盗難はねえ
午後11時過ぎ、もうラストラウンドだ。そんな時、常連の70近いおばちゃんが「履物がなくなっちゃったの」とフロントへやってきた。
「サンダルなんだけどあたしはいつも下駄箱のカギを取らないから持っていかれちゃったのかねえ」と心配顔である。
「サンダルがない?。カギは掛けたまんま?。いたずらされちゃったかな」
「女物のサンダルなんだけど、もっていかれちゃったんじゃない」
「いや、昔ならともかく、今は履物なんか取って行くヒトはまずいないんですよ」
「でも……」と心配そう。
昔を知る人はモノが紛失するやすぐ盗まれたという感情になる。湯屋稼業の長いアタシにはその気持ちがわからんでもない。しかしねえ、モノ余りの現代ではお金ならともかく履物や衣類などを持っていく人はまずいないと言っていい。大方が間違ったかあるいはカギを掛けなかったというのでイタズラをされたクチなんである。が、念のためアタシャ合鍵で下駄箱を一応点検した。しかしどこにもない。そこでおばちゃんに申し上げたよ「たぶん間違って履いていったと思うけど、店が終わったらもう一回全部見てみますよ。間違ったのなら代わりの履物が残っているから、今日はとりあえずうちのサンダルを履いてってよ」おばちゃん、アタシの再三言う「間違いかイタズラ」の言葉にはどうも釈然としないようだがしょうがない。代わりのサンダルでお帰りになったんである。
今、昔ならいざ知らず−−と言ったが、確かにその昔は衣類・履物の紛失盗難が多かったんである。戦後のモノ不足の時代にはなんでも貴重品だったからその貴重品が脱いである銭湯の脱衣場は「貴重品狙い」にとって格好の場所だったようである。これは「板の間稼ぎ」と呼ばれほとんどが常習犯だったのであり、この「板の間稼ぎ」の仕業は江戸時代から絶えることがなく、番台には何とも頭の痛い問題だったのである。
アタシがこの稼業に入った昭和20年代はロッカーがなく、衣服を入れる籐でできた脱衣篭があって客はその篭に着衣を脱いで入浴したんである。当時は何しろゴッタ返しのイモ洗いというお客さんの数である。脱衣場には足の踏み場もないほど篭が並ぶ。そこで番台は板の間稼ぎに対応するため女中さんを「添い番」という形で見張りに置いたのである。しかし「板の間稼ぎ」はプロでありその手口は巧妙で「添い番」が目を光らせていようともそのスキを狙って犯行に及ぶケースがままあったんだ。とにかく盗難の現場検証に来たお巡りさんが「これだけ混んでいたらあたしらが張り番をしても難しいだろう」と言っていたほどであるからその対応の難しさは想像がつこうというものだ。
それが昭和30年代にロッカーが導入され、併せて高度成長期になって庶民が裕福な階段を駆け上がる時代となるに及び、衣服への価値観もそんなに大きなものではなくなったのである。と同時に板の間稼ぎも急激に減ったが、新しく出てきたのがロッカーを合鍵などで開け金品だけを抜き取るという「ロッカー荒らし」という不逞な輩である。しかし近年は合鍵を作りにくい錠前も開発されてきてその数はぐんと減ったが、何しろロッカー荒らしは常習である。あの手この手と考えてきて犯行に及ぶからいつまでたっても油断ができない。
とにかくロッカー荒らしの対抗策は「入浴に貴重品を持ってこないことに尽きるんだが実際にはなかなかできないことだ。そこでどこの浴場でも「貴重品は番台にお預けください」の表示をしておく。ということでここでお客さんへのお願いが一つ。万一貴重品を持参したらかならずフロントへ預けてくださいね。このブログをかりて心よりお願いします。
さてさて、初めの履物紛失の結果に戻ろう。閉店後、下駄箱を全部チェックしたんだな。そしたらおばちゃんが入れたという下駄箱にサンダルがちゃんと入ってるじゃないか。う〜んやっぱり……。間違って履いていった人が後刻そっと戻しておいたんですな。おばちゃんさあ。明日お見えになったらちゃんと説明しますからね。でも盗られたんじゃなくてよかったよねえ−−。






