隅田川花火
6時、まだ暮れやまぬ夏空にヘリコプターがうなって飛んでいる(当り前だ、静かに飛んでいたんじゃあサマにならない)。
今日は江戸時代から続く下町の夏の風物詩である隅田川花火大会である。風物詩などという情緒のある言葉より一大饗宴と表現したほうがよさそうなすごい賑わいの一夜である。当湯(うち)から隅田川の会場までは2キロもあるだろうか。そんな場所でも轟音というか炸裂音が至近弾のように鳴り響き、夜空を絢爛・華麗な花火が大きく彩っていく。そして猫もシャクシも花火へ花火へとなびいていく−−。
例年そうなんだが、花火の始まりとともに湯屋の客足が遠のく。常連さんは花火の前に風呂へ入ってしまおうと早めにお見えになる。
「おや、早いですね」
「そっ、花火だもん……」
こんなお客さんが多いのである。80過ぎのおばちゃんが出てきた。
「花火はどこで見るんですか?」
「キリビ……」
「エッ…?」
「キリビよッ」
ご一緒の方が「テレビで見るのよ」と通訳?してくれた。
う−んテレビかあ、ゴメンネ。オレ、耳が遠くなったかな。
60代の男性「これから仲間と一緒にH高校の屋上が借りられたので、そこで花火だ」団扇を持った50代の男性が入ってきた。
「おや、花火のウチワですね」
「うん、仕事から帰ってきたら地下鉄の駅でくれたんだ。それにしても駅がすっごく混んでいるんだ、ホームから表へ出るまで20分も掛かっちゃったんだからねえ。押上にこんなに大勢の人間がいたのかと驚いちゃったよ。花火はスゴイねえ」
「まだ5時だっていうのにもう人がゾロゾロ歩いてるよ。浴衣姿が多いんだよねえ。今の人は浴衣は花火の日に着るもんになってんだね」は、70前後のご近所のダンナ。
時折見える30代の、ご夫婦のような、そうでもないような(オヤジ余計なことだぜ)カップルがお見えになった。
「これから花火にいくんだけど、どこがいいのかなあ」
どこがいいか、ねえ−−。そういえば当湯(うち)でも4年ほど前まで、屋上にテーブル・イスを並べ、提灯をぶらさげて即席ビアガーデンのような雰囲気で花火見物をしましたなあ。知り合いやお客さんを呼んでね。しかし高層マンションが林立するようになり、年々花火が見にくくなったのでしぜんと止めてしまったんだが、それを今でもやっていたら
「お客さん、うちの上でみなさいよ」と言えたんだけどねえ。
8時半、花火がそろそろクライマックスにさしかかったようだ。脱衣場でもフロントでも花火のテレビを掛けておく。「独占隅田川花火大会、下町・浅草に咲け豪華2万発。天空に輝く光のタワー、江戸から続く光の宝石」と歌い文句も華々しい。
そんなところへ湯上がりで出てきた40代の男性。
「オヤジさん、NHKを掛けてよ。ボクは花火より野球なんだ」
「野球?、10対1で巨人が中日に負けてるよ」
「そうッ。前に番台日記で見たんだけど、オヤジさんはアンチ巨人なんだってねえ」
「ウン、ここにいるとお客さんがほとんどが巨人ファンだから大きな声じゃ言えないんだけどね」
「そうッ、実はボクもそうなんですよ。ボクは今やってる中日なの」
「ヘ〜ッめずらしい……」
9時が鳴った。2万発の花火も打ち上げだな。これからお客さん花火帰りに来てくれるかなあ−−−。






