風呂屋のオヤジの番台ブログ

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2006年07月29日

隅田川花火

 6時、まだ暮れやまぬ夏空にヘリコプターがうなって飛んでいる(当り前だ、静かに飛んでいたんじゃあサマにならない)。

 今日は江戸時代から続く下町の夏の風物詩である隅田川花火大会である。風物詩などという情緒のある言葉より一大饗宴と表現したほうがよさそうなすごい賑わいの一夜である。当湯(うち)から隅田川の会場までは2キロもあるだろうか。そんな場所でも轟音というか炸裂音が至近弾のように鳴り響き、夜空を絢爛・華麗な花火が大きく彩っていく。そして猫もシャクシも花火へ花火へとなびいていく−−。

 例年そうなんだが、花火の始まりとともに湯屋の客足が遠のく。常連さんは花火の前に風呂へ入ってしまおうと早めにお見えになる。

「おや、早いですね」

「そっ、花火だもん……」

 こんなお客さんが多いのである。80過ぎのおばちゃんが出てきた。

「花火はどこで見るんですか?」

「キリビ……」

「エッ…?」

「キリビよッ」

 ご一緒の方が「テレビで見るのよ」と通訳?してくれた。

 う−んテレビかあ、ゴメンネ。オレ、耳が遠くなったかな。

 60代の男性「これから仲間と一緒にH高校の屋上が借りられたので、そこで花火だ」団扇を持った50代の男性が入ってきた。

「おや、花火のウチワですね」

「うん、仕事から帰ってきたら地下鉄の駅でくれたんだ。それにしても駅がすっごく混んでいるんだ、ホームから表へ出るまで20分も掛かっちゃったんだからねえ。押上にこんなに大勢の人間がいたのかと驚いちゃったよ。花火はスゴイねえ」

「まだ5時だっていうのにもう人がゾロゾロ歩いてるよ。浴衣姿が多いんだよねえ。今の人は浴衣は花火の日に着るもんになってんだね」は、70前後のご近所のダンナ。

 時折見える30代の、ご夫婦のような、そうでもないような(オヤジ余計なことだぜ)カップルがお見えになった。

「これから花火にいくんだけど、どこがいいのかなあ」

 どこがいいか、ねえ−−。そういえば当湯(うち)でも4年ほど前まで、屋上にテーブル・イスを並べ、提灯をぶらさげて即席ビアガーデンのような雰囲気で花火見物をしましたなあ。知り合いやお客さんを呼んでね。しかし高層マンションが林立するようになり、年々花火が見にくくなったのでしぜんと止めてしまったんだが、それを今でもやっていたら

「お客さん、うちの上でみなさいよ」と言えたんだけどねえ。

 8時半、花火がそろそろクライマックスにさしかかったようだ。脱衣場でもフロントでも花火のテレビを掛けておく。「独占隅田川花火大会、下町・浅草に咲け豪華2万発。天空に輝く光のタワー、江戸から続く光の宝石」と歌い文句も華々しい。

 そんなところへ湯上がりで出てきた40代の男性。

「オヤジさん、NHKを掛けてよ。ボクは花火より野球なんだ」

「野球?、10対1で巨人が中日に負けてるよ」

「そうッ。前に番台日記で見たんだけど、オヤジさんはアンチ巨人なんだってねえ」

「ウン、ここにいるとお客さんがほとんどが巨人ファンだから大きな声じゃ言えないんだけどね」

「そうッ、実はボクもそうなんですよ。ボクは今やってる中日なの」

「ヘ〜ッめずらしい……」

 9時が鳴った。2万発の花火も打ち上げだな。これからお客さん花火帰りに来てくれるかなあ−−−。

2006年07月28日

可愛く老いたいねえ

 まずはいきなり「可愛く老いたいねえ」と結論から入って出発しよう。話には2人のおばちゃんが登場するので、こんがらがっちゃうからAさんとBさんにしておく。

 利かん気の強い方だなあ、と思うおばちゃんがいる。Aさんといい時折見える方でもう80過ぎであろうか。先日は「脱衣場で老眼鏡が無くなった」と大声でアタシに言いにきたんだ。

「脱衣場のテーブルの上に置いていたんだけど、いつの間にか無くなっていた。誰かが盗んでいったんだ」と怒り心頭に発したんだ。この時は近所のおばちゃんがご自分のメガネと間違って持っていってしまい、その直後に慌てて返しにきたんで事なきをえたんだが、怒り心頭のAさんはそれでも気持ちが収まらず帰り際に「こんなお風呂屋はもう2度と来ないッ」と捨て台詞を吐かれたんだ。アタシャ「おっかねえおばちゃんだなあ」と恐怖心を抱いた?よ。

 そして「もう2度と来ない」はずのAさんがその後3度・4度とお出でになっていたんである。そして今日だ。入浴を済ませてフロントを後にしたんだが、下駄箱の前で何やらブツブツ言いながらカギを開けたり閉めたりやっている。

「どうしたの?」

「うん、あたしの下駄箱を開けたら違う人の履物が入っているのよ。誰かが合カギかなんかで取っ替えていっちゃったんじゃないの」

「このカギ、おばちゃんの?」

「そうよ、あたしのよ。それなのに違う履物が入ってるじゃない。誰かがいたずらをしたんじゃないの」

「今時、履物を合カギで開けて持っていく人なんかいないんだがねえ」

 と、その時、やはり80のおばちゃんが出てきた。この方がBさんである。

「ダンナさん、あたしの下駄の札が無くなっちゃったの、あっちこっち探したんだけど」

 ハハーン分かった……。「おばちゃんの履物ってこれでしょッ」

「あら、そうだ。どこにフダがあったの?」

「このおばちゃんが間違って持ってきちゃったんだね」

 ところが先のAさんはご自分の間違ったことは認めない。

「じゃ、あたしのフダはどこへいっちゃったのよ」とフクレッ面である。

「どこって、その袋の中じゃない?」

Aさん不本意そうに袋の中をごそごそやっていたが「あ、これか」と札を取り出した。そしてご自分の履物を出されたってわけで一件落着なんだが。

 この時ねえ、Aさん、ご自分のミスを認めたくないようで「あたし今日はなんとなく調子が悪いのよ」とつぶやくように言うだけで、すみませんのスの字もない。しかし、ちょっぴり間が悪そうな顔はしたな。で、アタシがちょいと言ったんだ「間違いはだれでもあるから気にしないで」とね。ところがAさん言い放ったよ。

「あたしはちっとも気になんかしてないわよ」だと。う−ん、なんとまあ意固地なことよ……。

 人間、齢(よわい)を重ねたら、明るく、かわいく老いたいよねえ−−。

 次いでだから、もうお一方登場してもらおうか。

 今日は敬老入浴日である。70半ばの見慣れないおばちゃんが入ってきた。そして今は使われていない旧い敬老入浴証を出されたんだ。

「この入浴証は昨年度で終わって、もう使えないんですよ。しかし今日はせっかく来たんだからお金はいいですから入っていきなさいよ」

 このおばちゃんもスイマセンがない。黙って脱衣場へ入られた。使えないと言われたことが気にくわないのか。そして入浴後、黙って帰るおばちゃんの背中に言ったんだ。

「今度は新しい入浴証じゃないと入れないからね」。おばちゃん、振り返りもせずに声を出した。

「わかった、わかったッ」

 う−ん、カワイクナイ。年とったら、かわいく老いたいねえ−−。

2006年07月27日

すみだ家庭の日

 今度、墨田区では毎月25日を「すみだ家庭の日」ということになったんだって。

「家庭の日」って何だろうと思うよね。

 アタシも詳しくは分からないんだけど、なんでも墨田区が現在推進している「明るく生き生きとした街づくり」の一環として、月に一日を家庭の日と位置付け、一家揃って家族とは家庭とは……を考える団らんの一時を持とう、といったような主旨らしいですな。

 近年、家庭内での考えられないような陰惨な事件が続発している世情から、改めて家族の絆を見直そうということもあるんでしょうなあ。

 そこで浴場組合も「家庭の日」に協賛し、現在行っている「敬老入浴デー」の延長として家族が一緒に入れる「家庭の日、親子入浴デー」を実施する事になったんです。

 しかしねえ、何分にも不景気風が依然として吹き止まぬ厳しいご時世ですから家族をオール無料開放というサービスはちょいと難しいんですなあ。タイアップしてくれる区だってサイフが苦しくてフウフウといってるんですからねえ。そんなことで実施に少々条件がついちゃったんです。つまり「家庭の日は半額入浴」となったんです。そしてその範囲も「敬老入浴証をお持ちの方と、同居している子供・孫」までと決まったんです。

 なんでえタダじゃねえのかよう、などとおっしゃらないでください。

 ということで今日7月25日が第一回目の実施日なんです。「家庭の日」の周知はポスターを掲示するとともに、先月から行われている2年に一回の敬老入浴証の交換時に入浴カレンダーを配布してそれなりに説明をしていたんです。しかしねえ、先日のブログ「敬老入浴デー」にも書いたんですが、風呂屋のジジイがジイちゃん・バちゃんを相手に説明するんだからご理解いただくのにホネが折れましたなあ。

 で、「どこまで皆さんご存じかな、ウマくいくかな」と心配していたんです。しかし案ずるより……でしたなァ。そこで第一回目のご報告と参りますので、聞いてください。

 開店と同時に程々のお客さんが見えましたな。皆さん、アタシが思ったより家庭の日を御存じでしたね。といっても思ったより、ですからいつもの敬老入浴と比べたら利用者は50%強ぐらいでしょうか。

 でもね、金曜日は無料ですが今日は半額いただくんですから5割余の数字はいいほうなんですよ。常連さんはともかく、普段、金曜日の敬老入浴だけをご利用なさる方は入浴総数の6割以上ですからねえ。

 いつも開店早々に見えるダンナ、70ちょいと前でありサウナにも入られる常連さんだがまずはご質問だ。

「今日はサウナも半額?、違うの?。そりゃあまあいいけど、家庭の日でもカアちゃんは半額じゃないんだって?。おかしいよ。カアちゃんあっての家庭じゃないの」

 ウーン、ごもっとも。でも風呂屋もフトコロがねえ。まあご勘弁くださいな。

 続いては80のご老体。「倅夫婦が一緒にきても半額なの?」「ええそうなりますね」

「ほう、それじゃ風呂屋さん勘定に合わないな」。ええ、まあ−−。

「今日は半額っていうから孫を連れてやってきたのよ」というのはいつも金曜日を楽しみにおいでになるオバアちゃん。「お孫さんは普段一緒に住んでるんですか?」

「いえ、ちょっと離れているんだけど電話で呼んだのよ」

 ホホウそうですかあ。規定は同居家族となってるんだが、ま、いいか−−。

 といったそんなこんなで、初めての「家庭の日、家族入浴」はまあまあだったんじゃないでしょうかねえ。これから区と浴場組合でさらに検討を重ねていき、「より良い家庭の日の家族入浴」にしていきたいと考えていますので、今後も楽しくご利用ください。

 以上ッ、記念すべき第一回目の報告です。

2006年07月26日

人の話しも聞いてよ

「身内にシャツのボタン付けの仕事を頼まれたのよ。細かい仕事なのよ。あんたなら器用で何でもできるし、急な仕事なんで手伝ってくれって言われちゃったのよ。これがまた難しいのよねえ。けど、あたしって頼まれるといやって言えないヒトなのよね」

 と、まずはいつもの調子で報告されたのはKさんという70年配の女性(ひと)である。隔日にお見えになるんだが、独り住まいで「着付け」のお仕事をなさっているそうである。

 話好きであり、フロントでも脱衣場でも誰彼となく話しかけられる。

「あたしねえ、普段一人で生活してるから表へ出るといろいろ話したくなっちゃうのよ」ともおっしゃる。話も一般的な世間話や芸能ニュースではなく、熱烈な巨人ファンであるためジャイアンツの話題を中心にサッカー、バレーボールなどテレビで放映されるスポーツ番組と、ご自分の状況などなどを語られるんだ。語られるんである。

「今日のヨシノブ(高橋由伸)のバックホームさあ、あの程度の浅いセンターフライだったらホームで刺さなきゃダメなのよ。あれが今日の敗因ね」

 ホホウなかなかのご意見、けど、さっきテレビで解説者が同じことを言ってましたな。

「ベッカムが蹴ったボールを次の選手が自分のゴールに誤って蹴りこんじゃったでしょ、あれオンゴールっていうのよね。オンゴール……」

 モシモシ、お言葉を返すようですが、それはオウンゴールというんじゃないですか。

「ヤンキースの松井が練習を再開したのよ。あの子は怪我に強い子だからねえ」

 あの子は〜強い子、ですかァ……。Kさんはお独りの生活で四六時中テレビとお過ごしになっているようなので、ご意見などが総てテレビの直送?なんですなあ。

「今、流行っている韓国ドラマさあ、あんなのに夢中になっている人の気が知れないわ」

 とも切り捨てていましたが、何やら芸能番組は通俗でスポーツ番組がハイレベルとでも錯覚なさっているんですかなあ。そしてね、脱衣場にはいろんな好みのお客さんがいるんだけど、Kさんは誰にでもご自分のスポーツ談義をなさるんだ。

「これからゴルフを見るんだけど、夜中だから寝不足になっちゃうわ。だけどさあ、タイガーウッズのドライバーってスゴイのよ」となる。お相手はタイガーウッズもドライバーの飛距離も興味がないなどということは一向にお構いなく、ご自分の知識をご披露すればよさそうなんですな。ですからKさんの話が始まると逃げ腰のヒトも見受けるんですが、Kさんは意に介しませんよ。あくまでマイペースですわ。

 とにかくKさんのお話はご自分中心なんですよね。会話はキャッチボールなんて言いますが、Kさんの会話は報告、説明、つまり独演、一方通行ですな。しかしKさんに限らず世間にはこの手の方が結構多いんじゃないですか。

 話上手は聞き上手などという言葉もありますが、対して話好きの聞き下手っていう言葉もありましたね。

 ハア?、風呂屋のオヤジはどっちだって?

 ウーン、どっちかなあ、話は下手でも聞き上手になろうとは努めているつもりなんですが、ついつい今日みたいに相手のアラを拾ったりおちょくったりしちゃうんですなあ。

 Kさんのような話好きの方には「ホホウ、な〜るほど、そうですかァ……」と聞き役に徹すればフロントとして一人前なんでしょうがねえ。湯屋稼業五十年、まだまだ客商売の修行が足りませんなあ。

2006年07月24日

風呂屋のオヤジの相撲談義

 4時過ぎ、60半ばの男性が入ってきた。サウナの常連さんである。フロントのテレビが大相撲千秋楽をやっている。そのテレビをチラッと見やりながらアタシに言う。

「白鵬が朝青龍を負かせば間違いなく横綱だな」

「うん、そうね。前半で2敗して期待を裏切った感じだったけど後半は頑張ったしねえ」

「今までは外人ばっかりで相撲がつまんなかったけど、今場所は何だかんだといっても結構面白かったんじゃないかな。日本人はダメだけど把瑠都なんていうのも出てきたし」

 そう、近年は「相撲がおもしろくない」というのが脱衣場桟敷の常套句だったが、名古屋場所は朝青龍の独壇場に待ったをかける白鵬の急成長で程々盛り上がったようだ。

 さてその名古屋場所だが、14日目に朝青龍が優勝を決めたものの、今日、千秋楽で白鵬が朝青龍を倒せば横綱昇進!ということで多くのファンが期待した一番だった。そして、期待通りの大相撲となった。近年マレにみる熱戦だった。右四つがっぷりで胸が合った。

 この組手は朝青龍には不本意であり、こんな不十分な体勢になったのは朝青龍にしては珍しい。立ち合いのスピードから前さばきのうまさで自分十分な体勢をつくり相手を仕止める土俵は、今場所が休場明けとは到底思えない完璧なものであり、まさに天馬空を行くの勢いだった。このスキのない横綱に挑み、大相撲の果てに寄り倒した白鵬の相撲ぶりは圧巻であり、これで横綱昇進が確定とは誰でも思ったことだろう。

 アタシャ5時半にフロントを交替し、結びの一番を見てからこのブログにとりかかったんだが、その最中にテレビから「放駒審判部長が、白鵬と雅山の昇進問題については理事会を招集しないことになった」というアナウンスが流れてきたんである。アタシャ耳を疑ったよ、その後、土俵下での朝青龍の優勝インタビュの中ででも「昇進見送り」が報じられ、館内に何とも言えないどよめきが流れたようだ。白鵬が早々と2敗して朝青龍の独走を許したことが見送りの理由とも言っていたが、解説の北の富士が「独走という言葉を使うなら白鵬以外の大関陣の不調も取り上げて検討すべき」と述べていたし、向正面の解説・舞の海も「そうであるなら14日目に朝青龍と白鵬の対戦を組むべきだった」と指摘していたが、アタシもまったく同感だ。

 横綱の昇進規定に「2場所連続優勝、若しくはそれに準ずる成績」となっていると聞くが、白鵬はここ4場所13勝・13勝・14勝の優勝で今場所13勝の準優勝である。さらに対横綱戦はこれで本割り3連勝じゃなかったか。規定には十分該当している成績だと思うがねえ。それでも理事会で昇進を議論しての見送りというのならまだしも、白鵬が大一番を制したその余韻も冷めやらぬうちに冷水をぶっかけるようなコメントはタイミングが悪すぎる。白鵬の落胆ぶりも想像される。しかしこれで気落ちせず来場所再び打倒・朝青龍の気迫を持って土俵にあがってもらいたいね。そうすれば道は十分開けるであろう。

 青・白時代(朝・鵬かな)の到来も近いんじゃないか。

 それにしても、また繰り言になっちゃうけど、日本人力士はだらしがないねえ。特に大関陣の不甲斐無さは目に余るよ。怪我があったとはいえ休場、カド番そしてハチナナ(8勝7敗)かクンロク(9勝6敗)を繰り返して大関に地位にしがみついてる感じだもんなあ。厳しいことを言えば、大関は2場所で8番勝てば安泰なんだ、つまり8勝22敗でいいってことになるんだが、それを地で行くような状態ではお恥ずかしいかぎりだ。来場所は進退を賭けて土俵にあがってもらいたいね。

 とまあ、今日は長々と風呂屋のオヤジの相撲評論?みたいになっちゃったけど、ちょっとエラソーだったかなア。

2006年07月23日

年寄り笑うな行く道だ

 金曜日、敬老入浴デーである。開店を待ち兼ねたように続々お出でになる。有料のお客さんと合わせて普段の倍近くを数える。まさに隆盛期の銭湯を彷彿させる一日でもある。

 敬老入浴の対象者は65才の壮年から90代の老年までと幅が広いからまことに多彩である。そして様々な人間模様も垣間見ることができる。そんな光景を少々−−。

「65番の下駄の札がないけど、誰かが持っていったんじゃないの」

「65番?、使ってんでしょ。今日は結構混んでいますからねえ」

「いや、誰かが持っていったんだよ。あたしはいつも65番なんだ。隅っこだから大抵空いてんのに今日は札がないもん。持っていかれちゃったんだ。調べたらいいよ」

 入ってくるなりのお話は85才のご老体。カクシャクそのものの方だったが、最近ちょっと弱られたかなという感じがある。しかしこの人の「弱り」は何とも明るいんである。

「使ってんだと思うけど、一応空けてみましょうか」

 ということで合カギを使って下駄箱を空けてみた。もちろん先客の履物が入っている。つまり使用中なのである。

「おかしいなあ、いつも空いてんのに……」

 別にオカシクはないんですがね。

 そして1時間後、フロントの小窓から再びご老体が声を掛けられた。

「ロッカーのカギがないんだ。風呂場で流しちゃったのかなあ」

 ホホウ、今度はロッカーですか−−。アタシャ、脱衣場へ出向いた。事情を聞こうとご老体を見た。なんと手首にカギがちゃんと巻いてある。

「そこにあるじゃないですか」

 ご老体、ご自分の手を持ち上げて「オッ、ここにあったか。うん、そうか」、まるで他人事のように言われる。恥ずかしそうな気配もなく、悠然たる感じでさえある。ウーム、何事にも動ぜずか、ご立派だ−−。

 お次はこれまた80代のおばちゃん。下駄箱の前でウロウロしている。アタシャさっそく出張った。

「カギがないんですか?」

「そう、どこへやっちゃったのかなあ」

 この手のことは金曜日ともなれが茶飯事である。おばちゃん、湯道具の中を懸命に探している。そこでアタシャ一言。

「ポケットは?」

「ポケット?あら入ってたわァ。ああよかった」

で、簡単に一件落着。おばちゃんヤレヤレとお帰りになったんだが、そんなところへ出てきた67才のおばちゃん。敬老入浴では若手だ。なかなか辛口の方でもある。

「今のオバアチャンねえ、自分のロッカーも分かんなくなっちゃうのよ。だいぶボケてきたようねえ」

 ボケねえ。そこでアタシがまたまた言うんだ。

「年を取るとしょうがないですよ。誰も好きでボケてるわけじゃないしねえ。いずれみ〜んなそうなっていくんだもん」

 さらにちょいとガクのある?ところを披露する。

「子供叱るな来た道だ、年より笑うな行く道だ、なんていう言葉もあるしねえ」

おばちゃん何となくうなずいた。そして今度は神妙に言う。

「そういえばそうよねえ。あたしもそのうちボケっから、そん時はダンナさんお願いしますね」

モシモシ、おばちゃんさあ、アタシャ、エラソーなことを言ってるけど、この頃何やらボケ症状が出てきてるようなんですな。物忘れが多いし、人の名前も忘れるしねえ。だからさあ、そのうち、おばちゃんの顔を見ても「どなたでしたっけ?」なんて聞くかも知れないよ。けど、あ〜らボケてるゥなんて笑わないでね−−。

2006年07月20日

巨人が苦しんでるねえ

 8時、「野球かけてくんないッ」とフロントへリクエストされたのは中年の男性。オヤめずらしい。ここんところ雨で巨人のゲームがなかったことと、最近の野球人気の低迷、というよりジャイアンツの不振で脱衣場の巨人人気がガタ落ちだったこともあって、ついついテレビを野球に合わせておかなかったんだ。お客さんの方も野球放送にさほどこだわらなくなっていたんでね。さっそくチャンネルを切り替えた。巨人・阪神戦である。

 上原と福原のエース対決で7回まで0−0の投手戦である。8回、阪神・鳥谷のツーベースからバント、犠飛で阪神が1点をもぎとった。とたんに脱衣場から声が上がった「チェッまたかよう」。そしてフロントへ出てきたくだんの男性。いまいましそうにアタシに言うんだ。「ま〜た負けだな。こんなに弱い巨人など見たかぁないんだけど、やっぱり見ちゃうんだよなあ。そして見る度に腹が立ってくんだ」

「だけどまだまだ1点差で9回があるじゃない。逆転するかもわかんないよ」

「ケッ、するわけないよ。もう見なくたって分かっから帰るんだ」

 中年ウジ、いかにもいまいましそうな表情でお帰りになった。カワイソーにねえ。ゲームは9回、阪神の守護神・藤川が締めくくってそのまま終了し、巨人軍は首位中日から14ゲームの大差で前半戦を折り返した。もう一回言う、カワイソーなG党よ。

 野球放送が脱衣場のテレビからいつの間にやら主役の座を滑り落ちている。以前、このブログでも書かせてもらったけど、巨人戦はオープン戦から全試合が放映されていたのに最近はちょいちょい試合があってもテレビが取り上げない。巨人の盛衰は野球人気に直結するだけに関係者は頭が痛いことだろう。

 それにしても負け過ぎたよな。メンバーを見ても他球団と比較してそんなに劣る戦力じゃないと思うんだけどねえ。スポーツ紙の成績欄をみると投手陣は程々頑張っているようであり、本塁打も4番・李承煬の29本はセのトップだし、結構飛び出しているんだが、チーム打率がセで一番低い2割4分強というからこの辺に敗因があんのかねえ。

 そういえば先刻のG党さんが言ってましたな。「このまんま負けが込んでくると原監督交替ってことになりかねないよ。週刊誌なんかじゃもう次期監督に中畑が就任なんて書いてあるしね。俺、原は嫌いじゃないんだけどしょうがねえだろうなあ」

 ホホウ、もう原解任ですかあ。まだ後半戦での巻き返しの余地が残っているんだけど、大巨人は常勝が義務付けられているような存在だからこんな噂も致し方ないのかなあ。そして次は中畑ねえ。アタシにいわせりゃ帯に短しタスキにナントカの感じだな。

 アタシね、大巨人軍の再建に秘策を?もってんですわ。巨人が強くなるためにソッと教えましょう。それはね、巨人軍の伝統的な純血主義を捨てて外部から監督を招聘することなんですな。それにはうってつけの名将が野にいるじゃないですか、現在阪神タイガースのCDとやらをやっているあの猛将・星野仙一氏ですよ。巨人が正式に要請することができたら「ヨッシャ男・仙一、一丁やったるか」となるんじゃないの。ダメかねえ。

 ハア?、お前さんはアンチ巨人じゃなかったのか、ですって?。ええ、そうなんです。しかしねえ、V9時代のような強〜い巨人軍にはアンチの旗も揚げるんですが、こう弱いジャイアンツではついつい労りたくもなりますよ。判官びいきってやつです、ハイ−−。

2006年07月19日

修身って知ってるかい

 店の前に止まっている自転車を整理していた。近年、浴場の廃業等々でお客さんの範囲が大きく広がっている。かってのような町内だけで十分な商いができ、町の社交の場でもあった銭湯が様変わりしてんだ。それとともに下駄履きでお出でになるお客さんも少なくなり、対して自転車の数が多くなっているということである。で、ちょっと忙しい日は自転車整理もフロント業務になってんですな。

 そんなところへ70年配のダンナと30代の息子さんの親子連れがお見えになった。

「自転車の整理も大変だねえ」

「ええ、どうも入口の真ん前に止められちゃうと出入りの邪魔になるんでねえ」

「う−ん、ちょっと寄せておけばいいのになあ。修身がなくなったからダメなんだ」

 ダンナ「修身」に語気を強めておっしゃった。ホホウ、修身ですかあ。アタシと同世代の方なんだが、いきなり「修身」の2文字がでてきたのには少々驚きましたなあ。倅さんが「へえ〜、シューシンだってさ」と笑いながら入られたけど、アタシャちょいと考えちゃったよ。修身ねえ−−。

 アタシがまだ小学校の低学年の頃、そう第二次大戦の最中だったが学科の中に修身という科目があり、登校すると毎日のように教育勅語を聞かされましたなあ。

「……父母に孝に 兄弟(けいてい)に友に 夫婦相和し 朋友相信じ……」なんて校長先生が厳かに巻紙に書いてある勅語を読み上げていましたなあ。勅語ってね、天皇陛下のお言葉っていうことですから、当時の国民はもうただただ有り難く拝聴していたもんです。

 ハア?訳の分からん念仏みたいなことをグダグタ言ってるけど、その修身に教育勅語ってやつはなんだ、ですって?。ハイ、今の人達には古色蒼然たる言葉で、もう死語でしょうなあ。ご説明しましょう。バカバカしいなんて言わずに聞いてくださいね。

 まず修身とは、ですな。道徳、勤勉、柔順などの徳目、つまり道徳を教えた課目なんですよ。当時は天皇への忠誠心をまずうたってあるために、戦後、廃止されたんですが、父母に孝行、兄弟・友達とは仲良くから、さらには自分の行いを正しく、他人を思いやり迷惑をかけない等々、人のあるべき道を説いているんですな。

 ここんところ、学校教育の荒廃が何かと取り沙汰され、小・中学生の犯罪などが増えているような社会現象でこの修身復活が議論されていますよね。道徳教育の必要性が叫ばれてもいますよね。

 アタシャ長年この稼業に携わって多くのお客さんに接してきたけど、近年はどうも自分中心の行動が増えてますなあ。先刻のダンナのように古武士然として、きちんとされている方もいますが、他人のことを考えない傾向が強いようですなあ。評論家じゃないからここであれこれ言ってもハジマランですがね。

 中学生の3人連れが入ってきた。図体のでかい連中だ。脱衣場でワイワイガヤガヤとやっている。アタシャちょいとのぞいてみた。連中が脱衣場で揃って寝そべり腹筋運動みたいなことをやっている。「おい、ほかのお客さんの通る部分ぐらい空けておきなよな」。

 そしてなんとなく聞いてみた。「お前たちさあ、修身っていう言葉を知ってるかい?」

「シュ−シン?知らないッ。変身なら知ってるけど……ヘンシーンとうッ!」。手を開いてジェスチャーをしやがった。仮面ライダーか……。聞くだけヤボだったな−−。

2006年07月18日

愉快なおばちゃん

「いつも若くていいわねえ」

 ウッホッ、のっけからまた如才ない。

 フロントへ見えるなり冗談を言われるのは75才だというおばちゃん。十年来の常連さんで、年を超えた若い会話をなさる明るくて愉快な人である。

「な〜んにもやる事がないんで早いけどお風呂に来ちゃった」

「もう仕事はやってないんでしたよね。そうすっと毎日テレビですかな」

「そうね、しかしテレビもつまんないのよねえ」

「じゃ、今、皆さんがやっているジョギング、歩け歩けなんかどうです」

「歩くの?、あんなの億劫であたしには向かないわ。もうお医者へいくだけでしょ、だから退屈でつまんないのよねえ。誰か相手をしてくれるイイ人いないかしら?」

「ホホウ、いいヒトねえ。茶飲み友達ですかあ」

「そんな年寄り臭いんじゃないのよ。どっかにいないかしらねえ、ホントよ」

 ウッホッ、ホントよときたぜ。75才にしてこのセリフである。あながち冗談ばかりだとも思えない口調だ。ウーン、まだまだ現役の気分ですな。これが若さの秘訣ですかな。

 この方ね、その昔は喫茶店を経営していて、美人で通っていたママさんだったんですって。町内の古い情報通の奥さんが説明してくれたんだけど、アタシャこの人のお店へ行ったこともなければ、残念ながら若い頃の美人のお顔も知らないんですわ。けど、現在でもその雰囲気はなにやら感じますな。ちょっと腰は曲がり気味だが、細身の体つきは今でも若さがあるし、面長で鼻のスッとのびた容貌は美人の面影が十分残っていますな。ただねえ、以前、大病をされたというその後遺症でもあるのか口を開くと歯が何本も抜けてんですな。せっかくの顔立ちがこれではモロに年が出ちゃいますからソンですなあ。

 これで歯をきれいに矯正してあれば75才には見えない顔の艶ともあいまってまさに明眸皓歯?、十年は若く見えますね。そうなりゃ「誰かイイ人」はすぐ寄ってきますがな。

 ということでこの元美人ママが小一時間の入浴を済ませてお帰りになったんだが、その10分後「カギが脱衣場に落ちていましたよ」とやはり年配の女性がフロントへ届けてくれたんである。そして言う。

「今帰った人じゃないんですか。キーホルダーに小さな写真がついているけど、あのヒトの写真みたいですよ」

 なるほど、カギの飾りに小さな写真がある。先刻の元ママさんの若い頃の写真である。現在の写真を使わないところにこの人の意識を垣間見ることができますな。すぐ取りにくるだろうと、届けてくれたお客さんにお礼を言いフロントで預かることにしておいた。

 それから数分、当然、取りに現れた。

「ああよかった。代わりはあるんだけど……」

 そしておっしゃったよ。ホッホッと笑いながら歯の抜けたお口を遠慮なく開いてね(もっとも口をあけなくちゃ話はできませんけどね)

「ダンナさんが届けにきてくれたらよかったんだけどなあ。あたしは独り住まいだから誰も部屋にいないし、ゆっくりお話ができたのにさあ」

 ウッヘッ、いやはやお若い。もう一回言うけど75才にしてこんな冗談が気軽く出てくるんだから年は取らんですなあ。アタシも見習わなくっちゃいけませんな。

 しかしねえ風呂屋のオヤジが小奇麗なおばちゃんに「お茶でも飲みませんか」なんて言ったらどうなります。「何よこのエロジジイ」と言われるに決まってますがな。

 フロント稼業は結構ムズカシイんですよ、ハイ−−。

2006年07月17日

孫はねえ

 小学生の男の子がドヤドヤッと入ってきた。見慣れない子供達である。

「お前たち兄弟か?」「ウン。3年と1年でこいつが幼稚園……」

 そこへ一見さんらしい70過ぎの人が入ってきた。子供達のオジイチャンのようだ。

「孫が埼玉から遊びにきたので連れてきたんです。銭湯をぜんぜん知らないので、少し銭湯を教えてやろうと思ってね」。ホホウ、少し教えてやろう、ですか−−。

「そりゃあそりゃあ。まあゆっくり入って楽しんでください」

 となったんだが、いやあ、この孫達の賑やかなこと、そして忙しいことったらない。

「さッ入ろう!」と勇んで脱衣場へ向かったんだが、フロントへ下駄箱の札を放りっぱなしでいっちゃった。アタシャ脱衣場で訓示?よ。「札はきちんとしまっておくんだ。無くすと帰りは裸足だぞ。それとロッカーのカギはちゃんと手や足に巻きつけてなッ」

 ということがとりあえずの第1段。続いては第2段になる。ちょいと長くなりそうだ。

 小半時も経ったかな。フロントの小窓をトントントントンと性急に叩いた坊主ども、「お風呂へ入っていたら洋服を入れた箱のカギがなくなっちゃったの」

「ロッカーのカギ?、風呂ん中で?、よく探してみろ、カギがないと帰りは裸だぞッ」

 とは言ったもののそうもいかない。で、家人を応援に、浴室を探し浴槽へと探索?だ。浴槽はロカ機、気泡、超音波等々が作動しているからそれらの装置を停止しなけりゃ探しようがない。仕方がない、ほかのお客さんに一応断って浴槽の機種を一時ストップさ。

「よく探しなッ」。子供たちは真剣に浴槽を探している。そして「あったあ……」と喜色をあげたんだが、その間オジイチャン、薬湯に入っていてただにこにこと子供たちを眺めているだけである。アタシの顔を見てもにこにこだ。それだけである。

 そして、第3段へと続くことになる。何ともまあせわしない軍団?であることよ。

 カギがみつかってまた小半時。軍団が上がってきた。脱衣場が賑やかになった。アタシャちょっと覗いてみた。坊主ども体重計にあがったり降りたりガチャンガチャンとやっている。さらにハンドマッサージ機、フットマッサージをいじくり回している。初めての銭湯が楽しいんだろうなあ。しかし野放図はよくない。アタシャまたまた脱衣場へ出向いて言う「マッサージ機は疲れた大人が使うんだ。子供はそんなものは必要ないのッ」。オジイチャン、この時も黙ってニコニコである。

 さて、いよいよ子供たちが帰る。「どうだ、楽しかったか?」「ウン、とってもよかった」。オジイチャンもにこにこと軽く会釈をして出ていかれた……となりゃあこれで一応のピリオドが打たれるハズなんだが、ところが第3段の一節が待っていたんだ。

 一番上の3年坊主が玄関から脱衣場へアタフタと戻っていく。「どうした忘れ物か?」

「ウン、靴のフダがないの」「さっき渡しただろッ」「ウン、それが一枚ないの……」

 しょうがねえなあ。しょうがないけどしょうがない、またまた探索だ。子供達の洋服のポケットから湯道具の中、そして脱衣場を一通り探したけど見当らない。もう一回しょうがないとなるが、アタシャ合鍵で下駄箱を開け「もし帰ってから出てきたら持ってきてよね」とオジイチャンに一言。オジイチャンこの時初めてにこにこが消え「すみませんでしたねえ」と口を開いた。そして子供達にも「さ、みんなもちゃんと挨拶をしなさい」。

 うん、やっとオジイチャンらしくなったねえ。久しぶりに孫が遊びにきたんで可愛いいカワイイで小言なんか言えないんでしょうなあ。しかしねえ、世間のしきたりを教えんのも愛情であり躾なんじゃないかなあ。もっとも今日ビは、親も叱らないのに、タマに遊びに来た孫にウルサク言って嫌われちゃったら困ります、かな−−。

2006年07月16日

食い込むばかり

 テレビは大相撲名古屋場所の熱戦を放じている。脱衣場から湯上がりでくつろぐ男性の会話が聞こえてきた。中年の常連さんである。

「この頃の相撲はつまらんよなあ。外人ばっかりでさあ」

「ほんと、もう少し日本人に頑張ってもらわんとな」

 この言葉は近年の相撲談義の定番にもなっている。確かに国技・大相撲の伝統が外国人力士の台頭で日本人力士はその存在感を薄くしている。今場所の焦点も白鵬の横綱昇進であり、期待される取組みも朝青龍に挑む白鵬、琴欧州に新鋭・把瑠都という外人勢の対戦だというから情けない。栃東はカド番だし、魁皇、千代大海ら大関陣の話題はどこからも聞こえてこない。わずかに新小結、稀勢の里に注目する声がちょっぴりある程度だ。お客さんのいうように日本人力士に奮起してもらいたいよね。

 それにしても、とアタシャ思うんだ。琴光喜、若の里という大関の地力を持っていた二人が昇進を目前にして怪我の影響とはいえ脱落し、今も低迷していることはまことに残念である。タラ・レバは禁句だが敢えて言わせてもらえば、もしこの二力士が順調に大関昇進を果たしていたら角界の勢力図も大きく変わっていたし、外人勢に番付が席巻されるようなこともなかったんだ。そして……、あれっ、いつの間にかアタシの相撲談義になっちゃったな。脱衣場の会話は結構はずんでいるからそちらへ戻そう。

「相撲もつまらんけど野球もまったくつまんないよな」

「ほんと、巨人が昨日で9連敗かい。今日も負けっと10連敗で最下位かよォ」

「そうそう、この頃はテレビを見ているとイライラすることばっかりだ。あんな北朝鮮にテポドンをぶっ放されてニッポンはオタオタしてるしさあ。日銀のゼロ金利解除って、俺にはよく分からんけど、あれで景気がよくなんのかい?」

「俺も詳しく知らんけど、景気が出るのは大手の企業だけじゃないの」

 オンヤ?、今度は経済の話になりましたな。時事ニュースにも明るい人なんですな。そういえばお二人はメリヤス関係の仕事でしたっけ。

「そうだよなあ、我々のような下請けの零細企業は工賃も安いし、金利がどうのこうのって言ったってピンとこないよねえ」

「そッ、俺んとこなんか仕事があったりなかったりで、たまに仕事がきたら明日までに仕上げろなんていうんだから。安い手間で残業やら徹夜だもん。場合によっちゃあ仕事をしながら赤字よ、食い込んじゃう場合だってあるんだからねえ」

 ウーン、食い込んじゃうか、食い込むねえ……、厳しいけどこういう場合さ「嬶(カカア)のフンドシ」って言うんだよね。あの永六輔さんが何かの本で書いていたんだけど、つまり、嬶(かかあ)のフンドシ=食い込むばかり−−ってね。真面目な話にゴメンネ。

2006年07月12日

入浴時間は無制限です

 時折見えてサウナに入られる女性(ひと)、60ぐらいかな。シャリシャリっとした方である。エッ、シャリシャリってどういうことだって?。ウンそう、ちょっと利かん気の感じられるヒトってとこかな。もちろん、いい意味でだよ。誤解しないでね。

 ま、表現はさておいて、アタシャいつものように「ゆっくり入ってください」と言ったんだな。このセリフ、お出でになるお客さん全てに言うのがアタシの姿勢であり、今日ビの銭湯はゆっくり入ってもらわなけりゃ価値観がわからないと思っているもんでね。

 大方のお客さんはフロントの営業だと心得てサラッと聞かれている。中には「ありがとう」とご丁寧に言われる人もいるが、このシャリシャリさんはアタシの言葉にオウム返しのようにおっしゃった。「今日は忙しいからゆっくりなんかしていられないんだ」と。続いてはご自分の腕時計をちょいとみてつぶやいた。「今7時か。9時から用があるんで2時間しか入れないな」

 ホホウ、ゆっくりしていられないから2時間ですかあ。そういえばこのヒト、いつも忘れた頃に上がってくるんでしたなあ。平均所要時間は3時間余ですかな。そうすりゃ2時間はゆくりの範囲にゃ入りませんよねえ。

 風呂屋はね、今言ったように「のんびり・ゆっくり」湯を楽しんでいただくことが本意ですから、3時間が長いなどとは申しません。料金をいただけば入浴時間は無制限ですし、急いで2時間、ゆっくりして3時間−−、一向にかまわんです。長いから延長料金など頂きません。かといって短いから割引料金なんていう制度もありませんがね。

 その昔はね、そう昭和40年代前半まででしたかなあ。とにかく風呂屋は混みに混んだんです。何しろ自家風呂なんか一般家庭にはありませんから、風呂は銭湯に入るものだったんですな。お客さんが連日押すな押すなでしたよ。今の若い人に考えられないでしょうがほんとなんです。ですから風呂屋はお客さんに対して程々威張っていましたなあ。「風呂へ入れてやる」てな姿勢も少なからずあったもんだから、客の回転を早くするために長湯や湯水を多く使う人は敬遠したり、何とも横柄な商売をやってたんですよ。

 ところがねえ、40年代後半から自家風呂がどんどん増え、風呂屋の必要性がこれまたどんどん薄くなるにつれ、当然、風呂屋のオヤジの営業姿勢も変わってきますよね。「入れてやる」から「入っていただく」と180度の転換ですな。考えれば客商売の原点に戻ったということなんでしょう。それとともに「湯が有ればよかった」時代から「湯を楽しむ」時代へと価値観も大きく変わってきたんです。現在は自家風呂の有無にかかわらず、町の湯処として楽しむお客さんが見えてくれますから有り難いことです。

 そこでシャリシャリ?さんねえ、いつもの3時間から今日は2時間で1時間の不足になりますな、ですから今度お出での節は1時間プラスして4時間をゆっくりゆっくり入ってください。しかしノボセないようにご注意してくださいね。

2006年07月11日

高齢者は幾つからなんだろう

 80過ぎのおばちゃんが、杖をつきヘルパーさんに手を引かれて出ていった。そして入れ替わりに入ってきた男性。おばちゃんの後ろ姿を見ながら言う。

「最近、高齢者が増えたねえ」。何やらしみじみと、である。高齢者がねえ……。しかしねえ、この方も世間的には高齢者の枠に入る70余才なんである。決して若くない、いや一昔前ならおじいちゃんなんである。

「高齢者が増えた?。そうね、これから高齢者といわれる65歳以上の人口の比率が20%を越すっていうんだからねえ。しかしさあ現在の65なんて壮年、いや青年といってもいいよね。アタシらは長年敬老入浴をやってるけど、ちょっと年を取ったかなと思われる人は80以上だね。大体、銭湯に来られる人は元気だけどな」

「そッそう。65・70なんてまだまだ若いよねえ」

 この人、廃品回収業で毎んちトラックを運転している、つまり現役なんである。

 とそこへ同年輩の男性が足を引きずって入ってきた。お二人は顔見知りである。

「どうしたんだいビッコなんかを引いて?」

「ウン、腰を痛めてさあ。医者もよくわかんないんだよな。もう70過ぎだもん、ジイさんだからしょうがないよ」

「何言ってんだ。今もオヤジさんと話していたんだけど、70なんて壮年だってさ」

「ソーネンかあ、そうねんねえ、しかしなあ……」

 こちらはついこの間まで鮨屋さんだったが、不景気と体調不良で現役引退の身である。

 お二人が高齢者談義?をしているところへやはり常連のご老体が湯上がりで出てこられた。フロントへ「ごちそうさん」と声を掛けて悠然とお帰りになったんだが、アタシャご老体の背中を目で追いながらお二人にご説明だ。

「あの人さあ、幾つだと思う?。もう95だってさ、当湯(うち)のお客さんじゃ最高齢だと思うよ。それでね、ほとんど毎んちK町の鮨屋さんで一杯引っ掛けてくるんだってさ。ああいう人を見ると65や70はヒョッコだよ」

「ヘ〜ッ、すっごいなあ。95ねえ、怪物だな」と現役引退の鮨屋さん。すかさず現役の廃品回収屋さんが言った。

「なッ、95の人があんなに元気なんだから、70ぐらいでヘバッっていたんじゃしょうがないよ。もうひと踏ん張りしなきゃだめだよ」

「ウーン、ひと踏ん張りかあ。でもなあ……」

 そこでアタシがまた言った。「年はだれでも取るんだからしょうがないけど、高齢者と老人は違うんじゃないの。若くても意外と老けちゃう人もいれば、あの怪物さんみたいな方もいるしねえ」。お二人、それぞれにうなづかれたんだが−−。

 しかしナイショの話しなんだけど、アタシャ最近ジジイ意識が強くてしょうがないんですわ。覚えられない・忘れっぽい・根気がない・ツカレルで老いの悲哀を痛切に感じちゃってんです。だからホントはお二人にエラソーなこたあ言えたもんじゃないんだけどね。

2006年07月09日

湯屋番五十年 銭湯その世界

 アタシ今度ね、草隆社から「湯屋番五十年 銭湯その世界」っていう本を出してもらったんです。昨日、最初の一冊が届いたんでフロントで眺めていたら常連のおばちゃんがお見えになって言われたんですな。

「あら、出たの?」

 この方ね、もう85だというがいたって若々しい、そしてね大へんな本好きで、アタシが以前に出した「風呂屋のオヤジの番台日記」を今でも時々引っ張り出して読んでいるのよ、と嬉しいことを言ってくれるんだ。そんな方だからアタシャ今回の本についても簡単にお話はしていたんだ。おばちゃん更に言われましたな「前の本の続きなの?」「いえいえ、今度のやつはね番台日記と全然違うんです。アタシも年をとってきたんで古い銭湯の様子などを残しておこうかなと思って書き出したもんなんです」

「あらそう、面白そうね、読みたいわあ」となったんである。うれしい言葉だねえ。

 そこで今回の「湯屋番五十年銭湯その世界」についてちょいとこのブログで紹介させてもらおうかなとなったんです。しかし、自分の本の宣伝をするのはどうにもおこがましいので「前書き」を書いて説明とさせてもらいますわ。ざっとでも目を通してね。

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 銭湯稼業に入って50年が経った。ついこの間までは業界でも若手だ中堅だと言われていたと思ったのに、いつの間にやら年寄りの仲間入りをしてしまった。なんとなくわびしい気もしないではないがしょうがない。

 思えば戦後の浴場復興に汗した先人も多くが鬼籍に入られてしまった。それとともにかっての銭湯の有り様を知る人も少なくなっていく。戦後史を彩った人達の時代が年々薄れていくようだ。靄(もや)に包まれていくようでもある。

 昭和25年に風呂屋の門を叩いて半世紀を過ごした今、過ぎ去った時代がこのまま忘れられていってしまうことに何となく寂寥感を覚えていたのである。多少なりとも往時を知る人間がその時代の断片でも残すことができないだろうか。そんな気持ちも沸いてきたのである。

 幸いというか、現在浴場広報誌「1010」に「風呂屋のオヤジのフロント日記」を書かせてもらっているからその延長として一丁!書いてみようかと気張った次第である。

 ということで出発したんだが、じゃあ一体何を書いたらいいんだろうか。一介の風呂屋のオヤジが戦後の浴場史を、とりきんでも始まるまい。よしんばリキんだところで書けようはずがない。かといって50年も風呂屋をやってきたからと、己の浴場人生を自分史的に語るのもおこがましい。それ程の道乗りを歩んできたわけじゃない。むしろ平平凡凡と過ごしてきたほうである。

 そこであれこれ思案をしたあげく、アタシ(本文ではゴウスケと呼ばせてもらっているが)の入門した小僧時代から風呂屋の人間がどんな行程を踏んで一人前に成長していったか、当時の生活がどんなものであったかの銭湯模様を綴りながら、行間にその時々の浴場の時代背景を自分流に盛り込めたら……となったんである。

 もう一度言うけど、これは浴場史ではなく自分史でもない。そんな大層なものではないのである。いうなれば一人の湯屋モン・ゴウスケの思い出話である。

「銭湯の世界ってこんな時代があったんだ」と若干の興味を持ってもらえたら本望です

2006年07月07日

子供の教育がねえ

「もうこの年になると風呂しか楽しみがないよ」と風が強くても雨が降っても毎日見えるダンナ。80近いと聞いているがどうしてお元気である。フロントでいつも一言二言話をしてお入りになる。今日もそう。しかし今日は三言・四言と長くなっちゃった。話が 得意の分野?になったせいかな。次のような展開である。

 まずは型通りに「暑くなったねえ」から始まり「この頃、世間はどうなってんだ。子供が親を殺したり家に火をつけたり、滅茶苦茶だな。教育が悪いんだッ」

 ここでアタシが「そうですよねえ」程度の返事だけだったら話は進展しなかったんだが、「奥さん方が子供のデキの悪さを親の責任と思わずすぐ学校批判に及ぶから、先生方もPTAの方ばっかり向いて子供を叱ることができなくなっちゃった……」などと話を進めたからダンナの口調がはずんじゃった。

「そッ、俺たちの頃は先生が遠慮なく生徒をぶんなぐったから、先生は怖い存在だったんだ。それだけに言うことはよく聞いたよなあ。今じゃ先生が叱ることもできないんだろ、これじゃ子供がよくなるわけはないよなあ。ほんと教育がよくないッ」

「教育がねえ、親の責任、躾の問題もあるんでしょうなあ」

「昔はさあ、女の生徒と喋っても怒られたもんなあ。俺なんか旧制の中学ん時、電車で通っていたんだけど、よく一緒になる隣の学校の女生徒と話をしていたら、ちょうど憲兵が乗っていて、貴様ア!なんてこっぴどく説教食っちゃったもんだ」

「エッ、ケンペイ…?。また随分古い話ですなあ。ダンナは何年生まれなの?」

「昭和2年。戦時中だから男と女がちょっとでも話すと怒られた時代だし、親も厳しかったよ。そんなだから今みたいにフニャフニャした子供にはならなかっんたんだ」

 憲兵といえば軍隊の強力な軍事警察で国民全体を監視するような組織でしたなあ。そんな憲兵に睨まれたら中学生はたまりませんやな。

「戦時中の中学ん時は勉強なんかちっともしないで、毎ン日勤労奉仕だよ」

 オッホッ、憲兵の後はキンローホウシですかあ。話がどんどん古くなっていく。

「軍隊は行かなかったの?」

「早いやつは志願で予科練や特攻にいったが、だいぶ死んじゃったなあ。俺は行かなかったけど空襲、空襲ばっかりだったよ。戦時中はK市にいたんだが、終戦一日前にK市が大空襲にあって何万人も死んだんだ。たった一日違いでさあ……」

 そこへ次のお客さんが見えた。ダンナ、まだ話したそうだったが脱衣場へ向かわれた。「戦争なんて負けてよかったんだ」とつぶやくように言いながら−−。

 子供の教育論?がいつの間にか戦争否定論になっちゃった。アタシも古い人間なもんで若い人との会話にはついていけない面があるんだけど、こういう昔話?は好きなんですなあ。ダンナ、明日またこの続きをやりましょうや−−。

2006年07月06日

銭湯の価値

 開店早々、30前後の女性が入ってきた。見慣れない女性(ひと)だ、一見(いちげん)さんだな。手ぶらである。ちょっと周囲を見回すような感じで聞いてきた。

「あのォ、お風呂っていくらなんですか?」。

 アタシャ、カウンターの料金表を指しながら「大人は430円で…」とご説明。

「サウナもあるんですねえ。それでタオルとかシャンプーはあるんですか?」

「いえ、貸しタオルや新しいタオル、シャンプーは売っていますが、健康ランドじゃないから備え付けはないんです」

「そうすっとタオルやシャンプーは自分で持ってくるんですね?」

{そうです、銭湯ですからね。うちは初めてですね?}

「ええ、銭湯って入ったことがないんです。この前、友達からとってもいいお風呂が有るから一辺行ってみたらって言われて、今日こっちへ来たので探してみたんです。そしたら看板が見えたんでやったあ!って。それでいろいろ聞きにきたんです」

 ホホウ、ヤッターですかあ。

「そう、今のお風呂はいいですからぜひ入ってください。何ならちょっと中へ入って見てみなさいよ」

「いいんですか?」で、脱衣場へ入ったんだが、出てきて申されましたなあ。

「きれいで広くってとってもいいんですねえ。後で来ますから入らせてください」

 とまあ、ここまでがプロローグ。そして夕方、今度はお風呂道具を持参してお出でになった。サウナも求め小一時間の入浴後、ちょいと興奮気味に?おっしゃったよ。

「銭湯っていいんですねえ、やみつきになりそう……」

 ウーム、風呂屋のオヤジ泣かせのセリフを残してお帰りになったぞ。

 近年、「ノレンの向こうに何があるんだろ?」と、このような銭湯未体験の人がお見えになることがある。

 昭和30年代の高度成長期以降に生まれ育った世代は温泉は知っていても銭湯を知らない人が多い。日本が裕福という階段を駆け上がっていく時代は、銭湯にとって逆に下り階段でもあったんだ。

 それまでは一般の家庭ではまず内風呂などない。「風呂は銭湯で入るもの」とされていた。銭湯は庶民の生活の一部でもあったんだ。一日の仕事は銭湯で終わる、とも言われていたんである。

 それが家庭に風呂のないことがおかしいような時代になってしまった。銭湯が徐々に徐々に冬の時代に入ってしまった。そこで風呂屋のオヤジは銭湯の価値観の再構築に走り出したってわけだ。従来の「自家風呂代行業」的な存在から「湯のぜいたく」を売る場所へと転進である。大分時間はかかったが、おかげで若い人が銭湯の存在感を認知してくれたんである。休日など若い親子連れがやってくる。

 アタシャかならず言う「今の銭湯はいいですから、のんびり湯を楽しんでください」
 さらに湯上がりにも必ず聞く「どうでした?」
 皆さん、ご返事は異口同音「とってもよかったです」「いいお風呂ねえ」と言ってくれる。
 アタシャ内心「さもありなん」と満足である。

 風呂屋のオヤジはいつも思ってる「銭湯は健康・美容の工房であり、いこい・安らぎの場所でもある。内風呂では味わえない広くてゆったりとした空間で思いっ切り手足を伸ばし、湯のぜいたくを楽しんでください」と−−。

2006年07月04日

脱衣場のテレビ

 5時、さ〜て、テレビをつけようか。アタシャ、リモコンを持ってフロントから立ち上がった−−。

 脱衣場のテレビは、湯上がりのくつろぎの一時を手助けする?小道具みたいなもんで、何となく目がいく程度のものだから、それこそ何となく見られるものがいいようである。それと部分的にでも楽しめるスポーツ番組などもよく掛けておくが、じっくりと見るドラマなどは適さないのである。落ち着いてゆっくり見たい番組はみなさん自宅のテレビで見るものと思っている。

 そんな具合であるから早い時間帯の番組は脱衣場に向いていないものが多い。それと高齢者が多いときはヤング向けの番組も適さないしね。だから夕方のニュースが始まるまでは有線放送を流しておくんである。ということで、さあテレビの時間だ。

 脱衣場で常連のご老体が話している。ゆったりと湯上がりのくつろぎを味わいながらテレビを眺めての一時といったところだ。

「どうも近頃のテレビは見るもんがなくなったなあ。俺は野球があんまり好きじゃないから時代劇かあとは精々ニュースぐらいなんだよな」

「そうね、あたしも時代劇が好きなんだけど、最近は水戸黄門か大岡越前ぐらいだからつまんないよ。ワイドショーも暗いニュースばっかりだしねえ」

「ほんと、俺はさあ、楽しみといったら風呂とテレビしかないんだよね。午前中にちょっと歩いてそれから風呂へきて、後はもうテレビを見るしかないんだけど、今やたらとやっている「お笑い」っていうの?、あれは芸人でもなんでもない若いタレントがふざけているだけだから年寄りには面白くもなんとないんだよなあ。テレビが面白いもんをやってないと退屈でしょうがないよ」

 現役を離れたご老体にはテレビが無二の親友のようである。その親友にスゲなく?されたんでは時間を持て余すでしょうなあ。

 昨今のテレビはコマーシャルの激増とそれにともなう視聴率競争の激化はスゴイもんですな。ひと頃「猫が見ていても視聴率」などと揶揄されていたが、今や視聴率の前にはなんでも有りで、番組の対象がどんどん低年齢化していくようだ。小学校低学年の子が「お笑い番組」とやらを見てケラケラ笑っているもんなあ。

 さてご老体がお帰りになる。「これから一杯飲みながらテレビですか?」

「いや、俺はあんまり飲めないのよ。これからちょっと料理をつくんなきゃ」

「エッ、料理をすんの?」

「そッ、作ってくれる人がいないからしょうがない。風呂の帰りに買い物をやっていくのよ。そしてね俺、この頃よく料理番組を見るんだ。簡単な料理は真似してつくってみるんだ」。ホホウ、お笑いより料理番組ですかあ。

 この方ね、縫製の仕事をやっていたそうなんだが不景気と高齢で廃業し、数年前には奥さんも亡くされ、現在独り住まいだそうである。それにしても男子80にして厨房に立つか−−。そして料理番組を参考にしてご自分の料理を作るとはリッパなもんですなあ。アタシャ、ホント感心しちゃった。

 それに比べて、ヒトの作ってくれた料理を遠慮なくぱくつき、酒を食らってエラソーにしているどこぞの湯屋のオヤジよォ、ちったあ見習いなッ!。

2006年07月02日

もう一つの墨田

 墨田区の高齢者福祉課高齢者支援担当という長い名前のところに「て−ねん・どすこい倶楽部」という組織があるんですね。「会社等を定年退職した方々が地域の中で経験や特技を生かせるような社会参加のきっかけづくりを目的としている」ということで、シニアに向けた様々な応援をしてるそうですが、その活動の一つに情報紙「どすこい・かわら版」を発行してんですよね。区内の浴場の脱衣場にも「かわら版」が置いてあるんです。以前からある区の広報紙「すみだ」とともにお客さんは結構お持ちになっていくようですよ。

 ということでイントロが長くなっちゃったけど本題に入ります。実はね先日「どすこい・かわら版・6月号」を届けにきた人が本を一冊進呈してくれたんです。

「もう一つの墨田の歴史・宇井昇著」っていう本で「どすこいかわら版」に連載されたものをまとめたということですが、歴史の表面に出てこない墨田の隠れた史実が軽妙に書かれているんですよね。アタシには、墨田の寺島で生まれ育ったという作者・宇井さんの墨田に対する思い入れといったものが伝わってくる労作だと思いましたね。

 内容は第1章「墨田の懐かしい風景」に始まり「江戸から昭和へ、そして平成」「墨田と人」「懐かしい食べ物」までの4章になっていて全50話で構成されているんです。どの章も懐かしく面白く、な〜るほど、そうだったのかぁ、と感じさせる話が満載なんです。そんな中から「墨田と人」の一部を少々引用させてもらいます。

 まずは「杉良太郎さんも墨田の住人でした」というお話。杉さんは昭和40年、コロンビアから歌手デビューをする前の2年間ぐらい東向島のカレー屋さんで働いていたんですってね。知りませんでしたなあ。昭和30年代は墨田に百軒以上も風呂屋があり、自家風呂など一般家庭にはほとんどない時代だったので、杉さんも当然、東向島の銭湯を利用されていたんでしょうねえ。

 次いで木の実ナナさん。この方が向島生まれで向島育ちだということは有名ですよね。意外だったのは吉幾三さんが青森から上京してデビュ−するまで東武線の鐘ケ淵駅前の氷屋さんで働いていたんですって。とすればやはり銭湯通いをされていたんでしょうね。続いて古今亭志ん生師が業平のナメクジ長屋に7年間住んでいたことは知る人ぞ知る、ですよね。
墨田の業平といえば昭和30年代に五十番という中華料理屋さんがあって、そこが世界の王さんの生家だったことはつとに知られていますし、鬼平犯科帳の長谷川平蔵が墨田の立川にいたことも面白く描かれていますね。さらにあの大作家・吉川英治さんが今の東向島に住んでいて貧乏と戦いながら川柳作家を目指していたんですってねえ。そして「矢切の渡し」などの作詞家・石本美由起さんや、「憧れのハワイ航路」の歌手・岡晴夫さんに作曲家の上原げんとさんが押上に下宿していて、演歌の世界では「押上に住むと大成する」という伝説があったんですって。

 そのほかこの人が…と思われるような方が墨田の住人だったんですが、紙数の都合で書けないのがまことに残念です。とにかく一度読んでごらんなさい。何もアタシャ宣伝するつもりはないんですが、そう言いたくなるような楽しい本なんです。

2006年07月01日

敬老入浴デー

 先般もちょっとこのブログで触れたんだけど、墨田区では高齢者事業の一環で毎週金曜日を「敬老にこにこ入浴デー」として65歳以上の方に浴場を無料開放してんだよね。その要領は区が発行する「墨田区にこにこ入浴証」というカードを各浴場のフロント(番台)へ提示して入浴するシステムになってんだ。このカードの有効期間は2年間、そしてこの6月が今使っているカードの期限っていうことなんですな。

 役所から敬老入浴の該当者にハガキの更新案内が郵送され、そのハガキを各浴場へ持参すると、あらかじめ区から各浴場に配布されている新しい入浴証が交付されるという仕組みなんですわ。只今その更新業務の真っ最中。昨日の金曜日はもうテンテコマイでしたな。そこでテンテコマイの記を少々−−。

 何しろ今回の新しい入浴証は従来の、そう、この制度が発足して以来続いていたカード様式が一変したんですわ。これまでは6×9センチ程度のカード一枚を「ハイこれが新しい入浴証です」と渡すだけで済んじゃったけど、今回はカードの形が3倍ほどの細長い用紙になり、四つ折りにするんだ。表面が「入浴証」で裏面が「高齢者安心カード」というものになっている。そして中が2年分の入浴日カレンダーで、そのカレンダーを利用日にチェックするってことなんだ。従来はフロントで見せるだけでよかったんだけどね。これには高齢者と浴場とのコミュニケーションを図るという面とカードの不正使用などの対応ということもあるらしいんだよね。それともう一つ、高齢者安心カードということで、お年寄りの不測な事故に対応できるように住所・年齢・電話番号にかかりつけの医療機関などを記入するスペースもあるし、さらに墨田区では本年から毎月25日を家庭の日としたんだが、浴場もそれに呼応して家庭の日はカード持参の人とその子供・孫は半額での入浴ができるようになったんだ。A4判の説明書があり、それも一緒に説明しなきゃなんない。

 ということで今回は新しいカード方式をお客さん一人一人に説明する必要が増えたんだ。風呂屋のジジイがジイチャンバアちゃんを相手にゴチャゴチャと解説するんだからもう大仕事よ。おまけに金曜日は開店と同時に高齢者が押し寄せる、普段の倍を数える日だからアタシ一人じゃとても間に合わない、で、二人掛かりのフロントになっちゃったよ。

 80の常連おばちゃん。「ハイこれが新しい入浴証で、こう四つに折ってこれこれシカジカで……」と一応の説明に及んだ。おばちゃんフンフンと聞いているような様子だったが、話が終わるやおっしゃったよ。「それで今度からどうなるの?」どうなる?、だからねえ、コレコレで…。「それでどうするの?」、あのねえ……。

 次いではやはり80のおじちゃん。アタシの一渡りの説明を聞いてから言う「ウン分かった。それで今度からどうすりゃいいんだい?」、あのさァ……。

 もう90を越したかな、独り住まいのおばちゃんだが、敬老入浴は欠かさない方。アタシの話を聞いてるようなそうでもないような表情だったが、一応説明が終わったら宣われた。「あたしねえ、今日補聴器を忘れてきちゃったのでダンナさんの話がよくわかんないの」 ウッヘッ!、あ〜あ、ツカレルなあ−−。






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