じられていた。下馬評は石原慎太郎と浅野史郎前宮城県知事の本命・対抗にダークホースとして黒川紀章の名前が上げられている。そして各候補のマニフェストも載っていたが、マニフェストってやつは、アタシに言わせりゃ「お題目」みてえなもんじゃねえのかな。皆さん
大仰にあれもやります、これもやりますと御託宣だ。

 そんな中で各候補に共通しているのが「オリンピック招致反対」である。打倒・石原の切り札がこれな
んだろうなあ。だけどアタシにゃ反対のための反対にも見えちゃうんだよね。

 政治評論家2氏の予想も載っていたっけ。かいつまんで書いてみると、まずお一人は

 「石原氏と浅野氏の対決。石原氏は約200万票の基礎票の目減りをどれだけ抑えられるか。浅野氏は同130万票をどれだけ増やせるか。黒川氏は大駆けもあるが凡走の可能性も。しかし無党派層を取り込み“そのまんま”現象が起こる可能性もある」

 さらにもう一方は

 「石原氏が断然有利。浅野氏は対抗馬までいかず大穴の扱い。選挙中に石原氏に不利な情報が出て流れが変われば可能性も残っている」

 この人は黒川氏には触れてない、面白いね。大駆けの可能性と持ち上げる人がいれば問題外のような扱いもあるんだからなあ。

 各候補の運動の中で、石原知事は「思わぬ苦戦を強いられている」と過去のスタイルを大幅に変更してもっぱら低姿勢のようだ。対する浅野候補はことごとに石原批判を繰り返しているが、そんな選挙運動の中でちょいと変わった運動を展開しているのが黒川候補だ。面白いからこれを取り上げよう。

 まずは4000万円もする自家用クルーザーで川下りをしたり、これまた1000万はくだらないシボレーのワゴン車を総ガラス張りに改装して都内を流すんだからねえ。これぞ黒川流というわけで、セレブな人間はセレブをアピールすることがよくて、都民の反発なんか考えもしないんだなあ。芸術家って庶民感覚に疎いような気もするが「あたしのあだ名は下町のナポレオン」などと自分で命名してエツに入っているんだから何かヘンだよねえ。

 何にしても今回の都知事選。ワイドショーの格好なネタになりそうだ。しかしと、風呂屋のオヤジは思うんだ。4月8日の投開票日には、戦いすんで日が暮れて−−、何も変わらないんじゃねえのかなあ−。

2007年03月21日

お彼岸だねえ

 「今日は暖かいねえ。暑さ寒さも彼岸までとはよくいったもんだよね」

 と言われる人は70過ぎの男性。

 「お墓参りは行ったんですか?」

 「うん、八柱で遠いんだけど、暖かいから出かけてきたよ」

 彼岸の中日である。そこで今日のフロントはほどほどお墓参りの話が出る。

やはり70年配の女性は

 「うちは谷中なんだけど、陽気がいいから今日は混んでいたわねえ。あたしは6人兄姉なんだけど、残っているのはあたしだけだから、あたしの番になると入るところがないくらいよ」

 ホホウ、入るところがねえ。だからといって急ぐこたァありませんな。

 「うちは近所のお寺で墓参りにはまことに都合がいいんだけど、お彼岸っていうんで身内が大勢来てくれたから、そっちのほうの応対が忙しかったよ」

 と言われるのはもう80になるであろうご老体。とにかくやっと春らしくなった一日に皆さんどっと墓参に繰り出したようでしたなあ。

 「うちは高雄なのよ。遠いけど行ってきたよ。年に2回ぐらいは供養しなくっちゃなあ。それにしても人が出てたねえ」
は60ほどの男性。

 こんな人もいましたな。50代の男性だが

 「俺ね、山形の田舎にお墓があるんだけど、まだ一度もお参りしたことがないんだ。まあ、気持ちがあればいいんじゃじゃいかなあ」

 そんなもんですかなあ。

 「こう暖かくなると桜も一気に咲き出すよねえ。しかし、谷中へ行ってきたんだけど、あそこの花はまだつぼみも少なかったなあ」
これは70の男性。

 今日は東京でも開花宣言がなされたそうだが、まだまだ大方の桜は出番を待てるような状況らしい。

 実はアタシんとこも谷中なんだけど、谷中は今や桜の名所になっているようですな、しかし先刻の人じゃないが、今年はツボミもまだ少ないようだ。

 去年行った時なんか、満開の花の下で昼間っから花見の宴を張っていたっけなあ。静かな霊園でマットを敷いて賑やかに花見酒てえのは如何なもんだろ。お墓で安らかに眠る御仏にとって眠りの妨げにならねえのかなあ−−。

 ところでアンタね、この時期になると彼岸、彼岸と動き出すけど、彼岸の謂れって知ってる?。ウン春分のことだろ?、だけどなんでお彼岸っていうのか知らねえなあ。世間がいうから一緒になって彼岸だ春分だと言ってるけど、そういやあ彼岸のことなんか何〜にも分かんねえなあ。

 アタシもね、以前、菩提寺の住職に聞いたことがあったんだけど、改めてちょいと調べてみたんだ。例によって広辞苑である。

 まずは「暑さ寒さも彼岸まで」の意だが、「余寒の寒さも、残暑の暑さも彼岸頃までの意で、ともにその後は気候も穏やかになり凌ぎやすくなる」っていうことだが、ヘソ曲がりは、なんで彼岸頃になると凌ぎやすくなるんだよォ、と思ってしまう。ま、長年の傾向から、そういうもんなんでしょうなあ。

 次いで彼岸とは?になるんだけど、仏教語であり「河の向う側。生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界。涅槃(ねはん)」となっている。さあ分からない、アンタ、河を渡った悟りの世界なんていっても理解できるかい?。河を渡るったって隅田川を渡り、浅草の繁華街が悟りの世界じゃねえよなあ。ネオン街で一杯飲んでこの世の悟りを開く……オイオイ。

 それと、もひとつ涅槃(ねはん)ってな言葉も時折耳にするが、これもさっぱり だ。「煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地}だってさ。これは我々のような煩悩の固まりである人間にゃあちょいと理解の範囲を越えてらあ。

 ま、何にしても日ごろ大して信仰心のない輩が、彼岸とは涅槃とは、などと考えること自体、無理なんじゃねえかなあ。「お彼岸はお墓参りをして故人の霊を弔う日」でいいんだよな。次いでに彼岸団子を食ってショウチューをちょいときこしめし、線香を立ててナンマンダブ、ナンマンダブツと−−。

2007年03月19日

大相撲春場所

 「今場所は白鵬が優勝だな」

 「うん、白鵬に勝たせたいよねえ。朝青龍のあのふてぶてしい態度はどうも好かないんだよなあ」。

 めずらしく脱衣場から相撲の話が聞こえてきたよ。ここんところ、というより近年はいつもそうなんだが、相撲の話題はトンと聞かれなくなっていた。脱衣場は毎日4時から相撲放送を掛けておくんだが、じっくり見ている人はまずいないな。口を開けば「相撲がツマンナイ」「モンゴルばっかりじゃ見る気がしないよ」ということばかりである。相撲人気の凋落は国技の伝統を色褪せたものにしているようだ。

 かくいうアタシも、かっては大の相撲ファンだったのであるが、最近はさして興味がなくなってきたからなあ。あの国技館の大鉄傘を揺るがせた相撲人気も若・貴時代で終焉を迎えたのか。国技の土俵が外国人に占拠され、モンゴルに歯が立たない日本人力士の不甲斐無さはもうどうにもならないのだろうか。

 毎年、日本人の力士志望者が減っているという。対して外国人は入門希望者が目白押しで、外人枠の撤廃を求めているっていうからこの先も暗いなあ。

 さて土俵に話を戻そう。アタシャ毎場所相撲のことをこのブログに取り上げていたが、今場所はどうしたものかあまり気乗りがしなかったんだ。前述したように相撲に対する興味がまるっきり涌かないんだな。うっかりしているとテレビをみることすら忘れているからねえ。

 相撲人気の凋落の一因に朝青龍のキャラクターがあげられないだろうか。とにかく激しくてふてぶてしい。日本人が求める「礼に始まり礼に終わる」という相撲道におよそそぐわない性格なんだよな。ともすれば格闘技的な土俵態度も見せるし、横綱の品格など所詮求めるほうが無理のようでもある。

 今日、中日の一番、稀勢の里戦に、稀勢に顔面を張られカッとして荒々しい相撲で応戦し、後ろへ回って送り出しの態勢をつくった。誰がみても送り出すと思ったら土俵に引きずり戻して投げ倒した。本来なら簡単に送り出してしまうんだが、頭に血が上っている朝青龍だから、横綱らしく相手をいたわる相撲なんか心のどこにもない。あるのは「この野郎っ!」の闘志ばかり、いや憎しみかもしれない。だから引き倒した後にも足蹴りのような振舞を見せたんだ。

 今日のスポーツ紙は「蹴った朝青龍 土俵に転がし背中ガツン」の大見出しが一面に躍っていた。最近の大相撲の記事は、八百長問題とか今日のような感心しない話題が一面で、肝腎の内容は隅っこに掲載されているに過ぎない。

 この朝青龍の一番に、土俵下の九重審判長は「あれが取得なんであろうが、見ていて気持ちのいいものではない」と苦言を呈していたと書かれていたな。かっての大横綱にこんな談話をさせるような朝青龍が唯一の横綱である。衆目の尊敬を得るのが横綱であるはずなんだが、尊敬されるどころか天下の悪役としての存在感が大きいところに相撲人気凋落の一因がなかろうか。

 春場所の始まる前に北の湖理事長が「朝青龍の20回の優勝も周りが弱過ぎるからだ」といた談話を新聞で見たが、今場所も相変わらず魁皇、千代大海、栃東のポンコツ大関陣以下が勝ったり負けたりを繰り返している。

 またまた「終わってみれば朝青龍!」かと思わせたが、そんな中で白鵬が1敗で走って
いるのが大きな救いになっている。今や悪役横綱に対抗する唯一の存在として白鵬への期待はまことに大きい。判官びいきもあろうが、いずれは朝青龍VS白鵬のいわゆる青・白時代が到来するであろう。白鵬が朝青龍を反面教師として、綱をしめても傲慢な態度にならないよう願いたいな。

 今日はいつものように春場所の展望をアタシ流に書くつもりだったが、何やら「朝青龍、悪役論」みてえになっちまったな。朝青龍ファンにはお叱りを受けるだろうが。まあアタシの本音でもあるからしょうがねえかな。

 脱衣場の「今場所は白鵬に勝たせたいねえ」といったお客さんの声がまた甦ってきたよ−−。

2007年03月18日

十人十色ですねえ

 毎日のフロント稼業で様々なお客さんと接しているわけだが、お客さんにもクセというか個性のある人が多いんですなあ。今日はそんなお客さんを少々スケッチしてみようかなと思う。

 もう80近いおばちゃんが湯上がりで出てきた。
週に2〜3回の人だが、上がってくるとフロント前のアイスクリームケースをのぞくのがいつものパタ−ン。しかしちょいと眺めるだけでそのままお帰りになる。それでも10回に1回はお買いになるかな。ふらっと眺めてふらっと帰る。かならずこの仕草をするから、のぞくのが楽しいんですかねえ。これも一つのクセでしょうなあ。

 三寒四温とか寒の戻りとか……。春めいた日差しが強いのに風が冷たくてやけに寒い日が続いている。

 「今日もまた寒いですねえ」

 「いや、今日は差ほどじゃないよ」

 と答えられるのは70半になる飲み屋のご主人。この人ね、あたしが寒いといえばかならず、そうでもないよと言われる。フツーのお客さんなら「寒いねえ」と答えられるが、この人は「そうだねえ」と応じられることはまずない。で、アタシが時として

 「お客さんが寒い寒いと入ってくるけどね」

てなことを申し上げたら
 
 「いや、ホントに寒いときはうちの客が××のお湯割りを飲むんだけど、今日当りはみんな水割りにしてるもんね」

 とさらにご反論だ。相手が右だと言えば左だと言いたくなるのもやはりクセでしょうかなあ。

 「もうやんなっちゃうよ」

 と言うのが入って来るなりのご挨拶になっているのは50代の男性。瓶工場でビン洗いのパート的な仕事をしているらしく、いつも仕事が中途半端だの時給が安いのと、ボヤキ専門である。フロントは浮き世の憂さの捨てどころなのかな。これはボヤキグセですな。

 週に1〜2回見える小柄な60年配の男性。来るとカウンターにズラッと硬貨を並べられる。入浴料430円であるが10円玉3枚に後の400円は全部50円硬貨である。それも毎回五十円硬貨をズラッである。よく50円玉があるなあと思わせるほど同じパターンである。これも一つのクセですかなあ。

 週に2回ほど見える70年配の男性はまず口を開いたことがないと思うほど無口である。当湯(うち)へ見えるようになってまだ日数の少ないこともあろうが

 「いらっしゃい」
 「寒いですねえ」
 「有難うございます」

 という当方に対して全くの無反応。アタシにゃ怒っているのかとさえ思ってしまう。これはクセというより性格といったほういいのかねえ。

 フロントへ見えるとかならず何か冗談を飛ばすご老体がいなさる。今日はフロント前で老人会の仲間なんですかなあ、知り合いらしいおばちゃんと一緒になった。

 「花見が近付いたけどどっかえ連れてってよ」
とおばちゃん。

 「どっかへねえ。冥土へ連れていこうか。カメイド(亀戸)の先で近いから……」

ウンうまいッ!。こういう会話はいいよねえ。いつもジョークを飛ばせるようになるにはかなりのシャレッ気を持ち合わせていないとできませんなあ。これをクセというなら、まことにいいクセですよね。

 もうお一人。この人もフロントで毎回冗談をいうのがいつもの常。60過ぎの男性なんだが、特に女性とフロント前で一緒になるとかならず声を掛ける。待ってましたと掛けたくなるらしい。

 しかしなあその会話がどうでもいいようなもんなんだよねえ。今日もそう。40代の女性が料金を払っていると、くだんの男性、さっそく女性に声を掛ける。俺の出番だとばかりに

 「お釣りは番台にチップでょ?」

 「お釣りはいりますよッ」

 女性は半分笑いながらも余計なことを言うおじさんだというニュアンスも感じられる。しかし男性は相手がちょっとでも笑ってくれればそれで満足のようだから面白いクセの人だよ。ちょっとツマランけどね。

 なくて七癖−−。まだまだいろんなクセの人がいるんだけど、今日はこのくらいでまた次回としよう。そういえばアタシのクセを書かなかったな−−。

2007年03月17日

何とか楽しく入ってよ

 金曜日、敬老入浴デーである、相変わらず開店と同時にウンカの如き大群?が押し寄せた。たちまち浴室は満杯である。空いてるカランがないほどの大混雑だ。それにしてもまあ、いかに無料とはいえスサマジイもんだよ。

 これが普段の日になるとまことに静かなんですがねえ。

 近年、隣接浴場の廃業などから、そうでなくても多い金曜日のお客さんが激増した。ゲキゾウである。その混雑ぶりはかって浴場が隆盛をきわめた昭和30年代を彷彿とさせるほどである。

 仲間が言う

 「金曜日だけじゃなく、一週間のうち後一日来てくれると有り難いんだがなあ」

 まさにその通りである。しかし現実はまことに厳しい。ゼニが掛かればまず動かない。動かざること山の
如し−−ですな。オイオイ、風林火山と敬老入浴を引っ掛けてどうするんだよ?だってさ、普段の浴室は「静かなること林の如し」じゃねえの、情け無いけど。

 ところが金曜日は開店と同時に満杯になっちゃうから、まさに「侵略すること火の如し」よ、そしてそしてだ「疾きこと風の如し」はエート、え〜とねうまい比喩が浮かばねえや。そうだ、開店前にもう10人以上が待っていてシャッターを上げるや我先にと入って来るし、洋服を着たまま浴室へ向かい、腰掛けをカラン前に並べて席取りに動いてるもんねえ。我先に……「疾きこと風の如し」よ。ちょいと苦しいかな。

 さて、そこで本題に入ろう。今日の問題はこの「席取り」の話なんだ。金曜日は戦国時代さ、国盗り物語だな。

 夕方、70年配の男性がフロントでアタシに言うんだな。金曜日だけに見える人だが

 「うちの女房に言われたんだけど、この頃女湯で入ってくるとすぐ腰掛けを何個も並べて、あたしが座ろうと思ったら、そこは来る人がいるんだからと言われて座れないのよねって。来ない人の場所まで取っておくんで、ダンナさんに言ってくれって頼まれたんだけど、よくないんでしょ?」

ホホウ、クレームですな。確かにそういうことはある。アタシも承知している。本来ならよくないことであろう。しかしなあ、アタシャあえて言うけど、あえてね。この席取りに動く人は毎日の常連さんなんだ。いつもは常連仲間と一緒にゆったり入っているんだけど、なにしろ金曜日は前述したように混雑し過ぎる。そしてその大半が金曜だけの人なんだ。そこで常連さんは普段の仲間の席も確保しようとするんですな。いつも和気あいあいと入っているのに金曜日はちょっと遅れてくると座るところもなく、毎日の常連さんが路頭に迷う?んだな。

 週一の人に席を占拠されないように、その人は早く来て先手を取るということなんだが、常連さん仲間には足の悪い人もいるし、アタシャ差別といわれるかも知らんが、あえて、あえてね許容してんですわ。何といっても金曜日のみの人たちに比べたら常連さんは大事だもんなあ。

 そこでアタシャ、クレームの御仁に申し上げたよ。常連さんの価値観をさりげなく述べた後

 「金曜日でもちょと時間を遅らせればゆっくり入れるんですよね。とにかく金曜日は混み過ぎんですな。65才以上の人が250人も入ってその約7割が金曜だけの人なんですなあ。普段の日はガラガラみたいなもんだから、ちょっと時間をズラスかしてもらうといいですなあ。それと、ゆっくり入りたかったら金曜以外だとのんびりできますよ」。

 アタシャ、ちょっと時間をズラせと言い、タマにな普段の日にはいればゆっくり、のんびりできますよと、ちょい、イヤ味も申し上げた。アタシも馬齢を加えてヒトが悪くなったよねえ。クレーム氏、アタシの言葉のニュアンスに

 「そうですかあ」

と憮然たる表情で帰られたな。
 
 さて今日は土曜日だ。開店と同時にいつもの常連さんがやってきた。

 「昨日はスゴイけど、今日はのんびりできるよねえ。お風呂はゆっくり入りたいよねえ」

 そう、好き好んで国取り物語も必要ないからね−。

2007年03月15日

東京最古の銭湯がねえ

 いやあ、大きく出てましたなあ−−。

 読売朝刊(3・14)の「とうきょう歴史散歩」のコーナーに「江戸っ子 ゆったり230年」の見出しとともに、東京最古のの銭湯が取り上げられていたんですな。

 アタシャ、以前から江戸川区の葛西地区に江戸から続く銭湯があるとは聞いていたんだが、今日の新聞を見てその古い歴史に改めて驚き感心したんです。どうも勉強不足でしたよ。そこで今日のブログにはこの銭湯についてちょいと調べて書いてみようかなと思ったんですわ。登場する浴場は江戸川区船堀にある「あけぼの湯」なんです。

 アタシの脇には例によってアタシら湯屋モンにとってバイブル的な「公衆浴場史」が置いてある。記事の中央にホラ貝を吹いている18代目ご当主・嶋田さんの大きな写真が掲載されていましたが、まずはこのホラ貝についてこう書いてある。

 「嶋田さんの元には、歴史を感じさせる様々なものが残されている。江戸〜明治にかけて使われたホラ貝もその一つ。開店時や店がすいている時に吹き鳴らした。店によって異なる音色だったため、客は音色を聞いてどこの銭湯かを判断して出かける際の参考にしたという……」

 さらに公衆浴場史には、江戸の朝湯は午前5時・6時頃開湯したが、ここでもホラ貝を吹いて湯のわいた時刻に

 「わいた、わいた」

 と知らせた、などとも書いてある。

 そして「あけぼの湯」の創業だが、なんと安永2年(1773)だという。アンエイなんていわれてアンタ、ピンとくるかい?。アタシにゃあ見当もつかないよ。そこでまた公衆浴場史だ。この本には「浴場史略年表」がついていてね、天平5年頃(737)からの「湯」に関する事項が記載されているんだが、最初のほうは「僧侶の読経に清浄沐浴」や「光明皇后の法華寺の施浴」の事柄などが目につくものの銭湯に関する事項はどこにも見あたらない。

 そんな中で建保1年(1213)に町湯の記事がわずかに散見される程度だ。この町湯はおそらく関西方面のことなんであろう。奈良・京都には800年も前に銭湯の名前を使った町湯があったと聞くから、その後に見られる五木湯、念仏湯の名前ももちろん地方のものなんであろうと思われる。

 江戸の銭湯はもう何回となく書いたけど、天正19年(1591)に伊勢の与市なる人が銭瓶橋に銭湯風呂を始めたのが最初とされているが「あけぼの湯」ができたのはそれから182年後なんだよねえ。その間、慶長年間(1614) 銭湯がどんどん増え、当時は混浴の時代だったとみえ男女風呂が大繁盛したとも書いてある。

 さらに明暦2年(1656)には市中に200軒余にもなっていたというから「あけぼの湯」が創業した1700年代にはもうかなり銭湯があったんだねえ。その後明治12年(1879)には1051軒にも増えていたという。まさに銭湯隆盛の階段を駆け上がっていったんだ。それに比べて平成の銭湯、現在950軒だもんねえ。隔世の感だなあ。

 さて、アタシね平成17年に墨田・江東・足立・葛飾・江戸川の城東地区300軒における「40年記念誌」を手掛けたことがあるんだけど、その時にね各浴場の名簿とともに創業年月を記入してもらったんだ。今、その名簿を眺めているが、さすがに江戸は「あけぼの湯」とその支店である「乙女湯」だけである。

 そして明治が1軒。わが墨田にある「弁天湯」が明治15年で126年前だな。大正は6軒と思ったより少なく、後は昭和であり、昭和も戦前つまり20年以前は23軒となっていて、戦後の浴場復興時期にいかに銭湯が増えたかがよ〜く分かる。

 もっとも調査に対して記入が戦災で焼失したために戦後復興した浴場が創業を戦後とした傾向もあるようだが。なんにしても「あけぼの湯」の創業203年とはまさにスゴイの一言だ。


 ジャイアンツの長嶋がその引退のときに「わが巨人軍は永久に不滅です」とやったが、「あけぼの湯」さんが今後ともノレンを守り続け「わが銭湯は永久に不滅」であってほしいねえ−−。

2007年03月13日

外人が銭湯賛歌をねえ

 夕方のフロント。アタシが当湯 (うち) のインテリさんと位置付けている78才だというダンナがゆったりとお見えになった。

 以前、このブログにも登場してもらったことがあるんだけど、その時、ご自分でお書きになったエッセイを拝見したんだが、達筆で洒脱な文章なんですよねえ。W大卒業後、会社勤めが定年になり現在は悠悠自適のご身分のようだ。

 そう古いお客さんではないが、アタシの本を読んでくれてから何かとお話をするようになった。下町の銭湯といえば庶民的でがらっぱちなおじちゃん。おばちゃんが多く、まあ、あまり知的じゃない雰囲気なんだが、この方はそんな下町的なものと違い、会話にインテリ性を感じさせられる人でありアタシにとっては異質のお客さん、と言ってもいいかな。

 何しろフロントでアタシに

 「中世のヨーロッパでは入浴行為、つまり体を洗うことが不浄になるというんで、神父さんなんかめったに体を洗わなかったらしいねえ」

 などという話をされる御仁なんだからねえ。アタシャ、江戸時代の銭湯模様程度なら少しは心得ているつもりだが、中世の入浴行為は……などの話が出てきたんじゃあもうイケマセンや。静かに拝聴してるだけですな。アタシにとってちょいと参考にもなる方でもありますね。

 今日は一枚のコピーをお持ちになった。
 「イギリスの記者が書いた銭湯についての話なんだが参考になると思ったのでコピーしてきたのよ。読んでみて」

 で、さっそく拝見したんだがホント勉強になったねえ。

 「ニッポン社会入門・英国人記者の抱腹レポ−ト、コリン・ジョイス」

という表紙がついていて、この道五十年、風呂屋のプロと威張っている?アタシが読んでも大いに参考になったねえ。

 どうも前置きが長くなっちまったので、肝腎の本文が抜粋程度になっちゃうけどまあご寛容願おう。

−−日本人が発明したものの中で、ぼくのいちばんのお気に入りは銭湯だ。ほとんど完璧だとさえ言ってよいほどの発明品だと思う。東京だけでも何百もの個所で身体を清潔に保つこととリラックスすることを可能にしてくれている。

 夏の夕方、遊びに出かける前に日中の汗を流しておけるのはとても好都合だ。冬は冬で、身体が温まる……。しかし、ロンドンには銭湯がない。これから銭湯を建てるにはもう遅すぎるだろう。経済的に収支が合わないだろうし、それに何よりもまず、越えねばならない文化的障壁が高すぎる。

 なので、ぼくは銭湯を日本の暮らし特有の恩恵と考えているのだが、不思議なことに日本人はそう思っていないようだ。日本の若者の多くが銭湯に行ったことがないのは驚きだ……。

 二千円もする温泉は人でいっぱいなのに四百三十円の銭湯を利用しているのはお年寄りだけだ……。ハーブ風呂、サウナ、泡とジェットのマッサージ風呂などを備えた銭湯の多くは、質の面では決して温泉に見劣りしないのに。

 銭湯を「ポータブル風呂」、ウォ−クマンの風呂版として宣伝してみてはどうだろう。街のどこにいようと好きなときに入浴を楽しめるというわけだ。あるいはバーになぞらえるべきかもしれない。家の風呂に入るのと違って、第一級の設備を楽しむことができ、他の人と気軽に話をすることもできるという点を強調するのだ……。

 ともかく、イギリスから友人がやって来ると、彼等はわざわざ銭湯へ行くことを勧める必要さえないのである。友人たちはあらかじめガイドブックを読んで銭湯に興味を持っており、一度行くとすぐに銭湯ファンになる。銭湯はほんとうに素晴らしい思いつきだ−−。

 途中一部を省略したが、いかがです?。「ポータブル風呂」ウォークマンの風呂版として宣伝してみては……なんて面白い発想じゃない。外国人がこのように銭湯賛歌を書いてくれているんだから、400余年の伝統を持つわが湯屋モン、頑張んなきゃいけませんなあ−−。

2007年03月12日

妙齢の女性がねえ

 開店早々見慣れない女性がお出でになった。

 妙齢のご婦人だ。一見さんのようである。勤め帰りと思われる服装なんで近所の人ではなさそうだな。

 オンヤ?、またうるさい外野が何か言いたそうだな、何だって?ミョウレイってどういうことだって?。ホウ、アンタ妙齢を知らねえの?勉強不足だねえ。

 妙齢ってねえ、若いキレイな女性のことをいうのよ。ヘエ〜ッ。オヤジんとこに若くていい女なんて来んのかよォ。来ますがな、うちはみんなキレイな人さ。へえ〜、そうかねえ、おばちゃんばっかりに見えるがねえ。

 アンタねえ、クダランことを言わないでこれからのモノガタリを?聞いてよ。

 妙齢さんがフロントで入浴料金を払いながら言われるんだな。
「あたし『1010のフロント日記』が大好きで、いつも楽しみに読ませてもらってんです。そして今日は最近出された『湯屋番五十年』という本を読みたくて来たんです」

「そりゃあ有難うございます。本は前に出た『風呂屋のオヤジの番台日記』と一緒にそこの本棚に入っていて、自由に貸出しているんですから、お持ちになってゆっくり読んでください。読んだらいつでもまた戻してもらえばいいんですから」。

 アタシの本が見たくてお出でになったなんてウレシイねえ。アタシャちょいと感激よ。とにかくゆ〜っくり読んで、感想でも聞かせてよ。

 ところが妙齢さんの話は意外な展開を見せたんだな。

 「いえ、あたしは遠いんでそうそう来られないから一冊買いたいんです」

 「ホウ、遠いってどちらから?」

 「狛江なんです」

 「狛江ッ、そりゃあまた遠くからわざわざ……。そりゃあそりゃあ……」

 アタシャそりゃあ……の連発だ。だってさあ狛江って東京都下じゃない。時間だって結構掛かるんじゃねえの。はるばると……、また、そりゃあ…だよ。

 「そしてあたし、墨田区の観光案内に聞いてきたんです。ちょうど案内所の人がこちらの銭湯に入ったことがあったのでいろいろと教えてくれたんです」

 オイ、そこのうるせえ外野のおヒト、聞いたかい。わざわざ狛江という遠路からアタシの顔が見たいって?お出でになったんですぜ。それとね観光案内所が当湯を知っていたなんてスゴイと思わない?

 ということでアタシャ「湯屋番五十年 銭湯その世界」を買っていただいたんだが、妙齢さんはさらに話を付け加えられたよ。

 「できたらご主人のサインが欲しいんですけど」

 本を求められてサインをしろという要求は多い。アタシごときの……と当初はおこがましいと思ったもん
だが、本の取材に見えた新聞記者さんも「サインをして…」などと言われたもんだから、近年は抵抗なく書かせてもらっている。

 「そうですか、じゃお風呂から上がるまでに書いておきますから、ここにお名前を…」

 アタシャ、メモ用紙を差し出したんだ。妙齢さんは【五十殿裕生】とお書きになった。ウーン、アタシにゃ読めない。アンタだって勿論読めないだろうねえ。妙齢さんは委細心得ているんでフリガナをしてくれたんだが、これ【おむか ゆうき】と読むんだってさ。五十殿がオムカだよ。五十嵐、五十畑 さんなどの姓はよくお目にかかるが、難しい名字があるもんですなあ。
 
 さて、オムカさんは1時間程度の入浴であがってこられた。アタシャ、サインを入れた本を渡しながら湯屋番の由来や古い銭湯の話などを聞かれるままに説明したんだが、オムカさんは興味深そうに聞いていたな。そして丁寧にお礼をいわれてお帰りになったんである。帰りの道中、気を付けてね−−。

 どう?今日のモノガタリは?。ウンまあかな。でもさあ、ツマラン風呂屋のオヤジの顔を見て本を一冊買うために、わあずわざ狛江くんだりから出てくるなんて、世間にゃヒマ人もいるんだねえ。オイオイ、じゃアタシも言いたいよ。世間には憎たらしいヒトもいるもんだ−−。

2007年03月10日

病院はねえ

 ここんところ寄る年波のせいか病院通いが増えちゃってねえ。

 今までは病気知らずの医者いらずで突っ走ってきたんだけど、2年ほど前にちょいと体調を崩したら急にあっちこっちが悪くなっちゃってさあ。

 今日は整形外科の外来なんですわ。股が張って足が冷えるんだから困ったもんだ。で、先日、腰のレントゲンからMRIを撮ってもらったんだが大したことがなくてヤレヤレと一安堵した矢先に今度は臀部に出来物ができちゃて座るにもままならなくなっちまった。ホント次から次へ「どこまで続くぬかるみぞ!」ですなあ。

 S病院の入口で中年のご夫婦と思しきお二人が何やら話しをなさっていたがアタシを見ると声を掛けられた

 「あの〜、ここは皮膚科があるんですか?」

 「さあ……、そこに診療科目の看板があるようですね」。

そういえばアタシも結構通っているけど、看板なんか見たことがなかった。そこでお二人と一緒に改めて眺めてみたよ。そしてなんとなく考えちゃった。

 アタシもこれからは老いるだけだから診療科目のほとんどにお世話になるのかなあ。眼科と内科は今でも定期的に診察を受けているし、今は整形外科だから次は何だろう?。泌尿器科かな。この頃どうもションベンの出方に勢いがないからねえ。落語の話に「年増のションベン、バーシャバシャ。娘の小便チョン
チョロリン」なんてヤツがあるけど、アタシも娘の小便に近けえもんな。

 次は耳鼻科か。最近、家人から「耳が遠くなったようだ」なんてからかわれているからまあ時間の問題だろうなあ。後は何があるんだ?。婦人科か。これもそのうち……オイオイ、クダランことを思っていると予約の時間に遅れるぜ。

 というようなことで整形外科の待合室に入った。相変わらず仰山と診察を待っている。ウーン、今日は何時間待たせられるんだろ。1時間じゃ済みそうもねえな。病院てえところは待つことが仕事だもんなあ。うちの客で墨東一といわれるB病院へ通っている何人かのご老体が異口同音に4時間・5時間待たされるのは普通だよと言うからねえ。病院とは待つことと見つけたり、だな。

 待合室は忍耐との格闘技だよ。1時間・2時間、ひたすら待つ、沈思黙考?してね。だから待合室は静寂に包まれているようでもあるな。病院の待ち時間を少なくするにはお医者さんの数を増やすか予約の人数を減らすかすりゃあグ〜ンと緩和されるんだろうが、ウンカのごとき患者さんが押し寄せてくるんだ
からムズカシイよねえ。

 さて1時間半、待ちに待った名前を呼ばれたよ。勇躍?診察室へ入ったという次第なんだが、ここでちょいと診察の模様を書いてみようかな。 ドクターは初老で白髪のなんとなく名医の雰囲気を持っているセンセイだ。

 アタシャまず状態を説明した。先生「患部をを出してごらん」と宣われる。で、遠慮なくきたねえお尻をまくったよ。センセイ

 「こりゃあオデキだな。切開しなきゃダメだな。でも外科かな」

 「先生、やって下さいよ」

アタシャ名医に甘えてお願い申し上げたよ。

センセイ

 「じゃ切るか!。そこのベッドへ俯けになって寝て!」

 そして看護婦さんに何やらご指示だ。アタシャ、シャツを捲りパンツを下げたアラレモナイ格好で腹這いになった。

 「ちょっとチクッとするから我慢して……」

 センセイ、メスだが針だか見えないからわからんが、いきなりグサッ?

 「ウッ痛エッ」

 こりゃあチクッとする痛さじゃない。が、声を上げるわけにゃあいかない。グッと我慢だ。代わりに肛門から一発プ〜、まさか……。痛さに耐えること10分ほど。

 「だいぶウミが出たな。これでラクになるだろう」

 その通り、名医は手際がいいのだろう。それまでの臀部の痛みが薄らいできたような感じだったね。術後の処置は看護婦さんがこれまたテキパキとやってくれる。

 「あと2〜3日通えば落ち着くでしょう」
 
 アタシャ心から頭を下げたよ。

 残るは股の張りと足の冷えだが、またしばらく通わなきゃあなるまい。ジジイと病院はもう切っても切れねえ相愛の仲に?なっちゃうんだなあ−−。

2007年03月07日

テレビが友達よ

 4時半、脱衣場のテレビは水戸黄門の再放送をやている。それを見ながらであろうご老体の話し声が聞こえてきた。

 「どうも最近のテレビは見たいものがないねえ。俺はスポーツにあんまり興味がなくて特に相撲なんかモンゴルばっかりだから見る気もしないんだ」

 「そうだよなあ。俺は時代劇がいいんだけど、水戸黄門か遠山の金さんぐらいだろ。後は若いタレントがお笑いっていうの?、ギャアギャア騒いでる番組ばっかりだからなあ。あんなもん見る気持もしないよ」

 「そッ、俺もあのお笑いってえやつは好かないねえ。しかしあれ、結構人気があるんだってねえ。あんなもん、どこがいいんだろうねえ」

 「我々はもう仕事もやってないし、楽しみっていえばテレビぐらいなんだけどねえ。だからテレビが見たいもんをやってないと退屈でしょうがないよ」

 なるほどねえ。人生の晩年は唯一の楽しみがささやかな晩酌とテレビだというが、そのテレビにスゲなく?されたんじゃあこりゃあツマランですよなあ。

 お二人の会話を聞くともなく聞いていたアタシャ、何となく共感を覚えましたよ。実はねアタシもあの「お笑い」という連中の出てくる番組は馴染めないんですなあ。だからほとんど見たことがない。今、テレビ界に君臨しているようなタモリ、さんま、伸助なども性に合わない。テレビはイヤなら見なけりゃいいんだから助かるよ。人気者の彼等だって「若い世代が相手だから、何もジジイに見てもらう必要はない」と思ってるだろうしねえ。

 今日の新聞にテレビの視聴率ランキングが載っていましたなあ。それを見てアタシャちょいと意外に感じたね。今、テレビを席巻しているお笑い番組がベストテンに一つも入っていないんだ。「ドラマ3本 上位を独占」の見出しで 花より男子2 華麗なる一族 ハケンの品格、と並んでいる。どれも見たことがないけど、お笑い番組が抜群の視聴率を上げてるわけでもないので

 「テレビマニアも意外と健全な面があるんだな」
と思ってもみたなあ。

 ところで、アタシャ以前ね、全浴新聞に「お笑い番組についての一文を書いたことあがるんだ。それを思い出したのでご老体のお笑い批判に応答して?その記事をちょいと抜き書きしてみようかな。風呂屋のオヤジがエラソーに書いてるけど怒んないで読んでよね。

 ……喜劇の世界がなくなり「お笑い」というよくわからんジャンルの中で生息している手合いのなんとまあお粗末なことか。一応、話芸の出となっていながら芸の間もテンポもヘッタクレもない。ただわめいているに過ぎない。これはもう「ふざけ」ているだけである。その「ふざけ」を面白いと笑ってくれる若者ならいざ知らず、マトモに聞いたら情け無いほど笑えない。

 今の芸能界、テレビが主流である。そしてテレビにしがみつく大多数が芸とは無縁の若年層である。で、視聴率絶対のテレビ界は「なんだって構わん、数字が取れたらそれがいい番組になるんだ」と、テレビの言うことならすべてOKの若者を操り、軽さ、悪のりでギャアギャアわめくことが芸であると洗脳していく。

 テレビに中に「芸人の世界」がなくなっていく。すべてを「バラエテイ」の言葉でひっくくって愚にもつかない番組がのさばっているご時世だ。そして何よりもつまらんのは、これらの番組に出演している輩が見る者の思惑も考えず、テメエ達だけが面白がって騒いでいることである。

 こんなバカ騒ぎを「ギャグ」の言葉で片付け「どうだ面白いだろう」と言わんばかりなんだからアホらしくなる。テレビによって日本の文化が形づくられていく今日の状況では、もう本物の芸人が育たないのではないか……。

 とまあ、何ともエラソーに書いたたんだが、アンタだって多少はそう思うだろ?。エッ、テレビは最高に面白いって?、今時、日本の文化だの、本物の芸人がどうしたこうしたなんてリキんでいるオヤジがもう古いんだって?。

ウーン、そういう時代なのかねえ、今日ビは−−。

2007年03月06日

今年のG党はねえ

 「アラッめずらしわね」

 「しばらくですね」

 夜10時のフロントである。70過ぎの独り住まいの女性であり、毎日9時から10時ごろお見えになるん
だが、アタシが最近この時間帯は休憩タイムになっているからちょっとお会いしなかったのである。

 さて久しぶりのご対面に?話題はさっそく野球談義になった。この方は熱狂的とも言っていい巨人ファンであり、巨人が強かった頃は毎日のテレビ放送は欠かさないし、テレビが時間切れになったらラジオで結果を確認してから風呂へ見えられた程だったんである。それが大巨人軍の凋落とともにその熱も冷めかかっていたようなんでもある。

 「オープン戦が始まったけど相変わらずダメねえ」
と、まずはおばちゃん。

「ソフトバンクに連敗で横浜にも負けちゃったねえ。これでオープン戦スタートで3連敗ですか。新聞に出ていた原の表情がひきつってたねえ」

この人ね、アタシがG党じゃないということは御存じなんだ。御存じなんだがアタシが営業的に?それなりのお相手をするから、お独りで普段、会話をする人も少ないせいか、うちへ来ると好きな野球の話をするには格好なんでしょうなあ。

 「そうなのよ。昨日なんかソフトバンクに9回ツーアウトから脇谷のヒットで完全試合を免れたんだっていうから、もうホントやんなっちゃう」

 眉根にシワを寄せて、ちょっと怒っている感じもみせた。どうや今年も巨人の動静に一喜一憂の連続になるんですかな。風呂屋のオヤジの願いとしては巨人が勝ち過ぎるのは個人的に面白くないが、去年のように昨日も負け今日も負け……になっちまうと脱衣場の圧倒的に多いG党に元気がなくなり、ひいては野球人気がさっぱりになっちゃうんだな。テレビを見てアアダコウダと気炎を上げているほうがなんたって脱衣場全体に活気があっていいんですよなあ。

 それにしてもオープン戦でいきなり3連敗とはねえ。まあ今の段階ではキャンプの仕上がり具合のテスト的な色合いが強いけど、何にしても今シーズンのベストメンバーだという布陣で準完全試合を食らっちゃうとは、おばちゃんならずともお先真っ暗の感じがしますよなあ。ご同情致しますわ。

 ところで今、ベストメンバーと言ったけど、アタシも最近は野球に対して不勉強のため、ラインナップを見てハテナこんな選手が……という名前が並んでいるのには少々驚きましたなあ。

 「なんだか久しぶりに巨人のメンバーを見たけど、知らない選手が多いんだねえ」

 「そうなのよ、仁志に工藤。桑田を出して若返りを図ったんだけど、工藤なんかまだまだ使えるのよ。ストレートは140も出るんだから。横浜で活躍するんじゃないの。それに外人を4人も入れたのよ。どうやって使うんだか」

 ホウ、なかなか詳しい。おばちゃんはさらに続ける。

 「大幅に若返ったっていってもカギを握るのは外人の動きよね。後は何と言ったって原監督の手腕ね。でも去年のことがあるし。アテになんないわねえ」
 
 おばちゃん、どうも原を今いち信用してませんなあ。

 「しかし今年ダメならハラはハラをくくっているだろうからね」

 「ダメなら当然クビになるでしょ。もう後任は中畑だ江川だなんていう噂も飛んでいるしねえ」
おばちゃん、真剣に巨人を憂いているから、アタシがハラがハラをくくっているとシャレだつもりなんだが、全然通じなかったようだ。シャレどころじゃねえか−−。

 「でもさあ、始まってみたら若手が思った以上に活躍するかもしれないから案ずるより生むが易しになるかもね」。アタシャちょいと慰める。おばちゃん「そうなればいいけど…」

 とつぶやくように言いながら脱衣場へ場へ向かわれた。そんなおばちゃんの後ろ姿を見ながらアタシャ独り言「初めよければ終わり良し」って言うこともあるから、出足でつまずいた今年もお先がなあ−−。

2007年03月04日

円楽が引退だってねえ

 「円楽が引退するんだってねえ」

 「そうね、体が悪かったんだし、笑点もかなり前から降りていたから、半分は引退していたようなもんじゃないの」

 男湯から中年のお客さんの話し声が聞こえてきた。落語の話題が出るとはめずらしい。おそらく笑点のファンだったんであろう。新聞もスポーツ紙から普通紙までも大きく取り上げられていた。特にスポーツ紙はドデカイ活字で大々的な扱いだ。アタシャ思ったよ。円楽ってそんなに大物だったのかねえ。

 そこで今日は落語界について、よう知りもしないんだがと断り、ちょいと書いててみようかなと思った次第だ。

 新聞は「噺家の自負が生んだ美学」の見出しでこう述べている。……発足当時のメンバーだった「笑点」を一時降りたのは、師匠・円生の「安っぽい芸人で終わるのか」という言葉を受けて、落語一本に絞って精進するためだった…。

 この話を聞いて思い出すのは、昭和50年代に円生を中心とする落語協会の分裂騒動があったが、こん時も、落語協会の小さん会長が

 「テレビでもなんでも出て売れなさい。それが落語人気につながり寄席の繁栄をもたらす…」

という考えに芸一筋の円生が反発したのが分裂の発端だとかを仄聞していたっけな。

 さて脇道に逸れたが円楽の引退に戻そう。
 −−引退にあたって
 「いろんな噺家の晩年を見て、どんな人でも目を覆いくなる落ち方をしていた。噺家に定年はないなんてうそです。円生から“私がひどくなったら、お前が駄目と言え”とクギをさされていたが、実際には残酷で言えなかった。そんな経験が自らの進退への厳しさとなり、高座後の引退宣言へとつながった。政治家や経済人らが地位に恋々としがみつく姿を日常見聞するだけに引き際の美学を体現した円楽の姿は、落語ファンの記憶に長くとどまることだろう……」

 最大級の賛辞である。何やら落語界の超大物の扱いだ。

 その昔、アタシがまだ若い頃だが、文楽、志ん生、円生から小さん等々の大看板がいた時代から見ると、今の落語の世界はアタシにはどうも小粒にみえてしまうんだな。その因として一つには落語などの話芸がテレビに放送されることがほとんどなくなったことがあるんじゃないか。その昔のラジオ時代には漫
才・落語などがしょっちゅう流れてきたがねえ。

 現在唯一落語的なシャレや粋が感じられるのが「笑点」なんだが、その「笑点」も最近はメンバーが若返り今、テレビの中心にもなっている「お笑い」というアタシには訳の分からんタレントがふざけている?番組に似たような傾向がみえるんだな。これはおそらくテレビ局の視聴率競争の方針でもあろうが、アタシにはよくねえなあ。

 アタシね、その昔、円楽などが売出しの頃、志ん朝、談志、小三治などと昭和の四天王と呼ばれて人気があった時代に、円楽の噺はうまいんだけど、噺の最中に微笑むというか笑うような表情が入るのが気にいらなかったんだ。生意気言っちゃうがね。

 ついでに志ん朝の「これぞ古典落語」というような風格に感心し、談志の流暢なんだが何となく長老の口調を真似するような語り口にも若干の抵抗があったし、小三治のうまいけど地味だなあと今いち食い足りなかったことも思い出すなあ。どうもエラソーに書いてちゃうけどゴメンネ。

 今、ちょっとした寄席ブームだといわれている。志ん朝を継ぐといわれている正統派の小朝を中心に東西の落語家の交流が盛んになっているらしいけど、テレビにもっともっと落語のような伝統芸を放映してもらいたいねえ。

 ときどきNHKなどで落語を画面に乗せているけど、前述した「俄か芸人」のような「お笑い」とやらの連中と違い、落語家は若手でもそれなりに勉強時間を経てくるからその巧拙はともかく誰でもが一応聞けるんだよね。

 今日は円楽の引退から落語家論?みてえな小生意気な話しになっちゃったけど、所詮は風呂屋のオヤジの生兵法だと思って御容赦のほど−−。

老けてみられましたなあ

 杖をついたおばあちゃんの手を引いて60代と思しき女性がやってきた。おばあちゃんはやっと歩くような状態である。大丈夫かな、ちょっと心配だ。

 おばあちゃんをロビーの椅子に座らせて女性がフロントへやってきた。
「だいぶお年のようだけど、お幾つですか?」「97歳なの」。「97?ね。お宅のお母さん?。そうですかあ、調子が悪かったらお風呂は無理しないほうがいいですよ」。「大丈夫ッ。あたしがついているし、入る前に体温を測って入りますから」と体温計を見せられた。

 ホホウ、入浴前に体温計を出し、体温を計って入られるとはめずらしい。このぐらい慎重なら大丈夫であろう。

 「ところでご主人は相変わらずお元気そうですねえ」「ええまあ、カラ元気でもあるけどね」
ハテナ?、アタシはあまり覚えのないお顔だが、以前、見えられたのかな。

「別に悪いところはないんでしょ?」
「いやあ、2年ほど前までは医者知らずで突っ走ってきたけど、ここんところあっちこっちが調子悪くて医 者がよいで薬ばっかり飲んでますわ」
「そう。それでお薬は何種類ぐらい飲んでるの?」
「4・5種類ぐらいかな」。
オヤオヤ、健康診断みたいになってきたぜ。

 「そう、その程度ならいいけど、年を取ってくると薬の種類がどんどん増えるのよね。8種類・10種類から20種類ぐらいになると逆に体に影響が出てくるから気をつけなくちゃね」
ウッホッ、何やらお医者さんと話しているようだよ。しかし女医さんにはとても見えないし。看護婦さんなのかなあ。それにしてもフロントで健康講座?をされるとは何ともめずらしいお客さんだよな。

 おばあちゃんの体温測定が終わったとみえ体温計をアタシに見せるように宣まった。
 「大丈夫ッ、十分入れるわ」とおばあちゃんの手を引き脱衣場へ向かわれたんだが、フロント前で一言  「ご主人は97までまだ20年近くはあるでしょ?」
 「エッ20年近く?。やだねえ、まだまだ20年以上もありますよォ」
 「あらそう。意外と若いのねえ」だと−−。

 ウーン参ったな。道理でさっきからの話しの中で年寄り臭い話題が多かったと思ったら、この人アタシをおばあちゃんと近い世代に見ていたんですなあ。
参ったねえ。こんな見方をされたのは初めてだよ。オレ、ここんところ急激に老けたのかなあ。それにしてもなあ、あァ、ヤだねえ−−。

 もうお一方お願いしよう。この方は以前ブログに登場してもらったんだが、78歳で個性豊かな?おヒトなんだ。今日は玄関の所で帰られる人と何やら話しをしていたが、フロントで言う。

 「あの人ね、知り合いであたしと同じ年なんだけどサンダルを履いてんのよ。サンダルは年を取るとダメなのよねえ。足が上がってるようで上がってないから転んじゃう危険が多いの。あたしも前に転んだ経験があるから年とったらサンダルは止めたほうがいいわよって注意してあげたの」

「ホウ、そんなもんですか?」
「そうなの。ダンナさんはまだ若いからいいけど、あたしはコロンでからいつもスニーカーっていうの、ズック靴にしたの」

 ウーン、このおばちゃんはアタシをまだ若いって言ってくれましたぞ。先ほどのおばちゃん、聞きましたか?。アタシャまだ若いんですぞ。老いぼれ扱いで薬や健康の説教は若い風呂屋のオヤジ?にゃ必要ない?んですわ。
 
おばちゃん、フロント前で足を挙げたり下げたりしながら
「だからね、あたしはスニーカーで毎ン日ここまで歩いてくんのよ。バスでニつ停留場があるけど歩くのが健康のために一番ね。ダンナさんは歩くの?」
「それがねえアタシャ歩かないんですよ。フロントに座ってるだけだからねえ」
「それじゃあダメッ!。だから老けちゃうのよ」。アレレッ さっきは若いって言ったじゃないの。ウーン、アタシャやっぱりジジイなんだなあ。やっぱりねえ−−。

2007年03月02日

ウオーキングはねえ

 自転車で所用に出た。相変わらずヨタヨタ漕いでいるんだが、最近特に目につくのが「歩け歩け」とやっている人の多いことだ。帽子をかぶりリュックサックを背負い、そしてウオーキングシューズを履いてオイッチニオイッチニッという姿のなんと多いことか。中にはかなりの高齢者が杖をつきながら健気に?歩け歩けとやっている。

 当湯(うち)のお客さんにも歩くことを仕事にしている人が結構いますなあ。まずは70過ぎの男性「もう何もやっていないんで、やることったら孫のお守りだよ。後は歩いているんだよなあ」。さらに同年輩の男性も歩調を合わせる。

「体の調子が悪いんで医者から歩きなさいって言われたんで、しょうがない毎ン日歩いてんだ」から「もうな〜んにもやることがないんで、テレビと後は買物程度にちょっと歩いているんだ」とは80近い男性。まさに世はウオーキング時代ですなあ。

 今日の新聞に「日ごろウオーキング・33%」の見出しでスポーツに関する世論調査の記事が載っていましたな。−−日ごろしているスポーツや運動をいくつでも挙げてもらったところ「ウオーキング、散歩」が33%に上がり、他を引き離してトップだった。以下「ストレッチなど軽い体操・10%」、「ゴルフ・7%」ジョギング、マラソン・5%」などの順だった…と書いてある。

 しかしねえ、なんでこんなにウオーキングが盛んになったんだろう?。アタシャつらつら考えてみたよ、つらつら…ね。そこで思うんだな。世間は未曾有の高齢化時代、70〜80は壮年のご時世に「より元気で長生きに」ということと、社会が機械化、機能化が進み、その昔のように「動け・働け」を必要としなくなり、若い人が運動不足解消に歩き出した…ということもあるんじゃないかなあ。今や健康長寿の原点は足にあり、ウオーキングにありですかな。

 ところで風呂屋のオヤジも歩いてんのかって?。それがねえ、アタシャフロントに座っているか住まいでこのような駄文をイジクリ回しているだけだからどうしても運動不足になり、股が張っちゃったり足がシビレたりして医者通いが多いという情けない身なんですわ。それでも時々自転車で運動の真似事をしてみるんですけどねえ。

 さて始めに戻ろう。自転車に乗ってると、これまた「今日ビはなんとまあ自転車が多いんだろ」と思うんですなア。そこでまたまた「つらつら」を一つ。

 例によって歩道をヨタヨタ漕いでいたら、前方から自転車の前後ろに幼児を乗せた若い奥さんがグイグイと走ってきた。アタシのように独りでもヘロヘロ乗っている者から見たら何とも逞しい。狭い舗道を何ら苦にせず真ん中を走ってきた。「おっ、ぶつかりそうだな」。アタシャちょいと左側へ寄りちょいと一時停止。奥さんの通過をちょいと待ったのである。

 若い奥さん、止まっているアタシにゃ一瞥もくれずスピードも落とさずスイスイと通り過ぎた。アタシが避けるのは当然とばかり、スイマセンのスの字もない。アタシャなんとなく憮然として奥さんの姿を見送ったよ。

 続いてまたまた若い女の子がそれも2台並ぶように走ってきた。狭い歩道での並走はどだい無理がある。スレ違えるもんじゃない。で、アタシャこれまた左へ避けて通過を待ったよ。しかしなあ、この女性たちも言葉がない。

 今度は前方に中年の男性が闊歩していた。アタシャチリリンと鳴らした。男性、振り向きもせずちょいと左へ寄ってくれた。アタシャ「ゴメンナサイ」と声を掛けて追い越させてもらった。

 アタシャ、避けてもらったりすると必ず声を掛ける。掛けようと思うなくてもそうなる。しかしなあ、今の若い人たちは譲り合うとか挨拶・会釈は面倒臭いんだろうか。ルールではないんだろうか。そう思うアタシがもう古いんだろうか−−。そんなことを考えながら自転車に乗っているのもあまりいいもんじゃないよ。簡単な言葉ぐらい出したいよねえ−−。






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