しがない風呂屋のオヤジです
「ダンナさん『1010』まだあります?。ちょっと調子が悪くてここんとこお風呂に来られなかったんだけど……」
「え〜と、住まいに一部ぐらいならあると思うんで、取ってきましょう」
60半ばのおばちゃん。独り住まいだそうである。ひっつめ髪のちょいとキレイなヒトでもある。断っとくが、独身で美人だからどうだっていうことではない。
「あたし、ダンナさんの文章好きなんですよ。シャレた文章でさあ。ダンナさんはガク(学)があるからねえ」
ウッホッ、ガク(学)ときたぜ。アタシャ前にも書いたけど、文章をホメられると単純に単純にウレシクなっちゃうんである。それがお世辞であり、ヨイショでありオダテであり、社交辞令、外交辞令であると分かっていてもすぐウレシクなるんである。しかしなあ、ガクがあるとはちょいとホメ過ぎだ。
「ガク?。とんでもない、アタシャ15ン時に風呂屋の小僧に入り、今日まで風呂屋以外に知らねえ人間だからガクがあるわけないですよ」
「あらそうなの。じゃ何ていうのかしら……そう、カンセイ、感性があるのね」
オッホッ、今度は感性とおいでなさったか。ウーン、ボキャブラリーの豊かなヒトだ。しかし悪い気はしないねえ。ウン、とってもキレイに見えてきたぞ。
アタシね、今言ったように中学卒業と同時に伯父の湯屋に見習いとして入門したんだ。下足番から大八車を引いて真っ黒になっての燃料取り、さらには釜燃しなどなど。修行っていう言葉が生きていた時代だから15の坊主頭の小僧にはキツイ仕事だったなあ。しかしそれも慣れれば差ほどじゃなかったんだけどね。
何しろ当時は第二次世界大戦でアメリカに無条件降伏しちまったあとのニッポン復興期だったから国民はもうやみくもに働いた時代でもあったんで、風呂屋だけが格別にキツかったわけでもなかったんだよな。
今、湯屋モンになって半世紀が過ぎちゃったけど風呂屋も変わったよねえ。ガス化で浴場の代名詞だった煙突が少なくなり、番台もなくなった。何事も手作業だったのがすべてが自動化されてスイッチひとつで湯が沸くってんだから隔世さ。
アタシね、今度6月後半に草隆社から「湯屋番五十年・銭湯その世界」っていう本を出してもらう予定なんだけど、その本の中にアタシの過ごした昭和20年代の銭湯模様を書いたので、若干でも興味のある方はぜひ読んでみてください。
アレッ、美人で独身のご婦人との会話だったのに、いつの間にかアタシの本のPRになっちゃったな。つまんない話になってゴメンネ。






