風呂屋のオヤジの番台ブログ

« 2006年08月 | メイン | 2006年10月 »

2006年09月30日

認知症ってねえ

 以前にもちょっと書かせてもらったんだけど、墨田区の浴場組合では区・高齢者福祉課の主導により月に一回程度、各浴場で「湯処・語らい亭」というイベントをやってんですな。高齢者を対象にして金曜日の敬老入浴デーに開店前の一時を使い、内容は講師による健康の話しからボランティアの芸達者な人たちが民謡、相撲甚句、カッポレにマジックなどなどを行いお年寄りに楽しんでもらっているんです。それとこの企画には「閉じこもり老人」への対応という一面もあるんですな。

 ということで本題に入ろう。今回、当湯(うち)で行う「語らい亭」の出し物は、保健センターから講師を招いて「認知症の予防について」というお話を聞くっていうことなんです。つまり「ボケないために、どうしたらいいか」というまことにタメになる講演会なんですね。

 そこで、お客さんに周知徹底?し、多くの高齢者の方々にご参加願うべく、家の者がポスターを作成して脱衣場に張り出し、チラシなども書いてフロントで配布したんですよ。程々の反応がありましたなあ。「ボケないために・認知症予防について」となりゃあ多くのボケ症状予備軍?が(アタシもそのうちの一人ですがね)いろいろと聞いてきましたよ。で、それらを少々−−。

 まずは毎日見えるご近所のおばちゃん、80余才である。

「ボケないためにって、いいお話のようね。あたしはこの頃、物忘れがひどくって困るのよォ」

「年取れば誰でも物忘れをしますよ。だから是非聞いてくださいな」

「そうね、よく聞いとかなきゃね」と言いながら脱衣場へお入りになったんだが、すぐまた出てきた。

「お風呂道具を忘れてきちゃった。ちょっと取ってくるわァ」

 オヤオヤ……。おばちゃんさあ「語らい亭」の日取りは忘れないでよね。

「ニンチ…ショウってどういうことだい?」のご質問は70前後の職人さん。

「認知症ってね、ボケ、ボケのことよ」

「なんでえボケのことか。俺はまた女の人が子供ができないとか何とかっていうやつかと思ったよ」

「子供ができない??、あゝそれは不妊症のことでしょッ」

 ヤだねえお客さん、風呂屋は婦人科の病院じゃないんでっせ。

「だけどさ、ボケならボケっていえばいいのに、ニンチ…ショウなんてコムズカシイことを言うから俺らには分からんよ」

 なるほど、確かにそうですな。ボケという分かりやすい表現が、いつの間にか差別的用語になっちゃったようですなあ。

 そういえば、アタシが浴場広報誌「1010」に「風呂屋のオヤジのフロント日記」を書き出した時、そう、もう10年以上前になるけど、アルツハイマーの言葉を書いたんですな。そん時、編集屋さんが「アルツハイマーは病名でもあり、差別用語になるからボケっていう言葉を使ったらどうか」と言われたことがありましたなあ。当時はボケが通常的に使用されていたのに、時が経ったらボケが認知症なんていう分かりにくい言葉になったんですねえ。同じような表現でも痴呆症のほうがまだ理解しやすいですがね。

 さ、次に参ろう。話しかけてきた方は80代のご老体。

「ボケの予防っていうけど、もうボケてる人間はどうすりゃいいんだい?」

「おやじさんはまだボケていないでしょう。元気そのものじゃないですか。けどね、もしボケてる人がボケ予防の話を聞いたら逆にボケが直っちゃう……」

「ウッホッ、そりゃいいや。俺、語らい亭に申し込むよッ!」

 さてさてそんなアンバイで申込者がかなりあったんだんですな。で、アタシャ区役所へ提出する参加者名簿をフロントでメモしておいたんだが、後刻、その用紙が見当らない。は〜てな?とフロントの引き出しをかき回していたら家の者が哀れむように言いやがんの。

「今度の認知症予防の話はしっかり聞かなきゃダメだね」だと−−。

2006年09月29日

五輪金メダリストがねえ

 また新聞記事になっちゃう−−。アタシャ硬い話や暗い話を書くことが苦手なんだよな。かといって明るい話は得意か?って言われても困るがね。風呂屋のオヤジの番台日記だから、本当はフロントを通して落語の熊さん、八っつあんにご隠居さんが出てくるような屈託のない事柄をメモしたいんだけど、ここんところどうも社会的なネタについつい目がいっちゃう。今日もツマンネエなと思いながらこれを書いてんだから、我ながらいい加減なもんだよ。

 読売夕刊である。「暴走前理事長止められず」の大見出が社会面トップに出ていた。アタシャ「またどっかの協会や連盟かのトップの不祥事だろう。よく出てくるなあ」程度の軽い気持ちだったが、サブタイトルの「五輪金メダリスト協会不正問題」でオンヤ?となり、記事を読んでウーンと唸っちゃったよ。

 こう書いてある。「理事長専用の高級外車購入、借金相殺、そして議事録の偽造−−。メルボルン五輪の金メダリストで財団法人『体力つくり指導協会』(東京都台東区)の笹原正三前理事長(77)が、協会から8400万円を借り入れし未返済となっている問題で、前理事長や協会の新たな『不正』が次々と明らかになってきた……」

 ウーン、あたしゃもう一回いや二回三回も唸っちゃったよ。ついこの間もスケート連盟の不祥事が新聞ダネになっていたけど、純然たる金メダリストが悪の張本人だなんて、アタシのようなスポーツ好きにはタマゲルしかないやな。スポーツマンは純粋なもん、ましてゴールドメダリストとなりゃあ国民的英雄じゃねえか−−てな思い入れがあったからねえ。

 それにしてもだ、笹原正三といえばミスターレスリングといってもいい存在だったんだ。その価値観が逆走しちゃったんだろうけど、記事にはワンマン理事長の専横ぶりが書かれている。

−−理事長専用の高級外車「キャデラック」を約870万円で購入し、私用にも使っていた。さらに笹原前理事長が95年、個人事業として長野県内に計画した野外活動用合宿所の建設費用を銀行から借入れた際、理事会の議事録を偽造するなどして、勝手に協会を連帯保証人にしていた……。

 いやはや、滅茶苦茶に暴走していたんだなあ。金メダリストもやっぱり普通の人間、いや並み以下の悪人になっちゃったとはねえ。

 アタシャこの記事を見て古い資料を探しだし、もうボケた記憶を無理して手繰ってみたんだ。メルボルン五輪といやあ昭和31年か。アタシが今のさくら湯を開業して4年後だ。浴場業界が最盛期の頃で、墨田の浴場数も100軒以上あり(現在は40軒)活気に満ち満ちていた時代だ。

 このオリンピックではレスリングの笹原と体操の小野喬に水泳の古川勝など日本は4つの金メダルを獲得したって書いてある。そして笹原はレスリングの帝王とも言われた存在だったんだよな。さらにこの時期は石原慎太郎の「太陽の季節」が大ヒットして太陽族・慎太郎刈りなんかが流行ったとも書かれていたし、あの石原裕次郎が日活映画「太陽の季節」でデビューした年でもあったんだなあ。懐かしいねえ。

 それにしても笹原の不祥事は、月並みな言葉だが「地に堕ちた偶像」っていうことだが、偉大だったスポーツマンが完全に晩節を汚してしまった。

 アタシャ、なんとなく思ったよ。人間は晩年でその人の評価が生きも死にもするんだなあ、とね。アタシらのような市井の片隅で平凡に過ごしている人間でも、今日の笹原問題を思うと「晩年の生き方」をしみじみ考えちゃうよ。

 何やら風呂屋のオヤジにしては、番台から離れて随分と硬い話になっちゃったけど、まあいいか−−。

2006年09月27日

マメな人なんですなあ

 何ともマメな人がいる。

 マメ−−忠実(まめ)と書くらしいが、辞書には「まごころがあること。まじめ、誠実、本気。苦労をいとわず、よく勤め働くこと」と説明されているが、当湯(うち)のお客さんにもマメな方がいるんですなあ。そこで今日はマメなおばちゃんに登場願うことにしたんだ。

「もう70だもん」と言われる小柄な人で、隣接浴場の廃業からうちへ見えられるようになったんで、まだ2年足らずであるが、毎日見える常連さんになっている。つまり、いいお客さんなんである。

 この方ね、汚れたり散らかったりしていることが気になってしょうがない、というんで、化粧台が濡れていると備え付けの雑巾でサッサと拭くし、桶や腰掛けが散らばっているのもまたサッサと集める。脱衣場の床が少々濡れていても置いてあるモップを持ち出してこれまたサッサである。

 これだけではない。風呂場でちょいと顔見知りになるや、すぐにセッセセッセと背中を流すらしい。古い常連さんが「あたしが洗ってあげようとした人にもあの人が出しゃ張るんでやり難くなっちゃった」とボヤいていたほどなんですな。とにかく、小柄な体がよく動くんですよね。しかし、マメも過ぎれば出しゃ張りになるんだが、この人には通じない。サービス精神旺盛なんです。やってあげて悪いことはないでしょッてな精神のようですな。

 このおばちゃんがうちへ見えられた当座に言われたんだ「化粧台はどうしても水を使うから濡れちゃうでしょ。だからあそこへ雑巾を置いておくといいんじゃない?」。ホウ、そりゃあいいアイデアだ、と雑巾を常備したんだ。以来おばちゃん、必ず化粧台をお化粧?してくれているようである。アタシャご厚志まことにカタジケナイと感謝している次第。

 そしてねこのおばちゃん、誰彼なくサービス精神を発揮?するから時としてジュースなどをもらうことがある。そうすっとおばちゃん、返礼を心がけるんだが、それが少々苦になるような気配もあるんですな。「おばちゃんねえ、風呂の付き合いは程々でいいんじゃないの」とアタシャご忠告申し上げてもみたんだがねえ。

 そんなおばちゃんの本領を発揮された事件が?昨日出来(しゅったい)したんだ。。「ダンナさん、お風呂場で転んだ人がいたようですよ」というご注進にアタシャ急いで脱衣場へ出向いたら、おばちゃんが同年輩の人を抱えるようにして浴室から出てきた。おばちゃん、アタシにさっそく事情報告である。

「洗ってイスから立とうとしたらドタンって転んじゃったの。そいであたしが今、ここへ連れてきたの」

「頭なんか打たなかった?」

「それはなかったようよ」

 そして、そしてである。転んだおばちゃんが「大丈夫です……」というのにも「いいから、いいから」と、おばちゃんの、ウン、転んだ方のおばちゃん。

 どうもヤヤコシイな。とにかくそのおばちゃんの衣服をセッセと着せてあげるんだ。転んだおばちゃんが恐縮していたなあ。

 アタシャ、何はともあれ大事ないなとフロントへ引き上げたんだが、事態沈静でフロントへ出てきたおばちゃん。アタシの「お世話をかけましたね」に、「あたしはあんなのをみると放っておけないのよ。周りの人が手を出し過ぎるっていうんだけどさあ」。面倒見たのに……と少々不服そうな感じでお帰りになった。そして転んだおばちゃんである。フロントで「久しぶりに来たのに迷惑をかけました。あたし、足が悪いんで立とうとしたときに尻持ちをついちゃったんです。こんなに騒がれちゃうと今度は来にくくなっちゃうわあ」

 さて、お二方が帰った後に出てきたのは20年来の常連さん。もう80近くなる。「あのばちゃんさあ、大したことがないのに騒ぎ過ぎよ。やたらにああだこうだってやるのは余計なおせっかいよね」

 うーん、親切も過ぎれば出しゃ張りになり、お節介焼きになる−−。おばちゃんさあ、さっきも言ったけど、裸のお付き合いは「万事、程々」がいいんですな。マメに動いて親切に振る舞っても逆効果じゃツマンナイもんねえ。

2006年09月26日

杉並の銭湯特別展

 ホウ、出てますなあ−−。

 読売朝刊である。

「懐かしの番台、風呂おけ…銭湯の歴史知って」の見出しで、杉並区の銭湯文化や歴史に焦点をあてた特別展「杉並のお風呂屋さん」が、同区立郷土博物館で開かれ、番台や風呂おけなど懐かしい展示品が来場者を楽しませている……という記事である。

 ハア、オヤジは墨田区だろ?、それがなんで杉並のことを書くんだって?。

 ハイ、アタシャ墨田で半世紀も湯屋稼業をやってますが、銭湯のことを取り上げてくれたニュースなら杉並だろうと練馬だろうと千葉、埼玉はおろかアメリカの新聞だって飛びつきますがな。で、今日は杉並区の展示会の話を手に唾して?書こうっていう寸法なんですわ。ですからじっくり読んでよね。

 実はねアタシ、このニュースはちょいと前に出たアタシらの業界紙「全国浴場新聞・9月号」で紹介されたんですが、そん時、アタシの知り合いである杉並組合のTさんに電話をして展示会の様子を聞いたんです。Tさんは杉並組合の重鎮ですから折り返すように「杉並のお風呂屋さん」とういう資料からパンフレット一式を送ってくれたんですよ。で、アタシャ興味深く読ませてもらっていたんです。そして墨田浴場組合の役員に「杉並ってスゴイぞ」と見せたんです。エッ、オヤジはいつもエラソーに銭湯のことを書いてっけど役員じゃないのかって?、あのねえ、アタシャ古希のジジイでっせ。もうもう姥捨山に登っちまったようなもんでさあ。

 いけねえ、どうもクダラン前置きが長くなり過ぎる。本題に入ろう。

 新聞はこう書き出している「同展は、年々、区内の銭湯が減っていく様子が気になっていた、という博物館職員の渡辺やす子さんらが企画した。銭湯の年表や分布図をまとめたほか、浴槽の清掃や風呂の沸かし方などの写真パネルを使って紹介。実物の番台やロッカーのほか、様々な広告入りの風呂おけも展示している……」

 銭湯の減少傾向に心を痛めていた?区の職員さんが企画してくれたなんて、銭湯にはこんなにも強力な援軍が存在していたのかあ、アタシャよその区だろうと涙が出るほどうれしいねえ。そしてね、特別展の資料を拝見すると銭湯の様子をよ〜く研究されていることが分かるんですな。

 例えばね、「銭湯はコミュニティの場」として、古い脱衣場から現在までの移り変わりを描写し、浴室の背景画にタイル絵の模様、さらに「銭湯の一日」として風呂釜で湯を沸かす状態、掃除の模様など。さらには燃料事情に、使用する井戸水の状況。そして浴場に関係する職人さん、釜屋、井戸屋、穴蔵屋(木製の釜槽などを作る職種)などなど、これを読むと銭湯通になるような記事が満載されてるんですよ。アタシャよくここまで調べたなあと感心しちゃったよ。そして思ったんだ。杉並組合には古い銭湯事情を知っている人がまだまだ健在なんだなあ、とね。

 ここで話がちょっと逸れるけど、アタシね、今度「湯屋番五十年 銭湯その世界」という本を出させてもらったんだけど、この本を書く動機が「どんどん先輩方がいなくなっちゃうし、戦後の銭湯の様子を知る人も年々少なくなっちゃう。なんとか戦後の復興期の浴場模様の断片でも残せないものか」ということだったんだけど、この特別展の資料を読ませてもらうとアタシの思いと重なってくるんですよねえ。ですから、銭湯に少しでも興味がある人は、杉並、墨田を問わずず是非足を運んでくださいな。

 エッまた質問?、オヤジはもう見たのかって?。いえアタシね、すぐにでも見にいこうと思ったんですが、何しろ寄る年波のせいか、ここんところ足が痛くって医者通いで外出は控えてんです、残念だけどねえ。

 そうだろうなあ、もう姥捨山から降りられねえんだよな−−。

2006年09月25日

秋場所が終わった

 終わってみれば朝青龍−−。

 また風呂屋のオヤジの相撲談義である。大相撲秋場所が朝青龍の18回目の優勝で幕を閉じた。相変わらず大関以下の不甲斐無さで、稽古不足と体調不良が言われていたにもかかわらず横綱の独走だった秋場所である。従ってさして盛り上がりもない15日間であり、その最大の因は白鵬の期待を裏切った土俵だった。先場所の安定した土俵から、綱取りに大きな期待を持たせたのに8勝7敗とは一体どうしたんだ。

 白鵬不振の原因はやはり綱取りへのプレッシャーだったのか。立ち合い鋭く踏み込んで得意の左マウシを引きつけ柔軟な足腰て勝ち星を積み重ねてきた白鵬の土俵が今場所はまるっきり陰を潜めていた。腰高でフワッと立って押されたり叩かれたりの土俵にはファンも失望をしたんじゃないか。やっと現れた朝青龍の対抗馬としての大きな期待を裏切った白鵬の責任は大きい。来場所は精神面を含めて一からではなくゼロから出直してほしいよ。

 上位陣の情け無い土俵の中で光ったのは安馬の活躍だ。幕内一番の小兵でありながら真っ向勝負の土俵は以前から好感を持っていたんだが、独走、朝青龍に12日まで1敗で追走したことは沈滞場所を救った唯一の力士だったな。

 脱衣場のテレビは安倍晋三次期総理が朝青龍に総理大臣杯を渡している。館内は大歓声だ。フロントに出てきた中年の男性が言う。

「また朝青龍だったな。つまんない場所だったよ。しかしさあ、昨日の朝青龍の相撲はなんだ。まるで喧嘩じゃないか。あれが横綱のやることかねえ」

「ほんとですよ。アタシも見ていてタマゲちゃったもんね」

 ということで、朝青龍に参ろうか−−。

 14日目、千代大海との一番で千代の猛烈な上突っ張りが横綱の顔面に炸裂するや朝青龍、カッと頭に血が上ったんだろう、マワシを取りに行くことも忘れて猛烈に張り返した。平手だがまさにボクシングである。そして数発のパンチを?繰り出した後左手を大きく振りあげモーションをつけて千代の顔面に空手チョップを叩き込んだ。アタシャ、オイオイ、マトモに相撲を取んなよと思ったね。我を忘れて殴り?かかり押し込んだものの、土俵際で千代の素首落としで土俵に這ったが、朝青龍の激しい性格がモロに出た土俵だった。この気性の激しさが朝青龍の土性骨なんであろうが、どうみても天下の横綱が土俵で見せる姿ではない。アタシならずとも嘆いた人が多かっただろう。

 近年、新聞の相撲記事はほんの片隅といった扱いだが、今朝は裏版一面を使って「カッコ悪い連覇」の大見出しで、カッとなってワイルドパンチをぶち込んだ朝青龍の記事が載っていたもんねえ。そういえば13日目の安馬戦で館内から起こった「安馬コール」にムカついたと話していたらしいが、モンゴルの後輩にもこんな言葉を吐くんだから朝青龍の性格がよ〜くわかるよ。

 千代大海に敗れて花道を引き上げる際に「クソッ!」と声高に吐き捨てる姿はおよそ「横綱の品格」など感じられない。

 大横綱といわれた大鵬、北の湖、千代富士、貴乃花に続く優勝18回の横綱でもアタシらのような古い相撲ファンは何か「大横綱」の呼び方をするにはためらうんだなあ。それでも最近はつとめて性格を押さえているようにみえたんだが、こんな一番を見せられるとやはり「いつまでも天下の敵役だな」と思ってしまう。

 今場所、琴欧州を初め、めきめきと力を付けてきた露鵬、黒海などにも「どんな形であれ勝てばいい」といった傾向がみられるんだけど、礼に始まり礼に終わるという相撲道を外国人が真から理解することはまず無理なんだろう。

 それと、近年の若い相撲ファンは大相撲の土俵もK1などのリングと似たような感覚で見るようだしねえ。相撲の価値観も時代とともに変わるのかなあ。

 だけどさあ、ボクシングをはじめ格闘技のリングを「四角いジャングル」というけど、土俵が「丸いジャングル」になってほしくはないんだよなあ。

2006年09月23日

国旗・国歌がねえ

 ヘンテコな判決だなあ−−。アタシャ思わず首を傾げたよ。夕飯時のテレビである。

「都教育委員会が入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し国歌を斉唱するよう通達したのに対し、都立学校の先生方が通達に従う義務はないと、都を相手に訴訟を起こした」ってんだな。その判決が「思想や自由を保障した憲法に違反する」っていうんだ。つまり平たく言やあ、式典で起立して国旗に対し国歌を唄う唄わないは勝手ですよ。それを義務付けることはケンポーイハンですぞッ、てなことなんだろう。

 エッ、風呂屋のオヤジ風情がケンポ−がどうしたって?。そんなコムズカシイことも言うのかだって?。ウン言論のジユウってやつ。ヘッ、何がゲンロンだ−−。まあそう言いなさんな。ほんとは一介の湯屋モンが憲法がどうのこうのなんてわかりゃあしないんだが、たまにはこんな話もいいんじゃねえの。

 そして思うんだよ。これからは「国家斉唱!」なんて号令が掛かっても起立する人しない人、唄う人に唄わない人……テンデンバラバラでもいいんだよなあ。斉唱!ってみんなで一斉に唄うことなんだろうにねえ。一体どうやって号令を掛けるんだろ、いや、号令も個人の自由を奪うから禁句かな。ヘンテコな判決だ、アタシャもう一回首をかしげたよ。

 ということが昨日のことである。そして今日だ。何気無く夕刊を開いたらアタシの好きな「よみうり寸評」に思わずウン!ウン!とうなずくことが書かれていたんだ。まさに「我が意を得たり」と満足よ。こういうことである。

「入学式や卒業式で日の丸掲揚の際、起立しなくてもよい。君が代斉唱にも加わらなくてもよい。それをしないからといって先生方を処分してはいけない。そんな判決に???と思った。判決は『式典で国旗を掲げ国歌を斉唱することは有意義』『国旗・国歌を尊重する態度を育てることは重要』と述べている。それなのに冒頭のような結論を導きだされることが分からない。『国旗・国歌は強制ではなく自然のうちに定着させるのがいい』と言うが、どうやら起立や斉唱を求めることを強制というらしい。が、式典で国旗や国歌を斉唱することは国際的にもごく自然。むしろ起立や斉唱を拒む方が不自然ではないか。先生も生徒も保護者もばらばらな式典にならないかと心配する。国旗・国歌を尊重するどころか、反発の態度を育てたりしないか。自由と勝手をはき違える教育にならないか……」。

 ねっ、いいでしょッ。アタシャ自分の考えが認められたようで感激よ。この裁判官はこうも言ってんだよな。「日の丸・君が代は明治時代から終戦まで軍国的主義思想の精神的支柱だった……」なんてね。じゃ、じゃあね、オリンピックで日の丸を揚げて国歌を歌うことは軍国的思想の発想かねえ。エッ、オリンピックはスポーツを通して国と国との戦争であるからよろしいんだって?、

 まさか−−。

 アタシャ心配するよ。国旗も国歌も好き勝手にやんなさい、な〜んて教育をされたんじゃ、今の子供はどうなっちゃうんだい?。次いでに校旗も校歌も唄おうと唄いまいとご自由に……かよォ。

♪ 白地に赤くゥ 日の丸染めてェ ああ美しいィ日本の旗はァ♪

 子供の頃、先生と一緒になってって誇らしく唄っていたなあ−−。と書いて締ようと思ったけど、待てよッ、こんなことをいうと「それが軍国的思想だッ」てなアンバイになりそうだな。

2006年09月22日

背景画はねえ

 夕方、背広姿の男性二人がお見えになった。50代かなあ、一見さんのようである。手に新聞を持っている。「この新聞を見てきたんですけど、随分混んでますねえ。最近の銭湯は昼間はもっと空いていると思ったんですけどね」。

 そう、今の銭湯、空いてることに悪戦苦闘してんですわ。しかし今日は大混雑。というのは週に一回の老人無料開放デーで、この日だけは高齢者が大挙してお見えになるから往年の湯屋を彷彿とさせる一日なんです。

 お客さん「そうですかあ、じゃ少し待たせてもらいましょう」となった。

 そして言うんだ「あたしたちは銭湯巡りをしてんです。ここもこのA新聞の紹介記事を見て千葉からやって来たんです」。ホホウ 千葉県からわざわざ業平までねえ。♪は〜るばるゥ来たぜナ〜リヒラえェ〜♪……というほどでもねえか。しかしまあ、よくきてくださいましたな。

 この方たちね、こうも言われたんだ。一冊のノートを取り出し「あたしたち背景画に興味があって、あちこちの銭湯で背景画の写真を撮らせてもらっているんです」とね。ノートには様々な背景画の写真が張ってある。

 そうですかあ、けどお客さんねえ、当湯(うち)には背景がないんですよ、ゴメンね。しかしお客さんは背景画がないと聞いてもさして頓着がなさそう。アタシに背景画の今昔などを聞き、しばし雑談をなさってから脱衣場に入った。

 アタシら湯屋モンは背景画のことを「背景」と端折って呼ぶが、近年、背景が何やら銭湯のシンボル的になっているようだ。番台がフロントに変わり、煙突さえ無くなっていくようなご時世に、レトロな銭湯がちょっと見直されているようですな。その代表として背景が人気を呼んでるんでしょうかねえ。

 背景が東京にお目見えしたのは大正元年、神田の機械湯で、浴室の壁面が寂しいから知り合いの画家に頼んで絵を描いてもらったのが最初だったとモノの本には書いてある。爾来、銭湯に背景は当り前のようになり、アタシらも背景が銭湯のウリだとも思わず、銭湯の代名詞的なものという意識もなかった。

 そんなであるから、昭和60年前後から銭湯にサウナを初めとして今までにない新しい機能が導入されるようになってより、背景を古い存在とする傾向が出てきた。改装する浴場の多くが背景を描かなくなったのである。

 当湯(うち)も平成に入って浴場を改築した時に当然のように背景をなくし、平板なモザイクタイルの壁面としたんだが−−。

 その背景が近年復活した。そして復活後の背景は、背景イコール富士山が定番のようになっている。先日も読売新聞のコラム「日本の遺産・富士山」で浴場背景の富士山が紹介されていたなあ。背景絵師のHさんが「また富士山の注文が増えてきた。一番難しいけれど、描いていると心が現れるよ」という談話も載っていたねえ。

 アタシャ、長い湯屋稼業の大部分を背景とともに過ごしてきたから様々な風景を書いてもらったけど、昔から背景に富士山は主役だったようだ。また一時期、子供に流行しているキャラクターを注文したこともあった。あの大きな壁面いっぱいにウルトラマンや怪獣が描かれていたんだから子供は大喜びだったよ。反面、絵師の人たちは慣れない絵を描かされて苦労したことだろうねえ。

 銭湯に富士山が復活した。大きな浴槽に浸かり雄大な富士山を眺めることによって爽快な気分になるんでしょうかなあ。まさに歴史は繰り返すだ。この分じゃ番台も復活するんじゃねえのかなあ。アタシャ「湯屋番五十年銭湯その世界」に古い銭湯模様を書かせてもらったが、その時代が平成の銭湯に復活するとは思いもよらなかったよ。

 しかし、考えてみりゃあ、アタシの湯屋番50年の人生はマラソンのようなもんだ。もう大分走ったから、今はマラソンコースの復路なんだよな。とすりゃあ通ってきた道をまた走るっていうのもわかるなあ。

 ♪この道ィはァ いつかきた道ィ〜〜♪

2006年09月21日

安倍晋三総裁が誕生した

 開店と同時にテレビをつけた。普段の早い時間帯は脱衣場向きな番組もないので有線放送を流し、夕方からテレビに切り替えるという寸法なんだが今日は自民党総裁選が報じられているんでね。そして安倍晋三が圧勝したんである。

 入ってきた前掛け姿のおばちゃんにアッパッパ−のようなワンピース?を着たおばちゃんが、チラッとテレビを見ながら「アベさんに決まったね」「やっぱりアベね」と口を揃えて言う。政治の話には縁遠い感じの下町のおばちゃんも、さすがに一国の総理大臣誕生には程々の関心があるようだ。

 男湯からも安倍総裁誕生にいろんな声が聞こえてくる。「予想通りだな。出来レースみたいだよ」「アベかあ、若いから苦労するだろうな」「新聞の予想だと7割ぐらいの支持だって書いてあったけど、ちょっと少ないな」

 普段、脱衣場の話題に政治はあまり出てこないんだが、何せ今日のテレビはどこのチャンネルも「安倍一色」である。お客さんの話題も安倍新総理にならざるを得ないようだ。上辺だけの人、結構詳しい人など様々である。

 夕方に見えた70過ぎのダンナ。「アベに決まったけど、どうせ長続きはしないだろ。すぐまた交替だよ」と突き放したようなことを言う。ついでこれまた70半ばのおばちゃん「アベなの?、誰がやっても同じよ。税金いっぱい取って物価をどんどん上げるしさあ。エライ人は税金泥棒ね」。ホウ、税金泥棒とはまたキツイことを言いなさる。けど、おばちゃんはゼイキンを払っているんですかなあ。何やら福祉のお世話になっているとも聞いたんですがねえ。

 かと思うと、こんなご老体もいましたなあ。「俺ね、政治なんてまるっきり興味がないんだ。相撲も野球も見ないしねえ。テレビは水戸黄門か暴れん坊将軍ぐらいだな」。

 アタシャ、ちょっと意外に思ったよ。生まれたときから裕福に育った若い世代の政治離れはよく耳にするが。普通、戦争経験者からアタシらの世代は政治に結構関心があると思っていたんだが、無関心とはねえ。

 というようなあれこれで、安倍晋三新総裁に対する脱衣場風景をちょいとスケッチしてみたんですが、風呂屋の脱衣場だけでもいろいろあるでしょ。

 安倍晋三、51才。戦後生まれの初の宰相である。当選5回、政治生活12年で国政の最高峰に上りつめた。あの今太閤といわれた田中角栄が総理になったのが54才だとか。その角栄さんが言ってましたなあ「内閣の重要閣僚である外務・大蔵。通産などの大臣を経験し、党三役をつとめて初めて総理候補になるんだ」ってね。なのに晋三さんは小泉サプライズ人事で幹事長、官房長官を勤めただけである。角栄時代なら当選5回は入閣候補に過ぎなかったよな。

 小泉さんは「自民党をぶっ壊す」といって総理になったが、「三角大福中」や「安竹宮」などという派閥のドンがいなくなった時代背景もあって、ほんとに派閥力学をつぶしてしまった。晋三さんはそんな小泉内閣の落とし子であろう。経験不足を懸念する声もあるが、若さへの期待感もある。

 そういえば自民党をぶっ壊された反動で?、自民党を追い出されたような亀井静香に田中真紀子のお二人もテレビに出ていたな。

「……舌先三寸で国民をごまかそうとする自民党に、将来の政治を担えるはずがない」とカメイさん。マキコさんは「甲子園でハンカチ王子人気だったが、(日本の政治に)空っぽな王子が生まれたと言われないようにしたいが、悲しいことにほぼ間違いない」

 このお二人、口を開くと自民党への怨念である。アタシのようなヘソ曲がりは「カメイさんは水戸黄門に出てくる代官の雰囲気だな」と思っちゃうし、マキコさんに至っては「口汚く罵る姑ババアだ」なんて見てしまう。申し訳ないけどね。かっての「爽やかマキコさん」はどこへいっちゃったんだろうねえ。

 さて安倍政権が船出する。どうなる日本国−−な〜んてエラソーに書いて今日のブログを了いとしよう。

2006年09月19日

放送局がやってきた

FMえどがわ、という放送局ですが、ホシノさんが今度出された『湯屋番五十年銭湯その世界』についてお話をお聞きしたい。生放送でやりたいんですが……」との電話があったのは8月だった。

 ヘ〜ッ、ラジオの生放送ねえ−−。そういえば以前もテレビ、ラジオの放送局からそんな話があったなあ。そん時は「スタジオに来てもらって……」というようなことだったんで、アタシ風情が放送局へノコノコ出向いて喋ることなんぞおこがましいと、有り難くお断り?したんだが、今回は当湯(うち)で話を聞くだけだという。ならいいや、この手のことは新聞などの取材もいろいろあたし、テメエんちで勝手に喋るんならどうってこたあない、とお受けしたんである。しかしねえ生放送なんてどうやるんだろ?、との興味はあったなあ。

 そして今日である。キャスターという方が一人でお出でになった。50年配のFさんという男性である。オイオイ、男性が一人だなんてわざわざ断るところをみると女性のアナウンサーも一緒に見えるかと期待したんだろうって?。

 まあ本音を言やあ……いやいや、そんなことは毛頭思っていません、ハイ。

 3時、打ち合わせである。放送は3時42分から4時までだそうな。Fさんがメモノートを広げて歯切れよく要点を説明される。まずは「湯屋番50年銭湯その世界」についての話から番組の説明に入る。「音楽を流しておしゃべりの2時間番組で、その中で『明日へ笑顔…りんりん』というコーナーでホシノさんの話を聞くんです……」と言われる。

 アタシャねえ、生放送っていうからスタッフが来てアンテナなんかを立ててさあ……と仰々しく思っていたんだが、耳にイヤホーンを入れ、細長いマイクを持たされてFさんの質問に短く応えればいい、ということだけである。ヘ〜ッこれで生中継ねえ……。こんな簡単な仕組みで半径7.5kmの範囲内で180万人のリスナーが聞いているんだっていうからスゴイよ。

 3時42分、さあ始めますというFさんの言葉で本番が始まった。イヤホーンから局で流している「いい湯だな」の音楽が聞こえてきた。銭湯番組のイントロだな。ついで女性アナウンサーの番組紹介がある。それを受けてFさんが語り出す。アナウンサーもFさんも喋りのプロであるから当然なんであろうが流れるように話していく。流暢とはこういうことを言うんだろうな。アタシャ次にテメエに話が振られてくることなんか忘れて、ウーンうまいもんだ、と感心である。とにかく滑らかなんですなあ。

 キャスター・Fさんの軽快な語りがスタートした−−。

「今日は下町墨田の銭湯・さくら湯にお邪魔しています。○○さん(女子アナのお名前)最近銭湯に入ったことがありますか?……」とマクラを振ってアタシの簡単な履歴の紹介になる。

「ホシノさんは昭和9年9月に渋谷区氷川町の鯉の湯の長男として生まれ、現在72才になられます……」。アタシャ側で聞いていてちょっと思ったよ。オレは9月8日の生まれだから、この放送日が半月早かったらオレ、71才だったんだよな。70を越すと日増しにジジイ感覚が強くなっていくんで、どうせなら1才でも若く有りたかったねえ。1才ぐらい、どっちにしてもジジイに変わりがねえやな、なんて言わないでください。老いるとそんなもんなんです。

 さてさて番組は進んでいく。「湯屋番とは、銭湯のやり甲斐い、面白さ、苦労話」などなどをFさんの巧みな話術に乗せられてアタシがボソボソ話すとい進行だった。まあ質問事項は折りに触れて取材などを受けている内容と似たようなもんだから、アタシにとっては別に構えて話すこともない。ただ、マイクを持たされイヤホーンを耳に差し込んでの一問一答的なやりとりは少々勝手が違ったけどね。そして4分の時間が終わった。新聞記者さんの取材は活字になるけど、放送は言葉が飛んでいっちゃうから果たしてうまく喋れたのかなあ。

 家人と一緒に聞いていた小学4年の孫が「いつものおじいちゃんの話と同じだったよ」と言ってくれたが−−。

2006年09月17日

お祭りです

 太鼓の音が聞こえてきた。神輿がやってきたな−−。

 アタシャちょいと表へ出てみた。幼児が多い山車を先導に子供の御神輿がワッショイワッショイと可愛い掛け声で練ってきた。年に一回のU神社の大祭である。街をあげてのカーニバルだ。台風13号が九州に上陸ということで、懸念された天候だが、今のところ何とか持ちそうである。

 ちょうどうちの前に来たところで休憩時間になったらしい。山車を止め、神輿を下ろして一休みだ。山車には若い親子が随分見られる。マンションの人たちなのか見慣れない顔触れが多い。以前ならあの子は○○さんちの子供だな、こっちの子は××さんの孫だな……とすぐわかったんだが、時代が変わっているんだなあ、と思わせられる。だけど今のマンション族といわれる若い親子は町会費なんか払っているんだろうか、と余計なことを思った。

 それと、もう一つ。小さな子供に付き添っている若い親御さんに男性の姿が何人か見られるんだ。この様子にも古い人間は時代の変化を感じる。アタシらの頃は子供の付き添いなど母親の領分だと思っていた。男の出る幕じゃないとわきまえて?いた。ところが現代はお父さんが率先して付いて回る。「パパこれやってッ」などと奥さんに指示もされている。命令されても?楽しそうである。時代ですなあ。

 休憩タイムということで、町会の係の人たちがジュースを配っている。アタシも以前は町会の世話人をやっていたので、係の人たちのご苦労もよ〜く分かる。子供相手の山車や神輿は気苦労の多い仕事なんだ。

 顔見知りの役員さんが、ボケーッと見ていたアタシにもジュースを持ってきてくれた。「いやいや、アタシは……」当然、遠慮するよね。一介の見物人だもん。しかし役員さんは無理して置いていってくれた。申し訳ない。

 このジュースを受け取る若い奥さんたちの姿にもアタシャ時代を感じちゃった。係の人たちは万遍なく配っているんだが、ほとんどの人が当然として受け取っている。軽くお礼の言葉を発する人も少ないようだ。中には両手で2本も持っている人もいる。早々と飲み干した奥さんは追加を頼んでいた。

 今の人たちは感謝の気持ちがないのかなあ。あっても表現することを知らないのかなあ、そんなことを思いながら眺めていた。

 さて出発のようだ。何にしても年に一度のカーニバルだ。楽しんでね−−。

 今度は夕方の当湯(うち)である。小雨が降ってきた。もう少しお天気も我慢してくれたらいいのになあ。これじゃ祭礼の人たちは大変だろう。

 6時、神輿を担いだ人たちが大挙して押しかけてきた。雨に濡れた半天姿が目立つ。そしてアッという間に浴室が満員になってしまった。若い人たちが多い。神輿が終わり、少々お神酒もはいっているからから誠に賑やかである。

 オイオイ、こんなに大群が押し寄せてみんな風呂に入れんのかい。入れなくったってアタシャ知らないよ。

 神輿と銭湯−−、神輿の担ぎ手に風呂券を出すという習慣はいつ頃から始まったんだろうか。おそらく遠くお江戸の昔からのしきたり?じゃないか。祭りも銭湯も江戸時代から続く「粋」ということにつながるんだろう、と風呂屋のオヤジは勝手に解釈してるんだがね。

 法被に白足袋姿の若い衆がひとっ風呂浴びたらこざっぱりしたシャツ姿に着替えて出ていく。江戸から平成の御代に戻ったんだ。これからもう一杯やるんですな、行ってらっしゃい−−。

 小半時、神輿客の喧騒が汐の引いたように静になった。雨足が強まってきたようだ。今晩は盆踊りも行われる予定だがこの分じゃ中止になるだろうなあ。

 無情の雨だよ。おかげでフロントも無聊を持て余しそうだ。早く止んでくれないかなあ−−。

2006年09月15日

またまたお年寄りです

「あんたの書くお客さんとの話はいつも年齢が高めだね」とある人から言われたことがる。そう、フロントでアタシに話題を提供してくれる?方はどちらかといえば高齢の方が多いんですなあ。そこで今日もまたお年寄りの話です。

 墨田区では毎週金曜日を「敬老にこにこ入浴デー」として65才以上の人に無料開放しているが、今年の6月から従来の制度が一部変わったんですな。

 制度変更の大きな点は「特定日」というものができたんですよ。毎月25日を墨田区家庭の日として入浴証をお持ちの方と同居の子・孫は半額入浴になったんです。さらに敬老の日。菖蒲湯・ゆず湯も特定日になったんですな。

 ところがここに大きな問題点がある。従来の金曜日が特定日と重なった場合半額入浴の特定日が優先されて、無料である敬老入浴日が翌日の土曜日にズレ込むんですな。これが慣れないからヤヤコシイ。まあ金曜と家庭の日が重複する事は年に何回もないんですが、そのめったにない日が今日の金曜日、敬老の日になったんです。

 アタシね、にこにこ入浴の金曜日だけに見えるお客さんは、金曜イコール無料が頭にこびりついているんじゃないかなあ、と心配したんです。そこで今日に備えて?1ケ月も前からポスターを何カ所にも貼り周知徹底を図ったんですよ。この変更については入浴証の交付時に利用カレンダーも配布されているし区の広報などでもPRはされているんですが、何せお相手はジイチャンバアちゃんが大方ですからねえ。

 というようなことで、さて開店である。スタートはまずまず。常連さん、もしくは時折見えられる方はほとんどがご存知である。ところが金曜日だけの人はやはり知らない人がぼちぼちいましたなあ。

「今日は半額入浴で明日が無料なんですが……」

「あら知らなかったわ」

「悪いですなあ」」

「いえいえ。半額でもこんな大きなお風呂でのんびりできるんですものねえ」と言われたのは70前後のおばちゃん。ウン、いい人だなあ。

 続いてはこれまた70代のおじちゃん。アタシの半額入浴の説明にこう応えられたよ。「あつ、そうだったよね。カレンダーやポスターにちゃんと書いてあったのに俺、忘れちゃった。申し訳ない」。逆に謝られちゃった。ウン、この方もいい人なんだなあ−−。

 とまあ、知らなくても大半の人が「そうなんですか」と半額をお払いになってくれたんだが、ところがねえ……

 まずは80過ぎの小柄なおばちゃん。腰を曲げて入ってきたんだが、アタシの今日は半額の……という説明にキッとなって言われたよ。

「エッ、全然知らない、いつから決まったのよォ」ときた。「いつからって、6月からそうなって、墨田区全部の浴場でポスターなんかでお知らせをしたりフロントでも説明していたんだけどねえ」

「へッ知らないッ。あたしは今まで向島にいたから墨田区のことはわかんないんだ」ウッホッ、タマゲタ。

「あのねえ、向島だって墨田区じゃないか」

「あッそうッ。じゃ払えばいいんでしょッ、いくらッ?……」

 ウーン、なんとまあ可愛くないセリフだろ。おばちゃんねえ、年とったらもう少し穏やかな可愛いおばあちゃんになれないもんかねえ。

 もうお一方。こちらも80近いおじちゃんだ。アタシの説明に憤然と言う。

「なんでこんなに面倒臭いことをやるんだッ。風呂屋がもっと区役所に文句を言えばいいんだッ。面倒臭くてしょうがねえや。じゃ俺、帰るッ」

 ま、タダで入れると思ったのにゼニ取られるんだから気持ちも分からんじゃないが、これではまるでダダッ子だ。老いると意固地になるのかねえ。

 エッ何だって?、アンタだってもうすぐ頑固で意固地で融通の利かないジジイになっちゃうって?。ウーム、考えちゃうなあ−−。

2006年09月14日

定年とはねえ

「おや、今日はお休み?」

「ウン、リストラよ。リストラされちゃった」と軽口を叩いてお見えになったのは60ほどの男性。週末になるとサウナを楽しみにお出でになるんだ。食品関係の会社の部長さんだというが、なかなか気さくな人柄でもある。

「俺ね今、夏休みを取ってるのよ。女房と旅行にでも行こうと思ったんだけど女房がほかに出かけることになっちゃったんだ。毎ン日一人だからもう退屈でしょうがないよ。休みは後一ン日あんだけどさあ……」

 この方ね、余暇を見つけては手話教室や介護の講習会などにも出かけていろいろと勉強なさり、見聞を広めているようなんですな。

「だけどさあ、ホントに定年になったら毎ン日こんな退屈な日が続くんだよなあ」。今度はちょいとまともな口調だ。しみじみとした感じでもある。

「しかしお宅はいろんな趣味を持っているじゃない。アタシは商売柄多くの高齢者を見ているけど、確かに、年とっても何かをやっている人はなんとなく活力みたいなものがあるよねえ。人間、幾つになってもできるうちは何かをやっていたほうがいいみたいですなあ」

 お客さん「そうだよなあ……」とつぶやくように言われてお入りになった。

 定年−−。アタシら風呂屋には定年の言葉がない。カッコよく言えば生涯現役である。言い換えれば終生アクセクしていなければならない。アクセクができなくなったら終わりである、病院通いが日課となる。どっちがいいんだろ。

 さて墨田区の浴場では毎週金曜日を敬老入浴デーとして高齢者に解放しているから、当日は65歳以上の方が大挙して?お見えになる。若いなあと思わせる人、老いたかなと感じさせる方などなど多様である。しかし、いつも書くことだが銭湯へ来られる方は総じて元気である。70代は壮年そのもの、80代でも達者である。90代の方も何人か見えられる。で、いつも言う「銭湯に来られるっていうことは丈夫で元気な証明なんです」ってね。

 そこでお元気な方々のスケッチを少々−−。まずは当湯の最高齢者でもある96才のご老体から。

 毎日のように開店早々ゆったりとした感じでお見えになる。そして湯上がりに風呂仲間と軽くおしゃべりをした後、近所の寿司屋さんで一杯きこしめしてお帰りになるようだ。まさに矍鑠(かくしゃく)の言葉を地で行くような方である。

 次いでは最近、自営業を廃業なさった80の方。「もう悠悠自適ですなあ」というアタシの言葉に「と〜んでもない。毎日やることはないしイライラの連続よ。ゼニでもありゃあいいけどさ」。そういえば以前は毎日の常連さんだったが、最近は金曜日だけになっている。ちょっと侘びしい気もしますなあ。

「ダンナ、何かいいことないかねえ。定年になったはいいけど年金なんかすぐなくなっちゃうし、シルバー人材センターへ行ってみたんだけど、俺らには自転車整理ぐらいの仕事しかないんだよなあ。それも時給ン百円円で3時間ほどだろ、パチンコ代にもなんないよ」とは60半ばの男性。

「あたしね、週に何回か福祉の手伝いをしてんですよ。結構面白いですよ」と言われるのは70ほどの男性である。老人会や福祉団体に係わり、地域ボランティアをセカンドライフにしているんですなあ、立派ですよ。そうかと思えば「78だもん今更何かをやる気も起きないし、もうお迎えを待つだけさ」などと世を諦めた?ような人もいますし、墨田の高齢者福祉施設「生き生きプラザ」でパソコンを習っている人、カラオケや将棋をやりにいく人などなど、趣味に生き甲斐を求めている人も多いんですよねえ。

 何にしてもみなさんに共通していることは「ヒマを持て余したくない」という気持ちのようですなあ。

 さて明日は金曜日だ。湯ったり湯っくり銭湯を楽しみ明日への英気を養ってくださいな。エッ、英気なんてあるわけないだろ。風呂に入ったら、メシ食って、ションベンして後は寝るだけだもん……。モシモシあのねえ−−。

2006年09月13日

スターがいないねえ

 熱烈な巨人ファンの奥さんがいる。いや、独り身だそうであるから奥さんではないな、ご婦人と呼ぶべきか。73才だというが若々しい方である。

 テレビの野球中継が途中で終わってもラジオで結果を確認してからお出でになりフロントで巨人戦を話すのが常だった。ところが最近はあまり巨人の話をなさらない。試合途中でも風呂へ来てジャイアンツ以外のスポーツの話をすることが多くなった。昨日、今日は早実・斎藤の話が専らだった。勝てない巨人に「話すこともヤんなった」というようですなあ。気持ち、分かりますねえ。

 何せ近年のジャイアンツの不甲斐なさにはご同情申し上げますよ。

 そんなお方の今日の話は松井だった。この方ね、松井の大ファンでヤンキースへ移った現在でも応援しているようで、下駄箱からロッカーの番号も55番であるそうな。

「松井、スゴイじゃない。復帰していきなり4安打よ。ヤンキースタジアムのファンが松井コールで熱狂したんだってねえ。スゴイわよォ」

 スゴイを2回も出された。感動したような面持ちでしたなあ。で、アタシャちょいと言ってみた。

「もし松井が今も巨人にいたら、巨人は優勝戦線に残れたかねえ」

「そうね、野球は一人でやるもんじゃないからそう簡単にはいかないと思うけど、今のような無様な成績じゃあないと思うわね。だけどさ、今日は松井が久々に活躍したんですっきりしたわ」

 何やら日頃の憂さを松井で晴らしたような様子で脱衣場へ入られた。

 今日の読売夕刊は「松井いきなり4安打」が一面トップである。左手骨折から4ケ月ぶりの出場での活躍にテレビもトップニュースである。ほかに大きなニュースがなかったにせよ、松井のスター性を改めて感じさせられたなあ。

 そして思ったんだ。今のプロ野球の凋落傾向の一因にスター不在があげられないだろうか。松井、イチローが大リーグへ走って以来、日本球界にスターと呼べる選手がいるだろうか。新聞のトップにくるような存在感のある選手がいるだろうか。12球団を眺め回してみても、強いて上げれば西武の松坂ぐらいじゃないか。後は新庄のパフォーマンスに怪我の連続でもうポンコツに近い清原が話題になるくらいだ。淋しい限りだねえ。

 スター選手が少なくなったということは個性のあるプレーヤ−が見あたらない、サムライがいなくなったということにもなるんであろう。思えば昔はサムライが多かったねえ。ここで思いつくまま大ざっぱに上げてみても、戦後の川上、大下、青田、別所、藤村から王、長嶋、金田、稲尾、村山、江夏に野村、落合、張本などなど……キリがない。

 個性豊かなスター選手−−。そんな存在は現在のプロ野球だけではなくほかのスポーツの分野でもあまり見あたらないようだ。サッカー界でも三浦カズと中田英寿が消えて以来、スターらしき選手はいても大スターにはとてもとてもである。ボクシング界も作られた亀田人気はあっても真のスターはいやしないし、相撲界に至っては若・貴以来、国技館が外人王国になっちまって日本人力士のスターなど考える余地すらなくなってしまった。

 スポーツ新聞のトップを派手に飾れるスター選手は現在誰がいるだろう。精々女子ゴルフの宮里藍に卓球の福原愛ぐらいかなあ。小粒だねえ、早実の斎藤が騒がれるわけだ。スポーツの世界にはスターの存在が絶対必要なんだが、当分現れそうにないな。

 そこで先刻の奥さん、じゃないおばちゃんのご婦人ね、来年のジャイアンツの人気回復にいい案があるんですな。それはね大枚をはたいて松井を呼び戻しついでにイチローも取っちゃうんですな。そうすりゃあ……ねッ−−。

2006年09月12日

早実・斎藤、大学へ

 テレビが早実・斎藤投手の記者会見を報じている。7時のニュースである。そこへ入ってきた中年の常連男性。テレビを見ながら言う。

「斎藤か、大学へ行くんだってね。この子は爽やかで頭もよさそうだなあ」

 夏の甲子園で劇的ともいえる優勝を果たして「爽やかで明るくて礼儀正しく謙虚なハンカチ皇子」などと一躍国民的英雄に祭り上げられてしまった斎藤だが、それにしても一介の高校球児が卒業後の進路について仰々しく記者会見をするとはねえ。おそらく過熱したメディアの斎藤報道に、仕方なくテレビでの記者会見をせざるを得なかったんであろう。前にこのブログで「マスコミにもみくちゃにされちまう斎藤……」などと書かせてもらったけど、何か気の毒に感じるよなあ。

 くだんの男性が言う「斎藤は進学が似合うよねえ。早稲田へ行くんだってねえ。斎藤らしい進路だなあ」

 斎藤は進学が似合う−−。アタシもなんとなくそう思う。そこでまた斎藤を取り上げさせてもらうことにしたんだ。

 読売新聞に「冷静さ失わず決断」の見出しで、こんなことが書かれていた。

「−まだまだ野球選手としても人間としても未熟だと思っている。これから大学4年間を通じて成長していけたら良いと思っている」の言葉の後、

−−端正なルックスで一躍国民的な人気者となり、プロ側の評価も急上昇。だが本人はそんな周囲の過熱ぶりに浮つくことはなかった。「もしここでプロになったとしても通用しない」と自己分析し、初志を貫徹した。進学先は早大が決定的で、東京六大学はかって日本の野球をリードしていた……人気の低迷が云われて久しい。斎藤はこうした現状を変える力がある。高校球界に久々に生まれた国民的スターが活躍すれば、大学野球全体に注目が集まり、人気復興の起爆剤にもなる。甲子園を熱狂させた18才にかかる期待は大きい−−

 最大級の賛辞だ。それにしても斎藤人気の源泉は「爽やかな高校生」ということなんだが、両親を始め周囲の環境がきちんとしていたんだろうなあ。

 アタシャ、斎藤の明るいニュースを聞く度に対照的に二人の青年を比較しちゃうんだ。一人はボクシングの亀田兄弟であり、も一人は日ハムのダルビッシュだ。特にダルビッシュが高校時代、くわえ煙草でパチンコ屋で遊んでいたという記事には仰天しちゃったよ。18才の未成年が、あろうことか「くわえ煙草でパチンコ」をやっていたんだからねえ。甲子園球児ということで周囲が英雄扱いで甘やかし過ぎていたんだなあとビックリするやらアキレルやらだったね。まあダルビッシュはその後謹慎から反省して現在は大活躍しているが、ちょっと有名になりゃあ18才の子供はすぐ有頂天になってしまうだろう。家庭を中心とした学校などの指導がいかに大事かを、斎藤報道は世間に知らしめたとも言えるんじゃないか。

 それにしてもと、もう一回いうが、凄まじいばかりの斎藤人気で一番戸惑っているのが斎藤本人じゃないか。芸能人や政治家ならともかく、甲子園球児の一人の青年が、その一挙手一投足までメディアに追っかけられたんではほんとカワイソーだと同情するねえ。と言いながらアタシごときでさえブログのネタに使わせてもらってんだから、考えりゃアタシも調子がいいよな。

2006年09月11日

秋ですねえ

 明け方、物凄い雷鳴がしたんですってねえ。……ですってねえ、と表現したのは、アタシャ聞こえなかったんです。別に耳が悪くて聞こえなかったわけじゃない。何せ湯屋稼業は夜が遅いもんで、一般の人が起き出す時間帯はまだ真夜中、白河夜船なんですなあ。ま、時としてションベンに起きることはありますがね、そんなわけでトドロイタ雷鳴も夢ん中っていう次第なんです。しかしよほど大きく響いたとみえ、今日のお客さんの話にもこのカミナリさんが出てきましたなあ。

「エッ、あんなにすごかったカミナリがわからなかったって?」と驚いた表情をなさったのは70程の常連ダンナ。開店早々のフロントである。

「とにかく物凄かったよ。そしてさあ、空が真っ赤になったんだ。異様な感じだったよ。これは何か起きるなッて思ったねえ」

「そうですかあ、朝方の何時ごろなんですか?」

「5時半頃だと思ったなあ。あんなにデカイ雷の音は珍しいよ」

 そうだったんですかあ。アタシャまるきり知らなかった。この分じゃテポドンが落っこちても目が覚めねえな−−。

 今度は8時頃。女湯の脱衣場から雷の話が聞こえてきた。

「すごかったわねえ。あたしは雷が恐くて大ッ嫌いなのよ……」

 ホホウ、カミナリさんが嫌いですかあ。そうでしょうねえ。でもさあ、雷が好きだっていう人はまずいないでしょうよ。嫌いで当り前ですがな。世の中に恐いもんは地震、雷、火事、親父っていいますもんねえ。ハア?オヤジは恐くない?ですって。でもさあ、カミナリ親父っていいますよ。

 11時近い、そろそろ最終ラウンドだ。近所の居酒屋のダンナが見えた。

「おや、今日は早いですな」

「うん、もうこの年じゃアクセクできないよ。まだ客がいたんだけど時間だからって帰しちゃって閉めちゃった。それにしても客が言ってたんだけど朝方の雷はすごかったんだってねえ。俺は眠っていてわかんなかったんだ」

「そう、アタシも知らなかったんだけど、5時半頃だったんですって?」

「5時半?、とんでもない。4時過ぎだって言ってたよ」

 オッホッ、先刻のダンナの話と1時間以上も違いますなあ。ケタ外れという大きなカミナリさんは世間の度肝を抜いて時間の感覚も狂わせたんですな。

「だけどさ、雷が鳴ったせいか急に秋らしくなっちゃったねえ」

 そう、昨日30度もあった気温が今日は25、6度だそうな。蒸し暑さは少し残っているものの秋色が濃くなってきた。飲み屋のダンナは続ける。

「俺ね、秋って好きじゃないんだよなあ。何か侘びしくってさあ……」

「ホウ、秋がねえ。侘びしいですかあ……」

 アタシャにやっとした。だってさあ、70過ぎの角刈りで、少々腹の出っ張った下町の飲み屋のダンナが、秋が侘びしいって言うんですぜ。失敬だけど、どう見ても雰囲気とつながらない。アタシャ 秋がねえ……ともう一回繰り返した。ダンナ、ちょっとテレたような表情を見せて言い直した。

「秋が侘びしいって何も詩人じゃないんだけどさ、何かさあ、涼しくなって寒さに向かうっていうのはヤじゃない?。なんとなくヤじゃない」

 なるほど、天高く澄み渡り、実りの秋も寒さに向かう前奏だと思うと確かに侘びしさを覚えますなあ。商売も悪くなりますしねえ。ダンナ、気持ちは分かりますよ。……いづくも同じ秋の夕暮れ−−、ワビシクなりますねえ。

 仕事が終わった、軒下の虫の声が大きく聞こえてくる。ダンナ、秋ですなあ−−。

2006年09月10日

秋場所が始まった

 4時、さてテレビをつけようか、今日から相撲が始まったんだな。で、大相撲放送にチャンネルを合わせたんだ。男の脱衣場には4、5人のお客さんがくつろいでいたが、「ああ今日から相撲か」という程度で、さしたる関心も示さない。「外人ばっかりだもんなあ」という定番にもなった?言葉が出てくるぐらいだ。相撲人気は相変わらず低調なのか。しかし、朝青龍の一人天下だった土俵も最近は白鵬の台頭や把瑠都の急成長でそれなりの面白さは出てきたんではないか。反面、日本人力士の不甲斐なさは相変わらずだが−−。

 ということで、例によっての風呂屋のオヤジの相撲談義である。

 白鵬の綱取りが焦点で始まった9月場所だが初日から大荒れだった。話題の白鵬から魁皇、栃東の3大関が揃って土俵に横転だ。何やってんだよォと言いたくなる。ちょっとスケッチしてみよう。

 まずは白鵬−稀勢の里の一番から。白鵬が張差しから左、右と入った。ここで一呼吸置き、マワシを引いてから出ればなんていうことがなかったのに、2本棒差しの中途半端な態勢で出た。稀勢が下がりながら右へ回って突き落とすと白鵬、前のめりに転がってしまった。左顔面から胸にかけて土俵の砂がベットリ。綱取りのプレッシャーで焦ったか。先場所初日のビデオを見るような負け方だった。白鵬は朝青龍と違って神経が細いのかな。しかしそれがまた横綱の不敵ともいわれる土俵の姿に相反して好かれる一因なのかもね。

 続いて魁皇と栃東。魁皇は露鵬に待ったをされたあげく立ち遅れ、慌てて出るところを簡単にはたかれた。解説の北の富士が「誰でも衰えはくるが……」と同情的?につぶやいていたが、「もう引退しなさいよカイオーくん」と言いたくなるような一番だった。好きな力士なんだけどねえ。

 栃東も似たようなもの。低い態勢から出たのはいいが、得意の左右のおっつけがまるでない。時天空のスソ払いを残して寄って出たらはたかれて土俵下に転落。ビッコを引きながら土俵を降りたが、またまた怪我か。今場所も千秋楽まで持つのかねえ。琴欧州は積極的に前へ出て白星発進はまずまず。

 そんな大関陣の中でオヤオヤと思わせたのが千代大海。急成長の把瑠都を立ち合いから4、5発で突き倒した。今場所一番の土俵だ。オイオイ初日で今場所一番の相撲ってどういうことなんだ?。ウン、最近の千代大海は後半になるとかならずアップアップの土俵になってしまうからねえ。それにしても破天荒ともいえる怪力で伸してきた把瑠都だが、相撲ははまだまだ甘いな。願わくば上位陣が相撲の難しさを今場所は教えてほしいよ。簡単に上手を許し、怪力に振り回されるような土俵を見せられたら把瑠都が大相撲を甘く見ちゃうんじゃねえかと心配だよ。まあ、そんな初日でも朝青龍が横綱の貫禄を見せて立ち合いから素早く右を引き、黒海を一気に寄り切ったのはさすがだったな。

 さてさて、ここでもう少し書かせてもらおう。最近ちょっと気になっていたことがあるんだ。それは力士の土俵上での礼儀なんだけどね。勝負がついて土俵を降りる時、あるいは花道を引き上げる際にキチンと一礼してほしいんだよなあ。とくに負け力士はフテクサレテ?頭を下げるでもないような態度がまま見られるんだ。

 先場所、露鵬が千代大海との一番で勝負後の土俵下でも睨み合い、あげくにカメラマンに八つ当りして出場停止3日になったが。こんなのは論外、このペナルティ−だって軽すぎるよ。本来なら出場停止は最低8日間の負け越し日数だろう。とにかく「礼に始まり礼に終わる」という相撲道の精神を各部屋の親方衆はしっかり教育してもらいたいよ。大相撲は礼節を最大に重んじる国技だもんねえ。古い相撲ファンの風呂屋のオヤジはそんなことをつくづく思ってんだ。今日はちょっとエラソーに書いちゃったかな。

2006年09月09日

脱衣場の会話はねえ

 夕方である。女湯の脱衣場から賑やかな笑い声が聞こえてきた。何の話かは分からんが、やけに楽しそうだ。と、そんな笑い声を背に小柄なおばちゃんが出てきた。70半ばの方で、うちへ見えられるようになって2年程である。

 おばちゃん、アタシの「有難うございました」の言葉に返事がない。いつもなら「どうもね」と簡単な挨拶で帰られるのだが、今日はアタシのほうをチラッと振り向いただけで眉根を寄せ、つぶやくように一言「ウルサクッテ……」と言い捨てて足早に出口へ向かわれた。

 おや、おばちゃん機嫌が悪いな……ハハア、脱衣場の笑い声がお気に召しませんでしたな。

 このおばちゃんね、いたって饒舌なんですな。脱衣場でしょっちゅう声高で話している。しかしいつも同じセリフが聞こえてくるんですな。で、アタシもすっかり覚えちゃった。

「あたしね、浅草生まれの浅草育ちで江戸っ子なのよ。ついこの間まではY町に住んでいたけど、主人が亡くなったら娘が来い来いっていうんで、今はこの先のMマンションにいるの。しかしねえ娘がキツイんでやんなっちゃう。そしてさあ孫まで生意気な口を聞くの。おばあちゃん、出ていってもいいよ、なんて言うんだから。ニクタラシイんだよねえ。けどパパさんがいい人なのよ」

 これがおばちゃんの定番のセリフである。相手変われど主変わらず、アタシャ、またまたやってますなと、ほほえましく聞いていたんです。しかしおばちゃんのオハコが聞こえてきてもついぞお相手であろう人の声は聞こえないんですな。つまりおばちゃんは会話をするんではなく、ご自分のグチなどを?こぼしたいんですよね。おばちゃんにとって銭湯でのお喋りは「浮世の憂さの捨てどころ」ってことなんでしょう。

 そんなであるから今日のおばちゃんは笑い声の輪の中に入れなかったんですなあ。出番がなかったってことですな。で「ウルサクッテ……帰ろっと」なんでしょうねえ。

 おばちゃんの気持ち、分からんでもないですよ。おばちゃんはご自分のことは話すがヒト様の話は聞こえないタイプですからねえ。主役を張れなくて?面白くないっていう気持ちは十分にご理解できます。

 しかしおばちゃんねえ、エラソーに言うのも何ですが、浮世は主役と脇役があってこそ成り立つんじゃないですか。時には脇に回り、聞き役になることも必要でしょう。エッ?そんなこと分かってるよッですって?。そうでしょうなあ。じゃ御機嫌を直してまた来てよね。

 女湯の脱衣場は井戸端会議的な雰囲気がある。主役がいて脇役が揃い和気あいあいの会話が弾む。アタシにもいいなあ、と思わせることが多い。しかしその反面、井戸端会議を好まないような方もまた多いんですな。人それぞれですから当然でしょう。そんな方はマイペースでお帰りになるのが普通なんだが、おばちゃんみたいにご不満を持つヒトもいるんですよねえ。

 脱衣場で浴室で、簡単な挨拶があって軽い会話がある。時には背中の流しっこもする。しかしそれ以上お互いに深入りしない−−。こんな程度のお付き合いが湯友(ゆうゆう)として一番いいと思うんですがねえ。

 風呂屋のオヤジは「爽快な気分が銭湯のウリなんです」と年中言うんだが、ちょっとした対人関係でウリであるはずの「爽快」が壊れちゃうっていうことはホントにセツナイんですよ。「あまりセコセコしないでさあ、のんびり、ゆったり、浮世の垢を流してくださいよ」と、今日も願っています。

2006年09月08日

きらっといきる

 新聞のテレビ案内欄に『きらっといきる・NHK教育 後8・00』という番組が紹介されていた。「5人の障害者が働いている京都市の銭湯『船戸湯』を紹介する。5人は、障害者の雇用の場を増やそうと設立された有限会社の社員たち。得意なことをみつけ、適材適所の仕事を任されている」と書いてある。

 この案内記事をみて、うちの墨田浴場支部長・伊藤林氏のことをすぐに思いい出したよ。そういえば彼も同じような社会奉仕をしてしていたんだよな。

 よしッ、今日は真面目なブログを書いてみよう、しかしなあ、お世辞にもマジメとは言えねえアタシが「真面目」と向き合おうってんだからウマクいくかねえ。しかしまあ何とか書いてみよう。

 まずは伊藤支部長のボランティア活動から入るか。彼はね、ボランティアが生き甲斐、趣味っていうんだからスゴイよ。町会の役員として廃品回収やら何やら。子供会の会長もやっていて地域の少年野球のコーチから、以前はママさんバレーのコーチもやっていたんだ。そして極めつけは「NPO・雨水利用全国市民の会・理事」も勤めているんだ。早々と公衆浴場に雨水利用設備をつけて墨田区雨水探検隊の会長でもあるんだよね。

 アタシのようなグウタラな男とは対極にいるような御仁なんですな。しかしね、こう書いたからって、クソ真面目な人間じゃあないんだ。「御谷湯」という公衆浴場の経営と、社会福祉という世間に貢献する仕事を両立させながら、ほどほど「遊び」という息抜きも心得ているんだよね。硬軟合わせ持つ文武両道の人っていうことになるかな。

 さていつも前置きが長くなっちまうけど本題に入ろう。

 墨田区に「社会福祉法人・おいてけ堀協会」という障害者支援団体があるんですな。といってもアタシャ今回、伊藤さんを通じて初めて知ったんだけど、錦糸町に住むお医者さんが20年ほど前に設立したそうで、協会名も「おいてけ堀」=錦糸町をイメージしたとか。パンフレットにはこう書いてある。

−−この数年間で延べ30名以上の方を一般就労につなげることができたのでこれからも多くの方が一般就労できるようになり、体力と就労意欲の向上になり、地域貢献にもなる訓練(作業)をさがしています……。

 ということで次は伊藤さんの話へ移ろう。

「あたしの知り合いが障害者福祉関係にいて、そこから障害者訓練(作業)を探しているということで、うち(御谷湯)の掃除をすることになった。それまでは役所などの会館掃除をやっていたんだけど、いずれも費用が掛かるようになったらしいんだ。仕事は浴室の掃除が主だけど、彼らは一生懸命にやるんだよね。時間はかかるけど鏡なんかピカピカに磨くしねえ。大体彼らは精神障害といっても知的障害ではなく、引きこもりとか対人関係のできない人たちなんだよね。だから人にわずらわされない掃除などの仕事をやりながら徐々に徐々に世間に馴染ませていくんだね。もう始めて半年になる……」

 いかがですかな。近年、浴場業界でも身体障害者の入浴という福祉入浴行事が行われるようになっているけど、伊藤支部長の実践している精神障害者の支援活動もこれからの業界の一方向だと思うよ。とにかく立派だねえ。

 エッ?、アンタもやってみたらどうだって?。ウン、その気がないわけじゃないけど、アタシャねえ、人様の支援どころか、アタシ自身がそろそろ支援、手助け、介護が必要なジジイになっちゃったからなあ−−。

 それにしても「きらっといきる−−」って、いいタイトルだな。

2006年09月07日

子供の躾(しつけ)はねえ

 3才ほどの女の子がフロント前をウロチョロウロチョロしている。女湯から男湯へ走ったり、アイスクリーム・ケースのフタを開けてのぞいたり、さらには自動ドアーから外へ出ようとする。ドアーに挟まれたら大ゴトだ。アタシャあわてて子供を追いかける。そして「コラコラッ……」である。

 先ほど、そう1時間前に入られた40前後の奥さんの子供である。

「お母さん、どうしたッ」

「あっち……」

 子供を放ったらかしてしょうがねえな。あまりにチョロチョロするのでアタシャ子供の手を引き脱衣場をのぞいてみた。お母さん、マッサージ器にゆったりと寝そべっている。子供のことなど我関せずの感じでさえある。

「お母さんよォ、子供が危なくてしょうがねえよ。ちょっとみてやんなよ」

「ハーイ、スイマセーン。××ちゃんダメよ」

 スイマセ−ンと言いながらもお母さん、マッサージ器から動こうとしない。子供は相変わらずチョロチョロ。オイオイ少しは面倒を……だ。

 もうお一方登場願おう。こちらは敬老入浴デーになるとお見えになるオジイちゃんと孫3人。週末になると近所に住んでいるお孫さんが遊びにくるんだという。小学校3年と1年、それに幼稚園の男の子である。おじいちゃんと風呂を楽しみ、ジュースを飲み、アイスをお土産に買ってもらうのが楽しみのようである。しかし男の子3人だから活発だ、時折兄弟喧嘩もおっぱじめるし、フロント前の本棚から出した本も帰るときは放ったらかしたままでもあった。そんな場合このおじいちゃんは毅然として言うんだ。「コラッ、お風呂へ来てまで喧嘩してんじゃないッ。本もちゃんと片付けろッ」。一喝である。怒られりゃあは子供は素直だ。今では本もキチンと片付けて帰る。かわいい気持ちの中に厳しさも交える。アタシャ、いいねえと思う。

 さてここからは堅い話になる。先日、年配のおばちゃんが「ダンナこれ読んでみて」と置いていかれたタブロイド判の新聞に次の様な記事が載っていた。

 一部を引用させてもらおう。

 年々、公立学校の教師に精神性疾患が増加−−の見出しで、保護者からの厳しい要求の数々が原因で、今や公立学校の教師に、うつ病などの精神性疾患による休職者が増えている。生徒の万引で警察から呼び出され、保護者に連絡すると「あなたの指導が悪い」と責められるというからたまらない……。

「指導しずらい子供が増え、保護者の要求水準も高くなっているいるため、ストレスが増えている」「うちの子がいじめられてはいないだろうか」「夜遅くまでメールをやって早く寝ないので、学校で注意してほしい」などの苦情や親の身勝手な要求も多く寄せられている……。「児童や生徒によるスーパーやコンビニでの万引などの非行でも往々にして呼び出されるのは教師だ。先生が万引した子供の両親に注意しても、逆に親から「うちの子が万引に走るのは、あなた方の指導が悪いからではないか」と言われる有り様だ。児童・生徒の非行で呼び出されるのは本来、親であるべきだし、教師は子供の勉強を見るのが本業である。それが子供の私生活である「しつけ」まで教師の責任とするのは主客転倒である……。子供が健全に育つには、まず基本に愛情豊かな温かい家庭があり、親がきちんとしつけを行うことが必要である……。

 いかがですかな。アタシャ折りに触れて「子供の躾は100%親の責任である。親の甘いは子に毒薬−−」などと有名人の言葉などを使わせてもらって書いているし、「子供の不出来は親ゆずりよ」てな憎まれ口も叩いているが、今のお母さん方は総じて子供を叱んないよねえ。ヒトに迷惑をかけるような子供の振舞もさして意に介しないようだしねえ。もっとも、今のお母さん達もそんな育てられ方をしたんだろうからなあ。まてよッ!、そうすっと若いお母さんを育てたのはその親御さんだってことになる。となりゃあアタシの世代じゃねえか。ウーン−−。

2006年09月06日

男子ご出産

「今日はいいことがあったからねえ……」。

 フロントへ来るなり言われたのは中年の常連おばちゃん。

「いいこと……?。ああ紀子さまに男の子が生まれたってことですね」

「そうッ、よかったわねえ。これで皇室も安泰ね」

 ホホウ、皇室もアンタイですかア。

 テレビは当然ながら「男子ご出産!」の洪水である。どのチャンネルも同じような内容である。紀子さまのご懐妊から入院そして出産。さらに病院側の談話に各界の祝福の声……へと流れていく。

「帝王切開で母子ともお健やか」と報じ、帝王切開の何たるかを図柄で解説もしているし、帝王切開で育てているフツーの家庭の母子も登場させている。

「俺はね男の子だと思っていたんだ。紀子さまの顔つきが変わってきてさァ、ちょっとキツクなった感じなんだよな。だから男だと思っていたんだ。俺の予感が当ったな」

 これは70半ばのダンナ。顔つきがねえ…、どこで検証?していたんですかねえ。予感が的中しましたかァ。そういえば先刻も男の脱衣場でニュースを見ながらの喋り声が聞こえてきましたっけ「男だっていうのは分かっていたんだよな。発表するとまたもめるからしないだけだったんだ」。

 予感的中のダンナはさらに言う。

「日本はさあ、20・30代も男が継いでいたんだろ。だから今日の男の子も将来天皇陛下になるんだよな」

 モシモシ、ダンナねえ、日本の皇位は20・30代どころか神武天皇以来125代続いてんですってさ。そしてそのほとんどが男系なんですよ。アタシャ知ったかぶるわけじゃないけど、日本の皇室は万世一系なんですがな。バンセイ・イッケイ……ねッ?。

 続いて入ってきたのは当湯(うち)の論客で、何事にも一家言をお持ちの中年男性である。何しろ今日は脱衣場も皇室に占拠?されちまって男子誕生一色だから、フロントの話題もこれしかない。

「これで皇位が秋篠宮家に移っちゃったな。これだけ騒がれたら雅子さまだって憂鬱にもなるよなあ。テレビを見てると皇太子一家は何やらカヤの外だもんねえ。テレビは騒ぎ過ぎるよ」

 そう、テレビは騒ぎますなあ。また騒げば騒ぐほど視聴者はテレビの意図する方向に動いちゃうもんねえ。今回のフィーバーも、紀子さま懐妊報道でメディアがこぞって女帝、男系の皇位継承論を唱えたせいであろう。もし皇太子一家に男の子が生まれていたら単なる親王誕生の祝福のニュースが流れただけだったんじゃないかなあ。男系天皇を望む議論が巷に溢れ、「お世継誕生」で沸きに沸いたってことなんだろう。

 国会も紀子さまご懐妊で、あわてて持ち出した皇室典範改正案だったが、男子誕生で当分見送りだそうじゃないか。国会のセンセイ方だって祝福の嵐の中で女帝ウンヌンとカンクンガクガクはやりたくないでしょうからねえ。

 アタシが子供の頃、母親が現在の天皇が誕生した時の話をしてくれたなあ。

 ♪皇太子さまァ お生まれなさったァ♪という母親の歌声が懐かしく思い出されたよ。皇太子サマお生まれなさった−−。

 8時過ぎた。過熱したテレビ報道で祝福一色だった脱衣場もそろそろ飽いてきたようだ。フロントの窓から中年男性のリクエストがきた。「オヤジさん、サッカーをかけてよ。今日は朝から同じニュースばっかりでツマンナイよ」。

 サッカーか。今日はイケメン戦だったな。いや間違ったイエメンだ−−。

2006年09月05日

会話が少ないと老いるよ

 毎日のように見える明るいおばちゃんがいる。「もう90だからダメねえ」が口癖だがどうしてお元気である。会話も振舞も卒寿とはとても思えないしっかりした人である。

 今日もフロントでアタシと軽いおしゃべりである。「この頃ホントにボケちゃって何やってもダメなのよォ」と、いつものイントロから始まる。

「今日ねつまんないことでソンしちゃったの。財布をどこへしまったか分かんなくなっちゃったのよ。そいでね、箪笥の引き出しやら何やらをゴタゴタ探していたら姪っ子がね、何してんのよォって大きな声でいうからさあ……」

 この方、姪御さんとの二人暮らしだそうである。

「ホホウ、それで?」

「それでね、財布がないんだといったら、またボケてるゥって大きな声で言うのよ。そいでね、いつもの場所にあるんでしょ、よく探しなさいッ、ていうから、み〜んな探したけどないって言ったらさあ、じゃあたしが探してあげるけど、見つけたら半分頂戴っていうのよ」

「ホホウ、それで?」

「それでね、財布の中には一万円位入っていたと思ったから半分の5千円ならいいやって、探してくれたら半分やるよ、って言っちゃったのよ、ところがさあ……」、おばちゃん、ちょいと手を振り打ち消す仕草をした。

「姪っ子がねえ、いつもの引き出しをかき回したら何のことはない、引き出しの奥にちゃんと入ってるじゃない。でね、おばあちゃん半分……って手を出すのよ」

「じゃ5千円取られちゃったんですな」

 おばちゃん、ちょいと一息ついた。

「ところがさあ、一万だと思ったら二万円入っていたのよォ。二万なら一万やんなきゃなんないでしょ。でもねえ、一万は多過ぎるから5千円にしときなって言ったら姪っ子、なんて言ったと思う?」

「姪御さん、約束だからって言ったんですか?」

「そッそう。おばあちゃんはもうそんなに先がないんだからケチケチしないで一万円出しなさいだってさ。ニクタラシイのよねえ」

おばちゃん、ニクタラシイと言いながらも顔は楽しそうである。

「あ〜あ、今日はつまんないところでソンしちゃった……」

 おばちゃん、つまんないと言いながらもむしろ面白そうな感じだ。ケラケラと笑いながら脱衣場へ入られた。このおばちゃんの会話から、おばちゃんと姪御さんの仲のよい生活が垣い間見える。いい雰囲気だねえ。

 おばちゃんはホントに明るい、屈託がない。これが老いないヒケツだろう。

 年を取ったらつとめて明るく会話をしたいねえ。ボヤキやグチばっかりじゃあどんどん老けちゃうよ。人生、老けるって侘びしいよねえ。

 秋色が濃くなった。♪ふ〜けゆくゥ秋の夜ォ〜。関係ないか−−。

2006年09月03日

早実の斎藤と荒木はどっちが上かな

 テレビが日米高校親善野球でアメリカにいる甲子園選抜チームの模様を報じている。

 勿論、中心は早実・斎藤である。そこへ湯上がりで出てきた年配のダンナがアタシに問いかけるように言う。

「斎藤はスゴイねえ。あの荒木大輔より上じゃないかねえ」

「荒木ねえ。もう古いことで荒木のピッチングも忘れてしまったけど、斎藤は剛腕のイメージじゃないけど、投手としての素質はかなりのもんですよね」

「荒木の当時と現在じゃ高校野球のレベルも一段と上がっているんだろうけど斎藤のストレートとスライダーはプロでも通じるんじゃないかなあ」

「野球選手としては大きくないけど、スタミナもすごいしねえ」

「そう。日ハムのダルビッシュや横浜の山口なんていう高校出のルーキーが結構投げるんだから斎藤も新人から一軍で使えると思うよ」

 ダンナはなかなか野球に詳しそうだ。そしてもう一言「斎藤はなんたって爽やかでいいよ」と、呟くように言いながらお帰りになった。

 斎藤と荒木はどっちが上か−−。アタシャ、ダンナの言葉をちょいと考えてみた。そして過去の甲子園で活躍した投手を思い出してみたんだ。

 まず下関商業の池永がいたなあ。高卒でいきなり20勝を挙げたんじゃなかったか。そして浪商の尾崎に牛島か。作新の江川に横浜の愛甲、松坂。報徳の金村もいたなあ。四国の徳島商・坂東に池田の畠山に水野か。三沢の太田も人気者だったし名電工の工藤やPLの桑田も印象に残っているな。それに早実の王と荒木かなあ。

 まだまだ印象に残った投手はいっぱいいるんだろうけど、古いことはどんどん頭の中から抜けちゃっているよ。そして新しいことはてんで頭に入らないんだから、この先いったいどうなっちゃうんだろ。老いるってヤダねえ。

 風呂屋のオヤジはどうでもいいことに頭をひねったり心配したりしている。

 さてっと、今、思い出してみた甲子園投手と斎藤の比較だけど、アタシャ、斎藤はそのタイプからも浪商の牛島かPLの桑田に似てるような気がするんだな。とすりゃあ、プロでも十分に活躍できるってことになるんだが、評論家でもない一介の風呂屋のオヤジがこれ以上ご託を並べての始まるまい。実際はプロのマウンドを踏んでみなけりゃワカランさ、というのが本音だな。

 それにしても斎藤人気はスサマジイねえ。メディアの取材規制がしかれたってな話だけど当然だろう。ハンカチ王子なんて猫も杓子も斎藤を食い物にしたんじゃ18才の少年いや青年はおかしくなっちゃうじゃないかと心配だよ。大きなお世話か。

 斎藤について今日のスポニチであの三輪明宏さんが喋っていたなあ。面白かったので一部を書かせてもらい、今日の締めくくりとしよう。

斎藤君はいつも燃える闘魂と感情を理性でコントロールして冷静沈着、それでいてりりしくて初々しい。さわやかで明るく礼儀正しくて謙虚、かっての日本男児が備えていた良い点を全部持っているのです……勝っても負けてもギャーギャーと感情をあらわにする、みっともない下品な悪ガキのような野獣とは雲泥の差なのです。また、これだけ騒がれても決して表には出ようとしない彼等の両親もまた立派です。最近のスポーツ選手はプレーヤー本人より親がしゃしゃり出てくるケースが目立ちます……親までスポットライトに当りたがる必要はありません。

 とまあ、絶賛、絶賛ですが、返す刀で「……テレビやマスコミで作られた見当違いな下品なスターはいらない!」とも切り捨てていましたなあ。

 作られた見当違いなスタ−はいらない−−アタシも同感だ。

2006年09月02日

冗談もフロント業務さ

 暦が変わり何となく秋色を感じるが日中はまだまだ暑い。9月の休業札を眺めてお客さんが言う「日にちの経つのがホント早いなあ」。まさに実感だ。

 さて開店早々、二人連れのおばちゃんが見えた。同年輩で70ほどかな。小柄な方とちょいと小肥りのお二人である。

「フーッ暑い。この汗見てよ、歩いてきたからもう汗びっしょり…」

「今年はいつまでも暑いわねえ。この分じゃ冬も暑いんじゃないの」

 このお二人ね、毎日の常連さんだが、当湯(うち)で知り合ったんである。ウマが合うとみえ湯上がりで一緒にアイスをなめジュースを飲んだりもしている。

 そして冗談を飛ばしあい大声で笑っている。「あたしたち漫才コンビよ」と言われるんだ。そういえば小柄なヒトがボケ役で、小肥りのヒトがツッコミですかな。とにかく明るいんである。

 今日も湯上がりにフロント前でアイスをなめながらのおしゃべりである。まずはアタシに言う。「今日はお風呂へ来るのが早かったでしょ?。今日はね、これからデートがあるから早く入ってきれいにしたの」。次はツッコミさんの番だ。「デートだって、何言ってんのよ。いつもアンタはうちのおやじがうるさくって困るといってるくせに」

「ヘッ、そうなの。うちのおやじはほんとウルサイのよ。ちょっと買い物かなんかで遅くなっても、何やってんだッなんていうんだからねえ」

「それだけアンタのことを心配してんのよ。感謝しなくっちゃダメよ。うちのなんか出たらいつ帰ってくるかわかんないんだもん」

「ヘッ、帰って来ないほうがいいわよォ。それとうちのはさあ、キレイ好きで困んのよね。神経質なの。この間もあたしの洋服に頭の毛がついてたらフケツだって怒るんだから。毛の1本や2本ぐらいねえ」

「そう、そんな時はさあ、これ男の毛だって言ってやればいいのよ」

「ウン、そう言いたいんだけど、でも、あたしのこの顔じゃねえ」

「アラッそんなことないわよ。目の悪い人がみたらまだまだ捨てたもんじゃないわよォ」

 ウッホッ、まさに漫才だ。

 ということで、アイスをなめ終わったボケさんが、買物袋から何やら取り出した。そしてフロントのアタシんところへ。

「このバナナね、来るとき買ってきたんだけど、バナナでも食べて頑張って」

「ホウ、バナナですかあ、そりゃあゴチソーさま。この前は焼き芋をもらいましたな。いつもスイマセンねえ」

 先日は焼き芋を一本を頂戴した。今日はバナナ一本の差し入れだ。ご厚志まことにカタジケナイが−−。

「焼き芋も温かくておいしかったでしょ?。バナナもおいしいわよ」

「いつもスイマセンねえ」

 ここでアタシがちょいと振ってみた。

「それにしても焼き芋にバナナとくればなにやら共食いですな」

「共食い?、アラッ、ダンナさんはそんなに大きいの?」

 オイオイ−−。

 ケラケラ笑ってお帰りになったが、とにかく愉快なお二人だ。

 しかし、今日のオチはほんとにオチちゃったなあ。

2006年09月01日

19世紀後半の米野球

「へ〜ッ」、アタシャ軽く唸った。フロントを交替しての夕食後に開いた読売夕刊の記事である。「19世紀後半の米野球を再現」の見出しに「四球ではなく六球 死球なし ストライクゾーン打者が指定」の見出しもついている。アタシャ一読してまたヘ〜ッ、だ。ちょっと引用させてもらおう。

「ボール六球で打者が出塁」「ファウルはストライクにならないが、ワンバウンドで捕球されてもアウト」「死球はなし」−−。1800年代後半の規則でプレーする米国の「ビンテージ野球」の連盟が発足、来年夏にアマ野球、ソフトボールのチームを招いて、本格的に開催すると発表した……現行ルールと大きく違うのは、ストライクゾーン。打者は打席に入るたびに「ひざとベルトの間」か「ベルトとわきの下の間」などと球審に指定することができる……。

 ウーン、19世紀後半の米国の野球でビンテージ野球かあ。アタシャ野球には程々詳しいと思っていたが、こんなルールの野球があったのか。知識不足だったな。それにしてもビンテージって何のことだろ?。で、本箱から「スポーツ20世紀・ベースボールマガジン社」を取り出してきた。しかしどこにも出てないようだ。ついでに「早わかり20世紀年表・朝日新聞社」から「スポーツの20世紀」の項もめくってみた。出てねえな。じゃ辞典だ、辞典なら少しは載ってるだろ?。え〜とビンテージ、ビン、ビン……あった。「ワインの醸造年」だってさ。ワインとベースボールがどうつながるんだ。まさかワインを飲んでバットを振るんじゃあるまい。ウーンわからねえ−−。

 それにしても野球の本場アメリカでは、こんなルールで始まったのか。日本に野球が上陸したのは1871年・明治4年頃となっているが、この時はもう現行ルールだったんだろうなあ。

 しかしねえ、六球で出塁ってことだがストライクはやはり三つだったのかねえ。ワンファイブ、ピッチャーインザホールです、かねえ。そしてそしてよ、打者が自分の好きなストライクゾーンを指定できるなんてどうなってんだろ。

「オレは高めが好きだから、こっからここまで」「ボクは低めに強いからこの辺で」なんていったら投手はバッティングピッチャーみてえなもんだ。コントロールの悪い投手だったら六球また六球で押し出し押し出しになっちゃうんじゃねえの。あげくに好きなコースへハイ打ってくださいで満塁ホームラン。これじゃ試合が終わらねえな。それとさあ、この当時は変化球なんかなかったのかなあ。高めの好きなバッターにカーブを投げたら低めに落ちていって「アンタ、指定違反デースッ」てなアンバイになっちゃうのかねえ。

 新聞のコラムだから詳しいルールまで書いてないが、野球は騙しのゲームとやらで、相手の弱点をつく投球に、スキをみての盗塁、牽制など相手の嫌がることをやっていくスポーツ?なんだと思うんだけど、草創期の野球は相手の好きなことをやっていたんだ。となりゃあ、姑息な手段を弄しない武士道精神だよ、ヤマトダマシイ野球だな。

 このビンテージ野球には米国で225のチームが活動してるというし、前大リーグコミッショナーが「楽しく野球をプレーするという考えにひかれた」と話していたとも書かれていたが、アタシらが観ても楽しく思えるのかねえ。

 しかしなあと、もう一回言うが、このようなルールがプロ野球にまで及んだらン十年の野球ファンは馴染めるかなあ。アタシにとっちゃ六球で出塁なんていわれるとダイヤモンドをを四角じゃなく1塁から2・3・4の5塁までする五角形にしなくちゃいけねえな、なんて思っちゃう。それと、も一つ言わせてもらうなら国技館の土俵を四角にするようにさえ感じられるんだ。ちょっと大げさだったかな。

 アンタねえ、ゴチャゴチャ言ってないで百聞は一見に如かずだから、一度見てごらん。そうすっと病つきになっちゃうかも知れないよ−−。






文章および画像の複製、および無断転載を禁止します。

Copyright © SORYUSHA All Rights Reserved.