風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2006年08月31日

キャンパス・スコープ

 大学生がやってきた。やってきたって風呂に来たんじゃない、事前に連絡が入っていたのだが、銭湯についての話が聞きたいということである。国士舘大学のY君に早稲田大学のN君という男子学生のお二人で、学生新聞「キャンパス・スコープ」を発行しているその編集スタッフだという。

 そして「キャンパス・スコープ」を持ってきてくれたんだが、これがまた立派な新聞なんだよねえ。アタシャ、学生さんが発行する新聞−−という、どちらかといえば軽い感覚?だったんだけど、どうしてすばらしい新聞だ。それもそのはず、天下の読売新聞が支援していて事務所も大読売の広報部内に置いてあり、内容もまた学生、若者に向けた熱いメッセージを発信してんですなあ。

 編集後記から新聞の意図を抜き書きしてみると「……2005年秋季号は『多様性のある新聞』を目指した。紙面には、実に40人以上の大学生のメッセージが詰まっている……。メンバーには『記事を通して伝えたいことは何か?』と問い続けた。主張の押しつけは好ましくないが、ただ事実を伝えるだけでは味気ない。『世間の人々に何かをを発信したい。読者の心を動かしたい』。そんな思いが一つ一つの記事に込められている。学生新聞だからこその魅力はそこにある……」ということなんです。古い風呂屋のオヤジは「ウン、これはボーイズビイアンビシャツよ」としたり顔で言いてえんだが、今時こんなセリフはズレてますよなあ。

 この「キャンパス・スコープ」は春秋2回の発行で、部数が12万部。それを首都圏や東北地方のなどの31大学から60人の大学生が集まり、企画、取材、記事執筆、広告などを精力的に行っているんですって。

 さてさて、キャンパス・スコープの紹介がち〜と長くなっちまったけど、本題に入ろう。取材要旨が「変わる銭湯、今昔」という企画で日本の風呂文化や銭湯の役割について多角的に見つめなおしてみたい−−ということだ。

 学生さんは、控え目に要点をキビキビと聞いてくる。それに対してアタシャ聞かれないこともペラペラとやっちゃう。学生さん、笑いながらもきちんとメモをとっている。この手の取材は長年業界でウゴメイテいるもんだから折りに触れて受けているし、質問事項も大方が同じなんである。浴場の来し方から現在の状況、さらにはこれからの銭湯について、と聞いてくる。相手変われど主変わらずだから、アタシも取材慣れ?しちゃってるんで時として評論家みてえな口調になっちゃう。これ、イカンですよねえ。

 しかしどんな取材であれ、それが銭湯のPRになるんだったらアタシャ苦労も厭わない(もっとも苦労なんてありゃしないがね)。今日の学生さんは銭湯を若者に向けて発信しようってんだからアタシャ双手を挙げて、いや両手両足を高々と挙げて大歓迎よ。

 とにかく現在の浴場のターゲットは、なんたって若者なんですわ。高齢化時代でお年寄りは大事にしなけりゃならないけど、若い世代に受け入れられないショウバイに将来性はないというのがアタシの持論なんでね。

 アタシャ、何かあるとすぐ言うんだ「銭湯は内風呂の有無に関係なく街の湯処として健康増進の拠点であり、いやし・やすらぎ・ゆとりの空間である」とね。お陰でこの価値観は年配の方々にも少しずつ浸透しているようですが、若い人が気楽にノレンをくぐってくれるようになっているので、アタシャ何となく手応えらしきものを感じているんですな。この手応えを実感のあるものにしたいと願っているところです。

 取材が終わった。「キャンパス・スコープ」の次号は10月1日発行だという。若者が現在の湯屋をどう料理して仲間に発信してくれるだろうか。楽しみだなあ−−。

2006年08月28日

外人さんがやってきた

 6時、フロントの休憩タイムとなり住まいでボヤ〜ッとしていたら店から連絡が入った。「今、ドイツの人が見えたんだ。朝日新聞を見てやってきたらしいんだけど、タドタドしい日本語で銭湯のことを聞いてきたから簡単に説明してタオルを貸してやったんだ。入ったばかりだから見てやってよ」というんである。

 ホホウ、ドイツかあ−−。

 そういえば今月の初め、朝日新聞に「銭湯・ああ極楽」の大きな見出しで都内の浴場数軒が紹介されたんだが、その中に当湯(うち)も入っていたんだ。ミスター・ドーナツ、じゃねえMrドイツくんは、その朝日の英語版を見てきたというらしい。

 外人さんはバブル期の頃にやたらと見えたなあ。主に韓国やフィリピンから東南アジア系の人が多かったが、勿論アメリカ人も見えていたし、変わったところではペルー人もいましたっけ。そんな外人さんもバブル崩壊以降めっきり少なくなっていたんだよね。今日のドイツ氏はバスケットボールのワールドカップ観戦と観光で8日間の滞在だとか。日本の庶民文化といわれる銭湯を体験したいなんていいじゃないか。

 アタシャ早速、男湯をのぞいてみた。30代かなあ、やけにデカイ外人さんが浴室へ入ってきたところだ。後で聞いたことだが2m6だという。何やらキョロキョロしている、初めての銭湯だもん当然だろう。で、アタシャ案内係をつとめようと思った。これも国際親善の一つよ。

 そこでコーチに出向く前にちょいとレクチャーを受けた。日本語がよく通じねえっていうから、少々英語を話す娘に聞いてみたんだ。

「初めてか?って聞くときは何て言やあいいんだい?」

「ファーストタイム?、でいいでしょ」。「じゃ、熱いは?」

「熱いはホット、冷たいはコールドで通じるわよ。なまじ難しいことは言わないことね。言ってる方がわかんなくなりそうだから」

 そっか、もっともだ−−。で、浴室へ向かったんだ。外人さん、巨体を窮屈そうにしてカランの前に座っていた。さあコーチ開始だ。まずはご質問から。

「ファーストタイム?」

 風呂屋のオヤジにしちゃあ流暢なイングリッシュよ。

 外人さんにこにこしながら答えたぜ「セカンドタイム!」。ほほう2回目か。

 お次だ、銭湯に慣れてない人は総じて当初は熱いというんでその説明だな。浴槽を指差して「ファースト・ホット、セカンドホット−−」てなアンバイさ。

 外人さん、にこにこと「アリガトゴザイマース」って言ったな。アタシャ今度はカランにシャワーの使い方をご案内よ。

「これがホット、こっちがコールド。プッシュ、プッシュ?。これがスタンドシャワー……」

 手真似に日本語と英語の単語がチャンポンになっちゃう。流暢なはずのイングリッシュが訳の分からない言葉になっちゃった。それでもMrドイツは喜んでいたぜ。アリガトゴザイマースを繰り返したもんな。

 コーチ終了から十数分、状況やいかにとのぞいてみたところ、浴槽を順々に入って、最後は一番熱い浴槽にも平然と入っているじゃないか。そして頭にはなんとタオルを乗せている、「いい湯だなあ」てな雰囲気よ。ジャパニーズ・パブリックバスを研究してきましたな。

 ということで小一時間、庶民文化の銭湯を堪能して?お帰りになったんだ。

 まずはよかった。

 さて、アタシの休憩タイムが終わってフロントへ戻ったらMr・ドイツが置いていったという英字新聞「Weekend Beat」があった。アタシャちょいと眺めてみた、といっても掲載されている当湯(うち)の写真などを見ていたんだけどね。ぎっしり書いてある横文字なんて眺めただけで頭痛がしますがな。と、そこへ中年の常連おばちゃんが入ってきたのでアタシャ新聞をカウンターの上に放り出した。おばちゃん、入浴料を払いながら、その新聞を見ておっしゃったよ。

「ダンナさんはこんな難しい新聞も読むんですかあ、すごいんですねえ」

 アタシャ、エエまあ……とあいまいな表情さ。風呂屋のオヤジは気取り屋で調子がいいからねえ−−。

2006年08月27日

シャレやユーモアがほしいねえ

 昨日、このブログで「フロントは屈託のない明るい会話が一番」と書いたが今日もまたその続きを一つ−−。

 登場願うのは50代の男性で、玩具系の会社を経営なさっているというが、ちょいちょい従業員であろう人達を連れてくる。3人だろうと4人いようと勿論この方が払われる。明るくて屈託のない人であるし、いいお客さんである。

 今日は3人で見えられた。

「3人のうちサウナが二人ね」

「え〜と、ナンボになるんだい?」

 アタシャ、気の置けない人だけに逆に聞いてしまう。「ウン、サウナ630円が二人で430円が一人だから1690円」。すらすらっと計算する。そして笑いながら言うんだ。

「オヤッさんは客に計算させるんだからねえ」

「エヘッ、申し訳ない。何せ年取っちゃったもんでねえ」

「だけどさァ、俺が少なく計算したらちゃんと分かるんだからねえ」

 で、アタシがアッハッハッで客人がウッフッフッという次第。

 この人ね、アタシが浴場広報誌「1010」に書いてる「風呂屋のオヤジのフロント日記」から単行本も読んでくれているんですな。そしてお連れさんに冗談交じりに言うんだ。

「このオヤッさんは直木賞を狙ってんだよ。けどなかなかウマくいかないんだよな。ねっオヤッさん、今度から直木賞の選考委員に付け届けをしなきゃダメだね」

「付け届けか。じゃ風呂券でも配っか」

「ウッヘッ、風呂券ねえ。じゃまた今年もだめだな」

 で、アッハッハッのウッフッフッである。

 そして先日、本年度の直木賞が発表になってからこの続きがあったんだ。

「オヤッさん、今年は若い作家に取られちゃったねえ」

「ウン、オレを差し置いてねえ−−。風呂券じゃ効果がなかったよ」

 で、またまたアッハッハッのウッフッフッとなったんである。

 なんてことのない他愛ない会話である。しかしアタシャもう一回同じことを言うけど、フロントは明るくて屈託のない会話が一番なんである。そして思うんだ。日常の、それこそ何ていうことのない会話の中にさりげなくシャレ、ウイット、ユーモアが入ってくるようになったら、生活が一段と明るく潤うんじゃないかなあ−−、なんてね。

 昨今、ギスギスした世情のせいか、人々から会話が少なくなり、言葉に温かみが薄れていくような気がしないではないんだ。簡単な時候の挨拶であるオハヨウ、コンニチワでさえ面倒臭くなっていくようだ。

 家庭内でも子供を躾る場合、やたらに教育的であったり、感情的になってしまうことが往々にあるが、そんな時でもユーモアをちょっぴり持ちあわせていたら子供がどんなに救われるだろうか。

 日常の会話にユーモア、シャレの調味料?がまぶしてあったら世間がもっともっと明るくなるんだがなあ。普段の他愛のない会話からシャレっ気、ユーモアが自然と生まれていくような気がするんだけどねえ−−。

2006年08月26日

酒もタバコもやらないで

 60チョイ過ぎの常連男性、話好きの人である。湯上がりのフロントで何かと語られる。今日はお酒の話である。

「昨日、飲み過ぎちゃってさあ。オヤジさんは呑むの?」

「いや今はあんまりやんない。若い時はやたらと飲みに歩いたけどもうダメだね。ジジイになっちゃったから寝酒にちょっぴりよ。アンタは強そうだね」

「俺も好きだけどあんまり強くないんだ。それに俺ね、コーヒーとタバコが好きなんだよねえ。体によくないって言われんだけど、やめられないよなあ」

「そう。でもねえ、好きなものは程々やったほうが人間楽しいんじゃねえの。酒もタバコも女も知らず百まで生きたアホがいる、っていうコトもあるしね」

「ホウ、酒もタバコも女もかあ、それで百までねえ……」

 ちょいと感心したように、ニヤッとされた。と、そこへこれまた60ほどの女性が入ってきた。常連さんであり、明るくとても若く見える方なんだ。

「アラッ、もう上がったの?。早いわねえ」

「オウ、これからかい。今、オヤジさんと面白い話をしてたんだ」

 お二人は知り合いらしい。そしてこの女性、お酒が相当イケルようなんですなあ。よく「早く仕事が終わったんで一杯飲んできちゃったの。お風呂へくるんでチューハイを3杯だけでやめてきちゃった」などとも言われるからね。

「面白い話ってなあに?」

「ウン、酒もタバコもやんない人生っていいかな、てな話で、え〜と何だったけな……」。アタシに振ってきた。

「酒もタバコも女も知らず百までいきたヒトもいる、っていう話なの」

「フ〜ン、あたしみたいじゃない。あたしだって、酒もタバコもオトコも知らず……だもん」。笑いながらスラスラっと対応なさる。すると男性ご反論だ。

「ヘ〜ッ、よくいうよ。アンタは酒はウワバミだしタバコはプカプカだし、男なんか相当泣かせたんじゃないの」

「あらっ失礼ね。男は亭主と別れて以来ず〜っと一人で頑張っているし、健気な女なんですからね」

「ケナゲねえ、そりゃそりゃァ。でもさ、酒もタバコもやんないで長生きすんのとどっちがいいかねえ?」。今度はちょっぴり真顔で聞いてきた。で、アタシャもう一言−−。

「酒とタバコとオンナに溺れ、五十過ぎたらもうヨイヨイ。なんていうこともあっからなあ。まあ物事、程々にしなさいっていう教訓でしょうなあ」

「そうよ、あたしみたいに程々が一番!」

「ウッヘッ……」

 そして「じゃあねッ」「ごゆっくり」で、女性は脱衣場へ男性は出口へ向かわれたんだが、おしゃべり好きの人懐っこい男性に、明るくて洒落っ気のある女性の取り合わせ。フロントが何とも愉快になった。時としてこんな雰囲気もあるんだ。

 フロントはお年寄りのグチ、人様の噂、スポーツの話題から政治経済を論じる方などなど様々な会話が出入りする。アタシャ折りに触れて「銭湯のフロントは世相をのぞく小さな窓……」てなことを書かせてもらっているが、今日のように屈託のない明るい会話がなんたって一番ですなあ。

2006年08月25日

言うだけならねえ

 週に1・2回お見えになるご老体。83才だというがちょいと足が不自由な様子で杖をついて入ってくる。しかし、ヨッタンヨッタンとした足取り(ゴメンネ)とは裏腹にお口のほうはどうして達者である。少しも衰えてない。

 フロント前の椅子にヨッコラッショッと座り、まずはアタシに近況報告をなさるのがいつものパターン。「今日はどこそこへ行って誰々と会ってきたんだけど、あいつはいつまでたってもウダツが上がらず、ボヤキ話ばかりで面倒を見切れないよ…」といった、アタシにとってはどうでもいいような話ばかりなんだが、これもフロント業務と「ホウホウ、そうですかァ」てな調子で聞き役をつとめる。だからご老体にとってはいい話し相手なのかもしれない。途中でお客さんが入ってきても、ご老体は一通り話さないと気が済まないとみえ、そのお客さんが脱衣場へ入るのを待ってまたまた続きを話される。しかしねえ、ご老体の話は自分中心で会話というより一方通行なんですな。独り住まいだそうだから普段は会話が少ないんでしょうかねえ。

 墨田区の高齢者情報紙「どすこいかわら版」に「朗人・宮田良平」という会員エッセイが載っていたんです。面白く、とても参考になったので、くだんのご老体と対応してるうちに、そうだ今日のブログに使わせてもらおうと思ったんです。全文を引用させてもらいます。

 先日偶然元同僚に出合った。リタイアしてから10年、お互いの近況を話しているうちに、彼の自慢話がまた始まった。またというのは、昔から周囲の顰蹙(ひんしゅく) をかう彼の癖だからである。日々多忙で充実している時を過ごしているに始まり、相変わらず家族から孫自慢、さらには誰は**をしているがメリットがないとか、誰それは**をしているがあんな係からは早く手を引いた方がいいとか、何の関係もない同僚の仕事や趣味まで批判する。

 こうなると聞かされる方は全く不愉快で、相変わらずバカな奴だと思わざるをえないが、世間にはこの様にお節介な人が意外に多くいるものである。

 自分を少しでも飾りたいと思うのは人情だろうが、どうもがいても自分の能力以上のコトはできないし、しゃべれないもの、相手をコキ下す以上に自分ヲ下げているコトを知るべきだろうと思う。

 これからの高齢化社会をお互いに楽しく過ごすためには、一方通行の話や自分だけの世界の牢人ではなく、相手の心を思いやることのできる幅の広い、明るい老人の朗人でありたいと常に願っている。


 いかがですかな。相手の心を思いやる朗人でありたい……、なんて、最近とみにジジイくさくなってきたアタシにとってはこれからの人生で金科玉条としなけりゃなりませんな。

 アタシね、毎ん日毎ん日、多くのお客さんと接しているんだが、前段のご老体じゃないけど、ご自分の話ばかりなさって相手のことはほとんど耳に入らないような方は結構いますなあ、この手のヒトは、ま、自慢話がほとんどなんだけど、聞き手がどう思っているかなんてことは思考外のようなんですなあ。

 アタシャ生来のへそ曲がりなもんだから「そうですか、そうですか」と聞く振りをしながら、エラソ−に言ってる割りにはやってることが大したことじゃねえな、と失敬千万に思っちゃう。そしてもひとつ、この様なおヒトは「風呂屋の釜」って言うんですわ、御存じかな。つまり言うだけ→湯ゥだけさ−−。

 エッ、ありきたりのオチだって?、ウン、オレもそう思う−−。

2006年08月24日

券売機でねえ

 毎日のように電話でのセールスにダイレクトメールが入ってくる。ウザッタイ。で、電話はすぐ打ち切り、ダイレクトメールは屑箱へポイッとなるんだが「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」ってな商戦なんだろうが、何かと世知辛く煩わしい御時世だけに、大半は胡散臭いとみられちゃうんじゃねえのかなあ、ご苦労さんとも思うねえ。

 そんな中で今日「券売機、ゲート機、両替機のご案内」という一枚が入ってきた。例によって丸めてポイッとなりかかったんだが、まてよ、券売機については風呂屋も一考があるんじゃないかと、屑篭からUターンしてちょいと眺めてみたんだ。そしてブログだ−−。

 公衆浴場に券売機が導入されたのはもう20年ほど前になるか。一部の浴場だけで一般的にはならなかったが、アタシャ参考までにと見に行ったことがあったな。あれは平成の始めで当湯(うち)が改築時だった。入浴かたがただったがN区の近代的な浴場だった。広いロビーはギャラリーにもなっていて絵画が多く飾ってあったなァ。そして入口に券売機が設置されていたんだ。大中小の入浴券にシャンプーなどもボタンを押せば出てくる。そしてフロントには浴場の人がいて券売機の券を受取りその他の用件にも対応していた。「なるほど、これからは銭湯もこういうスタイルになんのかなあ」と大いに参考にさせてもらったんだが、しかしアタシも取りつけようとまでは思わなかった。

 近年、券売機を設置する浴場がぼつぼつ現れているようだ。券売機の利点は入用料金等をフロントで扱わずに済むということであろう。フロント(番台)はその仕事が現金の出し入れをするため、誰にでも任せられるというものではない。家の者、もしくはそれに近い信用できる人間に限られていた。その昔は主人かお上さんで、従業員はかなりの年数を経験した女中さんじゃないと番台には上がれなかったんだ。しかし、それが券売機を導入すればパートの従業員でもフロントに座ってもらえる。経営者の高齢化、手不足への対応ができるっていうことだ。

 しかしなあ、メカニックに何の違和感を持たずに対応できる今の若い人ならともかく高齢化時代の今日ビ、問題はお年寄りへの対応である。目が不自由、耳も大きな声が必要、オツムも少々……などの方々がモノ言わぬ機器が主体になったら戸惑うだろうなあ。

 アタシャ自営業のため用足しは自転車か車で済ませてしまうことが多いんだが、時として電車を利用することもある。あの広い駅の構内の雑踏で券売機だゲート機だとウロウロしちゃうこともあったよ。

 大きな路線図を眺めて「エ〜ト××駅はいくらかな?」と探しながら、これは目の不自由なお年寄りに分かるのかなあ、などと思ったりする。券売機をガチャガチャやっていて切符が出ないので隣にいた人に聞いてみた「××駅はここでいいんでしょ?」「××駅?、そこは新幹線の切符ですよ」。オイオイ、しっかりしろよお上りさん……、なんてこともあったなあ。

 何にしてもアタシのような古い湯屋モンにはどうにも文明の利器は性に合わない。番台とは江戸時代から続く木戸銭文化なんだ。どこもかしこも機械化されているご時世に唯一とも言っていい前金で直接料金を払う銭湯の木戸銭スタイルは残したいもんだなあ。

 銭湯が、券売機で入浴券を求め、ゲート機にその券を入れたらフロントでロボットが「イラシャイマ〜セ」「アリガトゴザ〜イマァシタァ」な〜んてヘンテコな声を出す時代が来んのかねえ−−。

2006年08月23日

歩かなければダメですよ

 近年、老若を問わずにジョギングが盛んである。健康増進の第一歩ということで、街にはジョギングシューズにリュックサック姿での歩け歩けが随分と目に付く。特に高齢者が団体でオイッチニ・オイッチニと歩いている姿は高齢化時代イコール元気時代とさえ思わせる。

 そこで当湯(うち)の歩け歩けおばちゃんの登場である。この方ね、うちへ見えるようになってまだ1年少々なんだが、なんとB町から歩いて見えるんである。B町は当湯(うち)から1キロ以上もある。それをトボトボ?テクテクである。買物袋を両手にぶらさげてユッタンユッタンとお出でになる。アタシには何やら歩くのが大儀にも思えるんだが、実際はまったく逆なんで、健康法のために敢えて歩くのである。アタシがユッタンユッタンなどと失敬なことを言ったけど、ご本人はサッサッサと歩いている積もりのようだ。

「人間、足から弱くなるっていうでしょ。年をとったら努めて歩くようにしなけりゃダメね。歩かないとここの筋肉が弱くなっちゃうのよね」

 ご自分の股をバンバンと叩かれた。ここが衰えたらダメだという。

「でもB町からだったら結構きついでしょ?」

「そうね、でもさあ、ここまでバスの停留所が三つ目だからそうでもないわ。だけど帰りは買い物をしていくんで荷物が増えるからバスに乗るのよ」

「それにしてもスゴイですねえ。でも歩け歩けったって無理をしたら逆効果でしょ?。疲れちゃうんじゃないの」

「そッ、だからね体調に合わせて長く歩いたり短くしたりしてんの」

 両手を広げたり縮めたりして距離を説明する。

「そしてね、雨が降ったりすると部屋のベッドに寝転がって足を伸ばしたり曲げたりしてんの。結構、運動になって汗もかくわよ」

 今度は手を屈伸させて運動を表現なさる。そして度の強いメガネがずり下がってきたので、手でちょいとメガネを押し上げてまた話を続ける。

「お風呂やさんへ来るぐらいの距離があたしには丁度いいわね。歩いて汗をかいてお風呂に入って、いい健康法だと思うわよ。あたしは毎日歩いているせいか、年の割に若く見られるのよ」

 ホホウ、小肥りの体にちょいと腰を曲げて、ちょいとシワの寄ったシラガのお顔なんで(ゴメンネ)、アタシの見たところは80チョイぐらいかなあ。

「おばちゃんは幾つになるんですか?」

「あたし?、来月で77才になんの」

 ウッホッ、80過ぎだなんて申し訳ない。ウン、おばちゃん若〜く見えますよ。70そこそこですな……。とおばちゃん、急に話をアタシに振ってきた。

「ダンナさんは歩くの?」

「いえ、アタシはまるっきり歩かないんです。ここに(フロント)座っているか、裏でゴロゴロしてるだけなんです。これじゃいけませんよねえ」

「それじゃダメッ!。歩かなきゃどんどん老けちゃうわよ」

 そうだよねえおばちゃん。ヨシッ、今度おばちゃんと一緒に歩くか。でも若く見られるおばちゃんとヨッタンヨッタン歩いていたら「風呂屋のオヤジもジジイになったなあ」と言われるんじゃねえのかなあ−−。

2006年08月22日

爽やかですねえ

「早実が優勝したんでもう感動しちゃってテレビの前で泣いちゃったわよォ。ホント高校野球っていいわねえ。爽やかで感動的でさァ」

 興奮した面持ちで話されるのは中年の常連奥さん。

「いやあ、よかったなあ。だけど早実の斎藤ってピッチャーさ、凄いスタミナだねえ。4連投だろ、それで最後まで148キロってんだから一体何食ってるんだろ。マムシでも食ってんのかねえ。とにかくスゴイもんだ」

 とは、やはり中年のダンナ。次いでは80近い奥さん。

「早実が勝ってよかったわねえ。斎藤のさ、あの青いハンカチっていいわよ。フツー汗はユニフォームの袖かなんかでぬぐっちゃうのに、爽やかで清潔感があってとってもいいわ」

 夏の甲子園で早稲田実業が駒大苫小牧高を破って初優勝を成し遂げたことにお客さんは興奮冷めやらぬ様子だ。決勝再試合というドラマチックな展開は近年にない盛り上がりを見せ、多くの人に感激・感動を与えたようだ。当然、メディアの扱いも過熱するであろう。早実ナインがそれにもみくちゃにされなければいいがねえ。何せ今日ビのマスコミの扱いはスサマジイからなあ。

 というようなことで、脱衣場も今日は早実一色だった。そんなお客さんの興奮振りをもう少し拾ってみよう。

「俺はね、最初っから早実が優勝すると思ってたんだ。予想通りだったよ」

 と宣われたのは初老のダンナだが、あのねえ、ダンナは毎ん日見えてんですから最初のうちに「早実が優勝するよ」と断言されたらアタシも脱帽したんですけどねえ。ゴールインしてから勝馬を当てんならアタシにもできますわ。しかしまあ、それだけ早実の優勝が嬉しかったんでしょうな。

「早実が勝ってよかったわあ。テレビの前でヒヤヒヤしていたの」と言われるのSさんというおばちゃん。早実が1回戦を突破した時にこのブログに登場してもらった方で、ご子息がかって早実野球部のキャプテンとして甲子園で活躍されたんである。そして付け加えられた。

「優勝が決まったんで倅のところへ電話をしたんだけど、甲子園へ行ってんのか学校へ行ったのか、誰も電話に出ないのよ」

 続いては何事にも一家言をお持ちで、うちの評論家的な70少し前の御仁。

「9回の表で苫小牧にホームランが出たろ。あれで俺は早実が勝ったと思ったね。あれがねヒットでつながったら危なかったけど、ホームランで塁上にランナーがいなくなったから斎藤は開き直って思いっきり投げられたんだ」

 ホホウ、逆説的勝利論ですかあ。でもねえ、アタシにゃもう一発食らう危険性も心配されましたけどねえ。何せ連投に次ぐ連投ですからねえ。

「いやあ、早実が勝ってうれしかったなあ。しかしあそこまで両校が頑張るとどちらにも勝たせたい気持ちだったね。苫小牧も強い学校だよな。とにかく高校野球は勝っても負けても爽やかでいいねえ。暗〜いニュースばっかりの時代になんとも明るいニュースだ。高校野球は純粋で爽やかで、実にいいよ」

 この方も70程のダンナだが、爽やか・純粋の言葉を使われた。で、アタシャちょいと思った。「昨日のボクシングの亀田大毅は17才、つまり早実ナインと同じ世代だが、亀田の言動に、純粋や爽やかの文字が使えるだろうか。個人の格闘技と団体競技の違い、ゼニが絡んでいるプロと、金銭的には無縁のアマの違い……それだけで判断できないように思うんだが−−。

2006年08月21日

また亀田のボクシング

 仕事が終わってささやかな晩酌を始めたのが午前1時。そうだ!亀田大毅の試合が1時から放送されるんだったな。で、テレビをつけたんだが、それにしても何でこんな夜中に放映されるんだろと、訝しい気持ちでTBSにチャンネルを合わせたよ。

 そしてまた思ったんだ。相手はインドネシア・フライ級チャンピオンで23戦7KO5敗か。アタシは古いボクシングファンなもんでフィリピンやタイ、韓国がボクシングの盛んなことはよ〜く知ってる。で、フラッシュエロルデやポーンキングピッチなどの世界チャンピオンを排出した国々ならともかく、後進国であろうインドネシアのボクシングのレベルはどの程度なんであろう。インドネシア・チャンピオンねえ……。

 1時半、ゴングが鳴った。例によって亀田大毅が猛然とラッシュする。お相手は型通り足を使ってジャブを繰り出す。当たらなくてもここまではいい。ところが大毅のフックがグローブの上から当たったら途端にインドネシアのスカルノじゃないウイド・パエスなるチャンピオンであろうおヒトが逃げ腰になってしまった。逃げ回るヤツは追いかけなきゃ試合にならん。大毅、猛然とラッシュした、そして左フックが一発ヒットした。パエスくん、簡単に倒れてしまった。何とか立ち上がったものの、立ち上がりゃあ大毅は遠慮なく殴るさ。2発目のフックが当たったら、もうイケマセン、あっけなく終了である。開始から1分45秒である。なんだこりゃあ−−。そして亀田の恒例ビッグマウスが始まった。アタシャ、テレビを切った。

 前回、兄の興毅が疑惑の判定とかで5万余の抗議メールが殺到したというTBSだが、それに懲りてか遠慮してかで?夜中の時間帯に持ってきたんだろうが、ダウン知らずの猛ファイターだという触込みがこの有り様じゃねえ。

 あれは昭和30年前後だったかなあ。まだWBAもCもなかったと思うけどボクシング界が興行色の強いカードを組む様になり、アリゾナ州チャンピオンやテキサス州チャンピオンなどの肩書きをつけた外人をやたらにリングに上がらせたんだ。そしてこの手の青い目のボクサーは1・2回まではやけに動き回るんだが3ラウンドを過ぎるともうヘナヘナになってしまう。後で聞いたことだが、ちょっとボクシングに経験のある当時の駐留軍の兵隊さんを連れてきて仰々しく売り込んだっていう話だったんだ。アタシャ今日のインドネシア・チャンピオンとやらを見て、昔のこんなリングを想い出したよ。今回の亀田の相手はあまりにお粗末過ぎた。「もう何をか言わんや」だったな。

 ところが、何をか言わんつもりだったのが、もう一言続きがあったんだ。

 翌朝、放送終了後5時間足らずで届いんであろうスポーツ新聞を見て驚いたね。といっても掲載されている週刊誌の広告なんだが、「亀田大毅、対戦者の笑える戦歴。なぜか母国インドネシア人は誰も知らないチャンプの真相。ホントは1勝1敗1分け?だって」という見出しが大きく出ている。

 ゴシップ雑誌の宣伝文句なんて、というムキもあるだろうが、この記事を書いたのは昨日・今日ではあるまい。それが数時間前に行われたばかりの試合をまるで見通したような大見出しである。インドネシア・チャンピオンも巷間言われている亀田の咬ませ犬だったのか。

 亀田兄弟は掛け値無しにいいボクサーなんだ。前回もこのブログで書いたことだけど、鍛えた体にガードの堅いファイテングスタイル。そしてスピードとパワーを持ったパンチ力。まさに将来性十分である。しかしなあ、問題は育て方だよ。日本人と対戦する全日本からさらに東洋へ、そして世界の桧舞台へと経験を積み階段を上がってもらいたいねえ。興行最優先のためか、テレビでの派手なパフォーマンスからKO劇を演出するようなマッチメークはアタシにゃどうにも納得がいかねえんだ。

 誰もが「これなら」というカードを組んで壮絶なリングを期待したいんだ。そうなりゃファンは心から応援するんだよな。

2006年08月20日

縁台将棋

 今日も33度、真夏日だ。8月に入ってからは真夏日などという言葉がおかしいぐらい30度を越すことが当り前になっている。フロントの挨拶も「暑いですねえ」が単なる時候の挨拶を通り越して、ボヤキにもなっていますな。

「ウワア涼しい、いい気持……」。入ってくるなり冷房の涼気に大仰に背中を伸ばされたのは中年の奥さん。「もうここまでくるのに汗びっしょり」とも言われる。「いやあ参った。工事現場での仕事だからヘルメットに長袖だろ、暑いなんてもんじゃないよ。一ん日にシャツを何枚も取り替えるからランドリーで洗濯するのも忙しいよ」とは、やはり中年の男性。とにかく皆さん、暑さにうんざりした感じである。街全体がうだっているようだ。

 80過ぎの常連ダンナが湯上がりでフロントへ出てきた。そして言う。

「なんてまあ今年は暑いんだろうねえ。あたしはね、若いときは夏に強かったんだ。暑いと喜んだくらいなんだよ」

「ホウ、夏がそんなによかったんですか?」

「ウン、商売のせいもあったんでね。あたしは将棋の駒を作る仕事をやっていたから、夏になると縁台将棋が盛んになって仕事が忙しくなったんだ」

「ホホう縁台将棋ねえ。そういえば夏になるとあっちこっちで縁台将棋をやっていましたなあ。でも最近は将棋を指す人も少なくなったようですねえ」

「そうね、時代だろうねえ。今じゃほんの一部の人だけだもんな」

 夏の夕景の定番でもあった縁台将棋がなくなったのはいつ頃からだろうか。

 アタシらの若い頃は各家庭には将棋の駒が大抵置いてあったもんだ。そして家庭での遊びは将棋からトランプ、百人一首などが盛んだったが、現在ではそのほとんどが一般的に行われなくなっているようだ。文明の発達はテレビを始めとしてゲームやパソコンなどなどへ若い人の関心が大きく移行している。遊びが「個」を中心になっているようだ。家庭から家族・友人が集まってトランプなどに興じる団らんの一時はもうなくなったのかねえ。

 当湯(うち)のお客さんでよく自転車の荷台に将棋盤をくくりつけて風呂に見える方がいる。聞けば墨田区にある「生き生きプラザ」で将棋を教えているらしい。この方も70過ぎであり、「生き生きプラザ」も高齢者が交流する施設だそうである。そういえば、やはりうちのお客さんでマージャン屋さんをやってる方がいるんですが、この人が言ってましたなあ「今ね、高齢者マージャンの集まりっていうのをやてんですよ」と。こんなところにも若い人のマージャン離れを垣間見る。

 時代がどんどん変化していく。そして人間の有り様も変わっていく。しかしアタシャどうもゲーム、ケータイ、パソコンなどなど、現代の機器には今いち馴染めない。つい「昔はよかったなあ」と思ってしまう。老いでしょうなあ。

 元将棋づくりのご老体がお帰りになった後に40前後の男性が見えた。明るくて話好きな青年である。アタシャちょいと聞いてみた。

「アンタ、縁台将棋って知ってる?」

「エンダイ?、それなんですか?。将棋はやんないけど知ってます……」

「昔ね、夏になると縁台を表へ出してそこで将棋をしたのよ。『ヘボ将棋 王より飛車を大事がり』なんてね」

「それ何です?、将棋のオマジナイですか?」

 オマジナイ?、オイオイ、もう会話も通じねえや。時代だなあ−−。

2006年08月19日

銭湯は江戸時代からの庶民文化です

「オヤジさんがよォ、この新聞で言ってるけど、銭湯は江戸時代からあったんだってねえ。俺は精々明治の頃からかと思っていたけど、古いんだねえ」

 湯上がりの50代の男性である。鉄工関係の職人さんだという。手には「どすこいかわら版」を持っている。

「どすこいかわら版」については先日も書いたけど、もう一回おさらいをすると、墨田区の高齢者支援担当内にある「て−ねんどすこい倶楽部」が発行しているシニア向けの月刊情報紙であり、区内の浴場にも配布されているんだ。

 そして昨日届いたその新聞の8月号に当湯(うち)が取り上げられ、そこにアタシがちょいと喋ったことが載ってんですな。

「……とにかく最盛期は都内で2700軒近くもあった浴場数が現在は1000軒を割り込んでいますから、これ以上減らさずに江戸時代から続く庶民文化と言われる銭湯の存在は残したいものだと願っています」てな話なんだが、職人さんはそれに対するご質問ということなんである。

「そうよ。江戸から今に残る庶民文化は歌舞伎に相撲にそして銭湯っていわれてんだ。何しろ銭湯のはじまりは天正19年で、あの徳川家康が江戸へ入った翌年にできたっていうんだな。400年以上も前になんだよね」

「ヘーッ、400年も前のことをよく知ってんねぇ」

「よく知ってるって、オレが見てきたわけじゃないよ。公衆浴場史ってえ本にそう書いてあるんだ」

 この手の話は以前、全国浴場新聞や浴場広報誌「1010」などに書かせてもらったことがあるんで、アタシにとっては知ったかぶるいいネタなんだ。

「なんでもね、伊勢の与一ってえ人が、江戸の銭瓶橋のそばで銭湯を開いたのが東京の銭湯の第1号なんだな」

「フーン、じゃさ、そのゼニなんとかっていう橋は墨田区にあったの」

「いや、今の丸の内1丁目のあたりで、呉服橋近くらしいね」

 職人さん、興味がわいてきたとみえ次々と聞いてくる。しかしこの方はコムズカシイことを聞いてこないからアタシも知ったかぶる張り合いがある。

「そのイセのなんとかっていう男は墨田区の人じゃないんでしょ?」

「オイオイ、オレが喋っているからって、何でも墨田区にしないでよ。まあ伊勢っていうから三重県当りの人なんだろうね。関西は関東より風呂屋ができたのは早いんだ。一番早かったのは800年も前に奈良や京都に銭湯があったんだってさ。本によればね、その頃にもう銭湯の言葉が使われていたって書いてあるんだだから古い話だよねえ」

「ヘーッ、よくまあオヤジさんは知ってるねえ。ガクがあるんだねえ」

「ガク?。そんなもんあるわけないよ。み〜んな本に書いてあるんだ」

 アタシャ、ガクがあるなんてホメられたんで悪い気はしない。何せ、豚もおだてりゃ木に登る、っていう口なんでね。

「そんでさあ、江戸の銭湯はやはり今みたいにサウナや水風呂があったの?」

「あるわけないでしょッ。サウナが銭湯に出てきたのは昭和60年代からよ。江戸時代は小屋ん中に石を置いてね、その石を焼いて熱ゥくしたところに水をそそいで蒸気をを出し、その上にスノコを敷いてそこへ入ったんだってさ。今でいうと蒸し風呂かな。とすりゃあやっぱりサウナになるのかな」

「ウーン、よく知ってんねえ。ガクがあるんだねえ」

 職人サン、もう一回ガクを出された。さすがは風呂屋のオヤジさんだと、感心したような面持ちでお帰りになったんだが、アタシャ、ブタが木に登ってんだから、いい気分で職人サンを見送ったよ。

 アリガトねお客さん−−。

2006年08月17日

台風シーズンですねえ

 蒸し暑い日が続いていますなあ。それに陽がカンカン照っているのに雨が降ってきたりと、どうにも不順ですねえ。。台風が10号・11号と頻発していますが、その影響なんでしょうか。今んところヘクトパスカル野郎は関東地方を逸れているんで助かりますが、沖縄や九州方面はやたらとヘクトの野郎に見舞われ大変ですなあ。気の毒ですよねえ。

 台風ってその昔は夏の終わりから秋になると本格的に?発生するような傾向だったように思っていたけど、ミリバールがヘクトパスカルに変わっちゃったせいか?近年は春先からもう7号・8号・9号なんてまるでホームランダービーのように多発しますなあ。歓迎されざる客なんだからもう少し遠慮すりゃあいいのにねえ。

 昨日発刊された墨田区のシニア向け情報紙「どすこいかわら版」に「キテイ台風で洪水になったこと・黒沼克彦さん」の記事が掲載されていましたけど、この時期、まことに参考になりましたので、皆さんにも知っていただこうとほんの一部分ですが引用させてもらうことにしました。

「昨年はやけに台風が多かった。9月に伊豆半島に上陸して、三浦半島、東京湾を横断して千葉市付近を通過した台風は日本に上陸した台風としては9個目の第22号で大変な被害を各地に残していきました。現在は台風の呼び名も発生順に第××号というように呼んでいるが終戦直後は、アメリカの女性の名前を使っていた。昭和22年に関東地方に被害をもたらしたキャスリーン台風とか、ジェーン台風など。

 ところで、昭和24年8月にはキテイ台風というのがあり、当時の呼び方では気圧が950ミリバール程度の台風であり、結構強い台風であったようだ。

 台風が東京湾を通過時刻が、東京湾の丁度満潮時にぶつかり3mを越える高潮が発生し江東地区一帯に大規模な水害が発生したのだ……」

 そして筆者である黒沼さんが下町におけるキテイ台風の惨状と、一家が学校へ避難した様子を生々しく描写されていましたが、大へん勉強になりました。

 そういえば、アタシが昭和27年に現在のさくら湯を譲り受けて開業したとき、当時の古いお客さんからこんな話を聞いたのを想い出しました。

「キテイ台風のときに、その頃は戦後のバラック建ての平屋が多く、近くの十間川が氾濫して、近所の人達が大勢桜湯へ避難したんだ……」。

 客商売である銭湯は台風が来れば当然お手上げです。風雨の強さで閉店するかどうか思案したもんです。何しろお客さんが大勢入る時代ですから少々の雨風でも客足は程々だったんです。雨が強まり風がビュービュー吹いていてもやってくるお客さんがいたような時世でしたからねえ。風雨と停電の中でローソクやカーバイトランプをつけてお客さんの帰るまで店を閉めずにいたなんていうこともありましたなあ。強まる風雨に気が気じゃなかったですよ。

 何にしても台風は恐いもんです。しかしねえ、こんな恐い台風にキャスリーン、カトリーナ、キテイなどのお人形さんみたいな優しい女性の名前を付けるっていうのも面白いもんですなあ。和製名ならハナコ、ハルコにナツコ、アキココ、それにオトミさんなんてことになりますか。

「台風オトミさんが今夜半、××半島に上陸のおそれ……」オイオイ−−。

 以前、落語家が大喜利のナぞ掛けで言ってましたっけ。台風と掛けて、道楽息子の日記帳と解く。その心は、女の名前ばかり−−。

 ヘンな台風ブログになってしまいましたが、御容赦のほど。

2006年08月14日

銭湯に興味があるんです

「オヤジさんが今度出した本を買いたいんですけど、本屋さんに行けば有るんですか?」

 時折見える40前後の男性である。

「アタシの本?。うちにも有るけど」

 というイントロで、最近の「湯屋番五十年 銭湯その世界」と以前に出した「風呂屋のオヤジの番台日記」の2冊を求めてくれたんである。

「あたしね、銭湯にすごく興味を持ってんです。それであっちこっちの銭湯を回ってんです。昔のことが好きで、風呂桶も木のものを探してきたんです。この桶も古くなっちゃったけど。そんなわけでオヤジさんの本も読んでみたくなったんです」

 そういえばこの人、いつも木桶を小脇に抱えてやってくるが、そうですかあ、銭湯に興味があって、アタシの本も読んでくれるなんてうれしいねえ。

「昔の風呂屋はみんな木の桶だったんだ。男湯だけでも百個も置いてあってね。当時の桶はサワラ材を使っていて、もう少し厚地だったしタガもその桶より幅広だったね」

「そうですかあ。そんな桶、今でもありますか?。買いたいですねえ」

「さあどうだろ。木の桶にこだわって今でも使っている銭湯もあるんだけどねえ」

「桶って乾くとすぐタガが揺るんじゃうんですよね」

「そッ、桶は乾かさないと重くなっちゃうし、乾き過ぎてもだめなんだ」

 アタシャ、湯屋のオヤジとして桶のウンチクをちょいとご披露したんだ。「銭湯その世界」に書き込んだ行(くだり)をかいつまんでね。そこでその行りをここで引用しておこう。

−−毎日洗った桶は乾いたタイルの上に整然と並べられる。タイルの余熱で乾燥させるのである。そして毎日並べられる桶はさらに何日に一回は店の前に積み天日に干すんである。サワラ材の桶は乾燥させなければ重くてどうしようもないが、乾き過ぎてもだめなのである。木桶ってやつは意外と気難しいんだ。やたらと手の掛かるヤツでもあるんだ。

−−桶の洗い方は、大きなタライに浴槽からホースで水をくみ出し、桶を1個1個クルクル回しながら洗っていく。熟練の技だ。洗った桶は浴槽の中へ放り込む……これは毎日の仕事で「水洗い」というが、そのほか数日置きに今度は1個1個を磨き砂で丹念に磨くんである。これを「桶磨き」という。桶の数は100個以上もあるから熟練の番頭でさえ「今日は桶磨きかあ」とおっくうになったもんだ。桶ってホント手が掛かったよ−−。

 これが「銭湯その世界・桶みがきの項」の概要なんだが、木桶の男性クン、アタシの大ざっぱな説明にもいちいちうなずいて耳を傾けてくれていたが、さらに聞く。

「木の桶ってたいへんだったんですねえ。けど、今のプラスチックの桶はどんな洗い方なんですか?」「今の桶?、こりゃあ簡単。大きな桶の洗剤が入った容器に一晩漬けておき翌日取り出して水で洗い流すだけだからね。ラクになったもんさ」

 そしてアタシは続けた。

「とにかくね、古い湯屋のことなら、その本にほとんど盛り込んでおいたつもりだから、ゆっくり読んでよ」

 男性クン、もう一度うなずいて「じゃゆっくり読ませてもらいます」とお帰りになったんだが、この男性クンね、銭湯のほかにもう一つ趣味があるんだな。先日祭りの半天姿て現れたんたんだけど、聞けば祭礼のお囃子で横笛を吹いてるっていうんだ。アタシャ何となく合点したよ。だってね、銭湯に木桶ときてピイヒャラピイヒャラのお祭り好きとなりゃあ江戸趣味じゃない。そう思うとさあ、短く刈り上げた頭髪に半天、これにねじり鉢巻きでもすれば江戸前のお兄さんだよ。ウン、粋だねえ木桶クン−−。

2006年08月12日

高齢化が進んでますなあ

 金曜日、敬老入浴デ−である。いつものように混雑を究めている。しかしフロントで高齢化がどんどん進んでいくお客さんに接していると、時として老いの侘びしさのようなものを感じさせられることがある。今日はそんな話を少々−−。

 見慣れないおばちゃんが腰を曲げて入ってきた。フロント前に黙って立たれる。

「おばちゃん、入浴証は?」

「入浴証?、あたしもらってないんだ」

「もらってない?。7月から新しい入浴証になったんで、風呂屋でハガキと入浴証を交換してもらったでしょ?」

「だからあたしはもらってないの」

「もらってないって、区から来たハガキを持ってくれば新しい入浴証と交換するんだけどおばちゃん、ハガキはどうしたの?」

「ハガキ?ここへ出したよ。だけど券はくれなかったんだ」

「くれない?。そんなバカな。うちへ出したの?」

「そうよ、だけどくれなかったもん」

「そんなこと有り得ないんだけどなあ。じゃ誰に渡したの?」

「若い男の人……」

「しかしね、伜が聞いたら怒っちゃうよ。ハガキを受けて入浴証を渡さないわけはないんだから。ほんとにハガキを持ってきたの?」

「ほんとよ、あたしがウソをつくわけがないじゃない」

 おばちゃん、口をとんがらがせた。冗談じゃないわよッといった口調だ。

「ハガキは全部控えてあるから調べりゃおばちゃんのハガキが来てるかどうかはすぐわかんだけどね。よその風呂屋と間違ってんじぃないの?」

「間違ってないさ。あたしがウソをついてると思ってんのッ」

 おばちゃん、さらに口をとんがらせた。やけに強気だ、アタシがいろいろ説明するのだが、何を言っても「もらわないものはモラワナイんだッ」の一点張りである。ラチがあかない。これも老いのなせる業か。アタシャ完全にサジを投げた。

「おばちゃん、何年生まれ?」

「大正13年……」

 ウーン84才か−−。

「じゃおばちゃんこうしよう。ほんとはこんなこと出来ないんだけど特別に新しい入浴証を出してあげよう。だから今度からかならずこの券を持ってきてね」

 そして後日のため、おばちゃんの住所・氏名を聞き、再交付のメモを書いてサインをしてもらったんだ。後ほど600人にも及ぶ今までの交換ハガキのリストを一応確認してみたんだが勿論おばちゃんの名前はない。

 もうお一方、登場願おうか。暗い話ばかりでセツナクなるが、ついでである。

 こちらも80過ぎのおばちゃん。敬老入浴日にはかならず来る人である。今日はフロントでいきなり申された。

「あたし、お風呂の券を盗まれちゃったの」

「エッ盗まれた?、どこで?」

「ここで……」

「当湯(うち)で?。いつ?」

「一昨日(おととい)」

「おととい?、だっておばちゃんは金曜日しか来ないじゃない」

「じゃ、この前の金曜日かな。袋にタオルと券を入れていたんだけどそれを盗まれたの」

「今時タオルや他人の入浴証なんが盗んでいく人なんかいないんだけどなあ。おばちゃん、どっかへ忘れてきたん
じゃないの」

「いや、どこにもないからここで盗まれたんだ」

 このおばちゃんは「盗まれた」の一点張りだ。前段のおばちゃん同様、何を言っても話が通じない、馬の耳に念仏である。ウーンなあ−−。

「じゃあ、おばちゃんね、区役所の電話番号を書いてあげるから、月曜日に電話をしてみて。再交付してもらえるから。そして今日はお金はいいから風呂に入っていきなさい」

 となったんだが、おばちゃん、電話を掛けられるかな。来週また同じことを繰り返すんじゃないか。それにしても、老いとは侘びしいものだなあ−−。

2006年08月10日

銭湯には評論家が多いんです

 甲子園たけなわである。脱衣場のテレビも開店から高校野球を掛けておく。

「あっ、やったあ!」「うわァ同点か、延長だ」などと年配の方でも程々の人気である。巨人不振にともなうプロ野球の人気低迷に比べて結構な盛り上がりだ。

「オヤッ、早いですね」

「ええ、高校野球よ。今日は32年ぶりの静岡商業が出るんで、早くお風呂に入ってじっくり見ようと思ってんの」

 中年の常連奥さんである。スポーツ大好きというだけに結構な野球通でもある。

「今は高校野球ね、プロ野球はダメッ!。ジャイアンツ何なのよォ、もう観てるとイライラしちゃうのよね。中日と17ゲーム差?。3位のヤクルトとも5ゲームでしょ。残りが40試合ぐらいじゃ今年はAクラスも危ないわよねェ。ジャイアンツが情け無いからテレビもそっぽを向いて放送しないじゃない。そこへいくと高校野球はいいわよねえ。直向きでさあ……」

 ね、なかなか詳しいでしょ。対照的なお方もいる。これは横浜−桐蔭の一戦だったが、時折見える50代の男性で、いたって饒舌なヒトなんですがね。

「横浜のピッチャーはどうもボールが上へいったり下へ来たりでさあ……」

 手を上下してボールのコースを説明する。そして続ける。

「あれで450キロを投げるっていうんだけど俺にはあんまり早くみえないんだ」

「ええッ、450キロォ?、150じゃないの?」

「いや、450キロが出るっていってたよ」。アタシャ聞くことを止めちゃった。

 こんなファンもいましたな。30代のおねえちゃんと70の野球通を自認するG党おばちゃんである。風呂でよくお喋りをしているようだが、今日はフロント前の会話である。若いほうは帰るヒトであり、おばちゃんは来たばかりである。

「おや、もう帰るの?」

「ええ早く来たので。あッそうだ、明日神宮へ巨人−横浜を見にいくんです。キップをもらったので……」

「そう、いいわね」

 アタシャ、ちょいと首をかしげた。神宮で巨人−横浜戦がありますかいな。と、おばちゃんさすがに気が付いた。

「神宮へ行くんでしょ?。神宮はねヤクルトが本拠地だから明日は巨人−ヤクルトよ。でも雨が降りそうねえ」

「神宮はドームじゃないんですか?」

「そうッ。神宮は後楽園と違ってドームじゃないの。だから雨だと中止になるわね。アタシは野球には詳しいんだから、わからないことがあったらなんでも聞いてよ」

 おばちゃん、ちょいと胸を張った。

 そこへこれまた70代のダンナが入ってきた。お二人とは顔見知りだとみえる。

「明日、神宮へ行くんだって?。明日は雨の予報だから中止だよ。太平洋高気圧が張り出しているから間違いなく降るね。太平洋高気圧はスゴイんだから……」

 ホホウ、太平洋高気圧はスゴイんですかあ。こちらは野球評論家じゃなく気象予報士ですな。この方、帰り際にこんなことも言ったんですな。

「今日の化粧台に飾ってあるユリの花、いいねえ。あの生けかたはウマイよ。バックに大きな葉っぱをかざってあるなんて花が映えるよ。娘さんは花が上手だよね」

 近所の自営業のご主人なんだが、生け花の評論もなさるんですなあ。

 如何ですかな。銭湯には古来から森羅万象の評論家がいらっしゃるんだ。それも愉快な評論家がね。だからアタシャ番台ブログを書くのが楽しいんですわ。

2006年08月07日

素直ないい子供だなあ

 フロントから何気なくランドリーへ目がいった。

 ランドリーへは洗濯しながらの入浴客のために途中からでも行けるようにとフロント前に出入口を設けてある。ガラス戸になっているからフロントからも見られるんだ。

「オヤッ、小学生が何やらやってんな。洗濯の手伝いでもやってんのか?」

 アタシャ軽くそう思った。子供が洗濯の手伝いをしていることはままあるんでね。

 反面、ランドリーの中で遊んでいる子も時々ある。そんな場合は「オイッ、ここはお前らの遊び場じゃないんだ。遊びは表でやれッ」となるんだが、この時はアタシャ何も思わなかった。小学生はアタシの顔をみると急いだように退散したんでね。

 だからどうってこたあなかったんだがこの子たちにはどうってことがあったんだ。

 2、3分たったかな。先刻の小学生が二人で今度は玄関からやってきた。時折見かける小学5年生の坊主どもだ。風呂じゃなさそうだな。5年坊主、アタシの前にくるやペコッと頭を下げた、そして言う。

「ボクたち、今ランドリーで遊んでいたんです。ホラー映画の××の真似をしてふざけていたんです。洗濯をする所で遊んじゃってごめんなさい。おじさんに見られたんで謝まろうと思ってきたんです。ごめんなさい」

 ごめんなさいを2度繰り返した。

 ホホウ、ウーム……。アタシャ感心しちゃった。冒頭で言ったように何気なく見た程度であり、この子たちがふざけていたこともわからなかったんだ。それを謝りにくる……。アタシャもう一度ホホウと思っちゃった。

「お前たち5年生だったよな。悪いことをしたと謝りにきたのか。エライぞ。おじさんはそういう素直な子供が大好きだ。悪いことはきちんと謝れるっていうことは大事なことなんだよな。そっか、エライッ。じゃ、ご褒美っていうほどじゃないがアメでも食べていきな」

 アタシャ幼児用のアメ玉の缶を出した。坊主ども、缶からちょいとアメをつまむや今度は「有難うございました」と言いながらフロントを後にしたんだ。ウーン、いい子たちだねえ。

 坊主どもと入れ違いに70代の常連奥さんが入ってきた。

「あの子たち、お風呂に入ったようでもなく、なんか嬉しそうに出ていったけど、何かあったの?」

「ええ、実はコレコレシカジカで……。素直な子供達ですなあ」

「そう〜。ダンナさんが今回の1010に書いていたけど、親の躾よ。躾のいい子は素直さがなくなんないもん。子供は100%親の躾よ」

 奥さん、力説された。そういえば浴場広報紙「1010」8月号に「子供は素直であってほしいなあ……。親の甘いは毒薬……子供から素直さを失わせるのは社会の悪影響もあるだろうが、根本は親の躾にほかなるまい……」などとエラソ−に書いたけど、はからずも常連奥さんにフォローしてもらった感じだ。

 素直な子供だなあ、ウレシイねえ。今日はいいことがありそうだぞ−−。

2006年08月05日

どすこい かわら版」

 アンタにさあ、また聞いてもらいたいことがあんだけど、聞いてくれるかな。

 以前、このブログでもちょっと触れたんでアンタも覚えていると思うけど、墨田区にね高齢者福祉課・高齢者支援担当っていう部署があんだよね。

 そん中に「て−ねん・どすこい倶楽部」といってね「定年退職をしたシニアの方々の社会参加を支援し、様々な活動を行っていく……」ことを主旨とした組織があるんだ。

 そしてね、その活動の一つに「どすこいかわら版」という月刊の情報紙を発行してんですな。

 それでね、そのかわら版にシリーズで「お風呂屋さん訪問」と題した墨田区の銭湯紹介記事が載ってんだよね。今までに4回、つまり4軒の風呂屋が紹介されてんだが、5軒目に当湯(うち)が訪問を受けることになったんだ。光栄だよね。

 そこで先日取材を受けたんだが、今日はその模様を報告しようと思ってんですわ。ツマンナイけど聞いてよね。

 ということでこれからが本題なんだけど、アレッ、何か言いたそうだな。何だって?、いつもいつも前口上が長過ぎるだって?。まあそう言いなさんな。物事は順序立って説明しなけりゃ理解されませんがね。大体、アンタはセッカチ過ぎるのが玉に傷だよ。

 取材には女性がお二人でお見えになった。アタシャ、シニア倶楽部だから程々のおばちゃんを勝手に想像してたんだが、何とこの方々はお若いんだなあ。

 アタシャ開口一番「アンタ達も高齢者なの?」と聞いちゃったよ。

「そうです、もう60過ぎているんですよ」というご返事さ。

 オヤッ?、またまた何か言いたそうだね?、オヤジは女の人を見りゃあ「若い若い」と言い過ぎるって?。ウ−ンそうかなあ。

 確かに若いったって30代40代には見えないよね。しかしねえ全体的に若々しいのよ。まあ、仕事や趣味に生きてる人、ボランティアで活躍なさっている人達は生き甲斐を求めて生活しているせいか、活力があるんですなあ。それがいつまでも若くいられる原因でしょうねえ。

 だからアンタもパチンコばっかりやってないで、ちったあ社会奉仕でもしなさいよ。人間の生き甲斐ってえのはね……。オイオイ、俺はオヤジの説教を聞いてるヒマがねえんだ。早く風呂に入りたいんだからどんどん先へ進んで……。そっか、そうだよな。では急いで参ろう。

 取材の内容はアタシの生い立ちから湯屋の生業(なりわい)、そして銭湯の現況などなどで、これはプロの新聞記者さんもアマチュアの編集屋さんもそう変わりはない。喋るアタシだって相手変われど……だから家人(うち)の者が聞いたら、年がら年中同じことを話してらァと思うだろうな。しかしねえ風呂屋のオヤジを相手に「首相の靖国参拝をどう思うか?」

 なんて聞く人はいませんし、「近年の原油高について、中東諸国と米国についてのご意見を」なんて言われても答えられませんやね。アンタだって分からんだろ?。

 ま、とにかくそんなこんなでお二方はアタシの、例によってのいい加減な話にも適当に笑い適当にうなずいてくれてメモをとっていましたなあ。その後はフロントや店の玄関などをカメラの収めてお帰りになったんだ。

 あッ、そうそう、お二人の名前を書き忘れていましたな。事前に電話などで打ち合わせをしていた方が福士さんといいもう一方は串原さんでした。フクシさんとクシハラさんだよ。

 面白いねえ、アンタ何も感じない?。だってさ、墨田区のフクシ課からフクシさんが見えたんですぜ。語呂合わせじゃないけどシャレてるじゃない。だからね、今度出る「かわら版」はきっとシャレた楽しい紙面になると思うよ。8月15日に発行っていうから、アンタもしっかり読んでよね。フクシ課からフクシさんが出すんだから−−。

2006年08月03日

亀田、初の世界戦

 70程の常連男性氏。この方がフロントへ来るなり口を尖らせた。

「昨日の亀田のボクシング見た?。ありゃあないよな。どうみたって亀田の負けだよ。俺、普段はボクシングなんかあまり見ないんだけど、すごい人気だから早めに風呂へ入ってテレビを見たんだけど、あの判定はないよなあ。大体、亀田のエラソーな態度は大嫌いなんだ」

 そういえばこの方、毎日見えるんだけど野球の話はもちろん、スポーツに関する話題を口にされたことなぞついぞなかったなあ。

「巨人巨人と騒いでいるけど、あんなに巨人に夢中になるなんて俺には考えられないよ」などとも言うおヒトであり、フロントでの会話もパチンコに競馬ぐらいだったからね。もっともパチンコ・競馬も指と頭のスポーツか。

 とにかく、そんな御仁が聞きもしないのにいきなりボクシングの話をなさったんだ。アタシャ少々驚いた、そして視聴率50%になんなんとしたという昨夜の一戦「世界ライトフライ級の亀田興毅VSファン・ランダエタの世界戦」の人気の凄まじさを実感させられたなあ。そんなところへ同年輩の男性が入ってきた。この方は政治スポーツなどなど、いつも評論家のような口調でお話になる。先のヒトとは好対照なおヒトでもある。

「亀田の試合?、ありゃあ出来レースよ。大体ね審判がもう興行元よりゼニをもらってんだから、ノックアウトでもされない限り結果は決まってんのよ」

 ホホウ、キビシイことをおっしゃる。しかし何となく説得力がある論調?ですな。

 ということで、ボクシング好きな風呂屋のオヤジも昨日の一戦を振り返ってみよう。

 試合開始が9時だというのに放送は7時半から始まっている。一連の亀田陣営によるパフォーマンスからKO街道を進んでいる亀田人気はすごいものがあり、会場の埼玉アリーナは超満員らしい。対して風呂屋は閑古鳥がはびこってきましたぜ。

 アタシも早めにテレビをつけておいたんだが、控室での亀田の表情が何かこういつもと違うような気がした。ビッグマウスと言われる普段の不遜な態度が消えてるので「やはり初の世界タイトルで緊張してるのか。亀田らしくないな」と見ていたんだ。

 そしてゴング。

 1ラウンド終了間際にランダエタの右が亀田のアゴにヒットして亀田がプロで初めてのダウン。この回はゴングで救われたものの、その後はいつもの相手を呑んだような不適とも思えるファイトが陰を潜め、ただ機械的に手を出しているアンバイだった。優位にたったランダエタのほうも中盤以降これという決め手が出ない。

 しかし亀田のボデイから顔面へ亀田の堅いガードの隙間から軽いながら的確にパンチをいれていた。亀田の反撃はまったくおざなり。ランダエタ有利の展開は誰の目にも明らかだったんじゃないか。

 そして迎えた11ラウンド、ランダエタの猛攻が展開され亀田はもうクリンチするのが精一杯。打ち合うどころじゃない。あの傲岸不遜ともいわれる亀田の姿はどこにもなくただ逃げ回り相手にしがみつくだけの姿に「あ〜あ、哀れな亀田よ」であり、これで完全に勝負は決まったなと思ったんだ。

 ところががジャッジは2−1で亀田コールだった。

 オヤオヤ−−。会場のブーイングもすごかったらしい。さらに放送したTBSには5万通余の抗議メールが殺到したという。

 新聞は「疑惑の判定」「まさかの逆転判定」「仰天の勝利」などの大見出しが一斉に踊った。当然だろうなあ。

 亀田のファイトについては以前、このブログで「ヘソ曲がりファンの言いたい放題」と断って?「亀田兄弟の試合はパフォーマンスで盛り上げ、派手なKO劇を演出するプロモートでありマッチメークなのかもしれない……」などと書いたが、一気に噴き出した新聞の疑惑の判定とやらの論調を見ると何やら「やっぱりなあ」と思っちゃうんだ。

 プロボクシングは判定基準のあいまいさ、審判制度の問題等、いろいろな条件があるんだろうが、低迷するボクシング界の現状打破を願うあまり、偶像づくりでの興行最優先のやり方は逆にファン離れを興す懸念もある。要はこれから亀田が万人の認める世界的な選手を相手にして得意のKO劇?を演ずることが世間の疑惑を一掃することになるんだが。

 先刻のお客さんが言う。

「オヤジさんはどう思う?」

「オレもやっぱりヘンだと思うよ」

「だろッ。だったらオヤジさんがよォ、さくら湯のお客を代表してボクシング協会に抗議をしなくっちゃ……」。

 ホウ、風呂屋のオヤジが抗議をねえ。ウーン、じゃブログで抗議をすっか−−。






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