風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2006年11月30日

ポスティングシステムはねえ

 西武・松坂が60億でレッドソックスへ。そして阪神・井川が30億でヤンキースヘ−−、テレビ、新聞は大々的に報じている。なんとまあ破天荒な金額なんだろ。これじゃあ球団は売りに出したくもなるよなあ。

 アタシね、どうもこのポスティングシステムとやらが気にいらないんだ。風呂屋のオヤジが気にいろうといるまいと大きなお世話なんだが、日本のプロ野球(日本の…ということが大事なんです)の大ファンにとって、数少ないスターがいとも簡単に海を渡ってしまい、日本にいなくなっちゃうなんて寂しい限りじゃないか。アタシャ、このブログでよく「プロ野球の生みの親である正力松太郎の理念である『太平洋をはさんで真の日米ワールドシリーズの実現を……』とリキむんだけど、今じゃあこんなこと誰も考えていないし、ネボケタ理想になっちゃったねえ。

 日本には昔から10年選手制度っていうのがあって、プロ在籍10年たつと球団移籍の自由が認められているよね。これが現在のFAってやつだが、これは1球団で10年頑張ったんだから、その後の自由は認めましょうっていうんであろうからまあ何とか理解できるんだよね。

 先日、日ハムの小笠原がFA権を取得し、大リーグのオファーを断って巨人に入団することになった。小笠原の「巨人軍の一員として頑張って、日本のプロ野球を盛り上げたい」という談話に各新聞は「侍・小笠原」の大きな見出しをつけていた。猫も杓子もメジャー病に毒されて?いる昨今の風潮をアタシにには痛烈に風刺しているように思われたね。

 とにかくポスティングとやらは入札制度で、いうなればセリ売りだろ。それも売り出す相手が今んところ大リーグに限られているようじゃないか。これじゃあ言葉はきついが人身売買みてえなもんだ。

 例えば、今回の松坂がFAの権利を取得するのは2年後だという。たった2年先に移籍の権利が生じるのに、松坂の希望を入れて西武は売りに出した。

「松坂選手の意思を最大限に尊重して」な〜んて体裁のいい談話を発表しているが、ヘソ曲がりの風呂屋のオヤジに言わせりゃ「2年後のFAだったら球団には1銭も入ってこないで松坂には逃げられてしまう。だったら売り時の今で商売を……となるんだよなあ。そして60億がゴッソリ−−違うかなあ。

 阪神の井川だって同じことさ。うがった見方をすりゃあ、西武も阪神も球団経営が苦しいから大事な財産を処分して台所の助けにしたいんだ、なんて思っちゃうよ。大リーグだとこの手の利益は球界全体に分配されるらしいけどね。

 最近の新聞には、ポスティングシステムに批判的な記事が見られるようになっている。著名なスポーツジャーナリストが「このままでは日本はアメリカの選手供給源になってしまう」などとも延べていたから ポスティングの見直しは必然的でもあろう。さもないとアタシの好きな日本プロ野球が日に日にアメリカのマイナーになってしまう。おそらく来シーズンのテレビのスポーツニュースはまずメジャーありきで、イチロー、松井、井口、城島、田口に松坂、井川、岩村などなどの活躍が中心で日本のプロ野球はほんの付け足しになっちゃうんじゃないの。ボヤボヤしてると「あれッ、日本でも野球をやってんのか?」なんていう事態にもなりかねない(まさか−−)。

 アタシね、今回の松坂、井川などのメジャー移籍の顛末を眺めていてフッと思ったんだ。それはねあの競馬のディーブインパクトのことなんだ。

 ディーブは先日のジャパンカップを制して、次の有馬記念で引退とされている。そして引退後はン百億のシンジゲートが組まれて種牡馬になるという。

 つまり元気な時に売りに出して巨万の富を生もうということなんだろうね。

 そして競走馬はそれが当然ともされていて「経済動物」と言われているんだ。経済動物−−。ひねくれている風呂屋のオヤジはポスティングで動いた選手にそんな感想を持っちゃったよ。今日は生意気な話だったかなあ−−。

2006年11月29日

今度は給食費の滞納だって

 いじめ、虐待の後は給食費の不払いだという。それにしても現在の教育現場は何かと問題が多いですなあ。

「ケッ、こんなのは親のエゴに過ぎないよ。母親がパチンコやカラオケに夢中になってるくせに子供の給食費も払わないなんてどうしようもないよッ。給食費ぐらい親がちょいと遊ぶ金を減らせば幾らでも出せるだろうに」

 フロントのテレビを見ながら60年配の男性が吐き捨てるようにいった。ほんと、そのとおりですよ。そこで今日は給食費滞納についてちょっと−−。

「よみうり寸評」にこんなことが書かれてあった。

朝食を食べない子(2000年度)は少学5年で「ほとんど食べない」「食べないことがある」を合わせると19・7%、中学2年生で25・1%。家族揃って夕食を摂る割合は1976年で36・5%、2004年には25・9%まで低下した……。小学校の給食費滞納も問題だ。理由は経済的困窮だけではない。払える余裕が十分でも払わない親がいる。食事の大切さをないがしろにしている。そんな意識は児童虐待と同根ではないのか。むつまじく物くう大切さを教える食育は大人から始める必要がありそうだ……。

 さらに夕刊には「デザート減らして節約、校長がポケットマネー」の見出しで滞納状況を報じている。

……給食の食材は集まった給食費から購入するため、滞納分は、年度末にデザートの回数や果物の量を減らし、帳尻を合わせなければならない。

 校長が電話や家庭訪問で催促しても「頼んでないのに学校が勝手に出している」と言い返される。義務教育で無償となるのは、授業料や教科書代に限られることを説明してもわかってもらえない……和歌山県内の中学校長は、昨年度の生徒4人分の滞納分計約15万円を立て替えた。その後、1人の保護者は支払ったが、約12万円は今も肩代わりしたままだ……。

ウーン、「頼んでいないのに勝手に出している」とはそれこそ勝手きわまる言い分だ。まさに「よみうり寸評」のいう児童虐待そのものだ。こんな親では子供がよくなるはずがない。イヤハヤ驚いたもんだよ。

 あれはいつ頃だったかなあ。かなり古い話だが、ある地方の小学校長が「お昼の弁当を作って子供に持たせることは母親の愛情である」といったような主旨で給食廃止を唱えたことがあったよねえ。アタシなんか「もっともだ、いいことだ」と記事を読んで大賛成だったが、PTAが猛反対をしてアッという間に潰されてしまい、揚げ句には唱えた校長先生が学校から追放されちまった……ということがったが、若い母親にすれば朝早く起きて子供の弁当を作るなんて面倒臭い、トンデモナイわよォ……、なんであろうなあ。もしも、もしもそうなったら無精な母親はコンビニ弁当で済ませてしまうだろうなあ。

 これも古い話でアタシが小学生の頃だが、当時は給食なんてない時代だから母親が毎日弁当を作ってくれていたんだ。その頃の作文でこんなことを書いたんだ。一部分しか覚えていないが題が「私の母」だったな。

−−トントントントン、台所から包丁を使うまな板の音が聞こえてくる。外はまだ暗いのに母はもう起きている。私のために、今日の遠足の弁当を作ってくれているんである……。

 先生にちょいとほめられた記憶もあるんだが、子供心にも母親に感謝しているんだ。子供は母親のさりげなくそれでいて木目細やかな愛情には敏感なんである。

 現在のご時世は豊かすぎてなんでも子供に与えるが、細やかな真心のこもった子供への対応が希薄になっているようである。過保護では本当の親の愛情とはいえないのではないか−−。

 だいぶ長くなっちまったからこの辺で打ち切ることにするが、今日は風呂屋のオヤジにしてはちょいとエラソーなブログになっちゃったなあ−−。

2006年11月28日

お喋りも風呂の楽しみさ

 いやあ、面白い人だ、そしてよく喋るお人だ。以前にもこのブログに登場してもらったんだが、この人を見るとすぐブログのネタに使いたくなる。

 週に2回ほど見えるんだが、入浴の前後にアタシを相手に一席ブツのが常。もうご老体と申し上げてもいいお年なんだが口先だけは老いを知らない、達者である。今日も曲がった腰に杖をつきながらヨッタンヨッタンとお見えになった。そしてフロント前の入浴料などを払われる際に手荷物などを置くためにある小さなテーブルにヨッコラッショ!と座り、口舌が始まる。

「昼間ね、××という講演会に行ってきたんだ。長生きをするための話だっていうから出かけたんだけどさ、タメになる話だったなあ」。

 ホホウ、元気で長生きの話ですかァ、それで−−。

「長生きするにはまず人といろいろ話をすることが大事だってんだな、それで歌を大きな声で唄ったりすることもいいんだってさ。俺にピッタリなんだよ」

 ホホウ、それで−−。

「俺さ、人と話をするのが好きだしさあ、歌もカラオケなんか大好きなんだ。歌ならなんでも唄っちゃうよ。エンカだろうが浪花節だろうがさあ」

 ホホウ、でも浪花節はカラオケにあるんですかねえ。カラオケボックスで浪曲を唸っているヒトなんか見たことがありませんけどねえ。

「話だってさ、誰でも話しちゃうし、相手を選ばないよ」

 でもさあ、お言葉ですがこの方の話はおよそ会話というもんじゃない。ご自分の意見?や近況を説明したり、ちょっぴり自慢話だったりである。しかし、この手の方は当湯(うち)でも結構いるんですな。前にも書かせてもらったけど、独り住まいの方で、普段はほとんど会話がないから、銭湯などの不特定多数の人間が出入りする所では日常のストレス?を発散させるのか、饒舌になるようですなあ。それがまた銭湯の特性でもあるんでしょうが。

「お宅は幾つになるんですか?」

 アタシャちょいと聞いてみた。

「俺?、大正15年、今度82だよ。だけどさあ俺ね、若くみられるんだ」。

 ホホウ、若くねえ……。アタシャ失礼だけど、杖をついてヨッタンヨッタンのお姿?から、80半ばかなあと思っていたんだけどねえ。

「この前もある所で80過ぎのバアチャンから年を聞かれたから、80過ぎてるよって言ったらさあ、若くみえますねえ74、5かと思ったなんて言われたんだ」。

 ホホウ、そうですかあ。そのオバチャン、目が悪いんじゃないんですか(ゴメンネ)。ところがご老体、自分の若さをとくと力説?なさるんだな。

「俺はさあ、頭もハゲてないし目や耳も悪くないからバアチャン75ぐらいなんて言ったんだよな。大体、普段でも若いって言われるんだけどね」

 ホホウ、若さに満々たる自信を持っていらっしゃるんですなあ。その気概というか自負心とでもいうのは確かに立派ですよ。腰が曲がって歩くのに不自由であろうとも、若さの気力は大事ですよねえ。

「そんでさあ、いつも若い気持ちを持つにはイロ気を失ってはダメだなんていうんだよ。だけどさあ、この年になってオンナができるわけはないしねえ」

 そういえばこの方、数年前に奥さんを亡くされたんでしたな。

 この人、イロ気をまともにオンナを好きになれって解釈したんですな。しかしねえ講演会の人は「いつまでもきれいな人をキレイと感じる若々しい気持ちをなくしてはいけない」とでも言いたかったんでしょうな。けど、こんな川柳がありますけどね。

「腰が曲がって目がかすもうと 恋に定年ありゃしない」

「さ〜て風呂に入ってくるか」

 講義終了で?、またヨッコラッショッと立ち上がり、杖をつきながらトボトボト脱衣場へ向かわれた。ゆっくり入ってくださいね、75才の若人サン。また今度ブログに書かせてもらうからね−−。

2006年11月27日

九州場所千秋楽

 終わってみれば朝青龍−−。

 ここんところ千秋楽になるとこの言葉になってしまう。朝青龍が全勝Vで19度目の賜杯である。まさにスッゴイの一言だ。

 今場所の総括的感想としては白鵬休場もあって「また横綱と大関以下の力の差が開いたな」というのが実感だった。横綱の強さは今更言うまでもないのだが、打倒・朝青龍の気迫がある土俵はほとんど見られず、ただ横綱の強さばかりが際立った場所だったよ。初日に今場所を盛り上げるのは大関陣の奮起次第と書いたが、しょせん無理だったなあ。そこでまた例によってエラソーに風呂屋のオヤジのやぶにらみ相撲評論?と参るんだが−−。

 まずは魁皇からいこう。10度目のカド番という不名誉な記録で望んだ場所だったが、ご当所でもあり、引退を掛けての土俵ということで気合が入っていたんであろう。中日迄に8連勝と快調だったが、後半はさすがに息切れをしてしまい10番が精一杯だった。それでも魁皇は大満足だったんじゃないか。力の衰えた魁皇にすれば、8番以上は上出来でもあろう。寂しい話だがね。

 しかしご当所ということで人気はすさまじかったな。そして今の力ではそれに応えたということでもあろう。空席の多かった客席も魁皇人気が随分とカバーしたんじゃないか。

 続いて千代大海と栃東の両大関。大海9番、栃東10番の星だったが、負け越さなくてよかった、というところだな。とにかくこの二人、場所毎にビッコを土俵で見せるが、古傷が必ず再発するような土俵では盛り上げるまでにはとてもいかない。年6場所で故障が完治しないうちに土俵に上がり、また痛めてしまうの繰り返しでは、同情もするがちょいと白けてもしまうよ。

 そして琴欧州。右膝の故障もだいぶ癒えて初日、2日目の土俵は積極的に前え出る相撲を見せたので、今場所はと期待したが、稽古不足なのか全体的に腰高であり投げに横転するような場面が何回か見られた。しかしロートル大関陣にあって、左上手を引いての相撲が身についてもきたので、その型に持ち込む立ち合いができてきたら、白鵬とともに打倒・朝青龍に十分な可能性を感じさせたのは収穫だった。

 そのほか関脇以下の力士では東11枚目の豊真将が12勝3敗と大健闘。来場所上位に上がってが試金石だ。後は新小結・稀勢の里が千秋楽でやっと勝ち越したものの、左差し右上手の型ができつつあるようなので楽しみである。

 話題の掴瑠都も10勝5敗の好成績だったが、腕力だけでは通じないことが分かって来たようなので来場所の上位陣との対戦が面白くなる。

 それにしても、いつも書くが朝青龍の集中力と立ち合いからの速攻による攻撃力には改めて感心させられる。自分不十分にはまずならない。周囲がいいように翻弄されている。しかしなあと思うんだ。朝青龍の相撲はあくまで攻め一辺倒なんだ。相手にスキを与えないからスゴイんだが、小柄でもあるし、大鵬、北の湖のような受けの強い相撲ではない。その弱点を突けるような力士の出現を一日も早く期待したいもんだが−−。

 今場所は何回も言うが、客席の空白がやたらに目立ったなあ。脱衣場のテレビ桟敷もじっくり見ている人はほとんどない。話題にもならない。「どうせまた朝青龍だろ」と素っ気無く帰ってしまう。

 皮肉なもんで、朝青龍が勝てば勝つほど何やら大相撲の人気が落ちていくような気がする。また言うが一日も早い対抗馬の出現が相撲人気の回復に絶対必要なんである。しかしいつになったらそんな力士が現れるんだろうか。前段でも言ったが、白鵬、琴欧州に頼るしかない。かわいそうだが日本人大関陣はもう枯れ木も山の賑わいでしかないからねえ。

 とにかく「終わってみたら朝青龍」なんて毎場所書かせないでもらいたいねえ−−。

2006年11月26日

自衛隊出身のお客さんが

 テレビは相変わらずイジメだ虐待だとやりきれないニュースを報じている。

 そこえ60前後の男性が上がってきた。フロントのテレビを見ながらアタシに話しかけてくる。この人、電気工事の職人さんだという。時折「仕事が早く終わったんで風呂に入ってから帰ろううと思ってね」と見えるんだ。

「まったくイヤな事件ばっかりだねえ。いったい今の日本の社会はどうなってんだ」と慨嘆されながら話を続ける。「イジメとか何とかがやたらに起きるけど、問題は家庭なんだよな。親がしっかりしてないから駄目なんだ」

 ホウ、アタシと同じようなご意見をお持ちですなあ。アタシャよく「子供のシツケは100%親の責任」なんて書かせてもらうが、この人もそう思いますかあ。同志がいましたねえ。アタシャ、思わずうなずいちゃったよ。

「俺ね、自衛隊に4年いたのよ。金沢の部隊にね……」

 ホホウ、平成の軍人さんですかあ。そういえ何か気骨がありそうな……。

「こんなにイヤな事件が年中起きるのは今の教育が間違ってんだよね。そこで俺は思うんだけど、ある程度の年齢になったら半強制的に自衛隊みたいなところへ入れることにして団体生活を体験するような制度が必要だよ。自衛隊じゃ規律が厳しいからみんな強い精神になれるんだ」

 ウーンな〜るほど−−。ご意見、なんとなく分かりますなあ。

「そうすっと日本も憲法を改正して自衛隊を軍隊に切り替えて、将来は再軍備で徴兵制度の復活ですな」。これはアタシのご質問。

「ウン、俺なんかそうなればいいと思ってんだけど、そんなことは今の日本じゃとても無理だよなあ」

 無理でしょうなあ−−。再軍備だの徴兵制度だのなんて言ったら、軍国主義の復活だとコテンパンにやられちゃいますよ。でもさ、こんな硬派というか、右よりなご意見を風呂屋のフロントで聞くのも面白い。アタシも軍国少年上がり?だから、どちらかといえば右寄りの意見が強いほうなんですよね。

 そして、「家庭の躾も今はなってないようだけど、先生も情け無いねえ。生徒のイジメに加担したなんて話にならんよ。とにかくニッポンはもう一回やり直さないとどうしようもなくなるよ」と結論づけてお帰りになったんである。

 ウン、この人は憂国の士ですな。それにしても学校の先生も弱くなりましたか−−。アタシらが子供の頃は、日本を支えていく人間を育成する学校の先生と、人の命を守るお医者さんは「聖職」といわれた大きな存在だったんだ。その先生が軟弱になったか。今でも情熱を持って生徒を指導している先生も多いんだろうが、巷間の評価は「単なる勉強を教えるだけのサラリーマン」なんて言われてますなあ。と同時に先生の存在感がまことに薄くなっているようにも聞こえる。先生とはいつまでも世間の尊敬の対象になっていてほしいが、今日ビのようなご時世では「高望み」ですかなあ。PTAも恐そうだしねえ。

 先日の新聞に「公立小中学校の教員勤務、1日11時間」の見出しで、教員の基本給と残業を合わせると、大学卒の42才平均で毎月41万円。一般公務員より約2.7%高い……。という記事が載っていた。

 これが何を意味するのかははよく分からん。先生は働き過ぎとでもいうんであろうか。しかし11時間勤務で週休2日。そして給与が41万円平均とは悪く無さそうな気もしますけどねえ。ボーナスもあるんでしょうし……。

 我々のような零細な自営業は長時間労働でちょぼちょぼの収入しかない、ボーナスなんてないしねえ。それに比べたら……と思わないでもないが、しかしねえ、しがない風呂屋のオヤジ風情と次代を担う子供たちを育てる学校の先生とは価値観が違いますよねえ。比較するだけヤボっていうもんですかな−−。

2006年11月24日

りんご風呂から

 年に一回の組合主催による「リンゴ湯」である。

 志賀高原から直送されたリンゴを湯に浮かべ、香りとともに「癒し」の雰囲気を味わってもらおうという趣向だ。そして「リンゴ湯プレゼント」としてポカリスエットを進呈し、さらには皮をむいたリンゴを楊子を添えてカウンターに置き、名産を賞味してもらおうという企画である。お客さんへの謝恩デーでもある。

 天気予報が雨ということだったが、夕方まではどんよりとした雲行きも雨のほうは何とか持ちこたえていた。で、客足も程々である。しかし近年の天気予報は誠に確率が高い。予報が外れてくれればいいという願いもムナシク、夕方からポツンポツンと当ってきた。以前は「当らないのは宝クジと天気予報」が相場だったが、天気予報が気象情報と呼び名が変わって以来、降るといったらおおむね降ってくる。で、雨とともに客足がガクンとなってしまった。やっぱり雨か……。天を仰いでナゲイテもはじまらない。しょうがねえなと諦めるしかない。風呂屋は泣く子と地頭ならね雨には勝てねえんだ。

 ということで「リンゴ湯」の状況に話を進めよう。客足はさほどじゃなかったものの評判は誠によろしい。

 まずは中年の奥さん。

「いいお風呂だったわ。匂いもいいし、すっごく暖またわあ。おまけにポカリスエットもいただくし、リンゴも御馳走になったしさあ。あのリンゴ、蜜が沢山は入っていてとってもおいしいの」

 続いては60ほどの職人さん風の男性。

「いやあ、いい風呂だった。何かリンゴが浮いてると風情があるよねえ。それとリンゴもうまかったなあ」

 さらに40前後の女性。いたって活発な人でフロントでまずリンゴを一口頬張るや「ウワア、ウマッ!。もう一つもらってもいい?。密が入っていてこれならいくらでも食べられそうッ。でもあたしばっかり食べるわけにはいかないもんねえ」。その通りです。そして上がってきてまた一言。「暖ったまったわあ。お風呂に入ってるリンゴもこれと同じなの?」

 いえいえ、試食してもらうリンゴは特上なんでさあ。

「そう、いいお風呂だったし、リンゴもおいしいし、今日は言うことなしね。またリンゴ風呂やってよ」。

 とまあ、こんな具合ですこぶる好評だったのである。確かに旨いリンゴだったね。アタシも食べてみたんだが、さほど果物好きでもないアタシの口でも、

「ウン、こりゃあうまいや」と思ったもんね。そして近所の八百屋のおばちゃんが「おいしいわねえ」と行き帰りに頬張っていったよ。

 それと、大きめなアミ袋に入れて浴槽に浮かべたリンゴも気泡の波間に漂うような感じはそれなりに雰囲気が出ていたと思うなあ。

 リンゴ湯は、銭湯の古来からの伝統的行事である「菖蒲湯」「ゆず湯」に比べてまだ5、6年ほどしか経過してない。当初はリンゴを丸のまま湯船にバラまいたんである。リンゴはユズなどと違い湯に長時間浸かっていても形が崩れない。ふやけないのである。

 しかしこれがまことによくなかった。

 どうよくなかったか?。

 とにかくイタズラが多いのである。浮いてるリンゴを噛じるんである。そしてそして、噛ったリンゴをまた湯船へ放り込むんだ。これじゃあ何とも不潔・不愉快である。そこで噛ったリンゴを拾い出すという厄介なことになったんだ。何をやってもイタズラをする困った輩がいるんで「リンゴを噛るなッ!」と張り紙をしたんだがそれでも効果がない。そんなことにうんざりして翌年からアミ袋に入れることにしたんだ。お客さんも心得ているからアミ袋のリンゴでも十分雰囲気を楽しんでくれたようである。

 ま、そんなこんなでリンゴ湯感謝デーは順調に経過したってわけである。これでもう少し天候がよかったら……と悔やむが致し方がない。それでもまあ銭湯から街へ、リンゴのほのかな匂いはそれなりに発信できたんじゃないか。

♪りんご可愛いィや可愛やリンゴ〜♪、昔、こんな歌が大流行したなあ−−。

2006年11月22日

江戸の風呂はねえ

 時折見える30代の青年が湯上がりでフロント前の椅子に座って本を読んでいる。

 小さなロビーにはこれまた小さな本棚があり週刊誌や子供向けの絵本、コミック誌などを置いてあるんだが、銭湯関係の単行本も数冊ある。当然アタシの「風呂屋のオヤジの番台日記」に「湯屋番五十年 銭湯その世界」も入れてある。風呂屋のオヤジは己の本の宣伝には抜かりがない。

 しかし大方のお客さんが取り出す本は週刊誌の類であり、子供には週間ジャンプが人気だ。なかにはマンガを見ている大人も意外と多い。

 そんな中で単行本を読んでいる人はめずらしい。そしてこの青年はかなり熱心に読んでいる。アタシャ手にしている本をフロントから眺めてみた。ホホウ、アタシの「湯屋番五十年・銭湯その世界」じゃないか。ウン読んでくれてますな。アタシャいささか気分がいい。

 で、さりげなく聞いてみた、さりげなくね、「面白いですか?」

 本から顔を上げた青年「ええ、とっても面白いですねえ」とアタシの気分をさらによくする

 ご返事をなさったんだ。そして続けなさる。

「前に出た番台日記も買ったんですけど、この本も本屋さんに売ってんですか?」と聞いてきたんだ。

 そこでアタシがまた言ったよ「もしよかったら家へ持っていってゆっくり読んで下さい。後で返してもらえばいいから」とね、ところが青年は「いえぜひ一冊ほしいんです」と言うじゃないか。

「そうですかあ。本屋さんにも置いてあるけど、アタシんところにも在庫がありますよ」となり、一冊、買い求めてくれたんである。今までにも何人かが買ってくれたが、物書きでもない風呂屋のオヤジの本をわざわざゼニを出して求めてくれるっていうことはウレシイ限りですよ。感謝ですなあ、ありがとうございます−−。

 さて、この方にはまだ続きがあった。第2章があったんである。

「僕ね、古い銭湯のことに興味があって、何かの本で読んだんですけど、江戸時代の銭湯には『ザクロ風呂』っていうのがあったんですってねえ。よくわかんないんだけど『ザクロ風呂』ってどんな風呂だったんですか?」と聞いてきたんである。ウーン、驚いた。長年フロント稼業をやっているけど、気の置けない世間話やスポーツの話題が多い中で、こんな銭湯の専門的な質問を受けたことはなかったなあ。この青年、かなりの銭湯ファンだぞ。アタシャちょいと真面目な表情になり、以前に読んだ本の乏しい知識をご披露したんだ。

「柘榴口(ざくろぐち)ねえ、アタシも本で少し読んだ程度だから詳しくはわからんけど、なんでも江戸の中頃に湯船を屋根付きのような板で囲い、湯気を逃がさないように入口もかがんではいるぐらいに低く作った風呂らしいんだね」

「そうなんですかあ。でもザクロ風呂なんて面白い名前ですよねえ」

「そうねえ、モノの本によればざくろ口はかがんで入るから「かがみいる」がなまったって言うんだね。そしてね、昔は鏡を磨くのにザクロの実を使ったらしく、そこから柘榴口といったとかなんとか書いてあったけどねえ」

「そうですかァ。いろいろ参考になりました。また何かあったら昔の銭湯のことを教えてください」とお帰りになったんだが、アタシのわかったような、わからん説明じゃ今いち理解できなかったんじゃないかなあ。

 どうも世間様は、本を書いた風呂屋のオヤジだから銭湯のことならなんでも知ってるんだ、みたいな感じで話してくるような傾向があるんだ。そしてアタシが結構調子者ときているからついつい知ったかぶる……悪いクセだよ。

 青年クンさあ、今度来るときはもう少し勉強しておくからね、と書いて今日のブログを締めくくろうと思ったんだが、考えりゃあ今更アタシの老いた頭でベンキョウなんてできそうもねえなあ−−。

2006年11月19日

福岡場所・中日

「魁皇がいいねえ」

「魁皇、頑張ってんねえ。今場所はいいよ」

 珍しく脱衣場から相撲の話が聞こえてきた。ここんところテレビを見ながらの相撲談義と言えば「スモウガツマンナイ」だけだったが今場所はちょっと話題になる。その中心は魁皇である。何せ魁皇の友綱部屋は当湯(うち)の隣町であるから地元力士というヒイキ目が強いんである。

 その魁皇、10度目のカド番という不名誉な記録で望んだご当所・福岡場所は、引退を掛けての背水の陣だったし、大方が「これが最後かな」という見方もまた強かったんであろう。ところが開けてびっくり、なんと中日にして勝ち越しを決めてしまった。何がこんなに魁皇に好成績をもたらせているんだろ。

 場所前の稽古も十分とは聞いていなかったしねえ。

 湯上がりのご老体が言う。「この分じゃ優勝も狙えるんじゃないの」

「ウーン、負け越せば引退というんで気力が入ってるんだろうねえ」

「そうッ。このまま行っちゅんじゃないの」「さあ、それはどうかな」

 今日・中日の勝ち越しを掛けた一番は今場所の魁皇の執念を見たような相撲だったな。突進の出島に立合いから押し込まれ、悪いクセの叩きを見せてたちまち土俵に詰まった。先場所までだったらここで簡単にアゴをあげて土俵を割ってしまうんだが、目一杯踏ん張り左が入って押し返し、さらに右も引いて出島を十八番の上手投げでぶん投げた。ホホウ、アタシャ目を見張ったよ。

 ということで無傷の8連勝だが、このままいくとは思えないし、問題はこれからだな。それにしてもここまでは日本人大関が頑張ってるよねえ。初日に

「日本人大関の活躍が場所を盛り上げる」と書いてみたんだが、千代大海、栃東も1敗で追走してるし、何とか朝青龍の独走は許さないでほしいねえ。

 さてその朝青龍だが、今日の結びで稀勢の里を相手にいきなり左へ変わってなんと「けたぐり」の奇襲で稀勢を横転させたが、これには驚いたなあ。「けたぐり」そのものは相撲の技であるからどうこう言えないが、この技はかって出羽湊や益荒雄などの手取りといわれる小兵力士の得意技であり、現在なら安馬、安美錦などが使うならそれなりに納得もしようが、正攻法を求められる天下の横綱が下位を相手に奇襲作戦とはねえ。さらに横転した稀勢の里の姿を見下ろし「どうだ、参ったか!」と、睨め回すような態度を見ると、アタシらみたいな古い相撲ファンは何か白けてくる。大鵬、北の湖や貴之花がこんな態度を見せるだろうか−−。礼に始まり礼に終わるという相撲道に大横綱の姿を見たいのであり、これじゃあ相撲が単なる格闘技に過ぎず、朝青龍がそのチャンピオン程度だ。モンゴル相撲には足取り、小股救いのようなタックル技?が多いというから横綱の「けたぐり」にもモンゴル勢は何の違和感も感じないだろうが、アタシらには国技・相撲がどんどん外国人の「どんな形であれ、勝てばいいんだ」的なものに代わっていくようで何となくわびしくなるよ。

 そういえばモンゴル力士の草分けである旭鷲山が2日目にして突如引退を発表した。「心臓などに持病があり、それがはれて大きくなっているので」というのが理由だが、一部の報道や週刊誌によれば、ダーテイなビジネスに絡んだトラブルがもとで相撲協会から引退を余儀なくされたとも報じられていた。詳しいことは分からんが、何にしても黒い噂での廃業はまことに後味が悪い。こんなところにも「外国人力士の価値観」を考えちゃうねえ。

 現在、モンゴルを始め欧州の国々では力士志望者が多すぎて、各部屋の外人枠を緩めてほしいという声が強いという。反面、日本人は相撲になり手が極端に少ないらしい。ハングリーな外国人が日本の土俵で、自国にすればそれこそ巨万の富を稼げると夢見るのに、裕福な日本人は辛抱の必要な相撲には見向きもしない。これから国技・大相撲はどう進んでいくんだろうか。

 さ〜て、この次は千秋楽に書くとしよう−−。

2006年11月18日

銭湯の会話はねえ

 銭湯から会話が少なくなっていくなあ……とよく書かせてもらうが、この傾向は銭湯に限らず世間一般がそんな風潮になっているんじゃないだろうか。これには様々な要因があるんだろうが、何にしても会話が少なくなるということは人間関係を希薄にしていくし寂しいことである。

 毎日のフロント稼業で当方の「いらっしゃい、寒くなりましたね」といった言葉にも終始無言の人が結構いるんだ。「簡単な挨拶ぐらいしてほしいなあ」とよく思う。こんな状態は若い人の特徴かと思うがそうじゃない。

 高齢者にも増えているんである。

 とまあ書き出したが、銭湯の多様なお客さんの中にはそんな無口な方とは対照的に饒舌な人もいるんだ。今日はそんな人をお二人取り上げてみることにした。登場するのは常連さんと新しいお客さんである。

 まずは60半ばの男性。毎日の常連さんである。いつも大きな声でテレビの話しから仕事のこと、世間話などなどを喋っているんだな。脱衣場は銭湯のくつろぎの場所でもあるから、楽しく存分に話を弾ませてもらいたいよね。

 さて、そんな「話好きウジ」が湯上がりでフロントへ出てきた。そしてアタシと帰り際にいつもの雑談である。と、そこへ50代の奥さんがお見えになった。入浴料を払われる姿にくだんの「話好きウジ」が声を掛ける。この方ね、初対面の女の人でもスラスラッと声を掛ける。むしろ女性のほうが話しやすいようでもある。リップサービスに長けてんですかねえ。

「今、空いているからゆっくり入ってね。なんなら背中を流しますからね」。

 言われた奥さん「アラッ、ウッフッフツ……」。

 一時が万事こんな調子である。そしていう「風呂上がりにさあ、バカバカしい冗談を言ってると何か風呂に入ったという感じがするんだよねえ」と。

 さあ、次に参ろうか。今度は50前後の男性で一見(いちげん)さんのようだが、それにしてもよく喋られるおヒトなんだ。入ってくるなりカウンターの料金表を指差しながら「大人1枚!」とのたまわれた。50男が「大人です」というんだ。どう見ても中学生や子供には見えない。面白い人だよ。アタシャ思わずニヤッとしたが大人ウジは気が付かない。。そして続ける。

「ボクを覚えてますかあ?」

「さあ……前に見えたことがあったかな」

「7、8年前、Y町にいて時々入りにきていたんですよ」

「そうでしたかあ」

「当時とお店はあまり変わっていませんねえ」

 モシモシ、当湯(うち)は3年前に改装したんで程々変わっているハズなんですがねえ。「サウナもまだ200円なんですね。これも変わっていませんねえ。200円じゃ合わないでしょう」

 200円では安いですかあ、じゃ入りますか?、入らない?。聞いてみただけだって?……。そして「オヤジさんの眼鏡も昔と変わっていませんねえ」ときたぜ。フツー、久しぶりに見えた方は「元気ですか。お変りなさそうで」とかなんとか言われるのが社交辞令の一つでもあるんだが、メガネが変わっていませんねえとはまた珍しいご挨拶だよ。このヒト、何事も変わらないことがお好きなんですかねえ。アタシャ、メガネの返事に代えて「ジジイになっちゃったけどねえ」と申し上げた。お客さん、改めてアタシの顔を眺め直しうなずくような表情を見せた「そうですねえ、年を取りましたねえ」という顔付だよ。

 お客さんさあ、お客さんは変わらないことがお好きじゃなかったのかな。もしそうだったら「いや、昔と変わっていませんよ」とお世辞の一つも言ってくれると思ったのにねえ。このヒト、ヘンなところに正直なんですなあ。さらに昔のことなど次々と喋られる。お客さんさあ、お話も結構なんだけど、風呂に入る時間が無くなっちゃいまっせ……。

 というようなことなんである。とにかく話には様々な面白さがある。どんな会話でもいい、喋ることから親しみも湧くんですよねえ。ムスッとしていたんではな〜んにも生まれてこないと思うけどねえ−−。

2006年11月16日

常連さんとはねえ

「おやァめずらしい。元気だったんですね。どうしたかと心配してたんですォ。よかった……」

 入口の自動ドアーから手押し車につかまって入ってきたご老体。かれこれ1年ぶりぐらいになるかなあ。それまでは毎日のように見えていた常連さんだったのである。95才だといっていたが、元気な方でねえ。

「俺んちからここまで400mぐらいあるだろ。運動がてらに歩いてきてさあ風呂に入るのが楽しみなんだ」と言っていたんだが、ある日突然、パタッと見えなくなった。情報も入ってこないし、入院でもされたのかなあ……と案じていたんだ。年余も見えないから高齢だしねえ……といささか心配にもなっていたんだ。それがひょっこりお見えになった。懐かしいねえ。ご老体健在を知って嬉しくもなっちゃったよ。

「いやあ、去年の9月頃だったかなあ、近所で買い物をして帰る途中、急に右の足がガクッとして歩けなくなっちゃったんだ。転んじゃ大変だから周りの家につかまりながら何とかうちまでたどりついたんだが、それからはもう寝たっきりになっちゃったんだよ」

「そうでしたかあ。それでお医者さんに行ったんでしょ?」

「うん、すこし動けるようになってから近所の整形に連れていってもらったんだが電気なんか掛けても効きやしないよ。病院へいってみても注射するだけであんなもんダメなんだ」

 明治生まれのご老体はあまりお医者さんを信用してませんな。

「そんでさあ 揉んでもらうのがいいかと思って接骨院ヘいってみようと思ってんだ。それでもまあ、これ(手押し車)を買ってもらったんで、こいつにつかまると何とか歩けるんだよな」

「そうですかあ、でもよかったですねえ。しかし風呂はまだダメでしょう」

「そッ、風呂のタイルがまたげないから、施設の風呂に入れてもらってんだ」

「じゃ今日は?……」

「うん、前に使っていたおたくのカミソリがいいから、散歩がてらにそれを買いにきたんだ」。とカミソリを求め、「気をつけてね」というアタシの言葉を背に車を押しながらお帰りになったんだが、何にしても元気な姿を見てアタシャ、ホッとしたよ。そのうちもっと元気になったらまた風呂へきてよね。

 もうお一方登場いただこう。この人も93才というおばちゃんであるが年を感じさせない明るくて元気な方なんだ。しかし1ケ月ほど前から姿を見せなくなっていた。具合が悪くなったのかなと気にしていたんである。いつも一緒に入る風呂仲間のやはり92才だというおばちゃんも「今日も来なかったわね」

 と毎日案じていたんだが、ある時情報を仕入れてきた。

「道路で転んで顔が腫れてしまったんだ」という。入院するほどではなく自宅で静養しているという話で一応ホッとしていたんだが、昨日久しぶりに顔を見せてくれたんである。

「やっとお風呂に来られるようになったわよォ」と以前と変わらぬ明るい姿を見せてくれた時は、アタシャよかったなあと真から思ったね。

 世は超高齢化時代、銭湯のお客さんもどんどん高齢化が進んでいる。だが、いつも書くけど、銭湯へ見える方は総じて年を感じさせない方が多いんだ。しかしそうは言っても高齢に伴う老いは間違いなくやってくる。ついこの間まで壮年の趣があった人がある日急に体調を崩される。フッと姿が見えなくなり、どうしたのかなあと思っていると、もう何カ月も入院しているということだったり、体が弱って施設の世話になっている方などなど。さらには鬼籍に入られてしまった人もいるんだよねえ。古い常連さんがその姿を見せないと、風呂屋のオヤジはその方が来る時間帯にぽっかり穴が空いたようにも感じるんだ。常連さんとはそんな存在であり、当湯(うち)の歴史でもあるんだ。

 いつまでもいつまでも、元気な顔をみせてほしいなあと願うのだが−−。

2006年11月13日

福岡場所が始まった

「アッそうだ、相撲が始まってんだ……」

 夕方5時、水戸黄門のテレビを掛けていたんだが、急いで相撲に切り替えた。それにしてもお客さんから相撲のリクエストがなかったなあ。もっとも近年は脱衣場でも相撲にさして興味がなさそうではあるがね。以前ならアタシがうっかり掛け忘れているとかならず誰かが「オヤジさん、相撲にしてよッ」と注文があったもんだけどねえ。こんなところにも相撲人気の凋落傾向が現れてるよ。そういえば画面に写る見物席も後方にはやたらと空席が目立つもんなあ。どうなっちゃうんだ国技・大相撲は−−とオールドファンは心配しちゃうよ。

 先場所の時にも書いたけど、幕内力士の3人に1人が外国人力士という現状では、もう国籍ウンヌンを言ってもハジマラナイ。今は日本人・外国人を問わず土俵の好取組み、熱戦を中心に観るよりしょうがないだろう。

 そこで土俵である。例によって風呂屋のオヤジのヤブにらみ相撲評論?てなアンバイだ。まずは上位陣のスケッチから−−。

 3日目が過ぎて横綱・大関陣は栃東が一敗でそのほかは3連勝のスタートだった。毎場所、稽古不足をいわれる横綱・朝青龍が初日・2日とヒヤリ相撲だったが持ち前のスピードとうまさで凌いできたし、今場所の焦点でもある4大関も前記、栃東が3日目、アゴがあがって普天王に敗れたものの、10度目のカド番という魁皇が初日、岩木山を得意の右上手から投げ捨て、2日目・3日目と相手をはたいて3連勝。解説が「踏み込みがいい」といってたが、場所前の稽古も足りないようだし、押されれば残り腰も無くなっている。力の衰えは歴然だから予断は許さない。福岡は魁皇のご当所でもあるし、負けが込めば引退とは誰でも知っているから大声援の中にも悲壮感が漂っているねえ。

 次いで千代大海。唯一の武器である速射砲のような突っ張りが出ているけど一本調子の土俵はいつも竜頭蛇尾だけにこの先どうなるやらだな。

 そして琴欧洲。怪我の連続だったのでシコ名の字画が悪いと「州」を「洲」に改めての再出発だが、足の怪我がだいぶ良くなったとみえ前に出る積極的な土俵の3日間であり、最近では一番いい土俵を見せているんじゃないか。

 最後に栃東。2日目を過ぎて、今場所はいいようだと思っていたんだ。低い立合いからアゴが上がらず左右の押っ付けも出ている。怪我さえなければ、朝青龍の対抗馬になれる。白鵬欠場の穴は十分うずめられるだろうと期待したんだが、3日目にして早くもアゴがあがる悪い相撲が出てしまった。

 何にしても低迷する場所を盛り上げるには日本人大関が活躍するよりほかにない。冒頭に「国籍を問わず土俵の好取組みに期待しよう」と書いたが、国技ってえやつはどうみても日本人力士あってのもんなんだよなあ。

 とまあ、風呂屋のオヤジがゴタクを並べているところへお出になったのが80のご老体。以前もブログに登場してもらった方なんだが、この人の亡くなった奥さんが栃東の遠縁に当るらしいんだね。で、場所が始まるとアタシに栃東の状況をお聞きなさるんだ。相撲に知り合いがいるというのにこの方、相撲のことはほとんどご存じない。知識といえば新聞の見出し程度である。今日もまたフロント前にヨッコラショと座りアタシに言う。

「どう?、うちの東(栃東)は?」。アタシャ心得たもんだから適当に解説?をする。

「そうね、今場所は腰も低いし、押っつけも出ているからいいんじゃないの。昨日は不覚を取ったけど期待していいんじゃないのかな」

「そう、いいの。俺ね、この間久しぶりに東んところへ電話をしたんだ。今度は頑張れるかい?ってね。そしたら足の怪我もよくなったんで今度はいけるよって言うんだ。だから俺ね、言ってやったのよ。俺の行く風呂屋のダンナもあんたのファンで応援してくれてんだから頑張ってくれよな、ってね。そう、今場所はよさそうかあ」

 ウン、ご老体ねえ、今場所は期待しようよ。だって日本人力士は栃東に期待するしかないもんねえ。でもなあ−−。

2006年11月12日

お客さんの感覚がねえ

 木枯らし1号が吹いたとかでやけに風が冷たい。寒い日だ。ここんところ暖冬状況で穏やかな日和が続いていたからお客さんは一様に「寒くなったねえ」と首をすくめて入ってくる。折角の日曜日もこの寒さじゃ客足が鈍るなと懸念していたんだが、思ったより出足はよさそうだ。

 お客さんの動向って面白いもんで「今日は状況からみて、忙しくなるかな」と期待していると大方は空振りになる。対して「ダメだろうな今日は」と思っていたときが案外よかったりと、近年の客足の動きは従来の判断とはちょいと違って来ているようだ。自家風呂保有率が90%を越してる現状で、お客さんの大半が風呂を所有している人たちであるため、毎日のように見える常連さんが少なくなっている。そのせいか古い湯屋モンの感覚では判断し難くなっているようでもある。しかし何にしても寒くて来られないだろうと諦めている風呂屋のオヤジが「オヤオヤ……」と思うんだから有り難いことだ。

 そんな思いに浸って?いる時にお見えになったのが70半ばの男性。自家風呂族で「敬老入浴」に見えるようになって以来「銭湯は広くて温まって、うちの小っちゃな風呂じゃ入った気がしないんだ」と、普段の有料日でも足を運んでくれるようになっているんである。

「今日はちょっと寒いけど混んるようですね」

「いやあ混んでるっていうほどじゃないんですけどね」

「そう。お風呂屋さんは夏と冬ではどっちがいいの?」

「そりゃもう暑い時ですよ。今は雨はもちろん、風が吹いてもよくないですからねえ。寒さは風呂屋にとって大敵ですよ」

「そう。寒いと温まりたくなるようなもんだけどねえ」

「それと、今は早い時間帯にちょっと混んでも、7時頃の夕飯時になるとガラ

ッとしちゃうんですよ。テレビなんかの面白い時間帯になると出てくるのが億劫になっちゃうんでしょうねえ」

「そうだよなあ、あたしらの若い頃の銭湯は年中混雑していたもんねえ」

 そうなんです。その昔は風呂屋は寒暖に左右されなかったんですよ。そこでその昔の銭湯模様をかいつまんで述べさせてもらいましょうか。アタシが先般出してもらった「湯屋番五十年 銭湯その世界」からちょいと引用してね。

戦後から昭和30年代後半までは銭湯に活力がみなぎっていた。少々の外圧などものともしなかった。庶民生活に大きく根を張っていたから雨が降ったぐらいでは客足は鈍らなかった。土砂降りでもその最中こそ鈍るものの、小止みを待ってまた押し寄せたものである。

 さらに季節の変動にも強かったのである。つまり寒暖にほとんど影響されなかったといってもいい。今ならとても考えられないことだが夏の暑さは当然として、冬場でも寒けりゃ寒いほど客は多かった。凍えるような寒中が銭湯には忙しい日でもあったのだ。銭湯で暖まらなければとても寝られない、そんな時代だったのである。

 昭和40年代に入り「いざなぎ景気」がやってきた。カラーテレビ、カー、クーラーと、言われるところの3C時代である。寒さ暑さの季節感が家庭から無くなってしまった。小さな扇風機で涼をとり、火鉢とコタツで暖をとる生活からスイッチ一つで冷暖房という画期的ともいえる住環境の変化である。さらに多チャンネルのテレビは退屈を与えない……。雨が降ったらもういかん、風が吹いてもよくない。さらに暑いと外へ出たくない。寒けりゃとても足を運べない。

 こうなってくると銭湯の存在感が薄れてしまい時代に変化に少しづつ遅れをとってきたのである……。そこで平成の銭湯、巻き返しに転じたんだ。

 多角的な機能を導入し、自家風呂世代に「湯のぜいたく」を提供する空間として新しい価値観の構築へと進んでいるのである。お陰で日曜祭日などに若い家族連れが手近な「街の湯処」として楽しんでいる姿を見ると、銭湯にも新しい息吹が生まれてきたなと感じるのだが−−。

2006年11月11日

いじめはなあ

 ご夫婦でお見えになった70年配のダンナ。奥さんより一足早く上がってきてロビーでテレビのニュースを見ながらアタシに話しかけてきた。

「いじめがやけに問題になってるけど、いじめで遺書を残して死んじゃうなんて一体、この頃はどうなっちゃってんだろうねえ。あたしらの頃には考えられないことだったけどねえ」

「ほんとですよねえ。今の子供はひ弱なのかねえ」

「この前、文部省にいじめで自殺しちゃうっていう手紙が届いたっていうんだけど、今日がその予告の日なんでしょ。ほんとなのかねえ。いたずらだと思うんだけどねえ」

 アタシもそう思う、いや思いたい。しかし今日ビは単なるいたずら・愉快犯と断定できないからまことに始末が悪いよ。関係者は対応に大わらわだというが、なんともまあ人騒がせなことか。

「実際に自殺の問題が起こると、すべて学校の責任にしちゃって、校長先生が謝罪会見で平身低頭してっけど、親の責任っていうのはないのかねえ」

 ほんと、アタシもそう思いますな。アタシと同世代の方だけに、考えが何となくアタシと似てますなあ。ここで奥さんが上がってきたので話は終了したんだが、子供が遺書を書いて自殺しちまうなんて、それも流行りみたいに次々と起きてしまう現象には、まったく考えられないご時世になったもんだよ。

 今日の新聞にもこの問題が大きく取り上げられていた。学校のいじめ問題に絡み、石原都知事が定例の会見で「まず親が関与すべきだ。こどもが親にも話せないような家庭は不幸だと思う」と述べ、学校や教育委員会に矛先が向きがちな「いじめ論議」に一石を投じた。さらに今回の文部化学省への手紙については「文章が理路整然としていて、今の中学生には書けないと思う」と述べ、大人が書いたものとの見方を示した、という、つまりいたずらであろうとの見解のようだ。とはいっても関係者は万が一に備えて懸命な警戒体制を敷いているという。もう一回言うけど、なんともまあ人騒がせなことか。

 さらに教育評論家の宮川俊彦さんは、いじめが起き、次第にエスカレートし自殺という悲劇まで招いてしまう一つの要因としてこんなことを述べられていた。「最近は子供たちが物事を深く考えず、とらえ方が一面的、表面的になる傾向が強まっているのではないか」

 アタシャ一介の風呂屋のオヤジに過ぎないからエラソーなことは言えたもんじゃないんだが、子供がテレビなどの悪影響で、ヘンに錯覚したヒロイズムみたいなものに陥っているような感じもするんだよなあ。死というものを美化しているような短絡的な考えがあるんじゃないのかなあ。

 先刻のダンナも言ってたけど、昔はいじめなんて言葉は存在しなかったよねえ。当然、いじめみたいなものはあったんだろうが、それでどうこうするようなことはなかったよ。

 アタシが小学校の低学年の頃に、近所のガキ大将にいろいろいじめられたことがあったけど、イヤだなあと思ってもそれで落ち込むようなこともなかったしね。そして小学校4年生で戦争のために新潟へ疎開したんだが、「東京で食べられなくなったから新潟へきたんだろう」といびられたし、言葉一つにも笑われたんだ。何しろ「ボク」なんて東京弁を使うとバカにされたし、都会と田舎じゃ風習が大きく違うから万事にからかいの対象になっちゃったんだ。それで子供心にも早く田舎の風習に慣れよう、新潟言葉、方言を早く覚えようと一生懸命だったことを覚えてるよ。当時の子供は今のような過保護の時代じゃなかったから、ある意味では「たくましかった」のかな。対象的に現代の子供は恵まれ過ぎてひ弱な面が強いともいえるんじゃないか。

 何にしても昨今の痛ましいニュースには風呂屋のオヤジならずともセツナクなる。ここで、死んで花実が咲くものか−−と書いてみても詮ないよね。

2006年11月09日

細腕繁盛記ですなあ

 その昔のまた昔といってもいい古いことだが、白黒時代のテレビドラマで新珠三千代が主演だったと思うけど、「細腕繁盛記」というドラマが大ヒットしましたよね。古い話でもう内容はほとんど忘れてしまったけど、女手一つで旅館だったかのお店を切り盛りしていく奮闘物語のようでしたな。女の細腕で男勝りに逞しく生きていく姿に多くの視聴者が感動したようでしたねえ。

 という前触れで本題に入ろう。実はね、当湯(うち)のお客さんにも細腕繁盛記のようなお方がいるんですよ。「そろそろ敬老入浴証浴が来る頃なのよ」と言われるから65才近い奥さんのようである。ほとんど毎日の常連さんであり、明るい方なんですなあ。お仕事が和菓子屋さんで時々「余りもんなんだけど……」とお菓子を差し入れしてくれるんだ。これがまたうまいんだよねえ。

 先日もドラ焼きをいただいたんだが、ドラ焼きの皮にうちの孫が通っているY小学校のマークの焼き印が押されてあったんだ。そしてこの小学校の焼き印が今日の「細腕奮闘記」の始まりとなるんである。

「これ、Y小学校のマークじゃないですか。Y小学校とは何か?」

「そッ、今度Y小学校の110周年バザーがあるんで、そこへ出そうと思って作ったのよ」

「これ、奥さんが作るんですか?」

「そうよッ。だってあたし以外は誰もいないもん……」

 そういえばこの方のご主人は長く患っているとも聞いていたが−−。

「じゃあ、お菓子は全部奥さんが……」

「そうよッ。あたしが作るの。うちの主人は20年前、46才で倒れて何カ月も入院してさあ、だから今でも体が不自由なのよ。ちょっとできることは手伝ってもくれるけどほとんど一人でやってんの」

「ホウ、20年前からねえ。じゃあ何かと大変だったでしょうなあ」

「そうねえ、当時はもう滅茶苦茶よ。主人の面倒はみなけりゃなんないし、子供はまだ小さいし、商売をしなけりゃ家賃だって払えないからねえ」

 ウーン、菓子職人をやって商売もして、主婦業に子育てにと、八面六臂の活躍だ。まさにこれ以上ない細腕奮闘記だよ。

「じゃあ、忙しいなんてもんじゃなかったでしたね。スゴイですなあ」

「そッ、だけど今だって結構頑張ってんのよ。この前の敬老の日なんか何カ所もの老人会からお赤飯の注文がきたんで、夜中の2時から起きて作ったのよォ。だから今でも寝る時間は4時間ぐらいかな」

 ウーン、アタシャ感心を通り越して感動すら覚えちゃったよ。しかしねこの奥さんは、こんな人生の試練を潜りながらも暗いところがまるでない。苦労の陰さえみえない。で、アタシャちょいとその辺をお聞きしたんだ。

「だってさあ、落ち込んでいるヒマなんかないじゃない。仕事と子育て、それに主人の看病で毎日が目一杯よ。否応なく働らかなきゃなんないもん。けど、あたしはどっちかと言えば楽天家のほうなのかもね」

 ウーン、アタシャ聞く度に唸ってしまう。天晴れ女丈夫だねえ。

 11時半、女の脱衣場から仕舞間際のいつもの常連さんの賑やか会話が聞こえてくる。奥さんの明るい笑い声も伝わってくる。そして帰り際、奥さんがいう。

「いつも遅くまでごめんなさい。あたし、お風呂は早いんだけど、上がって来てからの〜んびりしちゃうのよね。時々ウトウトしちゃったりさあ」

 いえいえ、脱衣場も風呂のうちだからのんびりゆったりくつろいで下さい。そして一日の疲れを十分に癒してくださいな。

 明日はまた忙しいんでしょッ。アタシも毎んちノホホンとしてないで少しは奥さんを見習わなくっちゃね−−。

2006年11月08日

プロスポーツの国際化はねえ

「日米野球はさあ、日本が一つも勝てなかったんだから弱いねえ。まだアメリカとは力の差があんのかねえ」と聞いてきたのは50代のサウナの常連男性。G党で、シーズン中はジャイアンツに一喜一憂しているおヒトである。

「今はもう、そんなに力の差はないと思うんだけど、気合の差じゃないの」

「そうだよねえ、WB…ナントカじゃ世界一になったんだもんねえ」

「けど、あん時はイチローや松坂などが入っていたけど、今回は主だったところがほとんど辞退しちゃったっていうんだから、しょうがないんじゃないの。王ジャパンがWBCで世界一になったからアメリカは目の色を変えて日本をやっつけようって気合が入ってんだよな」

「そうかもね。それにしても野球が何かつまんなくなっちゃったなあ」

 野球がつまらなくなった−−。

 G党のこの男性に限らず、脱衣場でも最近こんな声が多い。メディアの扱いも小さくなっているようだ。スポーツニュースでも日米野球の報道はなにやら付け足しの感じさえするもんね。なんでこんなに人気が落ちたんだろ。

 このブログでもしょっちゅう書かせてもらうが、プロ野球の盟主を任じ、断然の人気を誇っていた巨人軍の凋落が大きな原因でもあろうが、も一つはスター選手のメジャー流失も大きいであろう。スポーツの世界でのスター不在はその人気に致命傷だよ。現れよ第二のイチロー・松井よ、と願うけどね。

 さて、そんなところに「王監督、今年の正力松太郎賞を受賞」が報じられていた。ホホウ、胃の摘出手術とやらで後半戦に出られなかった王監督が「今年のプロ野球界に最も貢献した人物に贈られる」という賞を受けたのか?とアタシャちょいといぶかったが「WBCで初代王者に輝いた日本代表の監督として選ばれた」ということなので納得よ。選考委員会が「プロ野球生みの親である正力松太郎氏の遺訓『世界一』を成し遂げた偉業を評価した」ということだが、こう聞けば大納得だ。

 アタシャ、このブログで何回も大正力の理念である「太平洋を挟んで真の日米ワールドシリーズ」の実現を期待している、とリキんだが、WBCでの優勝が大評価されたんだから日本プロ野球の関係者は「日米ワールドシリーズ」実現のためにもう少し、じゃない、目一杯努力して欲しいねえ。と思うものの、またまたボヤクことになるが、一流選手がどんどん海を渡り、年々小粒になるばかりの現状ではとてもとてもだよなあ。

 それにしても王さんは正力賞受賞が史上最多の4度目だというじゃない。過去には広岡、藤田元司、森、イチローの2回が最多で、あの長嶋さんは1回らしいから王さんのすごさがわかるねえ。王さんは終生「世界の王」だな。

 ということで今度は相撲の話に参ろう。夕方、常連の奥さんが大相撲の新番付をお持ちになってくれたんだ。この方は相撲茶屋に知り合いがあるとかで、毎場所番付を届けてくれるんである。

 今月の12日に福岡場所が初日を向かえる。新聞の相撲記事は例によって片隅だが、幕内30人余のうち外人力士がなんと14人である。大関・白鵬が左足親指骨折とかで休場らしいから、カド番の常連である栃東、魁皇、千代大海の日本人大関陣が奮起しなけりゃ、またまた朝青龍を頂点とした外人場所になっちゃうな。

 野球に続いて、今からもう「相撲がツマンナイねえ」という脱衣場桟敷のナゲキが聞こえてくるようだ。野球に相撲にと、プロスポーツの凋落傾向は歯止めが掛かんないのかなあ。プロスポーツのオールドファンは寂しい限りだ。

 ハア?、今はもう日本人だけにこだわっている時代じゃないんだ、全てに国際化されてんだって?。でもなあ、それでアンタ面白いかい−−。

2006年11月06日

入浴料金はねえ

 日曜日である。夕方若い家族連れがお見えになった。一見さんのようだな。

 最近、このような銭湯をよく知らない自家風呂育ちの人たちが、日曜・祭日などにノレンをくぐってくれるようになっている。「銭湯を楽しむ」という気風が増えていることは風呂屋のオヤジとしては嬉しいかぎりだ。銭湯の新しい価値観が認められてきたなとささやかな喜びに浸っているというところ。

 さてくだんのご家族だが、奥さんがフロントで財布を出された。もちろん入浴料を払われるのである。「大人2人と小学生に幼稚園です」。

「ハイ、有難うございます。大大中小で1120円です」

 アタシャ、フロント内に張ってある料金早見表を見ながら即座にご返答申し上げた。フロントにはあらゆるお客さんの構成に対応するため「早見表」を用意してある。フロントで「エ〜ト、大人2人に小学生に……」などとそのつど計算器を持ち出していたんでは、お客さんのほうがじれったくなってしまう。

 ということなんだが、アタシの大(だい)中(ちゅう) 小(しょう)の呼び方に奥さん、 財布から千円札を取り出されたものの、カウンターの料金表示を眺めていぶかしそうな表情をみせた。カウンタ−のそれには「大人430円、中学生330円、小学生180円、幼児80円」の表示である。

「あのォ、上の子は中学じゃなくて、まだ小学生なんですけど……」。計算が違ってるんじゃないですか?というニュアンスだ。

 ハハア、なるほど。これよく間違われるんですよね。公衆浴場の料金区分は大人(12才以上)中人(6才以上12才未満)小人(6才未満・未就学児)となっていて、この読み方が大人(だいにん)中人(ちゅうにん)小人(しょうにん)と言うんですな。そこでアタシらは小学生を「中」と呼んでしまう。ところがお客さんは「中」と言えば中学生と思ってしまうんですよねえ。だから奥さんが??となっちゃうんですな。無理もありません。

 大体、大人(だいにん)中人(ちゅうにん)小人(しょうにん)という呼称は何となく紛らわしいですよね。

 ハア?、誰がそんなメンドウクサイ呼び方をしたんだって?。

 サア、どなたなんですかなあ。とにかくこの区分、公衆浴場史によると明治の初めにもう使われていたんですよ。おそらく明治維新以降の政府が決めたんでしょうなあ。

 そして古いシキタリだから今の御上も伝統を尊重して継続してんでしょう。

 そこでアタシは御上の料金告示表が今いち分かりにくいんじゃないかと、都の告示表はフロントの後ろに張り、カウンターの上に独自の料金表示を書いておいたんです。つまりこういう具合にね。「大人、中学生、小学生、幼児」の4段階に分けてね。そして、もひとつ。本来、中学生は大人料金に含まれるんだけど、組合協定料金として中学生は大人より100円値引きの設定になっているんですな。

 奥さん、ご主人となにやら一言二言話されていたが、アタシのご説明に納得されたと見え、「間違いじゃなかったんだ」とつぶやくようにおしゃって千円札を2枚お出しになった。で、お釣りを差し上げ、有難うございます、ゆっくり入ってください、となり一件落着である。

 アタシャ思ったよ。これからは長年使っている大中小の言い方を改めなくちゃいけないな。新しいお客さんに対応するためにも、これは必要なことだ。

 今日のような場合は「ハイ、大人(おとな)2人に小学生と幼児でコレコレになります」って言やあ若い世代のお客さんにも分かりやいんだよね。

 オヤッ、今度は大勢の家族連れが見えましたな。日曜日になると銭湯を楽しみにくるご近所の商店のみなさんだ。団体さんですな。

「いらっしゃい、ハイ、おバアちゃん1人におジイちゃん1人、おヨメさん、おムコさんにおマゴさんが小学生と幼稚園の2人?。全部でこれだけになります、ハイ……」。とまあ、ここまでは言う必要はねえだろうけどな−−。

2006年11月02日

愉快な人ですなあ

 夕方5時、60過ぎの男性が入ってきた。週に2、3回の常連さんである。

 フロントでまずはご挨拶。

「もう風呂沸いた?」

「今、沸かしたところ……」

 開店から2時間近く経っているんだ。この方ね、一時が万事こんな会話である。とぼけたというかシャレっぽいというか。短くさり気なく、そしてニコリともせずに言うんである。

 だから面白い。そこで今日はこの人の「おトボケさん語録」とでもいうものを書いてみようと思ったんだ。面白いから時々メモをしていたんでね。

「いらっしゃい!」

「ウーン、遠くから来たからツカレタ」

 住まいは当湯と目と鼻の先である。湯上がりでお帰りになる。

「ありがとうございました」

「ウン、よいお年を……」、今日は十月半ばである。

「いい陽気になったねえ」

「ダメッ、もう今年も終わりだもん」今日は10月の末である。

「これから帰って○○屋で1杯ですな」

「いや2杯!」

「○○屋のおやじさんはもう70半ばっていうけど元気だよねえ」とアタシ。

「そうね、風呂屋さんが50ぐらいに見えるって言ってたと伝えるからね」

 すべて短編集である。ショートショートというところかな。世間話などまずなさらない。まだまだあるんだ、こんなアンバイに−−。

 ちょっと古くなるが、テレビが台風情報を流している。「台風×号が小笠原に接近して……」画面は台風の進路を示している。九州は大雨のようだ。おとぼけさん、脱衣場へ入り顔見知りに一言「大雨だよ、すごいよ」「エッ降ってきたのォ、ほんとかよォ」「ウン、九州が大雨ッ」

 フロントで入浴券を求めた。10枚4000円である。

「○○屋だと2回飲めるな。でもこれで1年は持つから安いもんだ」。次いでに50円硬貨を出された。

「カミソリだね」

「ウン、3年は使えるヤツ……」

「今日は風呂ん中でパンが欲しくなっちゃった」

「ホッ牛乳風呂だもんね」

 アタシも最近は委細合点となっている。以心伝心ということかな。

 いかがですかな。来る度にひと言振るんだが、表情も変えずに言うから滑稽感も多いんだな。とにかく愉快な人だよ。

 とまあ書いてきて思うんだけど、この人の会話はシャレやユーモアというよりも冒頭でいったようにオトボケと表現すべきであろうな。

 そこで「おとぼけ」「シャレ(洒落)」「ユーモア」についてちょいと調べてみたんだ。何せヒマなもんでね。辞書には次の様に書いてある。

「トボケ」=わざと滑稽な言動をする。または表情で笑わせる。

「ユーモア」=上品なシャレ(洒落)やおかしみ。

「シャレ」=気の利いた文句。イキ(粋)なこと。

 ということなんだが、お客さんのセリフはやはり粋や上品とはちょと違って

「オトボケ」のクチなんだろうなあ。

 アタシャ、「シャレ」とか「ユーモア」の類は大好きなんだが、そこに今度は「おとぼけ」を加えることにしよう。

 何にしても、陰惨な事件や事故、不愉快なニュースが氾濫しているようなご時世である。日常の会話でも、人の批判やいやな噂ばかりがとかく聞こえてくる。世間が、シャレやユーモア、そしておとぼけでもいい。何気ない会話の中に少しでもこれらのエッセンスみたいなもんが含まれていたらもう少し豊かな日常になるんだろうなあ、などと思ってもいる。

 風呂屋は気分爽快を売り物にする商売。フロントはつとめて明るく、「シャレ・ユーモア・おとぼけ」を取り入れていきたいもんだねえ。

 なかなかできないけどさァ−−。






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