子供のころは
夜8時、脱衣場のテレピが「帰ってきた昭和の名曲−−」とかいう番組をやっている。そこへ湯上がりで出てきた六十年配の常連男性氏。
「昔の歌はいいねえ。おれ、カラオケヘ行くともう古い歌専門なんだ。ところでオヤジさんもカラ才ケはやるの?」
「カラ才ケ? あんまりやんねえなあ。酔っぱらった時に弾みで唄う程度かな。大体今の歌なんか全然わからんもん」
「そう、じゃどんな歌が好さなの?」
「ウン、唄うときはもつぱら軍歌よ」
「軍歌? ああ、♪今日ォも暮れ行ゥく異国の丘アに〜♪ってやつだね」
「いんや、あれは『異国の丘』っていう終戦後にはやった歌で、オレんのは加藤隼戦闘隊とかラバウル航空隊なんて戦時中にはやった歌よ」
「加藤ハヤブサ……? それどんな歌なの?」
「ウン、♪エンジンのォ音ォ轟ォ轟ォとハヤプサは行ゥくう雲ォの〜果〜て」
ときならぬ軍歌談義になっちゃった。しかしこれねえ、ほかのお客さんが聞いたらオイオイ、オヤジ正気かよと言われちゃうだろうな。何せ、いい年こいた風呂屋のおとっちゃんがフロントで軍歌を小声とはいいながらも唸ってんだもんな。
アタシね、子供のころは熱烈な軍国少年だったんだ。当時の少年の大半がそうだったんだけど、第二次世界大戦の始まった時が7才で、早く大きくなって軍人になるんだと、小学校へ入らないうちからもう軍隊の階級なんか覚えちゃってね。
ところが昭和二十年八月十五日にわが大日本帝国はアメリカに無条件降伏しちやったじゃない。軍国少年は残念無念だったなあ。しかし、軍歌っていうやつは敗戦になっても好きだったんだ。国敗れて軍歌ありさ。ちょっとヘンだな。
今度、草隆社から「湯屋番五十年・銭湯その世界」という本が出版される予定なんだけど、そこにもアタシの小僧時代の軍国少年ぶりを書き込んでいるんだ。もし興味がおありでしたら、ぜひお読みになってください。
それにしても泰平きわまる平成の御代に風呂屋のフロントで軍歌斉唱とはねえ。先刻の六十代男性氏が言ったよ。「おれも古いと思ったけど、親父さんの古さは格別だねえ」。ウン、オレもそう思う−−。






